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宿泊している部屋に戻った夕凪は、姿を変えて秘密裏に学園を出た。
「やはり、帰ったのではなかったか」
待っていた人影に低い声で語りかけると、木の陰からその人物が姿を現す。
「わざわざ遅い時間に食堂に来たのは、夕を監視する為だったのだろう?――山田利吉君」
「お前が、夕凪か」
濃藍色の忍装束に、黒鳶色の髪で髷を結い、男の忍者となった夕凪を、父譲りの三白眼で睨みながら、彼はそう言った。
「その分じゃ、あの夜の私の尾行にも気付いていたな。まさか今夜も、鳥に密書を運ばせるのか?」
忍術学園に来て初めての夜、裏山で忍鳥を飛ばしている時に気付いた気配。
やはりあれは、利吉だったようだ。
「いや…忍術学園での仕事も今日で終わりだ。手紙なら後でゆっくり書くよ」
「忍術学園で何を探っている?事によっては、戦わなくてはならないぞ」
「探るも何も、私は食堂のおばちゃんの手伝いを依頼されただけだが?短期のアルバイトとして」
「そんなわけないだろう!小料理屋で働いていた娘だとおばちゃんを騙し、土井先生に気があるふりをして近付いて…一体何を企んでるんだ!?」
「な…ッ」
夕凪は思わず赤面し、暗紅色の忍装束に絹糸のような黒髪――くの一姿に早変わりして叫んだ。
「企んでなんかいません!小料理屋でアルバイトしていたのは本当ですし、わ…わたしはただ、土井先生に……その、一目お逢いしたかっただけで……」
その様子はどう見ても健気な乙女だが、くの一である事に変わりはない。
利吉は、未だ警戒を解こうとはしなかった。
「それに、おばちゃんはわたしが忍者だって知ってるし、ちゃんと学園長先生にも伝えて許可を貰いました!」
「な、何ッ!?」
「おばちゃんには、お料理講習会に参加した時に。申込書にも、職業を記入する欄があったので」
「いやいや、其処は適当に偽っておけよ…」
「忍術学園の方々は、食堂のおばちゃんのごはんが好きだと聞きました。とってもおいしいと。だから、どうしてもおばちゃんに料理を習いたくて……」
長い髪の毛先を弄って恥じらう夕凪。
利吉の緊張が緩んでいく。
「じゃあ、土井先生に対してやけに可愛らしい態度を取っていたのは……」
「恋してるからだよ」
聞き覚えのある聲が降って来て、夕凪と利吉は近くの木の上を見上げる。
二人に全く気付かれずに潜んでいたのは、タソガレドキ忍軍の組頭、雑渡昆奈門。
「雑渡さま!」
「雑渡ッ……さま!?」
雑渡は木から降り立つと、利吉に向けて紙を差し出した。
「これ、こないだ夕凪から届いた手紙だよ。読む?」
「あの密書…?」
利吉が受け取り、月明かりの下、目を通す。
駄目、と夕凪が取り返そうとするが、雑渡によって阻まれた。
「雑渡さま、どうして…?」
「読ませた方が早いでしょ。彼、いろいろ誤解してるみたいだし」
「だって、恥ずかしいです…っ」
その手紙には、土井先生の勤める忍術学園の食堂で短期のアルバイトをする事になり、早速土井先生に逢えて嬉しかった事、苦手な食材を内緒で抜いてあげている事や、彼がどれだけ素敵な殿方であり、少しの間だけでも近くに居られるのが悦ばしい、という事などが書いてある。
「これ、密書じゃないじゃないか!」
「ある意味では密書だけどね」
羞恥で顔を隠してうずくまってしまった夕凪の頭を、ぽんぽんと撫でる雑渡。
「だが、どうして夕凪が、タソガレドキ忍者隊の組頭に、こんな手紙を?」
一体どういう関係なんだと訝る利吉に、雑渡は言った。
「私の隠し子」
「ええ~ッ!!?」
「……というのは冗談なんだが、夕凪は八つの頃から数年、私の所で暮らしていたんだ。フリーの忍者になるって飛び出していって、心配してたんだけど、まさか忍術学園の先生に惚れちゃうとはね。定期的に文通はしていたから、それを読んだ時には驚いたよ」
「それって、抜け忍って事なんじゃ…?」
「いいえ。抜けるどころか、入隊させてももらえませんでした。わたし、部外者だったので」
