El sol
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波間を揺蕩う、その人影を見付けた時、一瞬……失った兄弟かと思った。
――サボ……!?
だが、その身体はサボよりも小さく、髪の色も長さも違う。
それでもエースは、無我夢中で海に飛び込み、仰向けで浮いている幼い痩躯を捉えると、陸へと運んだ。
女の子だった。
意識は無く、身体のあちこちに、酷い傷や痣があった。
死んでいるのかと、呼吸や脈拍を確認すると、極めて微弱だが感じる事ができた。
生きている。
「死ぬなよ。必ず助けるからな!」
エースは、少女を確と抱きかかえた。
ダダンの国よりは近いからと、マキノの店に運び治療して貰ったが、何日経っても少女は目を覚まさない。
少女の左の手の甲には、"天駆ける竜の蹄"――『天竜人』の紋章があった。
世界貴族に飼われた者に焼き付けられる、一生消える事のない「人間以下の証明」。
奴隷の烙印だ。
瀕死の状態で海に浮かんでいたという事は、捨てられたのだろう。
死んでもおかしくない程の、重傷を負わされて。
マキノは、その紋章を隠すように包帯を巻いた。
「こいつは、おれが守る」
エースの瞳には、決意の色が宿っていた。
「だから、早く起きろ。生きてくれ、頼むから」
目覚めない少女の顔を覗き込み、頭を撫でた。
物心ついた時から、天竜人の玩具だった。
光の加減で青にも紫にも見える瞳
が美しいと、天竜人の子供に与えられて。
勝手に喋る事も、笑う事も、泣く事も許されず、その子供が遊びたい時に遊びたいだけ使われ、傀儡として動き、決められた言葉のみを発する。
言う通りの事が出来なければ、もっと痛くて、怖い思いをするから。
子供が遊んでくれているうちは、まだ良かった。
着せ替え人形のように、綺麗な服を纏い、気まぐれにではあるが、食べ物も貰えた。
だが、子供に飽きられてしまえば、放っておかれた。
数日に一度、使用人が手入れに来る僅かな時間以外、鑑賞用の生き人形として過ごしていた。
食事ができるのは、手入れの日のみ。
無意識のうちに、呼吸も、拍動も、身体の全ての機能が、ただ命を繋ぎ止める為だけの、最低限のものとなった。
ある日、船に乗せられ、知らない国に来た。
窓の向こう、小船が一隻、砲撃で沈んだ。
ただ、この船の前を横切ったというだけで。
急に、恐怖が込み上げてきて。
いつか、自分もあんな風に……。
そう思ったら、逃げ出していた。
けれど、ずっと飾られていた身体は上手く動かせず、すぐに捕まった。
与えられた罰は、今までで一番痛くて、苦しくて――
「壊れたか。捨てよ」
それが、最後に聞いた言葉だった。
早く起きろ。生きてくれ、頼むからーー
エースの声に誘われるように、少女の瞼が、ゆっくりと持ち上げられた。
「あっ…!」
起きた!と叫び出しそうになるが、現れた瞳に、エースは思わず息をのむ。
綺麗だと思った。
「……目、覚めたんだな。大丈夫か?」
声をかけるが、反応は無い。
傷が痛むのか、ほんの僅かに顔が歪むだけだった。
「おまえ、大怪我して海に浮かんでたんだ。今まで、ずっと寝てたんだぞ」
「エースが見付けて、此処まで運んだのよ」
エースの後方から、マキノが少女に微笑みかける。
「おまえに酷い事した奴はもういねェ。だから、心配すんな!」
渡さない。理不尽にもサボを殺した奴らなんかに。
「おれが、守ってやるからな」
エースは少女に名前を聞いたが、静かに首を振るだけで、答えなかった。
名前なんて、無かったのかもしれない。
もしくは、覚えていないのか。
「おれはエース!おまえは…何て呼んだらいいかな。ん~~……」
暫く考えた後、エースは口を開いた。
「……そうだ!アンジュにしよう!なんとなく思いついた。おまえの名前はアンジュだ!」
「……アンジュ…?」
小さな声だったが、少女が初めて言葉を発した。
それが嬉しくて、エースは笑みを浮かべていた。
「アンジュ、今日からおまえはおれの妹だ!弟もいるぞ、ルフィっていうんだ!!」
アンジュは、暫くはマキノの家で療養していた。
「見舞いって何すればいいんだ?」とマキノに聞いたところ、「お花なんてどうかしら」と言われたので、エースは山で摘んだ花を持って、度々様子を見に行った。
傷が良くなるにつれ、包帯は減っていったが、左手の包帯は取れないまま。
アンジュには、人に見せてはいけないと言ってある。
「アンジュ!」
その日も、エースは見舞いにやって来た。
