Tierra
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「サボ、頼みがある」
サボの仕事が落ち着いた頃、エースが言った。
「次の窯焚きまで、集中して作陶してェんだ。暫く工房に寝泊まりしようと思う」
白ひげ工房には、作品づくりや研究で遅くなったりした時に寝泊まりできる部屋がある。
職人達は工房の近くに家がある者が多いが、陶芸展や窯焚きの前などは、暫く泊まり込む事もあるようだ。
新入りのうちは住み込みという選択肢もあったのだが、エースは兄弟で暮らす為、その選択をしなかった。
窯焚き期間以外は必ず帰宅し、弟妹と夕食を共にしてから、再び工房へ修練に行く。彼は、そういう生活を選んだのだ。
故に、深刻な顔で告げたエースに、サボは協力してやらなければと思った。
最近までは自分の仕事が忙しく、家の方を任せがちになっていた事もある。
「わかった。ルフィとアンジュのことはおれに任せろ!」
「ありがとな、サボ」
複雑そうに笑ったエースが家を離れてから、もうすぐ一ヶ月だ。
「うわ、雨降って来た。ルフィのヤツ、傘持ってったか?」
玄関から外を見ながら、サボが言った。
「自転車で遊びに行ったから、持ってないと思うの」
靴を履きながら、アンジュが答える。
休日の午後、ルフィは愛車のミニメリー号に乗ってウソップの家に遊びに行っていた。
「後で迎えに行ってやるかー」
買い出しに出掛けるアンジュの為に、サボが車を出してやる。
サボは大学の授業を調整し、仕事も自宅でできるものは持ち帰り、なるべく家にいるようにしていた。
「よし。他にどっか寄る所あるか?」
買い出しを終え、購入した食材や日用品を積み込み、サボは助手席に乗る妹に尋ねた。
「ううん。大丈夫」
「遠慮しなくていいんだぞ?自分の買い物とか、どっか行きたい場所とか、何処でも連れてくからな」
再度聞くと、アンジュは何か言いたげに口を開いたが、逡巡する。
「やっぱり、帰る」
「そうか?」
サボは、車を発進させた。
「ねぇ、サボ……」
暫く走らせていると、アンジュが言った。
「エースは、どうして帰って来ないの?」
俯き、消え入りそうな声で。
「暫くは作陶に集中したいって言ってたろ?窯焚きが終わったら、帰って来るさ」
「でも、こんなに長くいないの、初めてだし……」
「まァ、そうだな」
もしかすると、作品づくりが上手くいっていないのかもしれない……と、サボは思った。
去年の秋の工房展――あの緋色の盃以来、エースは作品を完成させられていない。
「今はおれを頼ってくれると嬉しい。エースの代わりにはならねェかもしれねェが、おれだってアンジュの兄ちゃんなんだからな?」
「……うん」
アンジュは頷くが、不安げな表情のままだ。
帰宅し、駐車スペースに車を停める。
荷物を家に運び込んだ後、サボは再び車に戻ろうと、アンジュに声をかけた。
「ルフィを迎えに行ってくる」
寂しそうな妹が気になり、「一緒に行くか?」と続けようとした時だった。
「ただいま~!!」
勢い良く引き戸が開き、ルフィが帰って来た。
「なっ…!?ルフィお前ッ……びしょ濡れじゃねェか!!今、迎えに行こうと思ってたんだぞ!?」
「ああ!!濡れたけどな!雨ン中走るの気持ち良かったし、楽しかったぞ!!」
「ったく……風呂に直行だ!」
このまま上がられるとあちこち濡れてしまう為、サボはルフィが靴を脱ぐと、その身体を抱え上げた。
「ルフィ、おかえりなさい」
「ただいま!」
「お風呂入る?」
「おう、サボと一緒に入る!」
「いや、おれはまだ……」
いつもなら喜んで一緒に入るところだが、サボはアンジュの様子が気掛かりだった。
「サボも服濡れちゃってるし、一緒に入ったら?わたし、その間にごはん作るね」
「サボ、早く風呂!」
「あ、ああ。わかった」
ルフィの前だからか、姉として気丈に振る舞うアンジュに胸を痛めながらも、サボはひとまずルフィを連れて風呂へ。
……向かおうと思ったが、その前に。
「アンジュ、メシ作るのちょっと待ってくれ!」
「……ース………エース…………おい、エース!!!」
「!?」
何度目かの呼びかけで、漸く自分が呼ばれている事に気付いたエースは、土練りの手を止め顔を上げた。
「何だ、デュースか」
「もう夜だぞ。メシ食いに行こうぜ」
