PetitAnge
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スタジアム爆破事件から数週間後……
園子は、すっかりサッカーにハマっていた。
「やっぱスポーツやってる男はいいわよね~。逞しくって!」
サッカー…というよりは、イケメン選手にハマっていた。
「園子ってばまたぁ?京極さんはどうしたのよー」
「それはそれ、これはこれよっ」
呆れて蘭が苦言を呈するが、園子は浮かれたままだ。
買ったばかりのサッカー雑誌を捲りながら、にこにこしている。
「本当にもう…」
「でも、園子ちゃん楽しそう」
「真似しちゃダメよ?茉結ちゃん」
一つ年下の幼なじみに釘を刺すが、やはり親友の笑顔は嬉しいようで、蘭も園子を見守った。
「あ~ん、でも、最近比護さんが見られなくて寂しいわ~。怪我の具合はどうなのかしらぁ?」
指を組んで手を合わせ、まるで恋する乙女のようなポーズで、園子が語る。
「比護さんなら、もう完治したから、リハビリがてら流して練習してるらしいよ?」
「へぇ~、そうなんだ!」
「療養中なのに、練習はよく見に来てたって」
「もぉ~比護さんてば努力家なんだからぁ…………って、茉結!」
「はい?」
「何であんたそんな事知ってんのよ?!」
「ちょっと、園子っ」
勢いよく茉結の肩を掴む園子を、蘭が止める。
茉結はパチパチと瞬きを繰り返した後、持っていた携帯電話を園子に向けた。
「貴大くんが、メールで」
「なぁんですってぇぇぇぇ?!」
余程の衝撃だったのか、園子は茉結の手ごと、携帯を掴む。
「あんた…いつの間に!比護さんは?比護さんのメアドは?」
「私、貴大くんのしか知らないけど」
「茉結ちゃん、真田選手とメールしてるの?」
「うん」
「いつから!?」
「え……爆破事件の後?」
「何でよ!!?」
「貴大くんに教えろって言われたの。今度、大阪に試合観に行くんだ」
そう言った茉結の笑顔は、純粋そのものだった。
「やぁ、茉結ちゃん。久しぶり」
大阪のスタジアムを訪れると、関係者用の出入り口で、比護に出会った。
「比護さん、お久しぶりです」
どうやら今回も控え室まで案内してくれるようで、茉結はエスコートされるがままついて行った。
「あの、以前の東京スピリッツ戦では、大変失礼しました。足の具合はどうですか?」
「ああ、あの爆破事件の時だね。あの時の君は本当に切羽詰まった顔をしていて、何事かと思ったよ」
「すみません…」
「そんなに貴大に逢いたいのかって、ちょっと意外だった」
「あれは、その…っ」
「わかってるよ。観客で唯一貴大の大役を知った身だから、激励しに来てくれたんだよな?」
「激励になったかどうか、わかりませんけど…」
あの日真田貴大に課せられた役目は、本当に大きなもので、気軽に応援なんて出来なかった。
ただ、見ていますとしか、言えなかったから…。
「いや、君がいてくれて良かったよ。事情を聞いた後、本当にそう思った」
「え…?」
「足はもう完治した。うかうかしてると、貴大にポジション奪われかねないからな。さ、着いたよ」
比護は、控え室の扉を開けた。
「皆、女神の御到着だぜ」
途端、歓声を上げる選手達。
「えっ、は…?…ぇえ?!」
茉結自身は戸惑うばかりだ。
比護の後ろから、前に促されると、室内が更に沸いた。
「ちょっ…比護さん!何でアンタが連れて来てんすか!」
貴大が噛みつくが、比護は大人びた笑みを浮かべる。
「入口で会ったから、連れて来たんだ」
「茉結!おまえも何ホイホイついて来とんねん!」
「え?だって比護さんがちょうど控え室に…」
「おまえは俺を観に来たんやろ!」
「おーい真田、妬くな妬くな」
「無理無理。貴大は女神にご執心だもんなぁ?」
「はぁっ!?」
「いいから紹介しろよ貴大。俺はともかく、皆はちゃんと彼女に会うのは初めてなんだから」
囃し立てる選手達の合間を縫い、比護が話を進める。
こうなるのがわかっていたから会わせたくなかったのに……と、貴大は目をつり上げた。
「あ、あの…」