いつものように花を持って。
だが、今日はいつもと違い、アンジュの左頬にかかる髪を耳にかける。
「ちょっと動くなよ?……よし!」
それは、白い花をメインに、アンジュの瞳の色に似た、青や紫の花を合わせた髪飾りだった。
「しっしっしっ、似合うなーアンジュ!エースがマキノに教わって作ったんだぞ!」
「おいルフィ!余計な事言うなよ!…おれはただ、おまえが全然笑わないから、どうしたらいいか聞いただけで……そしたら、髪飾りとか喜ぶかもって言うから」
照れたように話すエースに、アンジュは視線を向けた。
エース。
海に捨てられた自分を見つけて、運んでくれた人。
死にかけていた所を、助けてくれた人。
「気に入らなかったか?」
不安げな表情になるエース。
アンジュは、懸命に思い出そうとしていた。
笑い方を。
「ありがとう」
そう言って、僅かに口角を上げ、目を細める。
エースは、驚くと同時に、頬に朱を滲ませた。
「おまえ、笑った方が……かわいいな…」
その日から、アンジュはよく笑うようになった。
身体が回復してくると、エースとルフィと共に、コルボ山で暮らすようになった。
三人で行動するのが普通になり、ダダンからは「またガキが増えた!」と言われたが、アンジュが女の子だという事もあり、不承不承ながらも何かと世話を焼いてくれた。
アンジュはエースとルフィに付いて回ったせいか、体力も身体能力も格段に上がっていった。
「今日もまた、おれの勝ちだな!ルフィ!」
「次は負けねェ!もっともっと強くなってやるからな!!」
エースとルフィの勝負は、相変わらずエースの全勝で、未だ一度も勝てないルフィはボロボロだ。
その手当てをしてやり、破れた服を繕ったりするのは、いつの間にかアンジュの役目となった。
「はい、できた」
「ありがとな、アンジュ!」
包帯から布製のグローブに変わった左手で、ルフィの頭を撫でるアンジュ。
にしししっと嬉しそうに笑うルフィを、エースが睨んだ。
「おいルフィ、お前ちょっとアンジュに甘えすぎじゃねェか?」
「何だよエース、いいだろ!アンジュは優しい姉ちゃんだっ」
「おれの妹だよ!!」
そんな兄弟喧嘩も、アンジュは穏やかに微笑み見守っていた。
「だ、誰じゃ……この娘さんは?」
「妹だ」
「姉ちゃんだ」
「何ィ!?」
「手ェ出すなよ、ジジイ」
「出すなよ、じいちゃん」
「どっから誘拐してきたァ!!」
「エース!ルフィ!」
時折、海軍本部中将のガープが顔を見せ、エースとルフィがふたりしてボコボコにされた時も、アンジュは一生懸命手当てをするのだった。
月日は流れ、アンジュは15歳になった。
エースは17歳。海へ出ると決めた年齢だ。
サボを失った後、決意したのだ。
『 いつか必ず海へ出て思いのままに生きよう!誰よりも自由に!
出航は17歳!おれ達は海賊になるんだ!! 』
アンジュにも、話していた事だった。
サボの話と共に、ルフィと、何度も。
「アンジュ」
「なあに?エース」
「おれは海へ出る。海賊になるんだ」
「うん」
「おまえは、どうする?」
エースは、ずっと考えていた。
アンジュを、一緒に連れて行っていいものかと。
海賊になるという事は、多くの敵を作るという事。ガープも敵になる。命懸けの航海だ。
だが、アンジュを助けた時、誓ったのだ。――おれが守ると。
傍にいなければ守れない。置いては行けない。
離れたくない。
それが、己のエゴだとしても……。
「何で?」
「何でって…」
「わたしも、エースと一緒に行くんでしょう?」
至極不思議そうな顔をして、アンジュはそう言った。
それが当然だとでもいうように。
「いや、おれはおまえの気持ちを聞いてんだよ。おまえは別に、海賊になりたいわけじゃねェんだろ?もしここに残りたいんだったら…」
「……わたし、要らないの?」
その言葉は、エースの胸に突き刺さった。
鬼の子と呼ばれ、生まれてきた事を、存在を否定されてきた自分と、重なったからだ。
「バカ!そんなコト言ってねェだろ!!」
違う、違うんだ。
思わず、アンジュの身体を抱き締めていた。
7年前、海から引き上げた時のように。
痩せ細り小さかったその身体は、年相応に成長した今でも、エースより華奢で、たおやかで……。
「アンジュ……」
目を合わせ、妹の頭を撫でる。
「おれと一緒に、来てくれるか?」
「はいっ」
花が綻ぶような笑顔で、アンジュは頷いた。
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