Kirschwasser
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実桜の父親とされる男は、表向きには銀行員だったが、組織に所属していた下位層の工作員だった。野心家で、幹部となる事を目指していたが、組織に回す筈の金の一部を私的に持ち出した為に、抹殺の命が下った。
男はその金を、実桜の為に使おうとしていた。
これまで認知もせず、頑なに自身の娘だとは認めなかったというのに、何故か態度を変えて。
男を殺害したジンは、金を回収しようと実桜(その時は実桜という名前ではなかったが。)に接触する。
その際、ウォッカがおかしな事を言っていた。
男には、娘が一人しか居ない筈。だがその娘は母親が男に会わせる度に別人になっていて、自分の娘だというのはその女の虚言ではないかと、男が相手にしなかったのも頷ける。しかも娘の歳はまだ12~3歳程である筈なのに、最後に逢った娘は成人女性にも見えたとか。
「そんなのどう考えても自分のガキだとは思えねぇし、若くて美人な女だってぇんで、入れあげちまったんじゃねぇかって話ですぜ」
しかし、組織の金を貢がれた魔性の女は、外見は確かに成人女性であったが、中身は13歳の少女だった。
ジンが家に踏み込んだ時、少女は放心状態だった。
男の死を知り、自ら後を追ったらしい母親の亡骸の前で。
「あなた、だぁれ…?」
ジンを見て初めて発した言葉は、大人びた見た目とは裏腹に、幼い語り口。
ジンは右手で少女の顔を、口元を覆うようにして掴み、壁へ押さえ付けた。頭には、ベレッタを突き付ける。
「大人しくしていろ…。抵抗しなければ、すぐに終わる」
至近距離で両目を見据えると、その虹彩がグレーである事に気が付いた。
日本人でも居ない事はないが、なんとなく雰囲気が違う。
それにこの白皙の顔。何処かの国の血でも混じっているのだろうか。
「父親だという男が、大金を持って来た筈だ…。何処にある?」
口を解放してやれば、素直に在処を答えた。
金を回収し、玄関口から外を見張っていたウォッカに渡して車に運ばせる。
次は、この娘の始末だ。
「安心しろ。お前もすぐに両親の元へ送ってやるぜ…」
「え、いいの?」
予想外の反応だった。
ジンが訝ると、きょとんとした表情のまま訊ねる。
「ママは、パパの所に行ったの。わたしを置いてったって事は、わたしは要らないって事だよね?わたしが行ったら、邪魔にならない?」
少女の母親は、昔捨てられた男に何とか振り向いてもらおうと、もっと父親に可愛がられる娘になるよう、少女を厳しく教育した。
学校の授業よりも高いレベルの勉強をさせ、様々な習い事を強要しては辞めさせ、また次の習い事をさせ……男に会わせる度に違う名前を呼び、口調も外見も変えさせた。
愛した男を繋ぎ止める為に、娘の存在を利用したのだ。
しかし、男は一向に少女を娘とは認めず、それどころか最近では20代の女だと思い込み、愛人にでもしたかったのか、手元にあった金を使い、気を引こうとした。
その結果がこれだ。
「なら…どうするつもりだ」
「え?………どうしたら良いでしょう?」
母親の遺体を一瞥し、少女は困った顔はするが、悲しみなどは感じられない。
「分からねぇか。じゃあ、仕方ねぇな…」
そんな姿に、思わず喉の奥から笑いが込み上げる。
「来い。俺がおまえを飼ってやる」
親からまともに愛されずに育った少女は、簡単にジンの手に堕ちた。
いつも母親に命じられるまま生活していた為、その母親が居なくなって、これからどうすれば良いのか見当も付かなかったらしい。
元々戸籍も無いような子供だ。居なくなっても、誰も困らない。
既に使われてしまっていた分の金額を補填させる為に、ジンは少女をポルシェの後部座席に乗せた。
「あ、兄貴…!?」
「ウォッカ…。この女、いくつに見える?」
「へっ?……に、22~3って所ですかい?」
「13歳です」
「だとよ…」
驚愕するウォッカに低く笑った後、まずは名前を教えろと命じる。
「愛矢乃、です……最近の名前は。ちょっと前までは幹子で、その前は小夜、その前は…すみれ、だったかな。ルナって呼ばれてた時期もあった。小さい頃の名前は、もう覚えてません」
「最初の名前が何なのか、自分でもわからねぇってわけか…」
ジンが、ゴロワーズ・カポラルに火を点ける。
初めて嗅ぐ黒煙草の匂いに包まれながら、少女は語った。
新しい名で呼ばれるようになると、表情も、声音も、態度も、心までもが変わった。変えなければならなかった。その役柄を演じる度に。
ある時は快活に、ある時は淑やかに、ある時は怜悧に……どうにかして父親の関心を得る為、母親の求める容貌・性格の娘にならなければならなかったのだと。
結果、「可愛い娘」ではなく、「好みの女」という、意図しない形での関心を得てしまったのだが。
「……キルシュ」
「え?」
「仕事用の呼称…コードネームみてぇなもんだ」
「キルシュ……」
「名前は自分で好きに付けろ」
「自分、で…?」
自分で自分に名前を付けるなんて、考えた事もなかった。そんな表情になった後、少女が巧笑を浮かべ「はい」と頷くのを、ジンはミラー越しに眺めた。
「使えなければ、何処かに売り飛ばすか被験体にするぜ。それが嫌なら、早く仕事を覚えるんだな…」
「はい。仰せの通りに致します」
先程までとは全く異なる大人びた声が返って来て、ウォッカが運転を誤りそうになり、ジンに睨まれた。
その後、少女は自身に〝実桜〟と名付けた。
ジンは実桜に自我を与え、キルシュという傀儡を手に入れたのだ。
「ジン、終わりました」
キルシュは、ジンが課した訓練や課題を全て忠実にこなした。
元々いろいろな習い事をさせられていた所為か、どんな内容でも覚えが早い。
英語は既に身に付いていたが、ドイツ語も少し教えたら後は自分で勉強し、短期間でマスターした。かと思えば、次はフランス語の本を読んでいたりする。
車やバイク、ヘリやボート等も、シュミレーターを経て実際に運転、操縦が出来るだけの技術を培った。
観察力や記憶力を養う為の特殊な訓練でも、結果を出している。
「なら、次はこれだ…」
ジンが手渡したのは、小型の拳銃。
向かった先は、射撃場。
「おまえをスナイパーにするつもりはねぇが、この程度の武器は扱えるようになっておけ。自分の身は自分で護れるだけの技術を身に付けろ」
様々な銃を試し、キルシュが所持する事になったのは、レミントン・ダブルデリンジャー。
手の中にも、服の中にも隠しやすい小さなサイズだ。殺傷能力はそう高くないが、護身用ならばこれで充分。
トリガーが重いので練習は必要だが。
「俺の許可無く死ぬ事は、裏切りと同じだ。肝に銘じておけ」
「Yes,Sir.」
命令すれば、素直に従う。決して反抗などしなかった。
よく出来たら、褒美をやる。キルシュは一層、従順になった。
あの母親は要求だけして、褒美など与えなかったのだろう。
こんなにも利口で、こんなにも有能だというのに。
自我というものがあるからこそ、期待に応えようと努力するのだろうに。
人間の場合は動物ほど強烈ではなく、代わりを提示すれば、刷り込みのやり直し……即ち覚え直しが可能である。
「組織の金に手を付けた事は許されねぇが、随分と良いものを残して逝ってくれたもんだぜ…」
ジンが口元に弧を描くのと同時に、キルシュの銃弾がマンターゲットの頭部に命中した。
「――――Good girl.」