El sol
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次の行く先を示す
遥か海の底にあるその島に行く為には、専門の職人により船を特殊な天然樹脂で覆う『コーティング』という作業を施さねばならない。
それが行えるのが、シャボンディ諸島だ。
スペード海賊団は、コーティング作業の為、3日間そこに滞在する事となった。
世界一巨大なマングローブ、『ヤルキマン・マングローブ』という樹がそびえ立ち、その根から分泌される天然樹脂が大きなシャボン玉となって舞い上がり、陽の光を反射して七色に輝いている。
新世界の入口という事で観光名所となっているが、海軍や賞金稼ぎ、世界貴族に人浚い等、観光客以外の厄介なのも居ると話していたところ、早速イスカ少尉と出会した。
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本人は否定しているが、いつもの海軍の制服ではなく私服姿で、部下も連れていない事から、旅行に来たんだなと誰もが思った。
真面目で正義感が強く、『釘打ち』と呼ばれる凄腕だが何処か抜けていて、いつもエースにいいようにあしらわれ逃げられるイスカ。
今日も馬鹿正直に船の正面だけを見張って声を張り上げていたので、エースはイスカが見張っていない場所から堂々と外に出て行った。
そんな事にも気付かず船の下で喚き続けるイスカに、哀れみのこもった瞳を向けていたデュースだったが、エースが財布を持っていない事が判明し慌てて追って行った。
イスカが船から離れたのは、それから暫く後の事。
そして、アンジュも船から消えた。
「待ってください」
イスカを追いかけ、シャボンディパークへと足を踏み入れたアンジュは、その背中に呼びかけた。
歩みを止め、振り返るイスカ。
アンジュの姿を捉えると、目を見開いた。
二の句を継ごうとしたアンジュの口から、言葉ではなく悲鳴が漏れる。
後方から、腕を掴まれたのだ。
「嫌…っ」
拉致されそうなところを、瞬時にイスカが駆け付けた。
「貴様ら!何をしてるんだ!?」
「何だ?連れがいたのか!?」
「面倒だ、こっちの女も連れていけ!!」
「バカ野郎!私は海軍少尉だ!不届きな奴らめ、覚悟しろ!!」
「ツイスティングメソッド」
自身の腕を掴む男の身体を、アンジュは、コルセットベルトに忍ばせていたワイヤーで締め上げた。
それはコルボ山暮らしの頃から装備しており、髪を編んだり結ったり、服を縫ったり装飾を作ったりと手先が器用なアンジュが、自己流で扱い始めた護身用の武器だ。
尤も戦闘に利用する事は滅多に無く、拘束や医療用に使う事の方が多いが。
男が呻き、腕が解放されたところで、独楽の要領で回転させてもう一人にぶつける。
「なっ……お前!?」
「どうも、少尉さん」
賑やかな遊園地内のカフェテリア。そのテラス席で、アンジュとイスカは向かい合って座っていた。
「また変な人に声をかけられないか心配だったけど、海兵さんが一緒なら心強いわ」
アンジュはココアを飲みながら、にっこりと笑った。
「お前、さっき自分で撃退してたじゃないか!わかったぞ。私が火拳を捕まえに行けないよう、足止めするつもりだな?」
そう言いつつも、自分もコーヒーを啜るイスカ。
度重なる追走劇の中で、アンジュが戦闘要員でない事はわかっている為か、あっさり見捨てる事も、手出しする事も憚られるようだ。
何せ彼女は、正義を背負った海軍将校なのだから。
「火拳の船に乗っているが、お前も海賊なのか?」
ふんわりとした白のブラウスと、ワインカラーのドローストリングスカートに、焦茶のコルセットベルトを合わせたアンジュは、見た目にはあまり海賊らしくなかった。
「一応、まだ海賊ではないみたい。船での肩書きも〝船長の妹〟でしかないし」
「妹だと?妹を海賊船なんかに乗せているのか!?」
「兄妹が一緒にいるのが、そんなにおかしい?」
その微笑みは、何もおかしな事ではないと、心から思っている証。
