El sol
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「エース?目が覚めたのね」
その日も、医療室のベッドで、エースは目を覚ました。
「アンジュ……」
「大丈夫?」
「ああ…」
アンジュは、デュースの元でナース見習いのような事をしていた。
〝若先生の助手〟として。
アンジュがエースの手当てをしたいと懇願した事と、自分の目の届く範囲に置いておいた方がエースも安心するだろうと、デュースが「アンジュは船看護師でおれの助手だ」と戦闘員ではない事を強調した結果だ。
今までも、誰かが怪我や病気をした時には処置するデュースを手伝っていたので、あながち嘘ではないが。
因みに白ひげ海賊団の一員になったわけではないので、超ミニスカートの看護服に豹柄のニーハイブーツというセクシーなナースの格好はしていない。
「……おまえ、何で髪が濡れてんだ?」
「ウォレスが、いなかったから」
そういえば、とエースは思う。
海に沈んでいく時、意識を失う前に見たのは魚人ではなかった。
長い髪を揺蕩わせたそのシルエットは、さながら人魚のようで……。
「アンジュ……だったのか?」
「バンシーに泳ぎ方を習ったんだけど、人魚や魚人みたいに速くは泳げなくて…」
服は既に着替えていたが、まだ湿った髪をタオルで押さえながら、アンジュは言った。
「何だよ…これじゃあ逆だな…」
アンジュを助けた時と……。
そう呟き、エースは身体を起こした。
「面目ねェ…」
白ひげに敗北し、仲間を危険にさらした。守りきれなかった。
「こんな状況なのに、おまえと一緒の船にいられて、話もできる。デュースに礼を言わねェとな。先生にもだ……」
ジンベエがピース・オブ・スパディル号を襲撃した時、船番をしていたミハールは、「私の生徒に手を出さないでいただきたい」とアンジュを庇った。
ジンベエの目的はスペード海賊団の旗であり、用があるのは魚人島で白ひげの旗を燃やした船長のエースだったからか、アンジュには何もしなかったが、海賊旗は折られてしまった。
アンジュは、帆柱ごとひきちぎられ投げ捨てられていたその旗を、エースとジンベエの戦いの最中に回収した。
白ひげの船員に捕まっても、手放さなかった。
「船長の妹はおれ達の妹でもあるんだって、みんなが守ってくれたの」
「……兄貴は、立つ瀬がねェな」
「そんな事、ないわ」
項垂れるエースを見て、アンジュは思わず、その背中に寄り添い抱き締めていた。
「みんなエースを慕ってるから、わたしのことも気にかけてくれるの。エースがみんなの居場所をつくって、太陽みたいに照らしてくれるから。中心にいるのは、いつでもあなたなのよ」
「アンジュ……」
「わたしも、エースがいるから生きていられる。笑っていられる。だから、エース……あなたがどんな決断をしたとしても、わたしはあなたに付いて行くわ」
エースが海に放り出された時、ウォレスが用事で不在なのを思い出したアンジュは、咄嗟に飛び込んでいた。
「おい!いま飛び込んだの誰だ?」
「確か、あいつの妹だって」
「すげーな。人魚みてェに泳いでいきやがる」
「誰か、若先生呼んでやれ!」
アンジュは一直線にエースの元へ潜って行き、その身体を抱えて海面から顔を出した。
なんとか船の側まで泳いでいくと、青い炎を纏った不死鳥が引き上げてくれた。
白ひげ海賊団の一番隊隊長、マルコだった。
「ありがとう…ございます…」
「まさかお前が飛び込むとは思わなかったよい」
甲板に下ろされると、デュースが待っていた。
「エース!アンジュ!?」
ずぶ濡れのアンジュを心配しつつも、急いで救命処置に取り掛かる。
アンジュも手伝うが、エースの呼吸はなかなか戻らなかった。
今までならば、白ひげにはたき落とされた衝撃で意識がとんでいたのだが、今日に限って、水を飲んでしまっていた。
――どうして?ウォレスじゃなかったから?わたしが、もっと早く助けられていれば……。
エースの顔に張り付いた髪を避け、頬から顎へと手を添える。
「エース……起きて、お願い」
アンジュは、人工呼吸を始めた。
「っ……いいぞ、アンジュ。続けろ」
胸骨圧迫を行うデュースと、タイミングをとって息を吹き込む。
暫くすると、エースが水を吐き出し、ゲホゲホと咳き込んだ。
呼吸が、戻った。
デュースが安堵の溜息を吐く。
「もう大丈夫だろ。おれはこいつを医療室に運ぶから、お前は着替えて……アンジュ?」
