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期間限定ネバーランド

 
親友が、子を産んだ。
 
艶やかで真っ直ぐな黒髪、涼し気な切れ長の瞳、陶器のような肌を持ったまるで人形のように繊細な作りをした彼女。その人は隣の家の三つ上のお姉さんで、本当の意味での友人なんて同級生にはいやしなかった私の、唯一心の許せる家族以外の人間だった。
彼女は浮世離れした雰囲気を持つ人だった。容姿の美しさだけではなく、果敢無げで、それでいて切れ味の鋭い硝子の破片のような、そんな近寄り難さがあった。だから彼女も同世代の友達はいなかったようで、少なくとも私は見た事が無い。実際仲の良い私からしてみれば、彼女は無駄な事を喋らず弱味を人に見せるのが苦手なだけの少女だったのだが。
けれどその気質もまた、彼女の存在をより一層際立たせていて。
 恐らく互いに唯一無二の友情を気付いても、彼女は私の憧れだった。

 彼女がその男の子を産んだのは彼女が十八位の時分で、だから私が中学三年の秋頃だった。一見(というか実際の成績上も)優等生だった彼女の出産は当然周囲を混乱に陥れ、腹が大きくなってからは不登校気味だった彼女は出産後すぐに自主退学した。相手の男に関しては黙秘していて、今でも誰か分からない。ただ、彼女が私だけに妊娠を告げた時も、親の反対を押し切って出産したその時も、こちらが面食らってしまうくらい穏やかで落ち着いていたものだから、きっと彼女の中では全てが納得出来ていたのだろう。だから私も落ち着いて、彼女の傍で微力ながら、支えてあげる事が出来た。

「玉のような子」と言うけれど生まれたばかりの赤子は皆等しくグロテスクで、だから翻ればそれを可愛く思えるのも、等しくその子を望んだ者のみの特権なのだろう。彼女の子を見た私はだから、それを愛しく思えた事、心の底から祝福してあげられた事にまず安堵して、涙を流した。彼女の子供を、喜べた。彼女を慕う自分の気持ちに不純はないのだと、安堵する事が出来たのだ。
彼女はそれを見て、ただ静かに微笑していた。
「喜んでくれて良かったよ。これでようやくこの子も安心できる」
 ひそやかで静かな声。
彼女の声はとても透き通っていて、いつも私に浸透する。
「この子の味方が私だけだと、あんまりにも可哀想だからね」
「大好きなあなたの子だもの。喜ばない訳ないよ」
 そう、どちらかの性別が違っていたらと思ってしまうくらいには。
なんて、言える筈も無いけれど。

 けれど、見透かしたように彼女は言う。

「その子、私にそっくりでしょう。だからきっと、性格もよく似るね。あなたにとても懐くだろう。だから、ねぇ、もしその子が成長しても他に好い人がいなくて、あなたも独身のままだったら、その子をあなたにあげても良いよ」

 勿論冗談に決まっている。その子と私は十五も離れているのだし、何より唯一無二の親友の子供と恋愛をするなんて。だから私も「考えておくよ」と軽い調子で受け答えた。
 受け答えながら、目の前の彼女によく似た少年の姿を夢想した。
 冗談だと分からない程、子供ではなかったのに。
 他愛のない冗談だとしても、彼女の声は私にとても馴染んでしまう。

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