El sol
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新世界の、とある島。
赤髪のシャンクスと白ひげ海賊団の手により、白ひげとエースが埋葬された。
アンジュは、目が覚めてからずっと、エースの墓の前に座っている。
「ああやって、ずっと動かないんだよい。飯も食わねェし、何も喋らない。傷だってまだ治ってねェってのによい」
マルコは、シャンクスに零した。
アンジュが気を失っている間に傷は処置をしたが、本来ならばきちんとした療養が必要だった。
「心の拠り所を失ったか。まるで死人だな」
「せめて弟と一緒だったらな……。そう上手くはいかなかったよい」
マルコが溜息を吐くと、シャンクスは、静かにアンジュの側へと近付いた。
「……」
アンジュの瞳は、最早何も映していない。
「泣かないんだな」
シャンクスが言った。
「兄貴がいないと、泣く事もできないか」
その声が届いているのかいないのか、アンジュは何も返さなかった。
「ルフィのヤツはどうしてるかなァ?あいつ、泣き虫だからな」
ルフィの子供の頃を思い出して、シャンクスは哄笑した。
しかし、すぐに真剣な顔つきになり、アンジュを見据える。
「あいつは来る。海賊の高みへ。今は辛いだろうが、必ずな。エースも、それを望んでいるだろう」
さあっと風が吹き、墓に供えられているエースの帽子が揺れた。
「お前には、何を望むだろうな…?」
風が、シャンクスのコートを翻す。
赤い髪が靡き、遠退いていった。
夜が来た。
「 ――アンジュ 」
アンジュの瞳が、光を取り戻した。
「エース……?」
その双眸に映る、エースの姿。
「 ごめんな、アンジュ 」
アンジュの前に膝をつき、その包帯を巻いた身体を眺め、
「 こんなに、酷い怪我させちまって…… 」
氷やマグマで部分的に短くなってしまった髪を撫でながら、エースは言う。
「 絶対守るって、約束したのに 」
「エース……エース!!」
今、目の前にエースがいる。
アンジュは、懸命に両手をのばした。
エースはそれを受け入れ、優しく抱き締める。
「 アンジュ…… 」
「お願い、連れてって」
〝アンジュ〟の人生は、エースと共に始まった。
彼が、始まりをくれたのだ。
そのエースを失う事、それは、アンジュにとって、終わりを意味していた。
「わたし、エースといっしょにいたい……エースがいないと」
「 それはダメだ。アンジュ 」
エースは、アンジュと目を合わせた。
自身が映る、その瞳を見据えて。
「 ああ……やっぱり綺麗だ 」
「……エース?」
「 もう、おまえを連れてはいけない。おまえは、生きるんだ 」
「…そんな……わたし、エースがいないと…どうしたらいいか……」
「 おまえが、やりたいと思う事をすればいい 」
「わたしの…やりたい事……?」
「 ああ。悔いのないように生きろ。誰よりも自由に、な 」
エースはアンジュの頬を両手で包むと、笑った。
太陽のように、あたたかな笑顔で。
「 おれの妹になってくれて、ありがとうな。アンジュ 」
「…エース……っ!」
そのぬくもりが消え去る瞬間、額に、何かが触れた気がした。
「 ……おまえを、愛してた―――― 」
アンジュは、目を開けた。
エースの墓の前、いつの間にか横になっていた身体を起こす。
「……っ」
頬が濡れているのに気付いた。
途端、次から次へと涙が溢れ、止まらなくなった。
「……エー…ス…ッ…エースぅ……っ!!」
出し方を忘れていたかのような、掠れた声が漏れる。
涙と共に、感情が溢れ出して止まらない。
「エース……ッ」
――わたしも、あなたを…………。
アンジュは、一晩中、声を上げて泣き続けた。
左の手の甲、スペード海賊団のマークを、空に掲げる。
太陽の光が、眩しい。――朝だ。
様子を見に来たマルコは、その光景に瞠目した。
アンジュは未だ、墓の前。
しかし、その両足は今、しっかりと大地を踏みしめていた。
「アンジュ!」
「……マルコ」
応えたアンジュに、マルコは持ってきた新聞を渡す。
「お前らの弟が載ってるよい」
アンジュは、新聞に目をやった。
頂上戦争から3週間、ルフィが海軍本部に現れたという記事が載っている。
[海峡のジンベエと、〝冥王〟シルバーズ・レイリーが同行。
軍艦を奪ってマリンフォードを一周、「水葬の礼」。
オックス・ベルを「16点鐘」、広場に花束を投げ込み、黙祷。]
そして、黙祷するルフィの写真。
3日後にサニー号で!!