「エースはね、死にかけていたわたしを助けてくれたの。そして妹にしてくれた。だからわたしは、何処までもエースに付いて行く」
「助けた?火拳が……」
「海軍は助けてくれなかったわ。すぐそこにいたのに」
「何だと…っ」
あの時は気付かなかったし知らなかったが、世界政府の船には海軍が護衛に付いているものだ。
けれど、誰も助けてくれなかった。
アンジュのことも……おそらく、サボのことも。
「瀕死の子供の一人や二人、海軍にとってはどうでもいい事だったようね」
「そんな事はない!海軍は正義だ!!」
「エースはわたしの兄であり、恩人よ。エースがわたしのすべてなの」
「お前……」
「エースがいないと、困るの。生きていけない」
それでもエースを捕まえるというのか。アンジュの瞳は、そう言っていた。
「やはり、私には火拳が悪人だとは思えない。部下を救出する私にも、浮き輪を投げて助けた。そんな奴が何故海賊なんてやっているんだ…?」
「エース個人のことは喋らないわ。わたしが勝手に話していい事ではないし、海軍に情報を与える事になるもの」
「海軍が、嫌いか?」
「好きでもないけど嫌いでもない。何も期待してないだけよ。でも、貴女のことは少し好き。エースも『いいやつ』だって言ってたし」
イスカは俯き、静かに何か考え込んだ後、席を立った。
「私はもう行く。お前には悪いが、火拳は私が捕まえる」
意志の強そうな眼で言い、走り去るイスカを、残されたアンジュはただ見つめていた。
彼女がエースに、海賊をやめるよう説得しようとしている事など、知らぬまま。
「アンジュ!!」
観覧車のゴンドラから降りてきたエースは、カフェテリアのテラスに座っているアンジュを見つけると、進路を変えてそこへ向かった。
「エースっ!」
嬉しそうにその名を呼ぶアンジュに対し、エースは声を荒らげる。
「おまえ、何やってんだこんな所で!?ひとりか?コタツは一緒じゃねェのか!?」
「少し前まで、そこに休暇中の海兵さんがいたわ。一緒にお茶してたの」
「そういう問題じゃねェだろ!!」
アンジュとしては、自分の身の安全を証明したつもりだった。
だから、エースがこんなにも激高している理由がわからない。
「エース…?どうして怒ってるの?」
エースは、アンジュの左腕を、折れてしまいそうなほど強く掴んだ。
「何で誰かと一緒に来なかった!?ひとりでうろついて、人浚いだ何だのに連れてかれたらどうすんだ!!」
表向きには『職業安定所』となっている[#ruby=人間屋_ヒューマンショップ#>。禁止されている人身売買が黙認されている場所が、シャボンディ諸島にはあると、アンジュもスカルから聞いていた。
元奴隷のアンジュが、再び奴隷として売り飛ばされるような事があったら……。
エースは本当に、世界貴族を燃やしてしまうかもしれない。
「……ごめんなさい…」
アンジュが、震える唇で紡いだ。
「ごめんなさい、エース…。お願い、怒らないで…。ごめんなさい…ごめんなさい……っ」
青白くなったその顔を見て、エースは漸く我に返った。
同時に、掴んでいた腕を放す。
「悪い!痛かったよな。ごめんな、アンジュ……ッ」
涙こそ堪えているが、恐怖に身を震わせ謝罪を繰り返す妹に、エースは罪悪感でいっぱいになった。
怒鳴りつけて、痛い思いをさせて……これじゃあ同じではないか。
アンジュに酷い事をした奴と。
「すまねェ……怖がらせるつもりはなかったんだ…!謝らなくていい。怒鳴って悪かった」
そっと抱き寄せ、あやすように頭を撫でる。
大事な妹を傷付けた自分自身が、許せなかった。
「いや……嫌いに、ならないで」
「アンジュ……?」
「お願い…エース……ッ」
エースは、気付いた。
アンジュが畏怖しているのは、怒鳴られた事に対してでも、乱暴された事に対してでもない。
エースの機嫌を損ね、嫌われてしまったのではないかと、怯えているのだ。
「バカ……嫌いになるわけねェだろ。おまえは、かわいい妹なんだからよ」
「本当…?」
「ああ。大好きだ、アンジュ!」
目を合わせ、陽気な笑顔でそう云ってやる。
慰めではない。本心だ。
アンジュは、大事な、かわいい妹。
――そう、妹だ。