Tierra
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明け方、エースは目を覚ました。
「……ここは………おれの、部屋……?」
久しぶりの天井、壁、窓……。
「あ……っ」
そして、ベッドの端に顔を伏せて眠る、アンジュの姿。
「アンジュ!……ルフィも」
大の字でぐーすか寝ているルフィの姿も、目に入った。
「……っと、今何時だ?窯焚きは!?」
思わず飛び起きると、引き戸が開いた。
「エース!起きたのか?」
「サボ!おれ、何でここにいるんだ?今日、何日だ!?」
「まー落ち着けよ。アンジュとルフィが起きるだろ」
サボの言い方は穏やかだったが、なんとなくトゲがあった。
「お前をここに運んでくれたデュースが言うには、お前は窯焚き一日目の夜にぶっ倒れたらしい。それからずっと寝てて、二日目には熱出して、アンジュがずっと看病してた」
「じゃあ、今日は三日目なんだな?まだ間に合うなら行かねェと!」
「残念だが今は四日目の朝だ。そろそろ終わった頃なんじゃねェか?」
「っ……ああ、クソッ」
エースは両手で頭を抱えた。
大事な窯焚きの日に、自分は何をしているのかと。
「とにかく……一度、工房に……っ」
「いや……」
ベッドから出ようとするエースを止めたのは、いつの間にか目を覚ましていたアンジュだった。
「いかないで……エース、お願い……ここにいて」
エースの背中に寄り添い、抱き締めて、縋るように懇願する。
「お願い…エース……ッ」
「アンジュ……」
そんなアンジュの姿に、エースは罪悪感でいっぱいになった。
「デュースから伝言だ」
サボが告げる。
「これから窯出しまでの一週間、エースは出勤停止とする。館長命令だってよ」
「そんなッ……オヤジ……!」
「よ~く休んでから元気な顔見せに来いって事だろ?ほら、体温計。熱はかれ」
エースは、渋々体温計を受け取った。
「あ~!エース起きてたのか!?」
そのうちにルフィも目を覚まし、起きているエースを見るなり抱き付いた。
「しししっ!久しぶりだな~」
満面の笑みで、エースを見上げる。
「ルフィ……」
「元気になってよかったな、エース!アンジュの看病のおかげだな!!」
エースの熱は、すっかり下がっていた。
その後、各々身繕いをして、一緒に朝食を取った。
四人で食卓を囲むのは、本当に久しぶりだ。
「面目ねェ。いろいろと、その……世話かけちまって」
「本当だよ。一ヶ月以上泊まり込みで、ほとんど連絡も寄越さねェし、挙げ句にぶっ倒れて高熱出すとか、何やってんだエース」
「……悪ィ」
「おれはいいけど、アンジュとルフィがかわいそうだろ」
サボの静かな怒りを感じ、エースは何も言えなくなった。
「でもよー、窯焚きっての、もう終わったんだろ?エース、家に帰って来るんだよな!」
大きなおにぎりを頬張りながら、ルフィが嬉しそうに笑う。
「そうだな。しかも、一週間休みだ」
サボのその言葉は、エースに対する牽制でもあったようだ。
「いってきまーすっ!!」と、ルフィはサニーバスに乗って元気に登校した。
それを見送った後、サボは自身も出掛ける準備をする。
「さて、おれも大学行かねェと。エース、お前病み上がりなんだから、大人しくしてろよ」
「……おう」
「アンジュは、今日も学校休め」
「いいの?」
「エースの看病でろくに寝てねェし、疲れてんだろ。学校にはおれが連絡しといてやるから」
「わかった。ありがとう、サボ」
「ん。じゃあ、いってくるな」
「いってらっしゃい」
そして、家には二人が残された。
「学校、休んでたのか?昨日も……一昨日も?」
一緒に朝食の後片付けをしながら、エースが訊ねた。
「お家にいたいって言ったら、サボが、休んでいいって」
つまり、アンジュはエースの為に、学校を欠席してまで看病していたのだ。
ほとんど眠らず、付きっきりで。
「ごめんなァ……アンジュ」
「ルフィだって、心配してたのよ。この三日間は、毎日エースのところで寝てたの」
「そうか。それであいつ、さっきもおれの部屋に」
「サボも、できるだけお家にいてくれてね。わたしが、エースの傍にいられるようにって、いろいろしてくれて……」
「いい兄貴だよな、サボは」
自分で言って、エースはダメージを受けた。
――……おれは、兄貴として、立つ瀬がねェよ。
「エース……」
おずおずと、遠慮がちに、アンジュがエースの名を呼んだ。
「今日は、いっしょにいてくれる?」
エースを見上げるアンジュの瞳が、訴えかけていた。
さびしい、そばにいて
もう、どこにもいかないで
「アンジュ……!」
抱き締めずには、いられなかった。
「不甲斐ない兄貴で、すまねェ」
「そんな事……」
「いや。おれは、兄貴失格だ」
腕の中の、アンジュの顔を見る。
至近距離で目が合い、揺れる瞳の中に、自身が映っていた。
「おれはもう、おまえを……」
妹として見る事ができない。
そう言ってしまったら、アンジュは傷付くだろう。
泣くかもしれない。
あの夢のように……。
――言えるわけ、ねェ。
「わたし、やっぱり学校行くね」
エースが言葉に詰まっていると、アンジュはそう言い、エースから離れた。
「アンジュ?」
自室に入り、すぐに登校の準備をして、今度は玄関へ。
「だ、大丈夫なのか?だって、あんま寝てねェって……」
「眠くないの。平気よ」
「じゃあ、せめて送っ……」
言いかけて、エースは気付いた。
――ストライカーは?……そうか、工房に置いたままだ!
