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「どうも、うちの妹がいつもお世話に。今日はよろしくお願いします」
深々と頭を下げて挨拶をするエースを見て、アンジュの担任教師ジンベエは感慨深げに笑った。
「ワッハッハ!!あの人斬りナイフみてェな小僧が、変われば変わるもんじゃのう」
「サボも来たがってたんだが仕事が立て込んでるそうで、おれが責任もって面談させてもらいます」
「そうかそうか。いや、久しぶりじゃな。白ひげのオヤジさんから聞いとるぞ。熱心に働いとるようで何よりじゃ」
彼はエースの高校時代の担任でもあり、それはもう世話になった。
入学当時のエースはかなりの荒れっぷりで、説教は日常茶飯事。ジンベエは空手部顧問でもあった為、停学が決まった時は道場に連れて行かれ、教育的指導だと礼儀を叩き込まれた事もある。
「おれの事はいいんだよ!アンジュの話だろ!?」
今日は、アンジュの三者面談だ。
後見人のガープは漁に出ており、同居している兄の方が適任だろうと、エースは半休を取って母校を訪れた。
サボは自分も行くと頑張ったが、「ミハール先生に協力して貰ってるゲーム、もうすぐ完成なんだろ?忙しいのはわかってんだ無理すんな」と言われ、エースに任せた。
大学生でありながら、シリアスゲーム制作会社の社員でもあるサボ。学生社員チームで作った子供向けの謎解きゲームアプリが好評で、今は更に専門的な学習ゲームを制作している。
最近は会社に泊まり込んだりと、いろいろ忙しそうだ。それでも夕食時には帰宅し、必ず弟妹の顔を見てから会社に戻ったりしているが。
教育者の監修が必要と聞き、エースが〝スペード〟のクルーのミハールを紹介した。
大学院を卒業した彼は、小中高の教員免許を所持しており、落ちこぼれや浮きこぼれ、病気や引きこもりなど様々な事情で学校に行けない子供達に向けて、オンライン授業や出張授業をする教師となっていた。
「アンジュは勉強の遅れを心配しとったようじゃが、授業態度も良いし、成績は向上しておる。この調子でしっかりな」
「はい、ジンベエ先生」
ジンベエからの評価に、アンジュは素直に答える。
「生活態度も問題ない。お前さんの妹とは思えんくらいじゃ」
「そりゃ良かった」
エースは複雑そうな笑みを返した。
「交友関係は、若干気がかりではあるが……」
「まさか、虐められたりしてねェよな!!?」
ガタンと勢い良く立ち上がったエースに、ジンベエは落ち着けと着席を促した。
「クラスメイトとの関係は悪くない。行事にも協力的じゃ。しかし、積極的に親しくしとる生徒がいるかというとな……。朝は基本的にお前さんが送って来とるようじゃし、部活にも入らんで放課後もすぐに下校する。友人と遊んだりしとるか?」
「弟が放課後クラブから帰って来る時には居てあげたいし、お家の事もしたいんです」と、アンジュ。
「よくアンジュに挨拶したり、手を貸したりする連中もおるが、あれは友人というより舎弟のようなもんじゃろう。ウォレスなんかはその筆頭じゃ」
そりゃあ、ウォレスはうちのクルーだし……そう言おうとして、エースは気付いた。
エースもサボも仕事があるのだからと、アンジュは率先して家事をしたり、ルフィの面倒を見ようとする。放課後や休日に、誰かと遊びに行くなんて話は聞いた事が無かった。
バンシーの店か、マキノの所にちょっと寄る程度だ。
周りに居るのは、エースに関係する人間ばかり。
これでは親しい友達ができる筈がない。
「すまねェ、アンジュ……おれの所為だ」
「どうして謝るの?」
「だっておまえ、友達と遊ぶなんて普通の事、させてやれてねェって事だろ?」
「友達、いるよ?」
「本当か!?」
「うん。モーダ」
「モーダって、牧場の娘のか?」
「モーダは、編み物や刺繍が上手でね。私が作ったワイヤービーズのバッグチャームを、かわいいって褒めてくれたの」
以前ナミが喜んでくれたので、アンジュはたまにビーズアクセサリーやチャームを自作していた。
今まさに鞄に付けている、ビーズの林檎とワイヤーの桜のチャームも手作りだ。
裁縫も得意で、屋根裏に残っていた古いミシンでワンピースを縫ったりもしているし、ハンドメイドという共通の趣味を持つモーダは、友達といえるだろう。
エースは少し安心した。
「モーダもお家が遠いから、帰りのバスでよく一緒になってて。エースに助けてもらった事があるって言ってた」
「おれに?……そうか、思い出した!」
エースが猟師のダダン一家に世話になっていた頃、牧場付近に熊が出たと聞き、退治しに行った事がある。
放牧中の乳牛を狙った熊を、エースも手伝って討ち取り、熊鍋にして美味しくいただいた。
――結局、おれに縁のある人間ばっかじゃねェか!
