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「タソガレドキ忍軍は、忍者村で生まれた者達で構成されている。おまえは此処では忍者にはなれないんだよ」
雑渡さまのような強い忍者になる。
それを目標としていた夕凪に突き付けられたのは、そんな言葉だった。
少女は記憶が曖昧だった。気付いた時には、業火の中に居た。
熱と煙と恐怖の中、泣きながら助けを求めていたら、ひとりの大男が現れた。
彼は炎に焼かれながらも、その立派な体躯で大人一人を担ぎ、少女も一緒に助け出してくれた。
それが、雑渡昆奈門だった。
彼が助けた子供だからと、少女はタソガレドキ忍軍に保護された。
雑渡のおかげで、少女の火傷はそれほど深刻ではなく、適切な処置を施され快方に向かった。
しかし雑渡の方は重症で、その後はずっと、雑渡が助けた男の息子だという少年が、付きっ切りで看病していた。
少女は少年に申し出た。
自分も彼に助けられた身だから、一緒に看護させて欲しいと。
少年は始めこそ渋ったものの、彼とて休息は必要だ。
あの雑渡が助けた子供なのだから不利益になる筈はないと信じ、少女にも看護を手伝わせてくれた。
たまに見舞いに来ては、少年によって阻まれる高坂という男には睨まれたが、少女は、とにかく雑渡に治って欲しかった。
子供心に、恩人を助けたいと一生懸命だった。
「すまないね。助けたんだから、責任持って世話するか、何処か里親にでも預けなくちゃいけなかったのに。まさか私の世話をさせてしまうなんて」
「こいつが手伝いたいって言ったんです。気にする事ないですよ!」
少年の言葉を受け、少女は頷く。
そして、早く良くなってくださいと囁いた。
「ところで、何で男装してるの?」
「女の子だとわかると、婚約者の後釜を狙ってるって噂が立って面倒なので、男で通せと山本さんが」と少年。
「それで陣左が不機嫌なのか」
まだ子供なのにねぇ。雑渡は少女を見据えて言った。
雑渡が狼隊に復帰した頃、少女は忍術の基礎を学び始めた。
いつかは忍者隊に入りたいと思い、鍛錬に励んだ。
だが、それは叶わなかった。
「おまえに忍術を教えたのは、いずれ部下の誰かに嫁がせた時に、夫の仕事を支えられるようにと考えての事だよ。歳も近いみたいだし、尊奈門の嫁に来てくれたらなと思ってね」
少年は既に元服しており、諸泉尊奈門と名を改めていた。
夕凪も今では十四歳、そろそろ今後の身の振り方を考えねばならない年頃だ。
いつまでも男のふりを続けさせるわけにもいかないと、雑渡は夕凪に縁談を持ちかけたのだった。
「尊くんと結婚すれば、忍者隊に入隊できますか?」
「いや、それは無理」
「そうですか。じゃあ、嫌です」
「陣左でもいいけど、あんまり仲良くないでしょ?」
「仲良くないどころかたぶん嫌われてます。というか、雑渡さまの下で働けないなら、どちらとも結婚できません」
それに、もし結婚するなら、雑渡さまくらい強き殿方が良いです。
そう言った夕凪を見て、雑渡は目を眇める。
「わたしは、あなたのような忍者になりたいのです。そして、部下になってお役に立ちたかった」
夕凪の真摯な双眸を、隻眼で見つめ返す雑渡。
その後、ひとつ、溜息を吐いた。
「夕凪、おまえは私に囚われ過ぎだ。おまえが私に救われた恩があると言うのなら、私もおまえに助けられた。尊奈門を手伝って世話をしてくれたんだ。もう充分返して貰ったよ」
「そんな……」
「無理に結婚しろとは言わない。でも、おまえを部下には出来ない」
こんな事なら、早く里親に預けてしまえば良かったね。そうすれば忍びの道など知らず、普通の娘として暮らせたのに。
雑渡がそう語るのは、夕凪の人生を考えての事だ。夕凪自身も、それはちゃんと理解できる。
けれど、今更普通の娘に戻る気は無い。
「それなら、フリーの忍者になります」
「は…?」
「気が向いたらお仕事のご依頼を。優先的にお受け致しますので。雑渡さま、今までお世話になりました」
夕凪は深々と頭を垂れた。
待ちなさい夕凪、と。厳しい雑渡の声が降ってきて、夕凪は再び顔を上げる。
「おまえ、本気で言ってるの?」
「本気ですよ」
「フリーでやっていくなんて、簡単な事じゃないよ。特にくの一は……」
「ご心配有り難うございます。解っておりますわ」
夕凪は声色を飾り、巧笑してみせた。艶然と。
その姿はとても魅惑的で、雑渡は一瞬瞠目した後、暫く目を伏せた。
すると、片手を軽く持ち上げ、ちょいちょいと動かす。
導かれ、夕凪が近付くと、その手は夕凪の肩を抱き、引き寄せた。
もう片方の手は、やわらかく頭を撫でる。
「雑渡さま?」
雑渡の腕に抱かれ、彼を見上げる夕凪。
体格差がある為すっぽりと収まり、男女というよりも、親子のような抱擁。
夕凪は思い出す。
忍術を学び始めたばかりの頃は、なかなか体力が付いていかず、雑渡が時折、こんな風に抱っこしてくれたり、肩に乗せてくれたりした事を。
そして、鍛錬を頑張れば、頭を撫でて褒めてくれた。
自分はもう子供じゃないと思っていたけれど、やはり雑渡にこうされるのは心地良い。
でも、甘えてばかりはいられないのだ。
「雑渡さま、わたし…」
「本当は反対するところなんだが、仕方がないな」
私に囚われない外の世界で、お前の生きる道を見つけておいで。
雑渡は夕凪を見つめ、目を細めて囁いた。
そして口にはせず、彼は密かに想う。
願わくは、くの一としてではなく、ひとりの女としての幸せを……。
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