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くの一としての任務中に怪我をした。
といっても、敵の刀が右腕を掠った程度、大した事はない。
目的は果たした為、煙玉を投げ、続けて撒菱を撒き、追っ手から逃れる事に成功した。
その後は忍装束を着替え、男装して町を訪れた。
木陰の大事――木を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中。
何もない場所に隠れるよりも、人混みの中に隠れた方が見つかりにくい。
傷は浅く、自身で処置を施し、今は紺藤の着物に隠れて見えない。
このまま町を通り抜けようとしたその時、見知った顔の少年を見つけ、夕凪は口角を上げた。
「きり丸」
振り返ったきり丸に、編笠を上げて顔を見せる。
「あっ!お兄さん、お久しぶりです!」
ぱっと明るい笑顔で挨拶を返すきり丸。
男装中なのを考慮して、すぐに呼び方を変えてくれる気転は有り難く、夕凪は微笑みながら訊ねた。
「偶然だな。今日は何のバイトをしてるんだ?」
「えっと、さっきまでアサリ売りのバイトしててぇ、これから弁当売りのバイトなんです。その後は子守と、造花作りの内職も…」
「相変わらず忙しいな」
「お兄さん、手伝ってくれる?」
甘えたような眼差しを受け、夕凪は言った。
「ああ、いいよ」
結果から言えば、弁当は飛ぶように売れた。
合戦場ではなく街道での販売だった事もあるが、青年姿の夕凪は女性に人気で、以前話していた〝兄と弟〟という設定も良かったらしい。
「あっという間に売れちゃいましたね。流石は夕凪さんっす」
「いや、私は少し手伝っただけだ」
「雇い主さんも大喜びで、バイト代弾んでくれたし!予定より早く赤ちゃん預かりに行けますっ」
きり丸はその足で子守り予定の赤ん坊を預かり、町長屋に向かった。
「おや、きり丸。子守のアルバイトかい」
「あ、お隣のおばちゃん」
隣のおばちゃんは、きり丸が背負う赤ん坊を見た後、その後ろに立つ夕凪に、少しばかり警戒の色を含んだ視線を送ってきた。
「ああ。こちらは、何度かバイト先でお世話になってるお兄さんで…」
「夕凪丸と申します。よろしく」
フリーのプロ忍者の夕凪です、などという紹介は無論しない。
「夕凪丸」という偽名は、弁当売りの兄弟を装っていた時に名乗ったものだった。
夕凪が、その時のような爽やか営業スマイルを見せると、隣のおばちゃんの態度は途端に軟化する。
「じゃ、これから内職手伝って貰うんで!」
「失礼します」
二人は家へと入った。
「ただいま。きり丸、誰か来てるのか?」
「「土井先生、おかえりなさい」」
暫くして帰宅した半助は、返って来た二人分の声と、造花作りに勤しむ夕凪の姿を見て納得した。
家の前できり丸以外の気配には気付いていたが、特に剣呑なものではないので普通に入って来たのだ。
「夕凪君だったのか」
「すみません。留守中にお邪魔してしまいまして」
「いやいや、内職の手伝いをしてくれてるんだろう?」
「弁当売りも手伝ってもらっちゃいました!」
きり丸が機嫌良く答えると、あやしていた赤ん坊がきゃっきゃと笑った。
「すまないな、夕凪君」
「いえ。私は私で助かってますから」
その言葉の意味を考えた時、半助は気付いた。
「ちょっと失礼」
「えっ!?」
夕凪が拒否する暇もなく、捲り上げられる右腕の袖。
半助の眼が、鋭くなった。
「怪我をしてるじゃないか!」
露わにされたのは、傷口に巻いた、包帯代わりの三尺手拭い。
「ああ、これは仕事でちょっと。忍者やってれば、怪我くらいするでしょう?」
「それはそうだが…。ちゃんと治療はしたのか?」
「もちろんです。傷薬の調合は得意なので」
「はぁ~…。何も怪我してる時に、きり丸のバイトの手伝いなんてしなくても…」
「そうっすよ~。言ってくれたら、子守くらいしか頼まなかったのにぃ」
「きり丸!」
「土井先生もきり丸も、そんなに気を遣わないでください。少し掠った程度ですから」
「そうはいってもなぁ。とりあえず、造花作りはきり丸がやりなさい」
「はーい」
