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「飯だぞ~!!」
白ひげ工房の午前中の作業が終わり、昼食の時間となった。
賄い担当のサッチは、食器を中心とした作品が人気の陶芸家だ。
自身が作る陶器は、料理を盛り付けてこそ完成すると自負しているだけあり、購入層は飲食業界が多い。
「今日はオヤジが気に入っていた、滋養強壮スタミナスープですよ」
「おう、旨そうだな」
白ひげの食事を作る事ができなくなるからと、独立は考えていないらしい。
しかし、独立しても頻繁に顔を出す者もいる。
「暑いねぇ。差し入れだよ」
「ホワイティベイ!」
フードトラックに乗ってやって来たのは、白ひげの元弟子、ホワイティベイだ。
陶工から氷彫刻師に転身した彼女は、夏場には副業としてかき氷店も経営している。
通称、〝氷の魔女〟。
白ひげの弟子の中でも古株で、精緻な彫刻の器を得意としていたホワイティベイだったが、窯場は女人禁制の為、窯焚きだけはさせて貰えなかった。
白ひげとしては、炎との闘いから守る為だったのだろう。納得がいかない彼女に、彫刻の才能を伸ばすべきだと道を示した。
今では氷彫刻師として大成し、弟子も複数いる。個展はもちろん、白ひげと共同展を開催した事もあった。
彼女の作るかき氷は絶品だが、気儘な移動販売の為、出会えなければなかなか食べられない。
それを差し入れして貰えるのは、白ひげ工房で働く者達の特権だった。
――あいつらにも食わしてやりてェな……。
かき氷をおいしく味わいながら、エースは思った。
二週間後、兄弟は光月神社の火祭りに来ていた。
主祭神は〝刀神〟、御神体は「秋水」という刀だ。
守護刀として「天羽々斬」「閻魔」が奉納され、社頭には狛猪。
回遊式庭園には流桜の滝や〝藤山〟と呼ばれる築山があり、兎丼の森・希美の丘・紅葉樹の中の白舞道場・狛狐が守護する鈴後霊園・竹林の中の九里農園に囲まれている。
宮司のおでんは、若い頃はかなりのヤンチャをしており神社を継ぐ気もなかったので、数々の伝説がある。祭りをやる為に宮司になったと噂される程で、昼は自ら神輿を担ぎ、夜の盆踊りでは櫓の上で和太鼓も叩く。
妻であり元巫女トキは、おでんと結婚後に神職の資格を取り、今では権宮司として夫を支えている。
息子のモモの助は禰宜、娘の日和は巫女として奉職しており、特に日和の美しさは評判で、彼女が奏で舞う〝月姫神楽〟を見物しようと多くの人々が訪れていた。
「ルフィ!串焼き肉とイカ焼き買って来たぞ」
「ありがとう!あとな、はっちゃんのたこ焼きも食いてェ!!」
赤地の甚平を着たルフィは、参道に並ぶ屋台の食べ物を両手に、満面の笑み。
サボは、ルフィにあれこれ買ってやっては嬉しそうだ。
「うめェな、このたこ焼き!アンジュも食えよ」
「うん。ありがとう」
白地に桔梗柄の浴衣姿のアンジュは、食べ歩きを楽しむエース達の後をはぐれぬように歩いていた。
「確か、こっちの方って言ってたよな」
「前に言ってた、おいしいかき氷屋さん?」
「おう。いたいた!」
ホワイティベイのフードトラックは、屋台の並ぶ通りからは外れたスペースに駐車してあった。
どうしても弟妹に食べさせたいからと頼み込み、次にかき氷を販売する場所を教えてもらったのだ。
表参道とは離れているにも拘わらず、かき氷屋は既に盛況だった。
「かき氷4つくれ!」
辺りに設置されたテーブルセットに座り、四人でかき氷を食べる。
「うんめェ~!!」
「氷がふわふわね」
「果物のシロップもうまい!」
「だろ!?」と、エース。
「この器、ガラスかと思ったら陶器か?珍しいな」
「あたしが陶工時代に作ったもんだよ」
サボの言葉に、ホワイティベイが答える。
弟子達に作業を任せ、エース達のテーブルにやってきた。
「綺麗な彫刻。まるで氷みたい」
