El sol
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魚人島――マリンショッピングモール。
アンジュは、バンシーと一緒に服屋に来ていた。
「これなんてどうだい?似合うと思うよ」
「ねぇ、バンシー。どうして急に、お買い物に連れてきてくれたの?」
「あんた最近、服が窮屈そうじゃないか」
「わたし、そんなに太った?」
「バカだね。女らしくなったって事さ」
シャボンディ諸島からコーティング船で出航したスペード海賊団は、失敗率7割という航海を乗りきり、魚人島本島に入港した。
地元民である魚人のウォレスが、海底の航路を知っていたおかげだ。
バンシーにとっても、魚人島は故郷だった。
年齢を重ねて足が二股になってはいるが、彼女はれっきとした人魚だ。
土地勘のあるバンシーに連れられて、アンジュは今、こうして服を見立てて貰っている。
「あんたの兄貴は、こういうのに無頓着だからね。妹への土産っていったら、食い物しか持って来やしない」
「わたしが、チョコレートが好きって言ったからよ」
「それにしたって、馬鹿の一つ覚えみたいにチョコばっか買って来る事ないじゃないのよ。まー、日持ちはするけど」
気っ風のいい女海賊のバンシーは、山賊の棟梁であるダダンと、少し似ているところがあった。
海の男共を鉄のオタマで黙らせる程の、強い女だ。
『 エース!おめェいつまでアンジュを自分の国で寝かせるつもりだ!?ダダンの国の捕虜にしちまうよ!それが嫌ならアンジュの国でも何でも作りな!! 』
ダダンも、兄と弟に混じって行動するアンジュのことを、気にかけてくれる事があった。
お下がりの服を持って来てくれたり、髪の結い方などを教えてくれたのはマキノだったが、寝る場所や風呂等、口を出してくるのはダダンと決まっていた。
「あんたいくつになるんだ?16?17?これからどんどん大人になってくんだって事、エースはわかってんのかね」
エースに文句を言いつつも、バンシーも彼を慕って此処にいる。
こんな風に妹のアンジュの世話を焼くのも、船長であるエースの資質がそうさせるのだろう。
「大人になったら、何か変わるの?」
「周りの目が変わってくるだろ。扱いもね」
「エースも?」
「……変わってほしいのかい?それとも、ほしくないのかい?」
「わからないの。でも、わたしは…………〝かわいい妹〟でいなきゃいけない気がする」
――だって、わたしに始まりをくれたのは、エースだから。彼が「妹」だと、そう言ったから。
眼前に、ハンガーにかかった服が差し出され、アンジュは顔を上げた。
「これ着な」
「え?」
「いいから、ほら!」
バンシーに背中を押され、アンジュは服と一緒に、試着室に押し込まれた。
「エース、ただいま」
買った物を持って船に戻ると、ひとり気儘に食事に出掛けていたエースも戻って来ていた。
「おう、アンジュ。オバちゃんと買い物に行ってたんだってな。どうだっ……た?」
バンシーの後ろから現れたアンジュを見た瞬間、エースの言葉が、不自然に途切れた。
瞠目したまま固まる彼の姿に、アンジュは首を傾げる。
アンジュは、先程の店で買った服を着ていた。
ピンクのフリルブラウスは、胸元が大胆に開いているデザインのもので、膝下辺りから広がったタイトなスカートは、身体のラインを強調している。
髪を飾る花――エースが作った髪飾りだけが、普段と変わらない。
「……オバちゃん」
「何よ?かわいいだろ」
「いや、かわいいけどよ。しかもなんか人魚みてェだし……すげェ綺麗だけど……!」
「そりゃ良かった」
「よくねェよ……」
魚人島を出港し、皆でバンシー特製の海賊鍋を囲む頃には、アンジュはブラウスの上からパーカーを着用していた。
〝クリミナル〟という、魚人島で流行りのブランドなのだという。