先程まで夕凪が作っていた造花を、きり丸が引き継ぐ。
「夕凪さん、器用っすね。この造花、けっこうコツが要るのにー」
「そうかな。慣れてるきり丸と比べたら、やはり時間がかかるよ」
そんな話をしていると、赤ん坊がぐずりだした。
「あれ、さっきおしめ替えたのに。腹へったのかな?」
「きっとそうだ。飴湯の用意をしてくる」
半助が席を立ち、夕凪は恐る恐る赤ん坊に近付いた。
あやそうと、見様見真似で抱き上げてみるが、どうしたらいいかわからない。
「夕凪さん、もしかして赤ちゃんの扱い慣れてない?」
そのぎこちない様子を見て、きり丸が訊ねた。
「いろんなアルバイトをしてきたが、実は子守はやった事がないんだ。特に赤ん坊は、あまり触れる機会が無くて…」
「んー…。どうせなら夕凪丸さんじゃなくて、お夕さんの格好の方がいいんじゃないですか?母ちゃんみたいで安心するかも」
「それもそうか。わかった」
夕凪は、赤ん坊を一旦寝かせ、男装を解いた。
黒髪を結い、紅藤色の小袖姿で、再度赤ん坊を抱き上げる。
「いいこ、いいこ。泣かないで」
女性らしい柔らかな甘い声をかけ、そっと揺らした。
すると、赤ん坊はぐずりながらも、小さな両手を伸ばしてくる。
「お、ちょうどいい。夕凪君、そのまま抱っこしていてくれ。そう、もう少し頭を上に」
飴湯の入った器と匙を持って、半助が傍らに座った。
「よしよし、飴湯を飲みましょうね~」
口を開けた赤ん坊に、優しく飴湯をやる半助。
「飲んでる……可愛い」
夕凪の頬が緩み、それを見た半助も目を細める。
「自分であげてみるかい?」
「え…?」
「はい」
匙を渡され、夕凪は逡巡する。
しかし、赤ん坊がもっとと訴えかけるように声を発しているので、半助の持つ器から飴湯を掬い、赤ん坊の口に持っていった。
「そうそう。ゆっくりな」
「あ…飲んでくれました」
「うん、上手いぞ。その調子だ」
夕凪が続けて飴湯を飲ませるのを見守りつつ、半助は赤ん坊の頭を撫で、「おいしいなぁ」と微笑みかける。
「ふふ、いっぱい飲んでね」
夕凪も嬉しくなり、和やかな空気が部屋を包んだ。
「……」
そんな三人の姿を、きり丸は無言で見つめていた。
「土井先生」と「夕凪さん」と、「預かっている赤ん坊」……。
それなのに、一瞬、何か別の光景に見えて、思わず目を逸らした。
「ぼく、造花届けてきます」
「ん?終わったのか、きり丸?」
「はい。夕凪さんが手伝ってくれたから…」
出来上がった造花をせっせと箱に仕舞うと、それを持って部屋を出て行く。
「きりちゃん…?」
きり丸の雰囲気が、先程と微妙に変わった事に、夕凪は気付いた。
「どうしたんだ、あいつ…」
もちろん、半助も――。
「はぁ…」
納品を終えたきり丸は、町長屋への道のりをゆっくりと歩いていた。
夕方には赤ん坊を家に帰す事になっている為、のんびりしているわけにはいかないというのに、その足取りは重い。
「もし…土井先生と夕凪さんが結婚したら、おれは邪魔になんのかな……」
あの時、赤ん坊に飴湯をやる二人が、若夫婦のように見えた。
夕凪は、半助を慕っている。
半助は夕凪のことを生徒や妹のようだと言うが、憎からず思っている事はきり丸にもわかる。
だって、夕凪を見守る半助の目は、自分達生徒へと向けられる目とは、やはり違っているのだから。
大好きな先生で同居人の半助と、兄姉のように優しい夕凪。
二人が一緒になったら、きり丸はきっと嬉しい。
けれど、もし二人に子供ができたら…?
思い出すのは、先程頭を過ぎった光景。
父親と、母親……そして、二人の間に生まれた赤子――
「…おれの居るとこ、無くなっちゃう……。やだぁ…っ」
目に涙を滲ませ、きり丸は家へと走った。
「あ、土井先生ぇ~!」
家の近くまで来ると、赤ん坊をおぶった半助の姿が見えた。
「きり丸!遅かったじゃないか。日が暮れる前に、赤ん坊を家に帰すんだろう?」
「あの、夕凪さんは…?」
「とにかく、この子を返しに行かないと。おまえが預かったんだからな、一緒に行くぞ」
「そ、そうですけど。ちょっと、先生~」
こうして、きり丸は半助に引っ張られるようにして、依頼主の夫婦に赤ん坊を返しに行った。