「大丈夫。バスで行けるから。今の時間なら、次のバスで行けば間に合うし」
「アンジュ……っ」
「いってきます」
すぐ近くのバス停に駆けて行き、ちょうど来たバスに乗り込むアンジュを、エースは見送る事しかできなかった。
――まさか、おれが言おうとしてた事が……?
白ひげ工房への道すがら、エースはずっと、アンジュのことを考えていた。
あんなに寂しそうにしていたアンジュが、急に態度を変え、学校に行くと言い出したのだ。
エースの言葉を、拒絶するかのように。
「とにかく、ストライカーを回収しねェと……」
預けたままのバイクを取りに行くと、工房は静まりかえっていた。
当然だ。窯焚きは既に終わっており、白ひげは寝所へ。朝まで働いた弟子達も、仮眠か帰宅をしている筈だ。
「ん?おう、エースじゃねェか」
しかし、彼だけは起きて工房にいた。
「サッチ!」
「倒れたって聞いたけど、良くなったのか?」
正確には、同じ建物内にある厨房だ。その窓から顔を出し、エースの体調を心配する。
賄い担当のサッチは、薪入れには参加していなかった。
「ああ、もう平気だ」
「そりゃよかった。でもよ、出勤停止喰らったんだろ?」
「コイツを取りに来ただけだ」
子猫でも見るようなサッチの視線に、少し不貞腐れたように返すエース。
「あ、けど……ちょっといいか?」
エースは、白鯨窯へと向かった。
窯焚きを終え、ゆっくりと温度が下がっていく窯を前には、もうする事などないのだが、どうしても気になった。
「……なァ」
窯の前に座り、ひとり、呟く。
「あれって、夢……だよな?」
エースに語りかけてきた、もうひとりの
今は静かな窯を相手に、エースは一方的に話していた。
「アンジュのこと、泣かせたくねェんだ。どうすればいい?」
膝を抱え、顔を埋める。
誰も答えてなどくれないとわかっているのに、訊かずにはいられない。
お前は、おれとは違う。火炎のエースは、そう言っていた。
何が違うというのか。そもそも、あのエースは何なのか。
ただの夢だと思うのに、忘れられない。
暫くそうしていると、背後に気配。
「暗闇にでも迷い込んじまったのか?青少年」
サッチの声だ。
「からかうなよ。本気で悩んでんだ」
エースは、顔を伏せたまま答えた。
「何を悩んでんだか知らねェが、あんまり難しく考えるなよ。そういうタイプじゃないだろ、お前は」
「……うるせェ」
「ずっとここにいるつもりか?暑ィだろ。熱中症になるぞ」
冷たい何かが手に当たり、顔を上げる。
ほら、と。ペットボトルのドリンクが渡された。
そういえば、喉がカラカラだ。
「いいか、若いの。人生の先輩からのアドバイスだ」
エースが飲むのを確認すると、サッチが言った。
「レディには恥をかかせるな」
「は……?」
飲み口から唇を離し、エースは呆気にとられていた。
サッチは今しがた、「何を悩んでんだか知らねェが」と言っていたではないか。
エースも話した事はなく、話すつもりもなかった。
「なん……だよ、それ」
「何でだろうな?今のお前を見てたら、そう言いたくなった」
意味がわからなくて、エースはしばし、混乱した。
だが、自身を見るサッチの眼差しは、ふざけてなどいなかった。
「わかった」
やがてエースは立ち上がり、サッチに礼を言った。
「迎えに行かねェと。アンジュを」
アンジュは、海を眺めていた。
――学校……結局、休んじゃった。
エースが、何かを言いあぐねているのはわかっていた。
辛そうな顔を見ていられず、続く言葉を聞きたくなくて、学校に行くと告げバスに乗ってしまった。
エースの傍にいたいのに、あの場にいるのが、怖かった。
だが、サボに心配された通り寝不足だったアンジュは、バスに揺られるうちに、いつの間にか眠ってしまい……。
起きた時には、既に東の海高校を通り過ぎており、この港まで来てしまっていた。
かつて、幼いアンジュが、置き去りにされていた場所に。
「エース……」
バスで眠っていた時、エースの夢を見た。