このままでは収拾がつかないと、茉結が口を開く。
試合の前に来るんじゃなかった、と少しだけ後悔しながら。
「工藤 茉結と申します。先日の爆破事件の時は、慌ただしくしてしまって、本当にすみませんでした」
ぺこりと頭を下げると、空気が和む。
しかし、すぐにいくつもの感嘆の声が上がった。
「めっちゃええ子やん!」
「当たり前や!爆弾あるてわかってんのに貴大ん所に残ったんやで?!」
「つーか女子高生だろ?しっかりしてんなぁ」
「真田には勿体無ねぇっ!」
「うっさい!ほんまうっさいっす先輩方!!」
貴大は茉結の腕を取り、控え室から出て扉を閉めた。
「あの…貴大くん?…ごめんなさい」
貴大の機嫌の悪さを察し、茉結が謝る。
「いや、こっちこそすまんな。先輩ら、喧しくて」
「皆さんは、きっと貴大くんの事が心配なのよ」
「ただ冷やかしとるだけや。ほんまムカつく…!」
「ごめんね?試合前の大事な時間なのに…」
「アホ」
ちょっとした騒ぎになってしまった事への罪悪感で俯くと、コツンと軽く頭を小突かれる。
「おまえは俺が呼んだんや。比護さんが連れて来たんは予想外やけど」
「貴大くん…」
「これ」
貴大がポケットから出したのは、あの赤いリストバンドだった。
貴大は、それを手首に通す。
「今日もつけて出場する」
「うん。頑張ってね」
「活躍したるからな。よう見とくんやで!」
「はいっ!」
「貴大くん、頑張って!」
今日は純粋にビッグ大阪を応援出来る。
茉結は観客席から声援を送った。
その声が届いたのか、貴大は、拳を高く突き上げる。
あっ…と、嬉しく思った瞬間、チームメイト達が数人、貴大をどついて行った。
「ちょっ……やめてくださいって!!」
期待の新人は、先輩チームメイト達に可愛がられているようである。
試合が、始まった。
今日は、地元の強豪大学との親善試合であり、実況さえ無いものの、それなりに観客が入っている。
「何や、比護は出ぇへんのかいな」
そんな声が聞こえ、目線を向けると、そこにはサッカーより野球が好きな筈の、色黒の少年が立っていた。
「へ、平次くんっ?!」
「よっ、久しぶりやなぁ?工藤の嬢ちゃん」
平次は手を挙げて挨拶をすると、茉結の横に腰掛けた。
「どうして此処に?」
「そりゃ試合観に来たんや。ウチの高校のOBも出てるしな」
「大学生チームの方?」
「せや。けっこう遊んでもろた先輩やしな。ま、嬢ちゃんはビッグ大阪の応援やろけど」
「何で、知ってるの?」
平次はニヤリと笑った。
「爆破事件の噂はいろいろ聞いてんで?和葉も、毛利の姉ちゃんから連絡もろたらしいし。嬢ちゃんがビッグ大阪のスーパーサブと仲良うしとんのも、ちらっと聞いた」
そして、ピッチを見下ろす。
「で、どれなん?その真田さんいうんは」
「フォワードの、赤いリストバンドの人」
「いや、普通背番号で言うやろ。まぁええわ。あれか、19番」
探偵の観察眼で、平次は目ざとく貴大を見つけた。
「お兄ちゃんに、何か言われた?」
「『オメー今日暇?サッカー観る気ねぇか?』そない心配やったら、自分も来たらええのになぁ?」
「今日は小学校の社会科見学」
「小学生も大変やなー」
「っ……貴大くん!」
貴大にボールが渡った。
茉結は前のめりになってピッチを眺める。
ディフェンダーを巧みに躱し、貴大がボールを蹴り上げた。
「……っ?」
ボールはゴールポストに弾かれ、ラインを割る。
貴大のフォームに、茉結は違和感を覚えた。
「ドンマイ貴大!」
「切り替えて行くぞっ」
「真田ー!惜しかったぞ~っ」
「次は決めてくれー!!」
チームメイトの声や、観客の声援。
貴大は笑って、それらに答えた。
「どないしたん?」
茉結の様子に気づき、平次が声をかける。
「違う」
「は?」
「貴大くん…何か、おかしい…」
「何かって、何や?」
「わからない、けど…」
その後、ビッグ大阪は何度かシュートチャンスがあったが、得点には繋がらず、そのまま、ハーフタイムになった。
「貴大」
控え室に向かう途中の貴大に、松崎監督が声をかける。
「お前、大丈夫か?調子悪いみたいだな」
