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秋の、白ひげ工房展。
白鯨を模した博物館のような建物――ギャラリー白ひげのメイン展示室前には、祝花代わりのフローラルアイスが、ホワイティベイから届いていた。
エドワード・ニューゲートは、多くの陶芸・美術展で入賞した経歴を持つ、老練な陶芸家だ。
若い頃は個展も開催していたが、近年では白ひげ工房の作品展として開催する事がほとんどだった。
16人の弟子達の作品も、一緒に並ぶのだ。
始めに目に入るのは、マルコの〝不死鳥〟シリーズ。
彼が調合した独自の釉薬は、燃えるような青を生み出し、それはまるで鳥の形にも見え、訪れた人々を魅了していた。
他の弟子達も、己の個性や得意な技法を活かした作品を出展しており、料理が引き立つ素朴な物から、キラキラとした結晶が浮かぶ物、繊細な絵付けの物まで様々だ。
一番奥には、師匠である白ひげの作品が展示されていた。
彼の代表作である、〝むら雲切〟の酒器だ。
昔は大壺や大皿なども作っていたようだが、今ではほとんど酒器しか作らないという。
最も目を惹いたのは、大きな盃だった。
半地上式の薪窯「白鯨窯」で焼く〝むら雲切〟は、空の群雲を切り取ったかのような独特な風合いの景色を生み出す、美しい器だ。
様々な形状の雲のような模様は、ふたつとして同じものは現れないという。
「まずは同じもん1000個作れって言われた」
ギャラリーを訪れた兄弟達に、エースは告げた。
「『本焼きしたら割れる』っつって作ったそばから潰されて。ひたすら……どんだけかかったんだろうな?まァ、窯焚きに間に合ったいくつかも、焼いたらほとんどが割れたり欠けちまって、無事だったのはこの一つだけだった」
だからおれのはコレだけなんだ、と。
「この色、好き。炎がそのまま此処にあるみたい」
やわらかな表情でそう言ったのは、アンジュだった。
白から緋色へのグラデーションの平盃は、まるで燃ゆる炎を写し取ったかのような、暖かみを感じる。
「そうか?」
「おれは陶芸の事はよくわからねェけど、なんか、エース!って感じだよな」
「何だよそれ」
サボの言葉に、苦笑するエース。
「ほう……。荒削りだが、芯の通った力強さを感じる」
渋い大人の声がして、エースは視線を移す。
赤い髪の男が、「お前が白ひげの新しい弟子か。今後が楽しみだ」と、ニッと笑った。
「ああ~っ!シャンクス!!」
「ん……?まさか、ルフィか!?大きくなったなァ」
大喜びのルフィに、アンジュが「知ってる人?」と訊ねると、「おれを海から助けてくれた人だ」と、満面の笑みで返された。
その瞬間、兄達は深くお辞儀をしていた。
6年前の海難事故の際、ひとり漂流していたルフィを救出してくれた人がいたとは聞いていたが、彼は漁船で救助に来たガープにルフィを引き渡し、後日すぐに旅立ってしまった為、詳しい事はわからなかった。
当時3歳のルフィからは、男で髪が赤かったという事くらいしか聞けていない。
「赤髪のダンナ!ウチの弟が大変お世話になっちまっ……なりました!!いつか会って礼をと思ってました」
「お初に。おれからも礼を!ルフィを助けてくれてありがとうございました!」
ほとんど同時に喋る兄達と一緒に、アンジュも「ありがとうございます」と頭を下げる。
「アハハハ!おいよせ、お前ら!」
「お前ら何してんだ……?」
その光景を目撃したマルコは、訝りながらもシャンクスに伝えた。
「赤髪、オヤジが会うってよい」
ギャラリー館内にある商談用の一室で、白ひげと赤髪が向かい合って座っている。
マルコは白ひげの傍らに立ち、エースも同席が許可され片隅に立っていた。
「うちで造った酒を持参した。祝酒だ。飲んでくれ!」
シャンクスが持って来たのは、二種類の酒。
「こっちが復刻した〝遥々酒〟。それと、新銘柄の〝
一升瓶の白いラベルには、金色の毛筆書体で「遥々酒」、赤いラベルの方には、銀字で「鷲獅子」と綴られている。
白ひげは早速、遥々酒を口にした。
「グラララ……よく再現したじゃねェか、若造が」
「うちの蔵人達がな」
朗らかな笑みを浮かべた後、シャンクスは仕事の話を進める。
差し出したのは、徳利の図案。
白地に、赤いグリフォンが描かれていた。
「遥々酒はいい酒だが、それだけじゃ生き残っていけねェ。他の酒も造っていく事にしたんだが。手始めに、