何処か、花に囲まれた場所で。アンジュの髪を、撫でてくれていた。
目の前のエースに、アンジュは懸命に両手をのばした。
エースはそれを受け入れ、優しく抱き締めてくれた。
エースの傍にいたくて、いっしょにいたいと伝えるが、彼は目を合わせ、首を横に振る。
そして、アンジュの頬を両手で包むと、笑った。
太陽のように、あたたかな笑顔で。
額に、何かが触れた瞬間……エースの姿が、まるで燃え尽きるかのように消え去っていった。
目が覚めた時、アンジュは頬を濡らしていた。
バスを乗り換え学校へ行く気にもなれず、かといって家にも帰れず、アンジュはこの場所を動けずにいた。
――エースはもう、わたしを……。
揺蕩う水面に、自身の顔を映してみる。
自分はエースにとって、〝かわいい妹〟ではなかったのだろう。
だからエースは、距離をおくようになった。
ずっと、帰って来なかった。
「ルフィとサボは、エースの兄弟……でも、わたしはちがう。わたしなんか……もう、いらない……?」
言葉にした瞬間、恐ろしくて堪らなくなった。
夏だというのに、震えが止まらない。
両手で頭を抱えると、視界の端を、何かが落下していくのが見えた。
「いや……ッ」
するりと抜け落ちたそれが、エースに作ってもらった髪留めであると気付いた時には、アンジュは海に飛び込んでいた。
「――アンジュ!!」
その姿を、遠くから目撃した者がいた。
ストライカーを降りると、全速力で走って行き、自身も海に飛び込んで……。
沈んでいく――ように彼には見えた――アンジュの元へと一直線に潜って行き、その身体を抱えて海面から顔を出した。
「ぷはッ……何やってんだ、アンジュ!!?」
アンジュが自ら海へ身を投げたと思ったエースは、つい声を荒らげていた。
その両腕で、アンジュを確と抱きながら。
「学校行っても、今日は来てねェって言うしッ……心配したんだぞ!!どうして、こんな……っ」
「……ごめんなさい…」
アンジュが、震える唇で紡いだ。
「ごめんなさい、エース…。お願い、怒らないで…。ごめんなさい…ごめんなさい……っ」
青白くなったその顔を見て、エースの表情も苦しげに歪む。
「エースに貰った髪留め、落としちゃった…ッ……潜って探したけど、見つからないの……」
「髪留め?」
「せっかく、エースが作ってくれたのに……わたし…ッ…ごめんなさい……ごめんなさい、エース…!」
「そんなもんの為に、おまえ……」
恐怖に身を震わせ、謝罪を繰り返すアンジュ。
エースは、アンジュが何故こんなにも怯えているのか、わからなかった。
「いや……嫌いに、ならないで」
「アンジュ……?」
「お願い…エース……ッ」
縋るような、アンジュの懇願。
病み上がりのエースを、工房に行かせまいとした時と同じ……否、あの時よりも、ずっと、畏怖していた。
エースが、離れていく事を。
「バカ……嫌いになるわけねェだろ……」
アンジュは、かわいい妹なんだから。
そう、言おうとしたのに。
「アンジュ……おまえを、愛してる」
気が付けば、強く抱き寄せて、そう告げていた。
「……本当?」
「もう兄貴じゃいられねェくらい、大好きなんだ」
「っ………エース…ッ…エースぅ…」
聞こえてくるアンジュの泣き声に、エースはただ謝る事しかできなかった。
しかし、朝とは違い、アンジュを抱き締めたまま、離さない。
「わ、たしッ……わたし…も……っ」
泣きながら、アンジュは懸命に紡ごうとしていた。
「わたしも、あなたを……」
〝あいしてる〟
「……!!」
その言葉を聴いたエースは、一瞬、花の香りに包まれたような感覚に陥った。
何度も夢に見た、泣きながら何かを紡いでいたアンジュの姿が過る。
「アンジュ」
腕の中のアンジュと、目を合わせた。
自身が映る、その瞳を見据えて。
「わたし、エースといっしょにいたい……エースがいないと」
「ああ。おれも、アンジュがいないとダメみてェだ」
今度こそ、約束する。
