PetitAnge
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「茉結……」
後半も試合に出られる。
今度こそ、茉結に自分のサッカーを観て貰いたいと、貴大は気合いを入れ直した。
「貴大くん」
茉結は、持っていた鞄の中を探ると、何かを取り出す。
それを、貴大の前に差し出した。
「それ…」
――赤いリストバンド。
今貴大がしているものよりも、僅かに色が濃い。
「そのリストバンドは、貴大くんが頑張った証だから…。他のはつけないかなって、思ったんだけど…」
柳眉を下げながら、茉結は微笑む。
「他に、思い付かなくって」
「…お前」
そのリストバンドを受け取り、貴大は空いている方の手首に通した。
左右の手首に、二種類の赤色。
貴大は、口角を釣り上げた。
「比護さん!」
勢いよく振り返り、比護を指差す。
「ビッグ大阪のエースストライカーは俺や!復帰しても出番なんて無いから、覚悟しといて下さいねっ、先輩!!」
これぞ、スーパーサブ真田貴大。
名指しされ瞠目した比護も、顔を見合わせるチームメイト達も、貴大のその宣言に、やがて、安堵の笑みに浮かべた。
「まずは、結果出して来い!」
「もちろんそのつもりっす!」
志気が上がったビッグ大阪は、ピッチへと移動を開始する。
最後に残った貴大が、ゆっくりと、しかし確かな足取りで、茉結の横を通り過ぎていく。
「ほな、行ってくるわ」
「はい」
茉結は貴大の背中を見送る。
あの時、国立競技場で見たものよりも、遥かに生き生きとしていた。
観客席に戻ると、平次が興味深そうに視線を寄越す。
「後半は、点取れそうか?」
「平次くん、もしかして…」
「工藤は嬢ちゃんのことだけやのうて、真田選手のことも気になっとるようやからな」
「出来るよ。貴大くんなら。エースストライカーだもん」
茉結は真剣な眼差しでピッチを見守る。
後半が、始まった。
――試合は、未だ0-0の膠着状態。
先にゴールを決めた方が、流れを掴むだろう。
そして、それはきっと、ビッグ大阪 真田貴大だ。
「…っ!」
貴大にボールが渡った。
しかし、マークが早く、シュートコースを塞がれてしまう。
「チッ…しつこいわ!」
思うように動けず、貴大は舌を打った。
やむを得ず、仲間にボールを戻す。
……かと思われた。
貴大はボールを半端に蹴り上げ、軌道を変える。
虚をつかれたディフェンダーが目で追うと、貴大が瞬時に体勢を変え、膝で弾いた。
ディフェンダーの身体は、既に逆に動いている。
あいた空間に飛び出したボール。
貴大は、シュートのモーションに入った。
先程までは、重い枷のようだったリストバンドも、もう一つ付けた事で、バランスが取れる。
片方は、あの日の功績とストライカーとしての責務。
もう片方は、精一杯の応援と、これからの未来。
背中に、自分にボールを回してくれた、チームメイト達の熱を感じる。
自分を信じて後半を任せてくれた、監督と、比護の想いも。
「貴大くん――!!」
片方のリストバンドが、不意に、あたたかく感じた。
――俺は、蹴れる!!
