Tierra
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結局、エースは一度も家に帰らないまま、窯焚きの日を迎えた。
白鯨窯は、焼成に三日三晩。
窯詰めは主に白ひげとマルコで行い、窯焚きが始まれば、弟子達が交代で一昼夜、1時間に約200本の薪を投げ入れ続ける。
1200℃以上の炎と格闘する窯焚きは大変に厳しい作業だが、白ひげはほとんどの時間を窯の前で過ごしていた。
今は、エースも一緒に。
「オヤジ、少し寝てくれよい」
「おお、そうか」
昔は三日間眠らなかった白ひげも、高齢故に無理をしないようにと、夜にはマルコに任せて仮眠を取るようになった。
寝所に引き上げようと立ち上がった白ひげは、窯と向き合っているエースの様子を窺う。
苛烈な炎を映した瞳の奥に宿る、仄暗い光が気になっていた。
ここ一ヶ月ほど家にも帰らず、睡眠時間さえ削って作陶に打ち込んでいたのは知っている。
他の弟子達にもそういう時期はあるが、エースの場合は何かが違っていた。
昼間の就業時間中は、いつものエースだった。
やんちゃで人懐こい笑みを浮かべた、最年少の生意気な弟子。
けれど、闇夜に包まれたエースは、何処か苦しげで……。
これでは三日間保たないかもしれないと判断した白ひげは、エースにも仮眠を取らせようと声をかける。
「エース、お前も……」
その時、煙突から火柱が上がった。
窯の中で渦巻く炎が、形を変えてゆく。
まるで、拳のように……――エースには、そう見えた。
「あ……?」
目を奪われ、薪を持ったまま動きを止めたエースを、窯から噴き出した火炎が襲う。
「エース!!」
白ひげの声と同時に、シャツの襟を掴まれ、身体ごと後ろへ持っていかれた。
「何やってんだよい!」
マルコが受け止め、鬼気迫る形相で怒鳴る。
それほど危険だったのだ。
「今……炎が、おれに……」
エースは、そのまま気を失った。
『 ……エー…ス…ッ…エースぅ……っ!! 』
――まただ……また、あの夢……っ
夢の中で、アンジュが泣いている。
何処か、花に囲まれた場所で。
長い黒髪は部分的に短くなり、怪我でもしているのか、身体には包帯。
――どうしたんだよ、アンジュ?何をそんなに泣いてんだ!?
アンジュの頬を両手で包み、滂沱と流れる涙を拭ってやりたい。
その美しい瞳に、己を映してほしい。
額に唇を落とし、抱き締めてやりたい。
おまえを愛していると、伝えたい。
けれど、それは叶わない。
アンジュに、エースの姿は見えていない。
声も届かない。触れる事もできない。
大事なひとが泣いているのに、何もしてやる事ができない。
こんなにも、いとおしいのに……。
ふと、アンジュの唇が、何かを紡いだ気がした。
〝わたしも、あなたを……………〟
その先は、聞こえなかった。
――何だ?何て言ったんだよ?なァ……っ
アンジュの涙が、泣き声が、頭に、耳に、こびりついて離れない。
――アンジュ……!!