「嬉しい事言ってくれるね、お嬢ちゃん。……ん?」
アンジュに目を留めるホワイティベイ。
その視線は、黒髪を彩るバレッタに。
「この髪留め、イゾウの……じゃないよね?」
白ひげ工房随一の絵付け職人であるイゾウは、普段は茶器などの絵付けをしているが、独自に簪や帯留め等の和小物も作っていた。
中でも、桜と柳のモチーフが特に人気だ。
「あー、それはおれが作ったんだ」
「どうりで。あいつにしちゃ繊細さに欠けると思ったよ」
「髪飾りくらい買ってやろうと思ったんだが、イゾウのは流石に高くてよ。素焼きした試作品やるから後は自分でしろって言われて、教わりながら。化粧掛けとか絵付けとか、初めてやった」
薄紫色の地に白い桜に似た花(エースは庭の木に咲いていた花を描いたつもりだ。)を散らした、和風のバレッタ。
細かく見れば粗が目立つが、イゾウの指導が良かったのか、髪留めとしては悪くない。
「へぇ、あんたこんなの作るんだ」
「いや、こういう細かいのは今回限りだ。おれには向いてねェ」
苦笑しながら、アンジュの頭を撫でるエース。
その仕草から、彼女の為でなければ髪留めなんて一生作らなかったであろう事が窺える。
「ごめんなアンジュ、下手くそで」
「ううん、とっても可愛い。作ってくれてありがとう、エース」
花のように笑むアンジュに、エースの頬も緩んだ。
「焼成は?」
「こないだの窯焚きの時、白鯨窯に入れてもらった。割れずに焼けて良かったぜ。手びねり修業で作ったおれの盃なんか、全滅だったからな」
「窯焚きって、三日三晩寝ずに番するんだろ?エース、帰って来るなりぶっ倒れて丸一日起きねェもんな」
就職して最初の窯焚きの後は、大騒動だった。
『エース!おかえりなさい。お疲れさま』
『アンジュ、ただい……』ドサッ
『エース!?』
『うおっ、どうしたエース!?』
『ルフィ。エースが……いきなり倒れちゃって……』
『サボーっ!!エースが大変だ~!!!』
『ぐが~っ』
結局おれが部屋に運ぶんだ、とサボが笑う。
「あんた、三日間帰らずに火の番してるの?」
「ん?ああ、オヤジと一緒にな!」
ホワイティベイは驚いた。窯焚き中、弟子達は交代で寝に帰るので、エースもそうだと思っていたのだ。(実際、エースが高校生だった頃は夜には帰らされていた。)
窯焚きの三日間は白鯨窯の前で眠らずにいた白ひげも、最近は高齢故にマルコに任せて仮眠をとると聞いている。
白鯨窯を継ぐのはマルコだと思っていたが、白ひげはエースを育てるつもりなのか。
「ちょっといい?」
ホワイティベイが、アンジュの髪留めを外した。
片側だけ耳にかけ留めていただけの髪を、編んだりねじったりしてアップにまとめ、留め直す。
「浴衣にはこっちの方がいいでしょ」
「おー、アンジュきれいだな~」
「ああ、似合ってる。なんか大人っぽくなったな」
「そう……?」
ルフィとサボが感想を口にする中、エースだけは無言で、アンジュを見つめていた。
瞠目し、戸惑ったような彼の表情に、アンジュは首を傾げる。
「おい、エースどうした?」
訝しんだサボが、声をかけた。
「え、あ……いや、別に……。良かったなァ、アンジュ!かわいくして貰えてよ。おれ達じゃ髪とかまとめたりしてやれなかったからなー」
ありがとう、とホワイティベイに礼を言うエース。
「お手のモンだよ。こんな事」
寒色なのに、温かみを感じる色だった……。
氷の魔女は、心の中で呟いた。
夜になり、空船が浮かび、花火が打ち上がり始めた。
四人は見やすい場所に移動しようとするが、人は更に増えていた。
「ルフィ!」
「あっはっはっ、たっけェ~!!」
小さなルフィが人波に浚われないよう、サボが肩車をしてやる。
「アンジュ」
慣れない浴衣で一人遅れがちなアンジュの手を、エースが掴む。
「はぐれんなよ」
「はいっ」
美しい花火と、幻想的な空船。
夜空を見上げている間も、エースはその手を放せなかった。