アンジュは、その場に座り込んだまま動けずにいた。
微かに身を震わせているのは、きっと、寒さだけが原因ではない。
頭に大きめのタオルがかけられ、アンジュは漸く、顔を上げた。
「風呂貸してやるから。温まって来るんだよい」
小さな子供を見るような瞳が、向けられていた。
マルコに礼を言い、シャワー室に向かう途中、「にゃ~ん」とコタツが付いて来た。
四番隊と狩りに出ていたが、戻って来ていたらしい。少し汚れている。
心配そうなコタツに、アンジュは微笑みかける気力が無かった。
「コタツ……いっしょに入る?」
「なうっ」
コタツを洗い、自身も温まり、風呂から出た後はコタツを拭いて乾かしてからでなければ、アンジュはエースの所に行けなかった。
震えが止まったのが、その頃だったから……。
後日、エースが白ひげ海賊団の正式な客分として扱われるようになると、アンジュはデュースにスペード海賊団の海賊旗を渡した。
「若先生」
「お前まで若先生って呼ぶなよ…」
彼はスペード海賊団の最初の仲間、エースの相棒だ。
今後エースがこの旗を必要とした時は、彼から渡すのがいいと思った。
エースがそれを、どうするとしても。
「いいのか?お前が持ってなくて」
「ええ、いいの」
――わたしは、もう、この身に刻んであるから。
盃を受けたい。白ひげの。
スペード海賊団を、解団する。それが、エースの決断だった。
解団式。海賊旗は、エースの手で炎になった。
そして、ピース・オブ・スパディル号も――――
エースは今、その背中に、白ひげ海賊団のマークを背負っている。
彼は言った。
おれはオヤジを海賊王にする。
白ひげは、戦闘員としては決して自分の船に女を乗せない。
アンジュが、白ひげ海賊団の本船『モビーディック号』に乗るには、ナースになるしかなかった。
エースが白ひげを王にするなら、白ひげの健康の管理は重要な仕事だ。
それを手伝う事ができる。
アンジュが〝セクシーなナースのおねェちゃん達〟の一員になった事は、エースとしては少々複雑だったが、本隊の医療チームなら安全だろう。
デュースが近くに居てくれるし、コタツも同じ船に乗っていた。
エースは、任務で遠征する事もある。
二番隊の隊長になってからは、下の者に任せられないような案件にも直々に出向くようになり、アンジュは本船でエースの帰りを待っていた。
エースは20歳、アンジュは18歳。
船長の妹は、隊長の妹になった。
「コタツ、どうしたの?」
食堂を訪れたアンジュは、料理長のサッチに尋ねた。
「たまに、こうやって床に這いつくばって震えてる時があるんだ。何なんだろうな?」
「エース以外にも懐くようになったし、臆病なのは克服したと思ったんだけどな…」
アンジュがコタツの襟首を優しく掻いてやると、少しは落ち着いたのか「にゃーん」と啼いた。
「もうすぐエースが帰って来るみたい。そうしたら、元気になるかしら」
「妹ちゃんも、待ちきれないって感じだな」
ナースの勤務時間は交替制だ。
アンジュは今日の仕事を終えた後、エースがお腹を空かせて帰って来るのではないかと、食堂にやって来たのだ。
「何か作ってみるか?」
「わたし、あんまり味がわからなくて……」
「知ってるさ。おれがちゃんと教えるよ」
サッチ率いる四番隊は、白ひげ海賊団の台所を預かっている。
彼は海賊として、隊長に相応しい実力を持つが、性格は気さくであり、女子供には特に優しい。
どうぞお嬢さん、と。見習い用のエプロンも貸してくれた。
「ペペロンチーノ、わたしにも作れる?」
「もちろん!だが、ブートジョロキアは扱わせねェからな。あれは素人にゃ危険だ」
その後、帰還したエースは、目の前の好物に目を輝かせた。
「これ、アンジュが作ってくれたのか?」
「サッチに手伝って貰ったから、おいしいと思うんだけど…」
「こんなの食うのお前しかいねェんだ。全部食えよ。せっかく妹ちゃんが作ったんだからな」
「食うに決まってんだろ!全部おれのだ!!」
彼の足下には、コタツが甘えるようにすり寄り、丸くなっていた。
「うめェ!!!」
「よかった」と、アンジュは愁眉を開く。
「妹ちゃん、一つ一つ教えてやればちゃんと調理できるんだぜ。味見は他の奴がしてやりゃいい」
「なら、おれが味見係だな」
「バーカ、エース!おめェは出来上がった料理を食べる係なんだよ」
誰の為に頑張ってると思ってんだ、と。サッチは頭を掻いた。