「こっちにもいろいろ都合があってねぇ。孤児だったから預かっていたんだが、嫁ぎ先を世話しようとしたら断られちゃって」
我々が夕凪に教えたのは、忍者を生業とする者なら誰でも身に付けている事……自分の身を自分で守る為の技術と知識だけ。タソガレドキ忍軍独自のものは教えていないし、生活の範囲だって限られていた。夕凪に漏らされて困る情報なんて無いのだと、雑渡は語る。
「フリーの忍者になってすぐは、ほとんど仕事が無くて、ずっとアルバイトばかりしていたんです。食べ物屋さんとか、薬売りとか、いろいろ……」
「ああ、それで小料理屋も…?」
夕凪は頷き、続きを紡いだ。
「接客の仕事は情報収集にもなるし、どこそこで忍者を募集してるって話を聞いたり、時には忍者を雇いたいっていうお客さんもいたりして…。じゃあ知り合いの忍者を紹介しますって形で、少しずつ仕事を貰うようになって」
「仲介役の女が居るって話は、そういう絡繰りだったのか」
「それで…最近は、山田利吉さんに仕事を依頼したいのに、忙しいからと断られるって人も多いと聞いて、なら代わりにとその仕事を請け負ったら、だんだん名も売れてきまして」
「今では君と同じくらい、バリバリ働いてるってわけだよ」
雑渡が、自慢げに付け足す。
あれ、この人ちょっと親バカっぽい……と、利吉は思った。
「あ、忍術学園に害をなすような依頼は、請け負っていませんから。(タソガレドキ忍軍にも、ですが。)」
「はあ…」
「ご迷惑…でしょうか?」
おずおずと潤んだ瞳を向けられて、利吉は内心動揺する。
これは素なのか、くの一としての演技なのか、判断がつかないのだ。
「別に、利害が一致していれば良いのだが…。そうでない時には、やはり、戦わなくてはならないぞ」
フリーのプロ忍者同士、請け負う仕事によっては、敵となる事もあるだろう。
「それは覚悟の上です」
すっと、夕凪の目つきが変わった。
先程までの恋する乙女は、もう何処にも居ない。
やはりこの者はくの一なのだという事を、物語っている。
「まあ…忍術学園の敵にはならないというのは、嘘では無さそうだ。それがわかれば、私はいい」
利吉はそれだけ言うと、さっと姿を消した。
それと同時に、学園の塀越しに此方を監視していたと思われる、父親の方――これに気付いていたのは雑渡だけだったが――つまり伝蔵の気配も。
「良かったじゃないか。フリーの売れっ子プロ忍者に認められて」
「認め…られたんでしょうか?」
呟くようにそう口にした後、夕凪は、はっとして雑渡を見る。
「そういえば、雑渡さまは何故此方に?」
「そりゃあ夕凪が心配だったからねぇ。何せ此処、忍術学園だし?」
夕凪自身は、忍者としての仕事ではなく、飽くまでもアルバイトのつもりで食堂のおばちゃんを手伝っていた。一応、雇用主である学園長には、忍者である旨を伝えておいたが。
しかし、先程の利吉のように、夕凪がくの一であると見抜き、学園を探る為に潜入している間者なのではと考える者が居ても不思議ではない。
「利吉さんには、文を飛ばしている所を見られたからバレてしまいましたけど、他にわたしを疑っている人なんていませんでしたよ?」
「忍者としての働きをしていないから、気にならなかっただけだろう。少しでも怪しい動きを見せれば、捕まっていたと思うよ」
教師の中には、夕がくの一だと気付きながらも、学園長が許可したのであれば問題は無いと判断した者もいる筈だ。
その上で山田伝蔵は、もし利吉が夕凪と戦闘になったら止められるようにと、見張っていたのかもしれない。
「わたし…まだまだ未熟だって事ですね」
フリーになって三年目なのに……と、夕凪が落胆する。
「うーん、其処まで卑下する程ではないよ。少なくとも、あの山田利吉が脅威を感じるくらいには成長してる」
こっそりと学園の外へ出ても、出門表にサインを~と事務員が追いかけて来る事もないレベルで。
「まあ…どうせなら土井先生が嫁に貰ってくれればいいのに、とは思うけどね」
そうすれば、フリーのプロ忍者なんてやらなくていいんだし。
雑渡はそう思っていたのだが。
夕凪の反応は意外なもので…。
