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「商売敵?」
「ええ。ここのところ、よく名を聞くようになりましてね」
父を訪ねて来た息子――山田利吉は、出されたお茶を啜りつつ、そう話した。
山田伝蔵と土井半助が、顔を見合わせる。
利吉は、フリーの売れっ子プロ忍者だ。売れっ子過ぎて多忙であり、断ってしまう依頼もあるという。
それが最近、利吉に仕事を依頼したくても掴まらない時、代わりに依頼を受けてくれる忍者がいる……というのだ。
「何でも仲介役の娘が居るそうで、その娘に頼むと、依頼主の元に忍者が派遣されて来るそうなんです。しかし、その忍者は男の時もあれば女の時もあり……私の読みでは、その仲介役の娘も、忍者と同一人物なのではないかと。女装の上手い男か、男装の上手いくの一かは定かではありませんが」
夕凪、という名だそうです。
その名を口にした利吉の目は、鋭く光っていた。
「しかし、おまえが受けきれない依頼を代わりに請け負っているわけだろう?」
「利吉君の仕事が減っているわけでもないようですしね」
「今はそうだとしても、いずれは私の地位を脅かすかもしれません!いや、今だって『期待のルーキー現る!』とか、『山田利吉がダメなら夕凪へ!』とか、フリー忍者界隈ではその忍者の評判が鰻登りでッ!!」
思わず前のめりになってしまい、驚く二人を前に、我に返って咳払いをする利吉。
「と、とにかく……そのうち学園にも接触する事があるかもしれません。何か情報が入りましたら教えてください」
「うむ、分かった」
「心得ておくよ」
伝蔵は首肯し、半助は笑顔で了承した。
利吉の代わりが出来る程の有能な忍者ならば、忍術学園としてもマークしておく必要があるかもしれない。
今はまだ何の影響も無いが、依頼の内容によっては、敵になる可能性もある。
「では、私は食堂のおばちゃんのランチを食べて帰ります」
利吉が席を立つと、なら我々も昼食をと、教師二人も伴った。
食堂に行きランチを注文すると、右手に包帯を巻いたおばちゃんが顔を出した。
「おばちゃん!どうしたんですか?」
半助が訊ねると、食堂のおばちゃんは苦笑い。
「実は、手首を軽く捻っちゃってねぇ…。そんなに酷い怪我じゃないけど、暫くはあまり動かさないようにって新野先生が」
「大変じゃないですか…」
そうなると、食事の準備は誰がしているのか。
忍者食研究家の黒古毛般蔵が頭を過ぎるが、彼は今、留守の筈だ。
「大丈夫大丈夫。片手は使えるし、知り合いの小料理屋でアルバイトしてた娘さんが、手伝ってくれる事になったから。ほら、お夕ちゃん」
「はーい。お待たせしました」
紅藤色の小袖にたすき掛け姿の、利吉と同じくらいの年頃の娘が、三人分のランチを次々に運んで来た。
「綺麗な娘でしょう?料理も接客も評判でねぇ」
「夕と申します。少しの間だけですが、よろしくお願い致します」
破顔一笑。夕が挨拶をすると、三人もそれぞれ自己紹介。
「おばちゃんのお料理講習も受けましたし、調理中もちゃんと監督してもらってますから、安心して召し上がってくださいね」
そう言って調理場へ戻って行く夕を見送り、いただきますと手を合わせる。
「確かに、旨い」
「しかも、なかなかの美人です」
きっと看板娘だったに違いない。山田親子がランチに舌鼓を打つ中、半助は「あれ?」と箸を止めた。
自身のランチと、山田親子のランチは同じメニューの筈。
しかし、一品だけおかずに違いがあった。
――練り物だ。私の分には入っていない。
食堂のおばちゃんは、食べ残しを許さない。故に、半助はいつも苦手な練り物の処理に困っていた。
それが、今日は半助の分だけ、代わりの具材になっている。
調理場に視線をやると、夕が心配そうに此方を見ていた。
目が合った途端、お盆で口元を隠してはにかむ。
「お…おばちゃん、わたし洗い物しちゃいますね!」
「悪いわね~、お夕ちゃん」
「任せてくださいっ」
半助の練り物嫌いを、夕が何故知っていたのかは分からない。
おばちゃんにでも聞いたのか。だが、具材の変更はおばちゃんに内緒で行われたようだ。
どちらにしても、今日は食べなくて良いのだと安堵し、半助は彼女に深く感謝した。
夜、忍術学園に宿泊した夕凪は、皆が寝静まった頃、こっそりと抜け出した。
流れるような黒髪を束ねて、暗紅色の忍装束姿で。
裏山まで来ると、忍鳥を呼び、持って来た手紙を括り付け、飛ばした。
