El sol
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夜、適当な宿をとると、エースは満足そうにベッドに横になった。
「あ~食った!」
「ったく……本当にどうなってんだよ、お前の身体は」
シャボンディパークにて、地上に辿り着いた観覧車から降りエースを探していたデュースは、声をかけるのを躊躇した。
だが、エースの方が先に気付き、「お、デュース」と振り返る。
そのあまりにも普段通りの様子に、デュースも何事も無かったかのように返事をしていた。
「ここに居たのか。ルーナも来たんだな」
「うん…」
ルーナの方も血色は戻っていたが、返す言葉がぎこちなく……。
「そうか、ルーナも遊びたかったんだろ!観覧車とかすげェもんな。エース、もう一回乗ろうぜ。さっきは景色を楽しむどころじゃなかった」
「イスカは?」
「ひとまず出直す、今日のところは見逃してやるってよ。やっぱ旅行だあれ」
「そっか。じゃあ、乗るかルーナ!」
「わたし、観覧車はじめて」
シャボン玉を加工して作られた、透明で虹色に輝くゴンドラへ乗ると、ルーナの顔は漸く綻んだ。
そのルーナは、既にベッドの1つで就寝中だ。
スペード海賊団の仲間が増えてから、ミハールやコタツと船番をする事が多くなったルーナ。
エースと一緒に島を探索するのは、久しぶりの事だった。
「なんか、懐かしいな」
デュースが言った。
「この3人だけってのは、久々じゃねェか。シクシスを思い出す」
「……そういやそうだな」
エースが笑う。
「あの時も、ルーナは寝てた」
あの無人島ではまともに食事ができず、ルーナが休眠状態に陥ったのだが、今は普通に眠っているだけなので安心だ。
「今はあの時と状況が違うってのに、何でルーナも同室なんだ?」
「あ?だってひとりで置いとけねェだろ」
「過保護だな」
高額な懸賞金がかけられているエースは、賞金稼ぎやら名を上げたい海賊やらにも狙われている。
エースは難なく蹴散らしていくものの、そういう輩にルーナが目を付けられないようにというのが、エースがルーナを連れ歩かなくなった理由だった。……筈だ。
「おれさ、時々よくわかんなくなんだよ」
エースが身を起こし、胡座をかく。
「ルーナを守りたくて一緒に海へ出たのに、おれといると危ない目に遭うかもしれねェって船に置いて来たり、けど…今日は絶対離れたくねェと思っちまって、結局宿まで連れて来て……。何がしたいんだろうな、おれは」
「そりゃあ、お前……好きだから傍にいたいんだろ?でも、傷付けたくねェから、時と場合によっちゃあ必要に応じて距離を取る。そういうもんだろ」
「そういう、もんか?」
「惚れた女ってのはな」
暫く、沈黙が続いた。
「何……言ってんだよ。言ったろ?ルーナはおれの妹だって」
「けど、血縁は無いんだろ?気付いてねェのかよ、エース。お前、ルーナのこと…」
「――よせ」
いつもより低くなったエースの声が、デュースの言葉を断ち切った。
その目を、デュースは見た事があった。
深く、暗い海の底のような色を浮かべた、何処か寂しげな瞳。
「エース……」
「それ以上、言うな」
エースとて、思い描いた事が無いわけではなかった。
ルーナとの未来を。
成長し、綺麗になっていくルーナをすぐ傍で見てきて、何も感じないわけがなかった。
けれど、そんな事を考えた自分を酷く嫌悪する程、その未来は、エースにとって、望んではならないものだった。
エースの母親ポートガス・D・ルージュは、エースを産んで死んだ。
20ヶ月もの間エースを腹に宿し、世界の目を、海軍の捜査網を欺いてまで、自身の命を賭して、海賊王の息子をこの世に産み落としたのだ。
ルーナを、そんな目に遭わせろというのか。
生まれてくる子供に、自分と同じような思いをさせろというのか。
そんな事、できるわけがない。
――あいつを死なせやしねェ!失って堪るか……ッ!!
