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「お洗濯、完了」
ウッドデッキにワイヤーロープを張った物干しで微風に揺れる洗濯物を見上げ、アンジュは微笑んだ。
正面に立つ背の高い一本の樹は、元々この庭に植えられており、桜に似た白い花を咲かせていた。
庭の傍らには、古い木箱を利用したポタジェがある。季節の野菜や、ハーブを育てる為に作ったものだ。
アンジュはそこから、ベビーリーフを収穫した。
野菜は、猟師のダダン一家と親交のある近隣の農家から貰う事も多く、レタスはキク科、水菜はアブラナ科で、一緒に植えると病害虫を防ぎ雑草も抑えてくれると聞いた。
防虫効果のあるマリーゴールドやキンレンカ、カモミールも一緒に植えてある。
ダイニングキッチンでは、白シャツの上から深緑色のエプロンをつけたサボが、大量のパンケーキを焼いているところだった。
「アンジュ、洗濯終わったのか?」
「うん。付け合わせのお野菜、とってきたの」
「ありがとな!」
アンジュはベビーリーフを洗って皿に盛ると、弱火にかけておいたスープを器によそう。
パンケーキを焼き終えたサボは、今度はベーコンエッグを焼き始めた。
「腹へったァ~!!」
すると、空腹で目が覚めたらしいルフィが降りて来た。
「おはよう、ルフィ」
「おはよう!いい匂いだな!!」
「顔洗ってエース起こして来い。そしたらメシにしよう」
「わかった!!エース~~~起きろ~~~!!!」
「うぉッ!!?」
ルフィがエースの部屋に突入し、飛び乗って起こしている間に、サボとアンジュは朝食をテーブルに並べていた。
欠伸をしながら顔を出したエースが、それを見て笑みを浮かべる。
「エース、おはよう」
「朝飯できてるぞ!」
「んまほー!早く食おう!!」
「ああ!!」
ルフィに急かされ、四人は席に着くと、「いただきます」と声を合わせた。
エースがアンジュを迎えに行った後、サボは養親と離縁し帰国した。
四人で住める家を借りて生活の場を整え、ガープの家にルフィを迎えに行くと、通帳を渡された。
一つは、エースとサボが中学に上がる頃には……と、手狭になったアパートから引っ越す為に、両親が貯めていたもの。
そしてもう一つは、兄弟の学費の積み立てだ。
お前達の両親に頼られて嬉しかった、お前らも困った事があればいつでも頼れと、ガープは豪快に笑っていた。
四人が暮らすのは、郊外に建つ木造平屋の一軒家。
野生動物が住み着かないようダダン一家が管理していたが、長らく空き家だった為に掃除や補修が必要で、それらを自分達でやる代わりに家賃は格安だ。
エースが率いる自警団〝スペード〟のクルー達や、サボの同僚達の協力もあって、何とか新生活の準備ができた。
廊下をほぼ省いた間取りで、玄関ホールを抜けると、南側には畳リビング。そのリビングを挟んでエース・サボの部屋があり、エースの隣の部屋をアンジュが使っている。
隠れ家や秘密基地のようでワクワクするからと、ルフィは屋根裏部屋。ベッド代わりのハンモックもお気に入りだ。
修理がしやすいよう窓から屋根に上がれる構造になっているのも気に入って、天気が良い日はよく屋根の上にいる。
北側にあるダイニングキッチンは引き戸で仕切られているが、開放すればリビングと繋がる。
廃材を利用してウッドデッキも作ったので、引っ越しが終わった後、手伝ってくれた仲間達と宴をするのに良い広さになった。
「うめェな。このスープ」
「マキノさんのレシピ通りに作ったの」
エースの言葉に、アンジュは安堵した表情になる。
マキノというのは、近くで〝ふうしゃ食堂〟を営む女性だ。
店内で食べられる定食、お持ち返りできる弁当や惣菜のほか、ちょっとしたおやつなんかも販売している。
家の補修中や食事の用意が儘ならない時などは、「マキノんとこで食おう」となるのがお決まりだった。
「な?言ったろ?おれがちゃんと味見したし、大丈夫だって」と、サボ。
食べ盛りの男達の腹が満足するよう、ポトフ風のスープには新じゃがや小玉ねぎ、ラディッシュなどの野菜と、肉がゴロゴロ入っており、かなりのボリュームでルフィもご機嫌だ。
「アンジュのメシうめェぞ!肉が入ってるしな!!」
「「入ってなくてもだ!!」」
エースとサボの声が重なった。
