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その電話があったのは、高校3年の冬だった。
《久しぶりだな、エース!》
数年ぶりに聴く、懐かしい声。
「お前……サボか!!?」
《ああ、元気にしてたか?》
生き別れになった、双子の片割れ。
二卵性双生児なので容姿は似ておらず、エースが早産だった為に誕生日も違うが、間違いなく血が繋がった兄弟だ。
「連絡して来て大丈夫なのか?」
《今は平気だ。利害が一致してな、こっちの息子とは話がついた。あいつはおれが邪魔らしい。養子縁組は解消できそうだ》
「じゃあ、戻って来れるんだな!?」
《もちろんだ!ルフィも元気か?早く会いてェな。……それとな、エース》
「ん?」
《アンジュの居場所がわかったんだ!!》
「ッ……すぐに行く!!!」
兄弟の父親は天涯孤独の施設育ち、良家の娘である母親は親に決められた許婚がいた為、ふたりは駆け落ちして結婚した。
堅苦しい家柄を嫌って漁師となり、一族とは疎遠になっていた遠い親戚のガープを頼り、父も漁師として働き始め、母は子を産んだ。
3DKの安いアパートに、夫婦二人と息子が三人、娘が一人。
贅沢はできなかったが、家族で暮らしてゆくには充分だった。
6年前……双子も来年は中学に上がるから、もう少し広い家に引っ越そうかと計画していた頃、両親が海難事故で亡くなった。
上の子供達が学校に行っている時間、まだ船に乗った事がなかった末っ子のルフィを連れて三人で海釣りに出掛けたのだが、急に天候が悪化し船が転覆。
ライフジャケットを着せられていたルフィは運良く救助されたが、両親は帰らぬ人となった。
この事故をきっかけに、ガープ以外の親族にも兄弟の存在が明るみになり……。
遺体は発見されないまま死亡認定され、残された兄弟達は離れ離れになった。
「何でだよ!?見つかってないなら、まだ生きてるかもしれねェじゃねーか!!?」
「おれ達が働くよ!!だから、このまま四人で暮らしてもいいだろ!?」
エースとサボは、この時まだ小学6年生。四人で一緒に暮らすと頑張ったが、無理だと一蹴された。
3歳だったルフィは、従大伯父であるガープが引き取った。
ガープが漁に出ている間はルフィも船に乗せられていたが、エースとは時折会う事ができた。
サボは兄弟で唯一母親譲りの金髪であり、学業面でも優秀だった事から、母方の親戚に養子として迎えられた。
そこは、本来ならば母が嫁ぐ予定だった旧家であり、裕福ではあったが自由は無く、海外の学校に入学させられ、兄弟達と会う事はおろか連絡を取る事も禁じられた。
エースは、ガープの知人だという猟師のダダンに預けられた。
兄弟の中でも特に父親に似ており、サボとアンジュを連れて行かせまいと大暴れした事で親族達から侮蔑を受けた為、その矛先から庇うように、無関係な土地へと。
そしてアンジュは、サボとは別の親戚に引き取られた……筈だった。
それなりの教育を施しいずれは養女にと言われていたのに、どういう訳か厄介者扱いされ、たらい回しにされるうちに音信不通となった。
必ず迎えに行くから、いつかまた一緒に暮らそう!!