それを見届け、踵を返そうとした時、他者の気配に気付く。
だが、攻撃して来る様子はない。
ただ、此方の様子を窺っているだけだ。
夕凪は少し遠回りをして、忍術学園に戻った。
追っ手の気配は、途中で消えていた。
それから三日間、夕は食堂のおばちゃんの手伝いをした。
「お疲れさま。本当に助かったわ~」
夕食時を過ぎ、静かになった食堂で軽い食事を取る。
おばちゃんの怪我も快方に向かい、夕の仕事も今日で終わりだ。
「短い間だったけど、楽しかったです。おばちゃんの怪我、早く治って良かったですね」
夕はこれまで、茶屋や小料理屋、うどん屋にわらび餅屋など様々な店でアルバイトをしてきたが、学校の食堂で働くのは初めてだった。
毎日これだけ多くの生徒や教職員の食事を作っているおばちゃんは、本当に凄い。
談笑しながらお茶を啜っていると、食堂に入って来た者が居た。
「すみません、おばちゃん…」
「あら、土井先生?」
「こんな時間に申し訳ないんですが、夕ごはん食べ損ねちゃって。残り物で良いので、何かありますか?」
一年は組の補習授業に学園長の用事にと忙しかったらしく、夕食を逃したのだという。
半助は腹をさすりながら、空腹を訴える。
「わたし、ご用意します」
夕が、調理場に入る。
少しでも温かい物をと、冷や飯を焼きおにぎりにし、手際よく吸い物を作り、漬け物も添えた。
「お夕ちゃんね、土井先生の姿が見えないって、気にしてたのよ」
「そうなんですか?」
「あの、簡単な物ですみません」
「いやぁ、とんでもない。有り難くいただきます」
穏やかな笑みを向けられ、夕も相好をくずす。
半助がおにぎりに手を伸ばした時、その声は聞こえた。
「私にも何かいただけませんか?」
「利吉君、来てたのかい?」
「はい。私も夕ごはん食べ損ねちゃって」
にっこりと笑い、半助の隣の席に腰を下ろす利吉。
そして、夕を見上げ…。
「ダメですか?」
「いえ、すぐにお持ちしますね」
夕が調理場へ向かうのを、炯眼で追う。
「利吉さんも、お仕事だったのかい?」と、おばちゃん。
「ええ、まあ。もうお腹ぺこぺこで。そうしたら忍術学園が近くだったので」
それに、お夕さんが今日で最後だって聞いたので…。
利吉のその呟きに、おばちゃんが「あらまあ」と口元に手を当てる。
「ナンパはやめようね、利吉君」
「やだなー、そんなんじゃないですよ。あ、有り難うございます!」
夕が運んで来た料理を食べ終えると、利吉はせわしなく去っていった。
食堂のおばちゃんも、後片付けを任せて席を立つ。
「ご馳走さま。おいしかったです」
夕が食器を下げようとすると、お茶を飲んでいた半助が手伝いを申し出た。
「そんな、先生にお手伝いしていただくわけには…」
「遅い時間にわざわざ作って貰ったんだ。このぐらいやらないと」
「でも、お疲れでしょう?」
「この数日、何度か私だけ練り物抜きの特別メニューにしてくれたから、その礼もしたいんだ」
「あ…」
頬に朱を刷き、夕は目を伏せる。
「それに……君には以前、きり丸が世話になったからね」
「気付いておられたのですか?」
半助と初めて出逢ったあの日、夕凪は自身が忍者である事を隠していた為、助太刀の礼もそこそこにその場を去った。
任務中は何があっても揺らぐ事は無いと思っていた自身の心が、おかしいくらいに乱れ騒いだ事もあって、平静を装うのに苦労したのだ。
あれから彼の事を調べたら、忍術学園の教師だという事がわかった。
「先生」と呼んでいたきり丸は、そこの生徒だという事も。
因みにバイト初日に顔を合わせたきり丸は、夕を見て驚いていたが、此方が人差し指を口元に添えにこりと微笑むと、理解したように深く頷いていた。
女装をバラしてはいけないと思ったらしく、その後は夕を〝アルバイトのお姉さん〟として話しかけてきて、「土井先生は練り物が苦手」という情報も、きり丸との会話の中で得たものだ。
「最初はわからなかったが、ここ数日、食堂できり丸が妙に懐いていたからな。この間の連休、薬売りのお兄さんに怪我の手当てをしてもらって、アルバイトも手伝ってもらったと話していたのを思い出したんだ」
「いえ、あの時巻き込んでしまったのはわたしの方で。結果的に、土井先生にも助けていただく事になってしまって……」
「きり丸を気遣って本気を出せなかったんだろう?お互い様だ」
二人で後片付けを終えた後、半助は夕凪の頭をやんわり撫でた。
「ありがとうな」
優しい笑顔と共にそう言われ、夕凪はとても幸せな気持ちになったのだった。