それを知っていたわけではないのだろうが、「その格好じゃ寒ィだろ」と、買ってきた服の中からエースが引っ張り出して着せたものだ。
魚人島は海面下1万メートルにあり、陽樹イヴが海上の光をもたらすとはいえ、辺りの水温は低い。
大抵の人間は、厚着をしているものらしい。
エース自身はハーフパンツ1枚に上半身は裸という服装なのだが、「おれは寒くねェからいいんだ!」と。
確かに、メラメラの実の能力者であるエースの周囲は、常に暖かい。
冬島に降る雪が溶け、吹雪が止むくらいには……。
赤髪海賊団が根城にしている、ユキリュウ島の洞窟。
ルフィの恩人であるシャンクスに挨拶に行ったエースは、大勢だと迷惑だろうと待たせていた船員達も呼び、宴が始まった。
「おれの妹です」
エースからシャンクスに紹介され、アンジュはお辞儀をした。
「ルフィに兄貴がいたのも驚いたが、まさか姉貴までいたとはな」
「アンジュです。赤髪の船長さんにお会いできて嬉しいです。お話はいつもルフィから聞いていました」
しっかり挨拶をするアンジュを見て、シャンクスは遥々酒をあおり、笑った。
「似てねェ兄妹だな。お前の妹っていうよりは、マキノの妹といわれた方がしっくりくる」
「男のおれじゃ気が回らねェ事もあるもんで、マキノさんにはいろいろと世話になって」
「だからか、喋り方や雰囲気が少しばかり似通ってるのは」
「このスカートも、お下がりを仕立て直したものなんですよ」
「裁縫も習ったんだもんな」
「ほう、そうかァ」
シャンクスは、改めてアンジュの顔を眺めた。
懐かしい酒の味も手伝ってか、その清廉な笑みはマキノを思い出させる。
しかし、微かな違和感を覚えた。
優しいお姉さんに憧れて真似をしている少女、というには何かが違う気がする。
「コタツ、大丈夫よ。おいで」
人見知りなコタツは、シャンクス達を前に少し気後れしていた。
「お、猫がいるのか」
「よしコタツ、宴会芸だ!この火の輪をくぐれ!」
エースが炎の輪を作り、コタツを呼ぶ。
「グルルル…………にゃ~ん」
洞窟にはふたつの海賊団が集まり、オオヤマネコの火の輪くぐりで、宴はさらに盛り上がった。
「おれは、おれの名を世界に轟かせる」
エースは、宴の席でそう語った。
海賊王ゴール・D・ロジャーを凌ぐために。〝白ひげ〟エドワード・ニューゲートを倒すことが、ポートガス・D・エースの出発点――はじまりであると。
四皇の一角であり、ロジャー海賊団の元船員であったシャンクスは、どう見たのだろう。
王下七武海入りを拒否し、四皇を崩すと言ったルーキーを。
その瞳の奥で滾る、ほの冥い炎を。
そして、その傍らで笑みを湛えている、海賊にも村娘にもなりきれない、捉えどころのない少女を……。
そして――――エースは白ひげに、
敗北した。
海侠のジンベエとの、5日にわたる戦闘の直後。立っているだけでやっとの満身創痍の体で、〝炎上網〟でバリケードを築き仲間を逃がして、たったひとりで白ひげに挑み、負けたのだ。
その夜のうちに、スペード海賊団は船長奪還に向かった。
そして返り討ちにあい、全員捕まった。
しかし、白ひげ海賊団の本船『モビーディック号』に乗せられ、牢に入れられるわけでも、枷を付けられるわけでもなく、食事も与えられた。
その後は白ひげの船団に分乗させられたが、皆、無事でいる。
デュースは、白ひげ海賊団の医療チームにいた。
白ひげを襲っては手酷くやられ運ばれてくる、エースの治療も担っている。
海に叩き落とされた時は、ウォレスが救助していた。
スカルは情報力を買われ、ミハールは字を教え、コタツは食糧集めを、他の船員達も何かしら持ち場を持って働いている。
全員殺されていても文句は言えないというのに、命を救われメシを食わせて貰っているのだから、その恩に報い、海賊として筋を通さねばならなかった。