離れる前にした約束を胸に、エースはアンジュを捜した。
高校生になり自警団〝スペード〟を結成すると、界隈の不良達をまとめ上げ、あらゆるツテを使って。
サボも、表向きは養親に従順なふりをして、アンジュの行方を探っていた。
親族達が集まる場にも、嫌悪する心を隠して出席し、様々な情報を集め続けた。
「クソッ……何でアンジュが……!!」
翌日、今はまだ表立って動けないサボに代わり、エースは愛車のストライカーをぶっ飛ばしていた。
サボから聞いた話によると、現在アンジュは〝端町中学校〟の3年生という事になっているが、ほとんど登校していないそうだ。
居候させてやってるんだからと召使いのように扱われ、学校に行く時間などなく……。
炊事だけはしなくてもいいが、その理由が「親無しが作るみすぼらしい料理なんか何が入ってるかわからなくて食べられない」というもので、その会話を聞いたサボは殴りかかりそうになるのを堪えるのが大変だったという。
『 妹が戻れば、おれは出て行く。そもそも好きでこの家に来たわけじゃない 』
サボの養父には、妻との間に産まれた実子がいる。
彼は、突然現れたサボに後継者の座を奪われたくないと考えており、嬉々として取り引きに応じた。
権威ある旧家の御子息から連絡が来た事で、アンジュはあっさりと追い出された。
「アンジュ!!!」
バイクを停め、フレイムオレンジのヘルメットを脱いだエースが叫ぶ。
「…………エース?」
アンジュの瞳が大きくなり、ゆっくりと光を取り戻していった。
9歳の頃よりは身長が伸び、子供から少女らしくなってはいたが、エースはすぐにアンジュだとわかった。
思わず抱き締めると、アンジュが縋るように身を寄せてくる。
「エース、待ってた。ずっと…待ってた」
「ああ、ごめんな。遅くなっちまって」
その身体は、か細く頼りなくて、エースは憤りを感じた。
何でアンジュがこんな扱いを受けなくちゃならなかったんだ。
世話する気がねェんなら、最初から引き取ったりなんかするんじゃねェよ。
無理言ってでも、何としてでも傍に居たら、おれが……。
――おれが守ってやれたのに!!!
離れるべきではなかった。
もう二度と、放すものか。
そんな思いでいた為か、アンジュを抱く腕に、無意識に力がこもっていた。
「エース……痛い」
「わ、悪い!大丈夫か?」
抱擁を緩め、アンジュの表情を窺う。
「でも、あったかい」
見上げてくる双眸は、喜色に溶けていた。
「エースが来てくれて嬉しい。もう、離れなくていいの?わたし、エースと一緒にいてもいい?」
「ああ……!!ずっと一緒だ!!!」
優しく頭を撫でれば、甘えるように目を細める。
「アンジュ、これ被れ」
エースは、持って来ていたパールラベンダー色のジェットヘルメットを取り出した。
側面には、白いラインでスパディルが描かれている。
「もっと気の利いたプレゼントなら良かったんだが、とりあえずはこれが必要だからな」
「ありがとう」
破顔し、素直にヘルメットを被せて貰うアンジュ。
エース自身もヘルメットを被りストライカーに跨がると、後ろに乗るよう促した。
「足はそこ。んで、手はこっちな」
おずおずとタンデムシートに座ったアンジュの腕を、自身の胴に回させる。
「いいか、しっかり掴まってろよ!しがみついてねェと危ねェからな!!」
「はいっ」
包み込むようなエンジン音の中、アンジュはエースの背中にその身を委ねた。
「エース、会いたかった――――」
自警団〝スペード〟
エースを慕い、彼の下に集った、半端者やはぐれ者……居場所の無い若者達の集まりだ。
自由を求めて自分達のルールで動くが、倫理に反した行為は許さず、街を見回り、ナワバリを荒らす連中は暴力を以って排除してきた。
故に警察の厄介になる事もあったが、彼らの存在が犯罪の抑制に繋がる事もあり、ある意味顔見知りのような関係となっている。
東の海署の白バイ隊員、スモーカーもその一人だ。
