Conceal
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「久しぶりに夕凪の雑炊が食いたいなぁ」
タソガレドキ忍軍の、外部に複数ある隠れ家のうちの一つにて。
雑渡のそんな呟きを聞き、尊奈門は持っていた玉杓子を鍋の中に落とした。
今まさに雑渡が吸い口で啜っている雑炊を作った、張本人である。
ショックで涙目になっている彼を、他の忍者達が気の毒そうに見ていた。
「ああ…別にお前の雑炊が嫌だと言ってるわけじゃないんだよ、尊奈門。ちょっと懐かしくなっただけ。このところ手紙も来ないしなぁ。仕事なのはわかってるんだけど」
気を取り直し、皆の分の雑炊をよそう尊奈門。
「部下に嫁いでくれたら、手元に置いておけたのにねぇ」
「仕方ないでしょう。夕凪が嫌だと言ったんですから」
複雑そうな表情で、尊奈門が言う。
「尊奈門……こっそり様子見て来て」
「は!?」
山本が、また組頭の過保護が始まった……と思っていると。
「私が行ってきます」
名乗りを上げたのは、高坂だった。
「駄目。陣左は夕凪に意地悪するから」
「しませんよ」
「本当に?」
「はい」
次の日。
任務を終えたばかりの夕凪は、旅の娘姿で峠道を歩いていた。
「お腹空いたな…」
途中でうどんでも食べて、帰ったら武器の手入れをして、少しゆっくりしようか。
通り道にあるうどん屋で一息吐こうと思った時に、気配を感じた。
――誰か、付いて来ている。
ずっと尾行されていたのだろうか。否、これまでは何も感じなかった。
そのまま何食わぬ顔で店を通り過ぎると、その気配も付いて来る。
やはり標的は自分だと確信した時、殺気が徐々に強くなってきた。
夕凪は駆け出し、近くの林道へ入った。
素早く樹の枝に飛び上がり、追っ手が林道に入った瞬間、背後に降り立つ。
「わたしに何か御用ですか?」
不機嫌そうに振り返った男の顔には、見覚えがあった。
「何だ。高坂さんでしたか」
夕凪は、警戒を解いた。
「顔見知りだからといって油断するなよ。私が偽物だったらどうする気だ」
「本物じゃないですか」
「本物だったとして……」
瞬間、目の前から高坂が消えた。
「こういう行動に出ないと言いきれるか?」
「なっ…」
背後を取られたと思う間も無く、夕凪は薬を嗅がされ、意識を失った。
「お待たせしました。組頭」
高坂が、担いで来た袋を雑渡の前に下ろした。
「陣左、これって…」
袋の口が開けられ、夕凪は漸く中から出る事が出来た。
「何だ、もう目覚めていたのか」
しれっと言う高坂に、反駁せずにはいられない。
「ちょっと…!何でわたしは拉致されなきゃならなかったんですか!?」
「組頭が、おまえの雑炊を所望しておられる」
「それならそうと、声をかけてくだされば…」
「我々と繋がっている事が広まると、仕事がやりづらくなるだろう」
「そのお気遣いは有り難いですけどね。秘密裏に依頼する事ぐらい高坂さんなら難しくないでしょう?変装でも何でもして、内密に伺う事だって出来たのに」
「面倒だった」
「高坂さんの意地悪……」
その遣り取りを見て、雑渡は溜息を吐いた。
「すまないね、夕凪。私がおまえの雑炊が食べたくて、様子を見て来いと言ったんだ。まさか攫って来るとは思わなかったが」
そう言って、夕凪の頭を撫でる。
「雑渡さま…」
「陣左、お前はまた夕凪を苛めて…」
「苛めてません。迅速且つ効率の良い方法を取ったまでです。どうやら任務が終わって帰る途中だったようなので、好機だったかと」
「夕凪が嫁入りを拒否するわけだ…」
いろいろ言いたい事はあったが、雑渡の頼みとあらば断る理由は無い。
夕凪は、早速雑炊作りに取りかかった。
この場所は夕凪も知らない隠れ家故に、厨にも立つのも初めてだ。
「私も、手伝おう…」
そんな夕凪に心配そうに声をかけたのは、尊奈門だった。
「尊くん」
いや、心配というよりは……。