「3D×……2Y……。2年後――」
その後、アンジュはひとり、旅立った。
「あいつに、黒ひげを討ちには行かせねェよい」
マルコは仲間達に、そして、エースの墓に告げていた。
どくりつする、とアンジュは言った。
その目的は、おそらく……。
「落とし前は、おれ達がつける。エースの妹を、死なせるわけにはいかねェ」
そして――――2年の月日が流れ、アンジュはシャボンディ諸島に現れた。
ブルーグレーのビスチェの上から、深い青紫色のマントを纏った細身のパンツスタイルに、ロングブーツと指ぬきのロンググローブを着用した姿で。
以前は背中まであった黒髪は、今ではアシンメトリーな前下がりボブとなり、一番長い髪の先が鎖骨の辺りで、ワインレッドのメッシュが混じっている。
髪飾りではなく、黒いリボンが巻かれたボルドーのソフトハットを被って。
この2年間は、世界政府や海軍、そして黒ひげ海賊団の動向を密かに調査しつつ、鍛錬を続けていた。
ルフィと繋がっていた七武海 ボア・ハンコックから政府の情報を得る為、アマゾン・リリーに立ち寄り、其処で覇気の使い方を少し学んだ。
(この時のハンコックの歓迎っぷりは凄まじかったが、アンジュは騒ぎになるのを厭い、自身がルフィの姉である事は、ゴルゴン三姉妹とニョン婆のみが知る機密事項となった。)
残念ながら覇王色は備わっていなかったものの、短い期間で見聞色と武装色は扱えるようになった。
ルフィはルスカイナ島で修行中だった為、邪魔をしないよう会わぬまま女ヶ島を出た。
その後も覇気や技の研鑽を積み、独創的な戦い方を究めていった。
表舞台は極力避けて来た。
自身は海賊であるが、別に名を上げたいわけじゃない。
目立つ行動をして目を付けられるのも煩わしかった。
アンジュの目的は、赤犬と黒ひげだ。
この名が世界に轟くのは、奴らを亡きものにした後でいい。
海軍の方も、今のところアンジュの行方を掴めてはいないようだった。
マルコ率いる白ひげ海賊団の残党と黒ひげ海賊団の〝落とし前戦争〟には姿を現さなかった為か、まだ麦わらの一味の
麦わらの一味 〝堕天使〟アンジュ
懸賞金 2億2000万ベリー
ルフィの懸賞金が4億に上がった時、とうとうアンジュにも賞金が懸かった。
海賊船に乗っていても戦闘員ではなかったアンジュは、その名が広く知られる事はなかったが、マリンフォードの戦争でついに、兄を救おうと戦う姿が知れ渡ったのだ。
「堕天使……」
アンジュは、立ち寄った酒場で見つけた自身の手配書を眺める。
いつの間に撮られていたのか、写真は戦争以前のものだ。
あの日燃え尽きてしまった髪飾りをつけ、〝誰か〟に微笑みかける自身の姿。
この白い服は、真っ赤に染まった。
藍色のジャケットは、黒く。
黒い翼にでも見えたのだろうか。
それとも……。
――神に反逆する者だとでも。
「アンジュ……これは、そなたの耳にも入れておく必要があるやもしれぬ」
女ヶ島を訪れた時、ハンコックは言った。
「何故そなたが、2億2000万もの賞金を懸けられたのか…。それは、そなたがエースの子供を身籠もっている可能性を恐れたからじゃ」
ゴールド・ロジャーの処刑後、海軍はロジャーの子供を捜索していた。
ロジャーの血筋を、根絶やしにする為に。
だからエースの母親は、20ヶ月もの間エースを腹に宿し、世界の目を、海軍の捜査網を欺き、自身の命を賭して、海賊王の息子をこの世に産み落とした。
アンジュも同じように、エースの子供を産むかもしれぬと、捜しているという。
「何、それ……私は、妹なのに」
「その兄妹関係さえ偽装ではないかと疑っておるのじゃ。事実血の繋がりが無い事も判明しておるし、エースが死ぬ前に最も傍に置いていた女がそなたであった事を、奴等は調べ上げた。そなたがルフィの船に乗っていた期間を差し引いたとしても、やはり一番有力であると」
「そんな事、あるわけない…!!エースは私を、とても大事にしてくれていた!大事な、かわいい妹だって……」
「そなたがマリンフォードでの戦争に姿を現した時点で、可能性など限りなく0に近い事もわかっておるのじゃ。しかし、ほんの僅かな疑心でも、奴らは潰しにかかって来る」
神に背き、悪の血を引く子を産む女……故に〝堕天使〟――――
「……そんな」
エースは兄であると同時に、アンジュを生かし、名を与えてくれた、アンジュにとって何よりも尊い存在だというのに。