「おれァ注文品は焼かねェ。弟子達がガス窯で焼く事になるが?」
「白ひげ十字がありゃ上等さ!卍十字が付くのは、一点物だろう?それじゃあ酒の方がおまけになっちまう!」
白ひげ工房の窯印――〝白ひげ十字〟。
十字架に三日月のような髭が重なったマークで、白ひげ工房の陶工達によって作られた陶器には、必ずこの印がある。
そして、〝卍十字〟というのは、白ひげ十字の十字架部分が「卍」のマークになっているもので、エドワード・ニューゲートの裏印だ。
この裏印が、白鯨窯で焼かれた白ひげ独自の作品であるという証明なのだ。
因みに弟子達も各々裏印を持ち、自身の作品にはそれを施していた。
「マルコ、この色出せるな」
「作ってみせるよい」
白ひげは口角を上げると、鷲獅子の味を確かめた。
「酒が赤いのは赤米を使ってんだ。良い味だろ?」
「あぁ、悪くねェ……」
話がまとまると、マルコは早速、製作スケジュールを調整する為に図案を持って退室していく。
「で、エースの弟の恩人だって?」
「そうなんだよ、オヤジ!」
これまで大人達の雰囲気に圧倒されていたエースが、漸く声を発した。
「この部屋使っていいぞ。弟達も呼んでやれ」
「オヤジ……ありがとう!」
一礼し、ラウンジで待っていた兄弟達を呼びに行くと、サボとルフィはいるがアンジュが見当たらない。
「アンジュは?」
「もう少し展示見てるってよ」
「そっか。お前ら、中に入っていいぞ。オヤジが許可してくれた」
ルフィに、「シャンクスと話せるぞ」と言うと、元気いっぱいドアの向こうへ。
「ルフィ!!」
「サボ、頼む。おれはアンジュを連れて来るから」
「ああ!」
「失礼します」
コンシェルジュの女性社員が、飲み物や菓子を持って来てくれた。
「米どころや酒蔵を巡る旅をしててな。気に入った蔵人をスカウトして集めて、今の酒造を始めたんだ」
「だからずっと会えなかったのか。しししっ、また会えてうれしいなーおれは」
シャンクスと話すルフィの嬉しそうな様子が微笑ましいのか、クスクスと笑みをこぼすコンシェルジュ達。
このギャラリーの運営スタッフは学芸員を始め男性が多いが、コンシェルジュはミニスカートのセクシーなスーツを着た女性ばかりだ。
エースは彼女らにも一礼すると、アンジュを探しに展示室へ向かった。
「君が、エースの妹か?」
エースの盃の前を動かなかったアンジュは、そう声をかけられ、顔を上げた。
和服姿の美丈夫が、「その髪留め、エースが作ったものだろう」と指し示す。
夏に浴衣を着た時にエースから貰った髪留めを、アンジュは普段使いしており、今日も耳にかけた片側の髪を留めていた。
「はい。妹の、アンジュです」
「おれは、白ひげ工房のイゾウだ。その髪留めの素地を作った」
イゾウはアンジュに近付き、じっとその顔を見つめる。
「アンジュ!」
そこへ、エースがやって来た。
イゾウからアンジュを庇うようにして、二人の間に入る。
「こんな所でナンパたァ、あんたらしくねェな」
「馬鹿を言うな。おれは髪留めの完成形を見ていただけだ」
「へ?」
「髪飾りも帯留めも、どんな作品でも、誰かが使って初めて完成するんだ。お前がこの子の為に作ったのなら、このお嬢さんが付けているところを見てみない限り、出来がわからんだろう」
「いや、だからって……」
「ま、及第点といったところか。彼女でなければ似合わなそうだな」
参考になった、とイゾウは踵を返した。
「エース、あんまり妹に過保護にしてやるなよ」
ついでに、そう付け足して。
「なっ……!」
歩き出したイゾウに、「お兄様」と彼を呼ぶ和服姿の美女が近付いて来て、仲良く歩いていく。
「菊、来ていたのか」
「はい!お兄様の作品を見に」
「……なんだよ。自分だって妹いるじゃねェか」
――なら、おれの気持ちだってわかる筈だろ……。
「アンジュは、ずっとこっちに居たのか?なんか気に入るもんでもあったか?」
来た道を戻りながら、エースはアンジュに聞いてみた。
流石に一点物の高価な作品は買えないが、比較的手頃な値段で売っている商品もあるので、欲しいものがあったなら買ってやろうと。
「エースの盃を見てたの」
「おれの……?」
「とっても綺麗な炎の色。見てると、あたたかい気持ちになるから」
だからずっと見ていたかったの、と微笑むアンジュ。
このギャラリーには、あの盃よりも素晴らしい作品が、たくさんあるというのに。
「そんなに、気に入ったのか?」
「うん。だいすき」