「……何の用だよ?」
エースは今、アンジュを後ろに乗せている。危険な運転などしていないし、するわけがない。
ヘルメットだって、ちゃんと専用のものを用意して迎えに行ったのだ。
身に覚えは無いが、特殊警棒で進路を阻まれ、停止せざるを得なかった。
「見慣れねェガキを連れてるじゃねェか。〝スペード〟のエース」
サングラスを外しながら、スモーカーが言った。
「どっかで誘拐でもして来たか?」
「はァ?誘拐じゃねェ、妹だ!」
スモーカーとて、本気で誘拐などと思っているわけではなかったが、エースがバイクに乗せている少女の様子が気になった。
身形や仕草、雰囲気に……違和感を覚える。
だから、彼らを止めたのだ。
「妹……お前のか?」
「ああ、ずっと探してたんだ」
親を亡くしてから親戚をたらい回しにされていた事など、エースが簡単に事情を説明すると、スモーカーは観察するようにアンジュを見やる。
その視線から逃れるように、アンジュはエースにしがみついていた。
より強く、絶対に離れたくないというように。
その姿を見れば、エースが無理矢理連れて来たわけではないという事は明白だ。
寧ろ、もしかしたら連れ戻されるのではないかと、怯えていた。
「バイクに乗る服装じゃねェだろう。タンデムするなら、もっと暖かい格好させてやれ」
「あ…っ」
「もう行っていい。引き留めちまって悪かったな」
後半はアンジュに向けて言うと、スモーカーは走り去って行った。
「すまねェ、アンジュ!寒かっただろ!?」
彼に指摘されて気付いた。アンジュの服装は、グレーの長袖ワンピース一枚だけ。
冷たい風を切って走るのには向かない、薄着だった。
エースは、自分が寒さに強い事を失念していた。
「ん……でも、エースがあったかいから」
くっついていれば平気だというアンジュに、エースは胸が締め付けられる。
「腹も減ってるよな。温まるもん食いに行こうぜ」
港に通じる道にある、駅前通り商店街。
海女のバンシーが経営する、セルフ形式の炉端焼きの店〝バンシーの炉端茶屋〟は、少し脇道に入った場所に建っていた。
一番の売りは新鮮な魚介類であり、「茶屋」とは付くものの飲み物やデザート類はほとんど業務用で賄っている。
店を手伝っていた息子のウォレスが、異国風かつ厳つい見た目が災いしチンピラに絡まれていたのをエースが助けたのがきっかけで、いつしか〝スペード〟の溜まり場となった。
「妹だってね。たくさん食べさせてやんな」
「オバちゃん、ありがとうな」
バンシーが、カウンターから巨大なしゃもじ――「掘返べら」に飲み物と食材を乗せて渡す。
注文品の提供以外にも、やんちゃな男達を黙らせる便利なアイテムである(彼女の場合は、だが)。
「アンジュ、焼けたぞ。熱いから気を付けろよ?」
「ありがとう、エース」
アンジュの為に、せっせと魚貝や肉を焼いてやるエース。
妹を気遣うその姿は、中学生の少女を相手にしているというよりは、もっと幼い子供をあやしているようだ。
エースが妹を連れて来たと聞いて集まった〝スペード〟のクルー達は、その光景を物珍しそうに眺めていた。
「妹と再会できたのは良かったけど……エースのヤツ、ちょっと過保護じゃねェか?」
ゴーグル姿の男は、デュース。〝スペード〟の参謀的な存在だ。
慎重で判断力に長けており、自由奔放なエースのブレーキ役でもある。
進学校に通う高校生だが、進学先の事で家族と揉めており、あまり家に帰りたがらない。
「エースの旦那の中じゃ、お嬢は9歳で別れた時のまんまなんじゃねェですかい」
髑髏のハーフフェイスヘルメットで顔を隠している男は、向かいのバイク用品ショップのスカル。
レアパーツや髑髏グッズの蒐集人で、様々なアルバイトを経験して得た知識や繋がりを活かしそれらを手に入れると共に、〝スペード〟にも裏の情報屋として貢献している。
持ち込みパーツの取り付けや、車検・点検も行っており、エースのストライカーの整備は彼がしていた。