思いっきり蹴り上げたサッカーボールは、ゴールへと、一直線に向かっていった―――
「で、そいつ誰やねん?」
試合後、貴大が帰り支度を終えるのを待って、改めて再会した茉結は、彼の不機嫌全開な声に、一瞬臆した。
「え…えっと、こちらは、服部平次くんといって…」
「よう男連れで俺の試合観戦しとったなぁ?俺の活躍、ちゃんと見とったんかいな?」
「なっ……ちゃんと見てました!」
責められる茉結を不憫に思い、今まで面白がって笑っていた平次は、自ら口を出した。
「西の高校生探偵、服部平次や」
「ほぉ…大阪で有名な」
「けど、今日は嬢ちゃんのお目付役っちゅーか、兄貴の代理で来たんですわ」
「兄貴?」
「工藤が心配しててん。けどアイツ海外やから、代わりに様子見をな。何せ大事な妹の初恋やからなぁ」
「へっ…平次くんっ!?」
途端に顔を赤くする茉結。
貴大は、ぽかんとした顔で茉結を見つめた。
「ん?おい、嬢ちゃん何してん?」
茉結は赤い顔のまま携帯電話を取り出す。
「和葉ちゃんに連絡して迎えに来てもらう!」
「は?何で和葉やねん?」
「平次くんを連れて帰ってもらうのっ」
「何やて?!ちゅーか和葉は関係無いやろ!?」
平次は慌てて茉結を止めると、短く息を吐いた。
「わかった。もう野暮な事言わへんから。俺は向こうのチームの先輩に挨拶して帰るわ。ほなな、嬢ちゃん。工藤によろしゅう」
真田にも軽く挨拶し、踵を返す平次。
茉結はそれを見送ると、ばつが悪そうに、顔を伏せた。
「茉結」
「はい…」
「手ぇ出せ」
怖ず怖ずと出した手に触れられ、茉結はビクリと震える。
貴大は、自分のリストバンドを外して、茉結の手首に通した。
「…これって」
「国立競技場でつけてた方や。俺がつけてたってだけでも価値があんのに、爆破事件の時のやから、レアもんやで。おまえにやる」
「あ…ありがとう」
「あんまり、会えへんけど…他の男にちょっかいかけられるんやないで」
「…貴大くん?」
顔を上げると、熱の籠もった瞳が、茉結を見据えていた。
「好きや。おまえのこと、誰にも奪られたない」
掴んだままだった腕を引き寄せて、茉結を腕の中へ閉じ込める。
「最初は、良い子ぶって、ちょっと生意気なヤツやって思っとった。比護さんが、おまえの兄貴のこと凄い言うから、ムカついて、ちょっとからこうてやろう思て…。そんで、おまえも兄貴の事好きそうやし、俺の方が凄いんやって事見せたなって、試合観に来さして…」
溢れ出す感情を、一つ一つ整理するかのように、貴大は零していった。
「そしたら、爆破事件に巻き込まれて…。あんだけ逃げろって言うたのに、おまえは逃げんで、傍におってくれた。泣きながら…犯人に怒ったり、どうしようもない俺を、支えてくれたんや」
「私はただ…堪らなくて…」
「今日も、おまえのおかげで、立ち直る事が出来た」
「違うよ。貴大くんの力と、チームメイトの皆さんが居たから…」
「ほんま、えらい情けない姿見せたけど、これからはもっとかっこええ所見せたるから。やから…俺のもんになってくれ、茉結」
ぎゅっと、茉結は貴大にしがみついた。
嬉しくて、涙が止まらない。
「――はいっ」
ビッグ大阪の面々は、試合後の打ち上げをしていた。
そこには、爆弾解除の女神も、何故か同席している。
興味津々なチームメイトの視線が集まる中、一人の男が動いた。
「はい、茉結ちゃん。オレンジジュースでいいかな?」
「はい。ありがとうございます、比護さん」
「どういたしまして」
「あ、あの…私、比護さんにお願いがあるんですけど」
「ん?何だい?」
「サイン…ください」
「ああ、喜んで」
「良かったぁ。じゃあ、これにお願いしますっ」
「なぁ、めっちゃおかしいやろこれ!?」
ビッグ大阪の帽子にサインを書く比護と、それを見つめる茉結。
その二人の間に入り、貴大は怒鳴った。
「何で比護さんが茉結の隣に座っとるんすか!?茉結!おまえは何で比護さんにサイン貰っとんねん!?」
「え?だって、比護さんのファンだから……」
「はっ!?」
茉結が比護のファンだというのは初耳だ。
いや寧ろ、寝耳に水。
「あ、出来れば、『灰原 哀ちゃんへ』って書いて貰えますか?」
「わかった。どんな字?」
「えっと、灰色の灰に……」
ヤキモキしている貴大の前で、比護は茉結に言われた通り、他人の名前を書いていく。
灰原 哀?工藤 茉結ではなく…?