「こ、この間は悪かったな。せっかくの休日を邪魔して…」
材料や調理道具の準備をしてくれながら、彼はおずおずと切り出した。
忍術学園での邂逅――あの時の事だと、夕凪はすぐに察する。
「もういいの。わたしの方こそごめんなさい。怪我しませんでした?」
「平気だ!……しかし、まさかおまえがあそこまで怒るとは思わなかった」
「わたしも…あんな所で会うなんて思わなかった」
「その……土井半助には、あれから、また…逢ったりしているのか?」
手際よく野菜を刻んでいた、夕凪の手が止まる。
「……夕凪?」
「一度だけ」
それだけ言うと、夕凪は無言で調理を進めた。
まさか、私の所為で土井と何かあったのか!?……などと、尊奈門が狼狽している事など知らぬまま。
「嗚呼、うまかった。夕凪、また腕を上げたな」
「お褒めに預かり光栄です。雑渡さま」
夕凪の雑炊を食し、雑渡は満足そうだった。
彼が、おまえも食べなさいと言うので、味見と毒見という建て前で、夕凪も腹に入れた。
「随分と御無沙汰だったねぇ。息災だったか?」
「はい。潜入の仕事をしておりましたので、お手紙も書けず」
「ふーん…」
雑渡の隻眼が、僅かに細くなった。
「夕凪、腕を見せてごらん」
「え…?」
身構えた次の瞬間、夕凪は天井を仰いでいた。
畳に組み敷かれ、右腕を捕らえられる。
「っ…!」
するりと袖が落ち、晒される腕の傷痕。
「薬の匂い、わからないとでも思ったか?」
「それは、任務の後で…」
傷口は疾うに塞がっていたが、未だ痕は残っていて、任務が終わってから膏薬を塗った。
まさか拉致されるなんて思わずに。
「こんな傷を作って」
「こんなの、掠り傷です」
「毒でも塗られていたら?」
「毒消しくらい常備してます」
「夕凪――」
掴まれた右腕が、ぎりぎりと締め上げられる。
夕凪は、痛みに顔を歪めた。
「戻っておいで」
「忍者を、やめろという事ですか?」
「そうだ。こんな怪我をするようじゃね」
「怪我なんて、誰でも…」
「それに…いくら私が相手だからって、この状況で抵抗すらしないのはどうかと思うよ。おまえなんて、簡単に殺せるんだよ私は」
そう言い、雑渡は夕凪の首に手をかけた。
片手だけで、夕凪の首を絞めてゆく。
「ざっ…と、さま…ッ」
「この首をへし折ったら、死んでしまうね。夕凪…?」
――雑渡さま、どうして…?
抵抗しないのではない。出来ないのだ。
相手が尊敬する雑渡だからという事もあるが、荷物も隠し武器も、所持していた物は全て無くなっていた。
おそらくは、夕凪を此処に運び込む前に、高坂が回収したのだろう。
当然といえば当然だ。タソガレドキ忍者でもない者を引き入れるのだから。
力の差は歴然――しかも丸腰の状態で、雑渡に敵うわけがない。
それでも、せめて首の手だけでも外してもらおうと身を捩るが、何の効果も無かった。
「忍者をやめて、私の部下に嫁ぐかい?」
その言葉に、夕凪は懸命に首を横に振ろうとする。
「悪い子だ」
一際低い声で囁かれ、首を絞める力が強くなった。
――苦しい…怖い、助けて。
雑渡が自分を殺すわけがない。
何の根拠も無い思い込みが、打ち砕かれようとしていた。
忍者とは、明日をも知れぬ身。
ならば、今この場で、雑渡の手で殺された方がいいのではないか。
薄れる意識の中で、夕凪はそんな事を考えた。
紅蓮の炎の中から、助けてくれたのは雑渡だった。
彼の手で救われたこの命、失うとしたら、また彼の手で……。
身を任せ、瞼を閉じたその時――
脳裏に浮かんだのは、土井半助の姿だった。
あの日、長屋を去る時、もう逢わないでおこうと思った。
この想いは、叶わなくともよい。
これ以上深く関わってはならないと。
それなのに……。
――ここで死んだら、本当にもう逢えない。そんなの、嫌…。もう一度、土井先生に逢いたい。
そして、蘇る、きり丸の声。
『――…もう来ないなんて、言わないで……ッ』
夕凪は、涙を溢れさせながら、懇願するように雑渡の眸を見た。