アンジュが本格的に料理をするようになったのはこの家に来てからだったが、料理本を見たりマキノにレシピを教わったりして、少しずつだが作れるメニューが増えている。
材料や味付けを変えるなどの応用は利かないが、その辺は兄達がフォローしていた。
掃除や洗濯は経験があるし、ルフィはからっきしだが、エースとサボは簡単な料理なら作れる。
大概が、焼肉・焼き魚・焼き飯・焼きそば等、焼くか炒めるかという料理に、冬は鍋が加わるという感じではあるが。
今朝のパンケーキやベーコンエッグも、良い焼き加減だ。
「……って、おい!エース!!それ枕じゃねェから」
「ぷほ!!?まいった…寝てた」
「あっひゃっひゃっ!!おれもやる!…ぷほっ!!」
何枚も重ねたパンケーキに顔面を突っ込み唐突に寝たエースを起こしたり、ルフィが真似したりしながら、楽しい朝食の時間は過ぎていった。
「ルフィ、そろそろバスの時間じゃない?」
「あ、本当だ!あ~む~ごひほうひゃまでひた~」
口の中にこれでもかと詰め込み朝食を完食すると、ルフィはランドセルを背負い靴を履いた。
ルフィの通う東の海小学校――通称イースト小は、スクールバスが利用できる。
授業の後は放課後クラブで過ごす事が多いルフィは、バスで登下校していた。
「フランキー!ロビン!おはよー!!」
「おう!今日も元気だな」
「おはよう、ルフィ」
〝サニーバス〟の運転手兼整備士のフランキーと、乗務員を務めるロビンは、イースト小の放課後クラブの職員だ。
ルフィは1年生の頃から世話になっており、よく懐いていた。
「ロビン先生、今日もルフィをよろしく頼む!」
「ええ、任せて」
サボはルフィがバスに乗るまで付き添ってやり、ルフィはそのサボを含め玄関先のエースとアンジュにも聞こえるよう、大声で言った。
「いってきま~すっ!!!」
笑顔で手を振る幼い弟を、三人で見送る。
3歳の頃に別れてから6年間、エース以外の兄姉とは会う事ができなかったにもかかわらず、ルフィはサボとアンジュにも変わらぬ笑みを向けてくる。
特にサボは、「ルフィがおれのこと忘れてたらどうしよう」とかなり心配していたので、いざ再会し「サボ~!!」と抱きつかれてからは、「エースは時々会えてたんだからいいだろ!おれは久しぶりなんだ!!」と、でろでろに甘やかすようになった。
アンジュも「わたし、ルフィのお姉ちゃんでいいの?」と不安になっていたのだが、「当たり前だ!アンジュはずっとおれの姉ちゃんだぞ」と言われてからは、姉として弟の面倒をよく見ている。
「アンジュ、おれ達もそろそろ行くか?」
「うん」
東の海高校に入学したアンジュは、登校時にはエースにバイクで送って貰っている。
下校や雨天の日は路線バスを利用し、タイミングが合えばサボが車を出してやる事もあるが、基本的にはエースの担当となっていた。
「サボ、後片付け頼むな」
「ああ。おれ今日遅くなるから、晩飯はよろしく」
「了解!」
「いってきます」
バイクに乗せての通学は、学校まで距離があるという事もあるが、アンジュの身を守る為でもある。
〝スペード〟のエースの妹だと周知しておけば、この界隈で絡んで来る輩なんていない。
高校に到着するなり、エースに憧れる後輩達が「おはようございます」と挨拶に来る程だ。
おかげでアンジュまで、〝スペード〟の幹部か何かのように思われてしまっているのだが。
「ありがとう、エース。いってきます」
「おう、学校がんばれよ」
アンジュを見送り、エースは自身の職場へとストライカーを走らせた。
高校卒業後、白ひげ工房に就職し、陶芸家エドワード・ニューゲートに弟子入りしたエース。
下っ端の彼の一日は、掃除や雑用、薪割りや土掘り土作り等の仕事がメインだった。
そんなエースも、「白鯨窯」の窯焚きの際には、師匠の白ひげと共に、三日三晩の火の番をする。
きっかけは、他校の女子生徒を助ける為に、その学校のパワハラ教師を殴り飛ばした事による、停学中の奉仕活動だった。
担任教師のジンベエの紹介で、薪割りや薪運びを手伝いに行ったのだが、「お前もやってみるか」と薪入れを体験させて貰ったのだ。
1200℃以上の炎と格闘の末、エースは知ってしまった。
火炎を操るの面白さと難しさ、陶芸の奥深さ、そして何より、白ひげの偉大さを。
『 どうだハナッタレ、熱ィだろ 』