「お…お嫁さんだなんて、そんなっ……。わたしはただ、時折お姿を拝見して…可能ならば、ちょっとお話できたらなと思っているだけで!け、けっこん、とか…そんなこと考えてもなくて…」
朱に染まった頬を両手で押さえ、狼狽する夕凪。
これが演技ならくの一として無敵だったのに、と。雑渡は微かに息を吐いた。
「まったく、親心ってものがわからない子だ…」
翌日、食堂のおばちゃんのお手伝いという短期のアルバイトを勤め上げた夕凪は、忍術学園を出る為、出門表にサインをしていた。
実はこの数日、『お夕ちゃんが忍者だと見抜ける者は何人いるのか選手権!!』なるイベントが学園長の突然の思いつきで(夕凪本人も与り知らぬうちに)行われており、本日ネタばらしがあった。
故に、夕がフリーのプロ忍者の夕凪である事が学園中に知られる事となったので、普通に「夕凪」と記す。
学園長に報告に来た者には、食堂のタダ券と学園長のブロマイドが贈呈されるらしく、見送りに来たきり丸が涙していた。
「えぐッ…タダ券……食堂のタダ券…欲しかったぁ…っ」
「きりちゃん、お夕さんが忍者だって知らなかったんだ…」
「よく話してたから、知り合いなのかと思ってたのに」
乱太郎としんべヱが、両脇から慰める。
「ご、ごめんね。最初に会った時は薬売りだったし、忍者だなんて言えなくて…」
「変装が上手いのも、バイトの為だって納得しちゃってたしぃ……騙されたぁ~ッ!!」
「仕方ないだろう、きり丸。忍者は自分が忍者だと悟られてはならないんだぞ」
そう言う半助は、夕が……つまり先日の薬売りが忍者だという事にはなんとなく気付いていたが、きり丸の件もあったので黙っていてくれたらしい。
忍者の仕事で学園に潜入しているわけではない事も、彼にはちゃんとわかっていた。
「わかってますよお!でも、もし知ってたら、食堂のタダ券が手に入ってたかと思うと…ッ!」
きり丸にとっては、大変惜しい事だったようだ。皆よりも前から知り合っていただけに、尚更悔しいのだろう。
「きりちゃん…」
「ねぇ、お兄さん…じゃなくて、夕凪さん。また来てくれますか?」
涙ながらに訴える目の前の少年の姿に、夕凪は少し胸が痛んだ。
こんな幼い子を泣かせてしまうなんて……と、我ながら忍者らしくない事を考える。
「うん。また来るね」
夕凪は膝を折って、きり丸に目線を合わせる。
泣かないで、と頭を撫でた。
「本当に?」
「本当よ」
「本当に、また会える?」
「うん」
きり丸の表情がぱあっと明るくなり、開いた口からは八重歯が覗いた。
「きり丸…おまえ、もしかして…」
そう呟いたのは半助だったが、その場にいた誰もが頭を掠めた。
もしやきり丸は、夕凪に惚れてしまったのではないかと。
「じゃあ!次に会った時には…………また、アルバイト手伝ってください!!」
だがそれは杞憂だったらしく、夕凪ときり丸以外、一斉にずっこけた。
「こら!プロの忍者にアルバイトを手伝わせる奴があるか!」
逸早く立ち上がった半助が怒鳴る。
「だって!夕凪さんは、元敏腕アルバイターでもあるんですよ!?尊敬してたんすよ、おれ…。売り子の女装とかも、いろいろ見習おうと思ってたのに、まさか元々女の人だったなんて…!」
「忍者に性別は関係ないからな。この……アタシみたいに。ウッフ~ン」
伝蔵が、伝子さんに早変わりしてウィンクした。
女装なら自分を見習えとばかりに。
彼……否、彼女の姿を初めて見た夕凪は、あまりの衝撃に声も出せず硬直した。
「それにぃ、姉妹みたいに売り子すると、お客がいっぱい来るんすよー!あ、逆に兄弟装って商売するってのも儲かるかも~」
「それが目的か、きり丸…」
半助は頭に手をやり、溜息を吐く。
夕凪は頬を緩めると、きり丸に言った。
「忍者の仕事がお休みの日だったら、お手伝いしてもいいよ」
「やった~!!」
「すまない、夕凪君…」
「変装修行に情報収集、忍者として役に立つアルバイトもありますから」
立ち上がってそう言った夕凪は、瞬時に男の姿に変わった。
「それでは、私はこれで。失礼仕る!」
そして、素早い動きで忍術学園を去って行った。