Tierra
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庭の木の白い蕾が、綻び始めている。
昨年も綺麗な花を咲かせたが、実はならなかった。
林檎か梨かと、実がなるのを期待したルフィががっかりしていたので、サボが何の木か調べた事があったが、結局わからなかった。
兄弟で暮らすようになってから、二度目の春が来た。
『 ……エー…ス…ッ…エースぅ……っ!! 』
朝、またこの夢か……と、エースは顔を覆った。
「クソ……何で……」
夢の中で、アンジュが泣いていた。
何処か、花に囲まれた場所で。
長い黒髪は部分的に短くなり、怪我でもしているのか、身体には包帯。
――どうしたんだよ、アンジュ?何をそんなに泣いてんだ!?
アンジュの頬を両手で包み、滂沱と流れる涙を拭ってやりたい。
その美しい瞳に、己を映してほしい。
額に唇を落とし、抱き締めてやりたい。
そして……、そして……?
初めてこの夢を見たのは、確か、アンジュの誕生日の翌日だった。
ただの夢だ。現実のアンジュは、あんなに幸せそうに笑っていたじゃないかと、その時は大して気にしなかったのだが……。
その後も、頻繁ではないものの、同じ夢を見る事がある。
忘れた頃に、また。
「泣き顔、苦手だ」
エースは、溜息と共に呟いた。
アンジュには、笑っていてほしい。
その為なら何だってする覚悟があるのに。
たとえ夢の中でも、アンジュに泣かれるのは、堪えられない。
「エース~~~起きろ~~~!!!」
「うぉッ!!?」
ルフィが部屋に飛び込んで来て、エースにダイブした。
「バカ、もう起きてるよ!」
「そーか、おはよう!なら早く来いよー。朝メシ食おう!」
いつも通りの、ルフィの笑顔。
「今日は花見に行くんだろ!?」
「あー、そうだったな」
ダイニングに顔を出せば、アンジュとサボが朝食の用意をしている。
「エース。おはよう」
「ははっ!寝癖すげェぞ、おはようエース」
「……おはよう」
安心した。ちゃんと笑っていると。
なのに、この燻ったようなもやもやしたものは何だ。
「エース」
ふいに、アンジュが側に来て、手をのばした。
エースの、髪に。
「ッ……!」
手櫛でエースの寝癖を直し、やわく微笑む。
「はい、できた」
間近で見るアンジュの綺麗な笑顔に、心臓が大きな音を立てた。
「あ、ああ……ありがとな」
光月神社は、桜の名所だ。
去年は兄弟で暮らし始めたばかりで花見どころでなく、気付けば桜の見頃が過ぎてしまっていた。
今年も満開は過ぎ散り始めてしまっていたが、まだ残っている花も多く、桜吹雪が美しい。
「すごい。桜がいっぱい」
風光明媚な回遊式庭園を散策しながら、アンジュが「きれい」と呟いた。
「あ、魚がいるぞ!」
そう言って、水面を覗き込むルフィ。
滝が流れ込む池には鯉が泳いでおり、水と一緒に花弁も流れていく。
〝流桜の滝〟という名の通りだ。
「本当だな。…と、ルフィ落ちんなよ」
「うまそー」
「ありゃ錦鯉だろ。観賞用だ」
「綺麗な色。いろんな模様があるのね」
すると、白衣に浅葱色の袴姿、その衣に似た色の長髪を一つに括った男がやって来て、鯉に餌をやり始めた。
「おいで、ごはんだよ」
お麩のようなものが撒かれ、鯉達が寄っていく。
その様子を見ていたルフィが、「いいなー」と口にした。
「ん?君達もやるかい?餌やり」
顔を上げた男が訊ねた。緩やかに伸びた髪も相俟って、中性的な印象を与える。
「っ……エース!!」
「お前、ヤマトか!?」
ダダダッと駆け寄って来たヤマトは、嬉しそうに破顔した。
「久しぶり!元気そうだな」
「おう!ヤマト、その格好……」
「うん。あれから一生懸命勉強して、去年からこの神社に奉職してるんだ。今は権禰宜だ!!」
「ネギ?」
首を傾げるルフィに「葱じゃないよ?神職だ。神様に仕えてるんだよ」と説明する。
「エースの知り合いか」と、サボ。
「あー、昔ちょっとな。〝スペード〟を結成した頃だったか。殴り合いの喧嘩した奴だ」
「あの頃は僕も荒れててさ~」
光月神社の宮司に憧れていたヤマトは、将来神職になりたかったが、親に反対され燻っていた。何故なら彼は、極道の如き独自の戒律と、武闘派僧侶の多い、鬼龍宗百獣寺の住職の息子だったのである。
エースもエースで兄弟と離れ離れになり、中学高校と荒れていた時期だ。