「はい、出来たよ」
「ありがとうございます。哀ちゃんきっと喜びますっ」
大事そうに帽子を仕舞う茉結。
貴大は、ついに疑問を口にした。
「誰やねん、哀ちゃんて?」
「前に子どもサッカー教室に来てた子よ?コナンくんと一緒にいた、ちょっとクールな」
「ああ、あの子か」
比護は判ったようだが、貴大には覚えが無い。
子ども達とはほとんど交流していなかった為、当然といえば当然だ。
「あの喧しい茶髪の女子高生やなくて?」
「園子ちゃんのこと…?園子ちゃんは、あの時自分でサイン貰ってたから」
「ちゃっかりした女やな…」
「哀ちゃんも比護さんのサイン欲しそうだったけど、自分じゃ言い出せないみたいだったから。ありがとうございます、比護さんっ」
まるで自分の事のように嬉しそうに、茉結は言う。
比護のファンは茉結ではないとわかり、納得した貴大だったが、それでもなんとなく良い気はしない。
「ちゅーか、俺のサイン欲しがれや!」
貴大は、比護が茉結に返したマジックを奪い、キャップを取った。
片方の手で、茉結の手を押さえつける。
「た、貴大くんっ?」
赤いリストバンドに、貴大のサインが書き込まれていく。
「よっしゃ、出来た。これでプレミアやで!」
「ありがとう。大事にするね」
多少強引に書かれたサインだったが、茉結はそれでも嬉しく思い、やわらかく微笑んだ。
先程とは、種類の違う笑みだった。
思わず、惹き込まれる程に。
「貴大ー、俺らも女神と話したいんやけど~」
「俺もサイン書いてやろうかぁ?」
チームメイトの声に、貴大ははっとする。
目の前にいる茉結が、首を傾げた。
「せ、先輩達のサインなんかいらん!俺のだけで充分や!」
「ほんま貴大は可愛いやっちゃなぁ」
「可愛ない!」
貴大は手近にあったグラスを掴み、中身を一気に飲み干した。
もちろん未成年なので酒ではない。コーラだ。
炭酸故に、盛大に噎せた。
「貴大くん!大丈夫?」
慌てて茉結が背中をさする。
期待の新人は、酒の席で大きな笑いを取った。
「楽しかったね」
「俺は疲れたわ。先輩らみんな茉結を構いたおしよって」
茉結帰りの時間があるので途中退場。
貴大も彼女を送る為、抜けさせて貰った。
「貴大くんが、みんなに愛されてる証拠でしょ?」
「男に愛されても嬉しないわ」
貴大は、うざったそうに溜息を吐いた。
「だいたいなぁ、おまえ愛想振り撒き過ぎやで!ただでさえ可愛いんやから、みんなにみんな笑いかけんでええねん!」
「え…えっと、そんな事無いと思う…けど」
「自覚無いんかアホ!比護さんとか絶対おまえの事気に入ってるし、油断出来んわ」
「そんな…」
「みんなして女神女神って、俺のやっちゅーねん!」
ふてくされる貴大は子どものようで、自分より年上の筈なのに…と、茉結は微笑ましく思った。
「貴大くん。また、試合観に行くからね」
「おう、連絡する」
「試合じゃなくても、逢いに来ていい?」
「俺も時間作って逢いに行くわ」
「帰りたく…ないなぁ」
「ッ…おまえはっ…」
貴大はリストバンドごと茉結の手首を握ると、強く引き寄せ、振り向いた茉結の唇を、噛みつくように塞いだ。
「……っ?!」
「あんま可愛い事言うな!帰したなくなるやろっ」
片手を頬に添え、至近距離で見つめると、茉結は朱を帯びて目を丸くした。
「俺は、年上として責任があんねん。家までは無理やけど、ちゃんと駅まで送り届けなあかん。ちゃんと帰れたかどうか確認もせなあかん。ほんまはこのまま連れて帰りたいけど、おまえの歳考えたら、無責任な事出来ひん」
「貴大くん…」
「親、ロスに居るんやってな。いつ帰って来るん?」
「今は、まだ…」
「いつか必ず挨拶しに行くから、それまでは俺の試合とかテレビで見せといてくれ」
「えっ、あの、それ…」
「兄貴にも言うとけ。俺のこと。ビッグ大阪のスーパーサブは、いずれエースストライカーになる。そんでいつか、工藤 茉結を迎えに行くて」
「貴大くん…っ」
「ほんまは今すぐにでもおまえが欲しいけど、お前も学校とか色々あるやろし、ちゃんと大人んなるまで待つから。俺もそれまでに、成長しとくわ。サッカー選手としても、男としても」
「うん…」
「メールもするし、電話もする。逢いにも行く」
「…うんっ」
「やから、ええ子で待っとれよ」
「――はいっ!」
「ん。よっしゃ」
貴大は茉結の頭を撫でると、にかっと笑った。
先程までは不機嫌な子どものようだったのに、今では頼れる大人になったようで、貴大のその変化に、茉結は鼓動を乱された。
胸の前で、赤いリストバンドに手を添える。
「行くで、茉結」
「うん」
二つの赤いリストバンドが、二人の手によって繋がった。