El sol
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「何だよォ~、アンジュはおれの船の副船長にするつもりだったんだぞ!」
ずりぃとふてくされるルフィを見て、エースは白い歯を見せて笑う。
「ひひひ、悪いなルフィ。アンジュはおれが連れて行く」
「ごめんね、ルフィ。今度は海の上で、また会いましょう?」
「そん時は絶対こっちに乗ってもらうからな!アンジュ!!」
「ふふふ、楽しみにしてるわ」
ダダンの姿は無かったが、彼女以外の山賊達と、村長やマキノに見送られ、エースとアンジュはコルボ山の海岸から出航した。
いつか海賊として再会するであろう弟に、いつまでも手を振りながら。
脱出不可能といわれている無人島で出逢った男、マスクド・デュース――この名前はエースが勝手に付けたものだが――は、アンジュの姿を見て驚愕していた。
「おい!聞いてねェぞ!?もう一人いるじゃねーかっ!!」
「悪い。言ってなかった」
「誰だよコイツ!?」
「妹」
「妹ォ!!?」
弟と同じく血は繋がっちゃいねェんだが、とエースは語る。
「し、死んでるのか?」
エースが木の葉や枝で作ったシェルターのような場所に横たわり、アンジュは静かに目を閉じていた。
所々汚れた長袖のブラウスと、ロングスカートにスニーカー。艶のある黒髪を、花の髪飾りが彩っている。
「いや、生きてる。もう一週間以上、眠りっぱなしだけどな」
「どういう事だよ…?」
医学生崩れといえど医術を学んだ者として、デュースは首を捻った。
こんな事が有り得るのかと。
「参った…。確かに生きてはいるが、これじゃ冬眠だ」
それが、デュースの診断だった。
「人間も冬眠すんのか?」
「普通はしねェが、雪山で遭難したりだとか、極度の低体温状態に陥ると、臓器が最低限にしか機能しなくなって、稀にそういう事もあるらしい。所謂、仮死状態ってやつだな。それにしたって、こんな所でなる筈がねェんだが…」
夜は海風が強く寒いが、昼間は日差しがある。
低体温が原因ではない。
「……実は、前にも似たような事があったんだ」
エースが、アンジュの左手を、グローブ越しにそっと撫でた。
「おれがアンジュを助けた時も、何日も眠ったままだった。大怪我してたからだと思っていたが、もしかしたら……」
グローブを外し、デュースに問う。
「これが何だか、知ってるか?」
「天竜人の紋章……!!」
アンジュは奴隷だった時の事を話さないし、エースも無理に聞こうとしないが、酷い扱いを受けていた事は明白だった。
当時の棒のように細い手足を見れば、満足に食事を与えられていなかったのだとすぐにわかった。
慢性的な栄養不足から、自分でも無意識のうちに、休眠という術をとっていたのかもしれない。
少しでも長く、生き続ける為に。
「おれの所為だ。おれがよく考えずに、こんなとこ来ちまったから…」
海賊として名を上げる為に、伝説の財宝を見つけ、強い海賊を討ち取る。
そんな目的でやってきたはいいものの、島全体を覆う特殊な海流に引きずり込まれ、船は壊れた。
財宝どころか、水も食料もろくに入手できず、島から出る事すら叶わない。
そんな状況で、僅かばかりの水や食料を、アンジュに譲ろうとするエース。
自分さえいなければ、エースがそれを口する事ができると思ったアンジュは、再び休眠状態に陥ってしまったのだろう。
――もう二度とあんな目に遭わせねェと、誓ったってのに……!!