きっかけは忘れてしまったが、散々やり合った後、ヤマトは己の道を行くべく親元を離れた。
以来会う事もなく、こんな形で再会するとは。
「な~!このエサやっていいのかー?」
「あ、そうだった。はい。皆が食べられるように、いろんな方向にあげるんだよ」
「おう、わかった!アンジュもやろう!」
「ええ」
餌の入った袋をヤマトに渡されたルフィは、半分程をアンジュの掌に乗せる。
「いっぱい食えよ~」
そして、一緒に餌を撒いた。
「エースの弟か?」
「ああ、ルフィってんだ。こっちが双子のサボ、で……妹の、アンジュだ」
「僕はヤマト!そうか、兄弟で一緒にいられるようになったのか。良かったなァ、エース」
互いに夢を叶えた事を確認し、近況を報告し合った。
「しかし、エースが白ひげ先生のお弟子さんとはな。この神社の神具陶器は白ひげ製なんだよ」
「まだ二年目だけどな。漸く一部の工程を任されるようになった程度だ」
「僕もね、今年から奉納神楽で、神楽笛を吹かせてもらえるようになったんだ」
「ん?おれ達、初詣の時に神楽見たよな?エース」
「ああ。おれの兄弟子の妹が、正式に巫女になるってんで……あの時ヤマトもいたのか!全員なんかしらの面を付けてたから気付かなかったぜ」
「巫女の二人は途中から外してただろう?菊も僕と同じく、神楽デビューだったんだ」
餌やりを終えたルフィが、「鯉見てたら腹へった!」と立ち上がった。
「それなら、あっちに茶屋があるよ。甘味はもちろん、おでんが美味しいんだ」
「へー」
ヤマトのすすめもあり、四人は茶屋に寄る事にした。
「いらっしゃいませ!」
緋毛氈の敷かれた縁台に座ると、出迎えたのは、萌黄色の着物姿の幼い子供だった。
どう見ても5歳くらいの、小さな女の子だ。
「ご注文は何でやんすか?おすすめはおしるこ!いまの時期は三色だんごも人気でやんすよ!」
もちもちと柔らかそうな頬を持ち上げ、愛嬌のある笑顔を向ける。
「どっちも食う!!」と、ルフィが真っ先に答えた。
「じゃあ、両方頼むか」
「そうだな。四人前よろしく」
「あと、おでんも!」
「はい!お待ちを!!」
「おかみさ~ん」と、元気いっぱい注文を伝えに行く女の子を眺めながら、アンジュは柔和な笑みを浮かべていた。
「可愛い。このお店の子かしら」
「ええ、玉というんです」
鶴柄の着物の女将らしき女性が、お茶を持って来た。
「前に働いてくれていた看板娘のお菊ちゃんが、巫女として奉職する事になってねぇ。今度は自分が看板娘になるんだって、張り切ってるんですよ」
やがて、女将がおでんとお汁粉を、玉が三色団子を人数分運んで来る。
玉の方は、落とさないようにと一生懸命だ。
「どうぞ!めしあがっておくれでやんす」
「ありがとう。いただきまーす!!」
早速おでんを頬張るルフィ。
「んめェ!!」
「小せェのに偉いな」と、団子を受け取ったエースが、玉の頭にぽんと手を置いた。
「たま、いくつなんだ?」
「誕生日がきたら6さい、来年は小学生になるでやんす!」
「へ~。イースト小なら、ルフィの後輩になるな」
入学したらいろいろ教えて貰え、とルフィを交えて話すエース。
「エース、何だかんだ小さい女の子の扱い上手いよな」
団子を口に入れながら、サボが言った。
「そうか?まァ、アンジュで慣れてるからな」
静かにお汁粉を食べているアンジュに、視線が移る。
その髪に、桜の花弁が乗っていた。
「アンジュ……」
思わず手をのばしたエースだったが、顔を上げたアンジュと目が合うと、ほんの一瞬、躊躇った。
「はなびら、ついてる」
頭を撫でて払ってやる事もできた筈だ。ついさっき、玉にしたような気軽さで。
だが、エースは何故か花弁だけを摘まんで取った。
そして、その花弁は風に舞っていく。
「ありがとう、エース」
儚くも夢のように美しく、愛おしい、花。
――おれ、今、何か……変だった?
「自分はもう小さくねェって言ってやれよ、アンジュ。でないとずっとガキ扱いされるぞ」
エースはアンジュに甘いからな~などと言いながら、サボはルフィに自分のおでんから肉を分けてやっていた。満面の笑みで喜ぶルフィ。
「何だよ、サボだっていつもルフィに甘えだろ」
「ルフィはまだガキだからいいんだ!」
「過保護なんだよ。このブラコン野郎!!」
「おれがブラコンなら、お前はシスコンだろ?」
「なッ……!?」
サボの言葉に、エースの顔が、カッと赤く染まった。
「そんなんじゃねェ……っ!!!」