「アンジュ」
エースの自室。彼の額のタオルを冷たいものに変えていたアンジュに、サボが声をかけた。
「エースが心配なのはわかるが、お前も少し寝た方がいい。おれが起きてるから」
「ありがとう。でも、もう少し、ここにいたいの」
「そうか……」
サボは、未だ目覚めないエースと、「おれもここで寝る!」と彼のパイプベッドの横に布団を敷いて眠っているルフィ、エースの傍を離れようとしないアンジュの姿を順番に見て、眉を寄せた。
一昨日の夜、デュースが車でエースを運んで来た。
窯焚きの途中に、ぶっ倒れたのだと。
作陶に打ち込むあまり寝不足だったようで、疲れてるだろうからとそのまま寝かせたが、翌日になっても眠ったまま。
窯焚きの後は丸一日眠り続けるのが恒例だったが、今回は様子が違っていた。
昨日から発熱した為、アンジュが付きっきりで看病している。
「サボ」
「ん?どうした?」
シロイルカのぬいぐるみをぎゅっと抱き締め、アンジュはエースを見つめながら言った。
「エースは、わたしのこと、嫌いになったのかな……?」
思いもよらぬその発言に、サボは息をのんだ。
「わたしは、血が繋がってないから……もう、妹だと思えないのかな」
「そんな事……っ!」
あるわけがない。サボは心の中で叫んだ。
大きな声で否定しなかったのは、アンジュが今にも泣き出しそうで、声を荒らげる事ができなかったからだ。
「エース……前とちょっと違うの。わたしといると、困ったような、どうしていいかわからないって顔してる時があって……」
言われてみれば、サボにも思い当たる節はあった。
以前より、エースとアンジュの距離は近くない。
頭を撫でたり、抱き締めたりする事が無くなった。
通学の際、バイクの後ろに乗せて送っていかなくなった。
工房に寝泊まりするようになってからは、アンジュやルフィの顔を見に帰って来る事もなくなった。
三者面談の件もあり、アンジュの為に妹離れしようとしているのかと、サボは思っていたのだが。
――おれがシスコンとか言ったからか?……いや、違う。たぶん、それよりも前から、エースは何処か違っていた。
やはり、アンジュが養女だと思い出してからだろうか。
「もう、離れなくていいって……ずっといっしょだって、言ってくれたのに……」
「アンジュ……!」
涙こそ堪えているが、不安に身を震わせる妹に、サボは胸を痛めていた。
「大丈夫だ。エースがアンジュを嫌うなんて事、絶対にありえねェから」
そっと抱き寄せ、宥めるように頭を撫でる。
幼い頃から、こういうのはエースの役目だった筈だ。サボの出る幕など無いくらい、アンジュにはいつも優しかった。
――早く起きろよ、エース。熱出して寝てなけりゃ、ぶん殴ってたところだ!
「エース!!」
白ひげに名を呼ばれ、意識を向ける。
「何やってんだよい!」
今度は、マルコの声だ。
そこは、白鯨窯の前。
煙突からは、火柱が上がっていた。
――ああ、そうか。おれは、今、窯焚きの途中だった……!!
「すまねェ!」
灼熱の業火に晒されながら、エースは薪を投げ入れ続けた。
もっと、もっと、燃やさなければ。
窯の中で渦巻く炎が、形を変えてゆく。
――何だ?いつもと、違う。
「なァ、オヤジ……ッ…マルコ?みんなっ!?」
気が付けば、その場にいるのはエースだけ。
否、もうひとり――
火炎が、人の形になった。
「なっ……」
光沢のある黒のブーツ、ハーフパンツに上半身は裸、腕には刺青『ASCE』――〝S〟には×印。深紅の珠の首飾り、オレンジ色の帽子。
引き締まった身体の、そばかすのある若い男。
――……おれ…?
『 ――おれは、愛されてはいけないと思っていた 』
『 生まれてきてもよかったのかと、ずっと考えてた 』
「何だよ……何を、言って……ッ」
『 けど、こんなどうしようもねェおれを、愛してくれた人達がいたんだ 』
ルフィ、サボ……オヤジと、白ひげ工房のみんな、自警団〝スペード〟のクルー達……そして、アンジュ……。
何やら見慣れない服装をしているが、エースの身近な人々にそっくりだった。
『 人生に悔いはないが……心残りはある。ルフィの夢の果てを見れねェ事。そして、アンジュを泣かしちまった事だ 』
「……っ!?」
『 アンジュには、おれの傍で笑ってて欲しかったんだ。絶対守るって、誓ったのにな…… 』
「そんなの、おれだってそうだ……!」
『 アンジュは、妹だ。兄貴としてしか……おれはアンジュを愛せなかった 』
「わかってんだよ、そんな事!!」
『 でもな……お前は、おれとは違うだろ? 』
「……どういう、意味だ?」
エースが訊くと、
質問には、答えなかった。