「もう、絶対に放さねェ。ずっと一緒だ」
そう言って笑いかければ、涙と海水で濡れていたアンジュの顔が、蕾が開くように輝いた。
あまりにも、綺麗な笑顔だった。
――ああ……これが見たかったんだ……おれは。
エースは、吸い寄せられるように顔を近付け、唇を重ねた。
可愛くて、いとおしくて、堪らなかった。
「エース…!お前ェ今度は何やったんだァ!!」
港の側にある東港交番に駆け込んで来たのは、ダダンだった。
喧嘩等で補導歴のあるエースは、警察の厄介になる度にダダンが身元引受人になっていた為、今回も連絡が行ったのだ。
補導したわけではなく保護である事、男女が海に身を投げたとの目撃証言があり救助に向かったところ、二人が海に浮かんでいたので引き上げて事情を聴いた……と、若い女性警察官が説明した。
「身を投げ……心中っ!!?」
「心中ってどういう事だよ!!?」
アンジュの保護者として連絡を受けたサボも、愛車を飛ばして駆け付けた。
「ごめんなさい。わたしが髪留めを落としてしまって、海に入って探していたの。そうしたら、エースが来てくれて……」
「アンジュを探してたら、海に飛び込んだのが見えたから、おれも咄嗟に……」
エースとアンジュは、先程警察官に説明した事を、今度はダダンとサボに語る。
決して死のうとしたわけではないと、それだけは明確に伝えた。
「事情はわかった。でもな……」
溜息を吐いたサボの指は、竜の鉤爪を模していた。
「心配させんじゃねェよ、この馬鹿野郎!!」
「ぎゃああああ!!」
彼の驚異の握力が、エースの顔面を襲った。
「サボ、やめて……!エースは悪くないの。わたしが、バスで寝ちゃったのがいけないんだから……っ」
アンジュの制止により、アイアンクローが解かれる。
「おれは言ったよなァ、エース?病み上がりなんだから、家で大人しくしてろって」
「……ああ」
「アンジュも、おれは学校休めとは言ったけど、それは家でゆっくり休んでろって意味だったんだぞ?」
「ごめんなさい、サボ……」
「とにかく、二人が無事でよかったよ」
警察官に礼を言い、一行は交番を後にした。
「まずはアンジュを風呂に入れてやるんだね。あとはあんたら兄弟の問題だ。あたしゃ帰るよ」
互いの傍を離れようとしないエースとアンジュを見て何か悟ったのか、ダダンはそう言って帰っていった。
《サボ君!?またイナズマ教授の授業サボったでしょ!》
「仕方ねェだろ。急用だったんだ」
《急用って何よ?》
「大事な妹が、生まれた時からよく知る男に掻っ攫われた」
《はあっ!?》
「今日はもう戻らねェから、あとよろしくな。コアラ」
《ちょっと、待ちなさいよ!もお、要件人間!!》
まだ話しているコアラとの通話を、一方的に終えたサボ。
彼の前には、帰宅後順番に風呂に入り、着替えを済ませたふたりが並んで座っていた。
「サボ」
エースは深く、頭を垂れた。
「おれがアンジュから離れたのは、おれの気持ちが、アンジュを傷付けると思ったからだ。兄貴が妹に惚れるなんて、許されねェだろ。だから、ずっと帰れなかった」
「エース……」
「けど、どうやら間違ってたみてェなんだ。結局おれは、アンジュの笑顔を奪ってた。こんな、どうしようもねェおれを、アンジュは愛してくれていたのに」
顔を上げ、エースは真っ直ぐにサボの目を見る。
己の決意が、伝わるように。
「アンジュのことが好きだ。愛してる」
その瞳には、眩しい程の炎が宿っていた。
サボはそんな双子の兄を見据えた後、妹に視線を向けた。
「アンジュは、いいのか?エースが兄貴じゃなくなっても。エースのことが、好きなのか?」
「うん。大好き」
至極当然の事のように、アンジュは答えた。
まるで、それ以外の言葉など知らないかの如く。
最近はずっと不安げで、寂しそうだったアンジュの瞳が、あたたかな光を取り戻していた。
かわいい妹の笑顔に、兄が勝てる筈がない。
「エース」
サボは、再びエースと目を合わせた。
「おれの妹、よろしく頼む」