ルーナは時折、畏れている節がある。
エースに嫌われ、要らないと捨てられる事を。
故に、エースに望まれれば、何だって受け入れようとする。
恋人になる事も、結婚して子を儲ける事も、エースが望んでしまえば、きっと断らない。
そして、そうなればルーナは、やはり命を賭けて、その子を隠し、守り、産むのだろう。
エースの子供を――海賊王の孫を。
だからこそ、エースはこのまま〝兄妹〟でいる事を選んだ。
「ルーナは、妹だ。兄貴としてしか……おれはルーナを愛せない」
掻き上げた髪を、ぐしゃりと掴む。
「矛盾してるよな。妹の幸せを願うなら、海賊船になんか乗せずに、育った場所に残して来りゃよかったんだ。だが、おれは……」
静かに眠るルーナを見据え、エースは思い出していた。
自身が花で作った髪飾りを着け、初めて微笑んだ少女の姿を。
「ルーナには、おれの傍で笑ってて欲しかったんだ」
滞在2日目からは、ルーナはコタツと過ごしていた。
コタツはエースに任されたルーナの護衛をするつもりだったのに、ルーナの姿が無くちょっとしたパニックになっていたと、街で会った買い出し中の船員から聞いたのだ。
「ごめんね、コタツ」
「にゃ~ん」
見た目に反してかわいい声を、いつもより一層甘くして擦り寄ってきたコタツに、ルーナは申し訳なくなり、ブラッシングしたり遊んだり一緒に寝たりと、たくさん構ってやった。
出航の日、エースとデュースが大量に買って持たせてくれていたグラチョコを摘まみながら、ルーナは彼らを待っていた。
コーティング作業も終わり、他の船員達は既に船に戻って来ており、出航の準備は整っている。
もう1つ、とグラチョコに伸ばした手が止まる。
ルーナが外を見たのを追うかのように、ルーナを囲むように丸くなっていたコタツも顔を上げた。
「どうした、お嬢…?旦那達かい?」
スカルが聞いたが、コタツが「グルルル……」と唸っているので違うと気付いたようだ。
窓へと移動しながら、ルーナは言った。
「海軍、もう来ちゃったみたい」
やがて、見張りの船員からも声がかかる。
大量の軍艦が迫っていた。
「先に出航した方がいいでしょうね」
シャボンディ諸島に入る前に確認したスカルの海図を見せ、そう言ったのはミハールだ。
船影からはまだ距離があるが、ぐずぐずしていたら沖に出た途端に包囲されてしまう。
武闘派な船員達は甲板に出て、艦隊を警戒しながら船を出した。
進むべきは、島から船に乗り込めるような小さな岬――スカルが描いた髑髏マークの場所だ。
きっと、エース達もそこへ向かう筈。
「あら…?」
「どうかした?」とでもいうように、コタツが首を傾げる。
「少尉さんは、来ないのかしら……」
軍艦が迫り来る方角を見据え、そう呟いたルーナの言葉を、船室のミハールだけが聞いていた。
「違う…。もう、来てるんだわ」
甲板に出て行き、岬に面した船の縁の方へと、ルーナは何かに誘われるように歩いていった。
そして、茂みから現れた3人の姿を見付ける。
仲間達の歓喜の声が湧き上がり、スカルが手を振って合図していた。
まず、デュースが船に飛び移り、次にエースが飛び、もうひとり、イスカだけが岬に残った。
その一部始終を、ルーナは見ていた。
「これでも、まだ私は海軍少尉なんだ……。いっしょには、行けない」
「なんでだよっ!」
詳しい事情はわからないが、エースはイスカを船に乗せようとしていて、イスカは乗らなかったという事だけは理解できた。
イスカのことは、少し好きだった。
だから、ルーナは、少しだけ残念に思った。
ぐっと帽子を目深にかぶったエースが、ルーナの頭を撫でていく。
押し寄せる艦隊。降り注ぐ砲弾。
水飛沫が雨のように甲板を濡らした。
「火拳!!!」
エースが道を切り開く。
「いくぞ、野郎どもっ!」
ピース・オブ・スパディル号は、魚人島を目指し、遥か海の底へと突入して行った。