「アンジュ、わらわに出来る事は無いか?そなたはルフィの姉上じゃ。そして、いずれはわらわにとっても……いやん、わらわ恥ずかしいっ」
そうして時折頬を染めつつ、ハンコックはアンジュに協力を申し出た。
アンジュが、ルフィの姉だったから。
「――――生めるものなら、生んでた。エースの残した、命があるなら……。でも、エースはそんなこと望まなかった。エースの残したもの……手に入れられるとしたら、メラメラの実しか……ない」
少し離れた所から船を見ていると、ルフィと目が合った。
今のアンジュは、2年前とは全く印象が違う筈だが、ルフィは一目で姉だと気付いた。
「アンジュ!遅かったじゃねェか!おまえビリだぞーっ!!」
「そう。ごめんなさい、ルフィ」
嬉しそうに乗船を急かすルフィに、アンジュは笑いかけた。
「私、もうあなたの船には乗らないわ」
「は?」
「今日は、それを伝えに来たの」
「なんだよ、それ……どういう事だよ!?」
ルフィは腕を伸ばしてアンジュの近くの樹を掴み、すぐ傍まで飛んできた。
「あなたとは、目的が違う。だから、もう一緒には行けない」
アンジュの目的は、メラメラの実を手に入れること。
そして、元大将〝赤犬〟サカヅキ、〝黒ひげ〟マーシャル・D・ティーチ……
ルフィがしたい冒険とは、違う。
「一味を抜けるってのか」
「私は元々スペード海賊団よ。白ひげ海賊団でも、麦わらの一味でもない。私の船長は、エースだから」
「な……ッ」
「でも、エースはもういない。私は私の為に、悔いのないように生きる。誰よりも自由に」
アンジュは微笑っていたが、以前のような、花が綻ぶような笑みではなかった。
ルフィに向けられた眼差しは変わらずあたたかいのに、その瞳の奥には、冷たく、仄暗い何かを宿していた。
ルフィは悟った。
〝それ〟はきっと、アンジュの意志なのだと。
「嫌だ!!おれは認めねェ!!!」
だからといって、納得は出来なかった。
アンジュの腕を掴み、力を込める。
「船を降りるなら、おれを倒し……っ」
「触らない方がいいわ」
途端に身体の力が抜け、ルフィは、アンジュに体重を預けてしまった。
「な…んだ…これ……ッ?」
「セキュアリングメソッド……。私の身体には、海楼石のワイヤーが縫い込まれている」
「海楼…石…!?」
「能力者にとっては、海同然」
しゅるしゅると、アンジュは右手から海楼石のワイヤーをたゆたわせる。
「それに、あなたは私を傷つけられる?たったひとりのお姉ちゃんなのに」
サボを失い、エースを失い、ルフィの兄姉はアンジュしかいない。
ルフィは歯噛みして、アンジュを見た。
「……どうしても、行くのか」
「ええ。私の船長は、あなたじゃないの」
「アンジュ……」
「――でもね、ルフィ」
アンジュはルフィを抱き締めると、優しく頭を撫でた。
「あなたは、私の弟。たったひとりの、かわいい弟」
そして、両手でルフィの頬を包み、その額に口付ける。
海楼弦が、ルフィに絡みついていた。
「っ……アンジュ!!!」
巻き上げたその身体を、サニー号へと飛ばす。
「大好きよ、ルフィ。またいつか会いましょうね」
海賊の、高みで。
『やっとここに来れたよ、エース』
サボは、エースと白ひげの墓の前に来ていた。
『見ろよ。ルフィのやつ、また海賊王への道を歩み始めたぞ。さすがおれ達の弟だ』
エースに報告する為、麦わらの一味の新聞記事を持って。
『皮肉なもんだな。お前がこうなってから、鮮明に昔のことを思い出すんだ』
そう言うと、エースの墓の前に盃を置き、酒を注いで、語りかける。
今は革命軍に所属している事、エースを助けに行けなかった事への謝罪、生きてもう一度会いたかった事、エースの意志を引き継ぐという誓い……。
『エース…妹がいるんだってな』
新聞記事に目を落とす。
麦わらの一味が確認されたシャボンディ諸島。彼女の姿だけが確認されず、手配写真は2年前のままだ。
『アンジュっていうのか。知らなかった。おれが居なくなってから、出来た妹かな。知らないんだろうな、おれのこと。……逢いたいな。お前を失ったあの戦場を生きぬいた、お前の、おれ達の妹』
一つの盃を手にし、サボは眦を決した。
『ルフィはおれ達の弟だ。そして、アンジュも――』
盃を空け、立ち去る。
墓の前に並ぶ盃は、四つだった。
あの日、消えていったと思った命……もうひとりの兄が、そこにはいた。