『 ああ…!炎が、生きてるみてェだ……!! 』
『 グラララ、怖ェか? 』
『 いや…………興奮する!!! 』
『 そうか。どうやら、炎に取り憑かれちまったようだな……小僧 』
力強く渦巻く炎を恐れず、猛烈な熱に耐えながら薪を投げ入れる姿が、何度でも挑む根気が、白ひげの目に留まった。
以来、窯焚きの日には臨時のアルバイトとして雇用して貰っていたが、高校を卒業後、エースは晴れて〝オヤジ〟の弟子となった。
「エース!リトルオーズ林業が納品に来るから、薪小屋行っとけよい」
「おう!」
白鯨窯での窯焚きは年4回のみだが、次回への準備と並行して、工房のガス窯では注文品の焼成を行っている。
白ひげの弟子の陶工達(エースを除けば15人)が、各々得意な技法や工程を担当しており、窯焚きを担っているのは職長のマルコだ。
「マルコ職長、テストピースの準備できました」
「ああ、持って来てくれ」
「はい!」
そう返事をしたのは、エースと共に雇用されたデュース。
白ひげの右腕として工房全体を監督する傍ら、釉薬の研究もしているマルコは、研究補助や発注業務を任せられる人材を欲していた。理系のデュースは、うってつけだったというわけだ。
因みにデュースは弟子ではなく、工房とギャラリーを行き来したりもする若手社員である。
男の職人しかいない工房とは違い、ギャラリーではコンシェルジュの女性社員達にチヤホヤされているらしい。
エースは始めこそ、「デュースはいいよな。おれは雑用や力仕事ばっかりだってのによ」とこぼしたが、「だってお前、化学分析値とかゼーゲル式とかわかんねェだろ」と返され口を噤んだ。
ああそりゃ無理だと納得すると同時に、流石は〝スペード〟の頭脳担当だと何だか誇らしかった。
白ひげ工房の仕事は基本的に夕方には終わるが、弟子達はその後も自由に工房を使用する事ができ、自分の作品づくりや専門分野の研究をする者が多い。
エースも、終業後に一度帰宅して夕食を取った後、再び工房へと戻って土練りや手びねりの修業に励んでいた。
そうして、22時を大きく回って帰宅したエース。
リビングに入ると、その姿を見つけた。
「アンジュ、寝てんのか?」
ローテーブルに凭れるようにして、アンジュは静かに寝息をたてていた。
起こすのを躊躇い、少しの間その寝顔を見つめてしまったエースだったが、指で髪を梳いてみると、冷たかった。
「湯冷めしちまうだろ……」
サボは帰っているようだが、勉強でもしているのか部屋は静かだ。
ルフィは上で、既に寝ているらしい。
アンジュはおそらく、エースを待っていたのだろう。
腹を空かせていたらと、夜食の準備をして。
「アンジュ」
呼びかけた時、ゆっくりと瞼が開いた。
「……エース…?」
「ああ。ただいま、アンジュ」
「おかえり…なさい……わたし、寝ちゃっ…て……?」
とろんとした目で、ぼんやりした風に話すアンジュに、エースは思わず頬を緩めた。
「いいよ、寝てろ。部屋まで運んでやるから」
ひょいと抱き上げ、アンジュの部屋に足を踏み入れる。
やはり眠いのか、アンジュはされるがままで。寧ろ、エースのぬくもりを欲し、身を委ねていた。
優しくベッドに下ろし、布団をかけてやる。
「ん?」
再び眠りに落ちたアンジュの手が、エースの服の裾を掴んでいた。
「アンジュ……」
やんわりと指を解き、離れたその手を布団の中に入れる。
「大丈夫だ。おれは、ここにいる」
エースはいとおしげに、アンジュの頬を撫でた。
――可愛い……
きれいな寝顔に、思わず、吸い寄せられるように顔を近付ける…………寸前で、動きを止めた。
そして、ゆっくりと行き先を変え、アンジュの額に唇を落とす。
「おやすみ、アンジュ」
アンジュの部屋を後にすると、サボが自室から出て来るところだった。
「お、エース。帰ってたのか。アンジュは、寝ちまったのか?」
「ああ。そこで転た寝してたから、部屋に運んどいた」
「アンジュが何か作ってたけど、食うか?」
「食う!」
サボはキッチンに向かうと、アンジュが用意していた夜食を温め直す。
スパイスの風味が食欲をそそる、具だくさんのスープパスタだ。
「うめェ」
「ああ、うめェな」
その後、「なんかうまそーな匂いがした!」と起きて来たルフィがダイニングに顔を出し、三人で夜食を食べた。
身体もあたたまり、心もぽかぽかしていた。