「なァ、どうしたら起きるんだ?」
「冬眠なら暖かくなりゃ起き出すだろうが、この子の場合は事情が違うだろ。前の時はどうだったんだよ?」
「わからねェ。あの時もおれは、ただ『早く起きろ。生きてくれ』と願ってただけだ」
当時の事を思い出し、エースは同じようにアンジュの髪を撫でる。
しかし、はっとして手を引っ込めた。
「……燃やしちまうところだった」
エースの手が、身体が、炎と化していた。
メラメラの実の能力だ。
「早いとこコントロールできるようにならねェと、妹に触れる事もできねェじゃねーか……」
そう呟いたエースの瞳に、暗い影が宿っていたのを、デュースは気取った。
エース自身は赤々と燃えていて、辺りを照らしているというのに。
「……エース…?」
その時、微かな声が聞こえた。
エースでもデュースでもない、女の声だ。
そんな声が出せるのは、今この場所に一人しか居ない。
「アンジュ!!」
開かれたその瞳が、眩しそうに細められる。
「夜なのに、明るい…?どうして…?」
エースは炎を片手だけに集中させ、アンジュに見せた。
「メラメラの実を食ったんだ。能力者になっちまった」
「エース、あったかい」
ふわりと頬を緩めるアンジュに、エースの表情も和らいだ。
そして、エースの特訓と並行し、その能力のおかげで食料や水の調達と蓄え、船造りも進み、三人は無人島を脱出した。
デュースの発案で、エースの炎を動力とした船、『ストライカー』で。
『スペード海賊団』一人目の仲間は、冒険記を書くのが夢だという仮面の男、マスクド・デュース。
以後、エースを慕う者達が自然と集まり、仲間は増えていった。
〝
「ミハール先生、この本なんですけど」
「ああ、これはですね……」
船室でアンジュに勉強を教えているのは、教育を受けられない世界中の子供達のもとへ行きたいという夢を持つ、教師のミハール。
ひきこもり気質で書物を片手に船番を担っているが、狙撃の腕はいい。
エースは彼の夢を応援すると同時に、奴隷からの山暮らしで勉強などした事がないアンジュの家庭教師を頼んだ。
海賊船に乗せ傍に置いているとはいえ、エースはアンジュを海賊にするつもりはなかった。
アンジュの将来はアンジュ自身が決めるべきであり、やりたい事があるなら何だってやらせてやりたいと。
その為には、知識は多い方が良い。
エースは、他の海賊団では居場所がないような者達や、変わった経歴の持ち主も受け入れる。
故にアンジュは、海賊マニアの情報屋スカルや、人魚のバンシー等にも様々な事を学び、船医の役目も果たしているデュースを手伝う事で、医学的な知識も深めていった。
武闘派な仲間達から武器の扱いを習ったりする事もあったが、こちらはあまりエースが良い顔をしなかった。
エースはアンジュを闘いの前線に出す事をしない。
妹を賞金首になどしたくないのだ。
アンジュはそれを理解し、戦闘の際は後方支援に徹している。
「にゃーん」
授業が一段落した頃、アンジュに寄り添い丸くなって眠っていた大型の猛獣が、かわいらしい声で啼いた。
「コタツ、起きたの?」
ゴロンと腹を見せたコタツを、アンジュが撫でる。
とある島で、密猟者の罠に掛かっていた所をエース助けられて懐いた、珍しい種類のオオヤマネコのコタツ。
似たような境遇だからか、アンジュとは気が合った。
コタツはエースに、自分が不在の間はアンジュの護衛を頼むと言われているし、はコタツの世話をよろしくと言われている。
「なうっ」
コタツが声をあげたと同時に、アンジュも立ち上がった。
一緒に甲板へ出ると、買い出し組数人と、食べ物屋巡りから戻ったエースの姿が。
「エース!おかえりなさい」
「おう、偉大なる航路!コタツ!ただいまっ」
ニカッと笑って手を振った後、船に飛び乗るエース。
リュックから箱を取り出すと、アンジュに渡した。中身はナッツ入りのブラウニーだった。
「ほら、土産だ。チョコレート好きだろ?」
「うん、ありがとう」
破顔して礼を言うアンジュの頭をぽんぽんと撫で、今度はコタツに魚を投げる。
コタツは見事にキャッチし、嬉しそうに喉を鳴らした。
「いい肉が調達できたからよ、晩飯は熊鍋にしようぜ!アンジュも手伝ってくれるよな?」
手伝って……というのは、アンジュはこの船のコックではないからだ。
言ってしまえば、アンジュは味音痴だった。
その生い立ち故に味覚が未発達なのか、甘い辛い苦い酸っぱい等はなんとなくわかるのだが、何が美味しく何が不味いのかがよくわからない。
チョコレートが好きなのも栄養価の高さ故であり、携帯・非常食的な意味合いが強かった。
分量がきっちり決まっているレシピや、細かい指示があれば「うまい」「おいしい」と評されるものが出来上がるのだが、その為には材料や調味料が何一つ欠ける事なく揃っていなければならない。
長い航海の中、そういった状況になるのは買い出し直後ぐらいのもので、船上では調理法も限られるという事もあり、アンジュが料理らしい料理をするのは非常に稀だった。
それらの事情は船員達も把握しており、普段のスペード海賊団のコック(代理)は、オバチャンことバンシーだ。
彼女が作るのはもっぱら塩で味付けした海賊鍋。基本は煮るか焼くか生のままだが、アンジュにとっては彼女こそが料理人である。
だが、熊鍋はコルボ山でも何度か作っていた。
「ええ。がんばるわ」
エースと一緒なら、きっと作れる。