「そんな事無いっすよ!絶好調ですって!」
貴大は努めて明るく振る舞う。
しかし、監督は眉を寄せた。
「後半は比護と交代だ」
「なっ…何でですか?!」
「貴大、お前わかってないのか?」
「は…?」
「本格的な試合は、国立競技場以来だったな…」
貴大は声を出そうとして、飲み込む。
“国立競技場”
その単語には、重みがあった。
「お前は少し休んだ方がいい。比護は準備しておけ」
「監督!」
控え室に戻らず立ち尽くしていると、身体が、小刻みに震えてくるのがわかった。
「…何で、俺…震えて…?」
自分の手を、足を、眺めながら愕然とする。
『 後半は比護と交代だ 』
監督の言葉が、頭の中に轟いていた。
「…クソッ!!」
それを掻き消すように、貴大は拳を壁に打ち付けた。
「クソッ…クソッ!クソォッ!!何で、俺はっ…何でや…!?」
もう、終わった筈なのに。
何もかも。
全て終わっているのに。
全部、ぜんぶ――
「…貴大くん」
「来んな」
後ろから聞こえた茉結の声に、貴大は間髪を入れずそう返した。
近付いてきていた足音が、止まる。
「……悪いけど、俺、後半出られそうにないねん。…何が活躍や。あんな大見得切っといて、結局何も出来ひん。1点も…取られへん。……ほんま…情けないわ…」
訥々と、貴大が語るのを、茉結は黙って聞いていた。
「アカンねん……シュート撃つ時、思い出すんや。あの日の、国立競技場を……。何回も、クロスバーの真ん中狙って、何回も、当てて……せやのに電光掲示板は点滅せえへん。みんなの命かかっとんのに……俺しかおらん……俺がやらな、アカンのに…って……」
「貴大くん…」
「撃とうとする度に、思い出すんや…っ。そんで、その一瞬で、めっちゃ怖くなる。ワケわからんいろんなもんが一度に襲ってきて、身体がっ…上手く動かんようになる……。前みたいに、蹴られへんのや……!!」
国立競技場での爆破装置解除は、貴大の精神に、深い爪痕を残していた。
あの時感じた、緊張、動揺、恐怖、重圧が、ふとした瞬間にフラッシュバックして、イップスのように貴大を呪縛している。
「何でや…?あれから一度も、こんな事無かったのに…練習の時は、何とも無かったのに……っ」
恐らくそれは、多くの観客がいる、スタジアムだからこそなのだろう。
貴大一人が全て背負うには、多過ぎる観客が、あの日の国立競技場に集まっていた。
「もう、終わった事やのに……何でっ!?」
貴大の震える背中を見て、茉結は堪えきれず抱きついていた。
「ごめんね…気づいてあげられなくて。ごめんね、独りで全部背負わせて……」
ぎゅっと、有らん限りの力で抱きしめる。
「…なんにも、出来なくて…ごめんなさい……っ」
「ちゃう!おまえは、俺の傍におってくれた!おまえが見とってくれたから、俺はっ――」
体勢を変え、茉結の表情を見ると、泣きそうな顔をしていた。
その瞳に映る貴大も、同じだ。
「でも…ね?貴大くんは、今は独りじゃないんだよ?チームメイトも、監督やコーチも、みんな、貴大くんと一緒に闘ってる。もう、一人で頑張らなくてもいいの。この試合も、これからの試合も、もう貴大くん一人の闘いじゃないんだから」
「茉結……」
「そうだぜ貴大!」
振り返れば、チームメイト達が集まっていた。
「みんな…」
「お前にばっか良いカッコさせて堪るか」
「国立競技場の件はすげーと思うけど、お前はまだサブなんだからな?」
「自分だけが必死で闘ってると思うなよっ」
「新人のくせに生意気やで!」
「けどお前は、その生意気で自信満々なプレイが持ち味だろ?」
「比護さん…」
「俺はもう復帰出来るから、次の試合以降お前はまたサブだ。今日のうちに、精々味わっとけよ。エースストライカー!」
チームメイト達の言葉と、同じポジションである比護の熱い言葉が、貴大の心に、染み入っていく。
「……監督」
貴大の、表情が変わった。
「お願いします!後半も俺を使うて下さい!!」
思い切り頭を下げて乞う。
松崎監督は、未だ消えない危惧を押し込め、貴大に問うた。
「やれるんだな?貴大」
「イエッサー!!」