因みにボディのカスタムペイントと、〝スペード〟のマークを入れたのはデュースだ。
「グルルル……にゃーん」
「おう、コタツ。お前も食うか?」
可愛らしい鳴き声と共に現れたのは、近隣農家に仕掛けられていた獣害対策用の罠にかかっていたところをエースに救われた、元野猫のコタツ。
猫としては大きく獰猛そうだがエースには懐いており、彼がダダンの猟を手伝う時には付いて行ったり、ナワバリをパトロールして商店街周辺のネズミ退治にも一役買っていた。今ではすっかり地域猫だ。
「グルル……」
「猫ちゃん……なんか怒ってる?」
「心配すんな、ちょっと人見知りなだけだ。コタツ!おれの妹なんだよ。よろしく頼む」
エースが襟首を掻いてやると、ゴロンと足下に寝転び腹を見せた。
「にゃ~ん」
「かわいい」
気持ち良さそうに啼くコタツに、アンジュの表情が和らぐ。
そして、そっと手を伸ばし、撫でてみた。
「よろしくね、コタツ」
「なうっ」
「お、早速仲良しだな」
奥のテーブルでは、大学院生のミハールが、ウォレスに勉強を教えていた。
中学3年生のウォレスは受験生。
勉強が苦手で、早く一人前の海士になりたいからと進学はしないつもりだったが、今時高校ぐらい出とかなくてどうするとバンシーに一喝され、こうしてたまに家庭教師をしてもらっている。
「今日はここまでにしておきましょうか」
「はい、ミハール先生」
授業が終わり、二人も皆に加わった。
「なァ、先生。今度アンジュも頼めるか?学校もろくに行かせてもらえなかったらしくてよ」
「それは無粋な。義務教育を何だと思ってるんでしょう」
綺麗に磨かれた眼鏡の位置を直し、ミハールが言う。
彼は〝スペード〟の中でも頭脳派の筆頭であり、武闘派な連中はテスト前なんかにはよく世話になっていた。
「高校行かしてやりてェんだけど、今から何とかなっかな。アンジュは元々頭は悪くねェし、おれでも入れた所なら、そんなに難しくねェと思うんだが」
「エースさん、きっと大丈夫ですよ。先生、教えるの上手いから」と、ウォレス。
「だな!」
「でも、エース……」
アンジュが、不安そうにエースを見上げる。
「金の事なら気にすんな、おれが働く!今も臨時でバイトしててよ、高校出たらそこで雇って貰う予定だ」
「エースに…迷惑かけたくないよ」
「迷惑なもんか!6年も離れてて、何もしてやれなかったんだ。これからは何でもしてやりてェし、何だってしてやるつもりだ」
だからな、と。エースの手が、アンジュの頭を引き寄せる。
「してほしい事は全部言え!わかったな?」
額同士をくっつけられ、言い聞かせるようにされれば、アンジュは首肯するほか無かった。
「うん。わかった」
「よし、いい子だ」
ニッと笑って、ポンポンと頭を撫でるエース。
その後、大きな声で仲間達に告げた。
「野郎共!宴だ!!ぱーっとやろうぜ!!」
エースとアンジュの再会を祝い、〝スペード〟の面々は大いに盛り上がった。
「アンジュ、デザートの焼きリンゴだ!」
「ただリンゴを焼いただけだけどね。ソフトクリームもあるよ」
「出た!オバちゃんの巻貝ソフトクリーム!!」
「焼きリンゴと一緒に食うとウマイんだよな~」
白い巻貝のような長~~いソフトクリームは、アンジュを驚かせた。
味はいたって普通のバニラだが、安いのにたくさん巻いてくれるので、隠れた名物だったりする。
「すごい。でも、こんなにあったら溶けちゃいそう。エース、一緒に食べてくれる?」
「んじゃ、半分ずつな」
ふたりで、焼きリンゴとソフトクリームを分け合う。
熱さと冷たさが溶け合って、甘かった。
「アンジュ。ここ、付いてるぞ」
エースの手がアンジュの頬に伸びてきて、親指で口の端に付いたクリームを拭っていった。
「エースも、口の周り真っ白」
ソフトクリームにかぶり付いて食べるエースを見て、アンジュが笑む。
「ひひひ、白ひげだな!」