話は進路相談に移り、ジンベエがアンジュに訊ねた。
「進路はどうしたい?大学受験は考えとらんのか?」
「はい」
「ちょっと待て!即答し過ぎだろ!!学費なら心配ねェぞ?ジジイが預かってた通帳渡してくれたの知ってるだろ?」
「でも、特に行きたい所もないし……」
「就職したいって事か?それとも、何かやりたい事でもあんのか?」
「まだ、わからないけど……お家から通える所がいい。みんなと一緒にいたいの」
「アンジュ……」
不安げな瞳を向けられ、エースの胸は締め付けられた。
アンジュは、兄弟と離れたくないのだ。やっと一緒に暮らす事ができたのに、進学や就職で家を出るなんて考えられないのだと。
『 エースが来てくれて嬉しい。もう、離れなくていいの?わたし、エースと一緒にいてもいい? 』
『 ああ……!!ずっと一緒だ!!! 』
――あの時、約束したんだ。
「まァ、今すぐに決めんでもええ」
ジンベエの声に意識を引き戻され、エースは視線を移した。
「3年生になれば選択科目もあるからのう。自分が何をしたいのかを、よく考えてみる事じゃな」
「はい」
三者面談を終えたふたりは、駐輪場へ向かい、ストライカーに跨がった。
「アンジュ、どっか寄りたい所あるか?」
「え?」
「ルフィが帰る時間にはまだ早いだろ」
エースは、アンジュを遊びに連れて行ってやりたかった。
先程見せた、進路についての不安も、和らげてやりたい。
「買い物でも何でもいい。アンジュの行きたい所、何処でも連れてってやるよ」
「本当?」
アンジュは破顔し、エースの背中にその身を委ねた。
「で、うちに来たわけ?」
話を聞いたバンシーは、呆れたようにそう言った。
普段と変わらないじゃないかと。
エースの就職を機に、自警団〝スペード〟は主だった活動はしなくなったが、その影響力は失われていなかった。
エースが声をかければすぐに人が集まるし、クルーだけでなく、彼に憧れる下の世代は、界隈の不良やチンピラがバカな真似をしないよう目を光らせ、ナワバリを荒らすような事をすれば叩きのめす。
エースと〝スペード〟の名を、汚す事の無いようにと。
このバンシーの炉端茶屋も、変わらず溜まり場だ。
「アンジュが、バンシーの店でソフトクリーム食いたいって言ったんだよ」
エースに撫でられ、コタツが「にゃーん」と可愛らしく啼いた。
「そりゃ嬉しいね。けど、私も今から学校いかないと。ウォレスも三者面談なんだよ」
バンシーはアンジュにソフトクリームを渡すと、エプロンを外した。
「悪いけど店番よろしく。まだ混む時間じゃないし大丈夫だろ」
「お、おい……オバチャン」
困ったらスカルを呼びなと付け足して、バンシーは店を出て行った。
スカルは今、エースの愛車のメンテナンス中だ。
バイト経験豊富な彼は、この店の勝手も知っている。
「エース、はんぶんこ」
アンジュが、笑みと共にソフトクリームを差し出す。
バンシーの長~~い巻貝ソフトクリームは、アンジュ一人では食べきれないので、エースが半分程手伝ってやるのだ。
アンジュを、初めてこの店に連れて来た時から。
「……甘ェな」
「うん。おいしい」
ふたり並んで座り、コタツと戯れながら、ソフトクリームを分け合った。
――何で、そんなに嬉しそうなんだよ。
もっと他の要望は無かったのかと思わないでもないが、喜色満面のアンジュを見ていると、エースの頬も緩んだ。
「なァ、アンジュ」
しかし、やがて真剣な顔付きになる。
「おまえ、朝もバスで通学するか?」
「え…?」
「ジンベエも気にかけてただろ。もっと友達との時間も大事にした方がいい」
アンジュの交友関係を制限しているのは、家庭環境だけではなく、自分の存在が大きい。
兄として配慮が足りなかったと、エースは反省したのだ。
「わたし……もう、エースのバイクに乗れないの?」
アンジュの顔が曇る。
こんな顔をさせたかったわけではないのに。
「バカ、そんなわけねェだろ」
エースはアンジュの頬に手を添えると、顔を近付け、目を合わせた。
「また、いつでも乗っけてやるよ」