「ああ……そういや腹へったな!」
思い出したように、ぎゅるるるるっと腹が鳴った。
水道で手を洗い、出掛ける仕度をする。
「ん?そういや、何でデュースがいるんだ?」
今日は、白ひげ工房の休日だった。
エースは自分の作陶修業の為に工房を使わせて貰っているが、通常業務は無い。
サッチも休みで賄いが出ない為、食事は自分達で調達する必要がある。
「マルコ職長の助手だ。さっきまで研究室にいただろ」
「そうだったか?」
「休日出勤させて悪いからって、晩飯代貰ったんだ。エース連れて食って来いってよ」
「そりゃありがてェな」
マルコも今日は、釉薬の研究をしていたらしい。
彼の調合する釉薬は、彼独自の作品に使うものの他に、工房で作られる注文品に使用されるものもある為、研究補助を務めるデュースは出勤扱いだ。
「おれ、こないだ館長を乗せたんだよ」
「へー、オヤジを?この車にか?」
「ちげーよ、社用車だ。もちろん後部座席にな。ギャラリー行くから送迎してくれって言われてよ。めちゃくちゃ緊張したぜ」
乗せるのがお前だと気が楽だ。
助手席のエースにそう話した後、デュースは愛車――ライトブルーのトールワゴンを走らせた。
「お前、工房に寝泊まりするようになってから、就業時間外はずっと作陶修業してんだって?」
「おう、なかなか上達しねェんだよな。窯焚きまでにはいくつか完成させてェんだけどよ」
「休みの日も家に帰ってねェって、マルコ職長も気にかけてたぞ。熱心なのはいいけど、ちっとのめり込み過ぎじゃねェかって」
「マルコ職長〝も〟」という事は、白ひげからも聞かれたのかもしれない。
エースのヤツはどうなってんだ、と。
「何か、帰れねェ理由でもあんのか?」
デュースの質問は、核心を突いてきた。
「……別に、早く一人前になりてェだけだ。サボもいるし、少しくらい家をあけたって構わねェだろ」
「少し、か?もうだいぶ経つだろ」
「サボだって忙しくしてた頃あったし、お互い様だ」
本当は、サボとは違う。
彼は会社に泊まり込む時も、必ず一度は家に帰って来た。短い時間でも、家族の顔を見て、話をして。
それなのに、自分は……。
――おれは、歪んでる……。
アンジュが養女だと、血の繋がりは無いと思い出した時からだ。あの夢を見るようになったのは。
だが、エースはきっと、もっと前から、アンジュに特別な感情を抱いていた。
アンジュと再会してから、離れ離れになる前と同じように幼い子供扱いしていたのは、成長し年頃になった彼女の姿から、目を逸らす為だったのだろう。
アンジュを、かわいい妹として扱わなければ……そして自分は、兄として振る舞わなければと、無意識のうちに。
――アンジュに、合わせる顔がねェよ。
アンジュは自分を、兄として慕っているのだ。
この情炎は、決して悟られてはならない。
「着いたぞ」
「ん、ああ」
暫くして到着したのは、バンシーの炉端茶屋だった。
「なんか、久々だ。オバチャンに怒られっかな」
店内に入ると、大きな毛玉が飛び付いて来た。
「にゃ~ん!」
「うわっ、コタツ!待て待て、わかったって」
久しぶりにエースに会えて嬉しいのか、コタツは一際可愛い声で甘えてくる。
「よしよし、落ち着けコタツ」
エースは笑いながら、襟首を掻いてやった。
「オバチャン、腹へった。何か食わしてくれ」
デュースと共にテーブル席に座ると、コタツが足下で丸くなった。
「エースさん!飲み物どうぞ」
「エースの旦那とデューの旦那が揃ってるなんて、久々じゃねェか」
ウォレスや、スカルを始め、〝スペード〟のクルーが、次々に顔を出す。
クルーではないが、エースを慕う後輩達の姿も。
そんな中、食材を提供するバンシーの表情は厳しかった。
「さっき、アンジュ達が夕飯食べに来たよ」
「へ……?」
「誰かさんが帰って来なくて、妹達が寂しそうだから、せめて溜まり場にしてた店でメシでも……って、連れて来たんだってさ。サボっていったっけ?いい兄貴じゃないか」
「……そっか」
彼女の言葉は、エースの胸を抉った。
同時に、思い知らされる。今の自分はサボと違って、〝いい兄貴〟ではない事を。
「そういえば、アンジュ、今日はソフトクリーム食べなかったね。お腹いっぱいだからって、弟にあげてたよ」
エースがいないから――そう言われた気がした。