PetitAnge
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ビッグ大阪vs東京スピリッツの試合当日。
爆破事件の事が気にはなったが、茉結は一人、国立競技場を訪れた。
捜査中のコナンは、国立競技場の爆破は無いと考えていた為、茉結は安全だと踏んでいたのだ。
因みにこの日、蘭と園子もスタジアムを訪れていたのだが、貴大にチケットを貰った時から予定を空けていた茉結と違い、二人は急遽観戦を決めた為、完全に別行動。茉結もコナンも、その事実を知らなかった。
前半戦――真田貴大の出番は無かった。
茉結は贔屓のチームは無く、普段ならコナン達に倣って東京スピリッツの応援をしているが、チケットをくれたのは貴大だ。
ビッグ大阪目線で試合を見守る。
「あっ…!」
途中、比護隆佑が転倒した。
試合は中断し、怪我の具合が心配される。
続行は不可能と判断されたのか、交代の合図があった。
代わりに投入されたのは、スーパーサブ。
フィールドで、比護と言葉を交わしているのが見える。
いよいよ貴大の出番だ。
「真田さん…」
貴大が、観客席を見渡した。
彼の性格からして、ファンサービスかと思われたが、暫くキョロキョロと視線を動かした後、ある一点に目を留めた。
「――っ!?」
その様子を眺めていた茉結と、視線がぶつかる。
「よう見とけや」
その呟きは、歓声に掻き消されて茉結の耳には届かなかったが、貴大の表情と、グッと力強く突き出された拳から、その真意は伝わった。
その自信満々な顔つきに、茉結は思わず、目を奪われた。
コナンからの着信に気付いたのは、ハーフタイムになってからだった。
一旦座席から離れ、出来るだけ静かな場所で折り返すと、真剣な声で告げられる。
10のスタジアムに仕掛けられている、爆弾の事を。
「じゃあ、国立競技場の爆弾は、真田さんしか解除出来ないって事…?」
「ああそうだ。お前今そこに居るんだろ!?今すぐ逃げろ!」
「駄目よ。避難したらその時点で爆破されちゃうんでしょ?」
「ああ…けど、お前一人くらい外に出たって……」
「そんな事…出来ないっ」
「おい、茉結…!?茉結!!」
茉結は自ら通話を切った。
コナンとしては、観客全員を避難させられない以上、可能ならば自分の妹だけでも安全を確保して欲しい。
一探偵としては少し狡いかもしれないが、兄として、茉結の無事を願う故の発言だった。
茉結も、充分過ぎる程それを解っていた。
今逃げれば自分だけは助かるかもしれない。
茉結一人くらいスタジアムを出た所で、不審に思われる事は無いだろう。
コナンも不安が無くなり、捜査に集中出来る。
だが、茉結には出来なかった。
「ごめんなさい…お兄ちゃん…!」
茉結は、館内を走った。
「お願いします!中に入れてください!」
「一般の方はお通し出来ないんですよ」
「どうしても、真田選手に会いたいんです!お願いしますっ」
茉結は選手の控え室へ行きたかったが、競技場のスタッフに止められてしまった。
関係者のパスが無ければ中に入れないのはわかっていたが、爆弾の事を知ってしまったからには、居ても立ってもいられなかった。
かといって、スタッフに事情を話す事は許されない。
何とか頼み込んで入れて貰いたい。このままではハーフタイムが終わってしまう…。
「ん?君は……」
そんな時、聞き覚えのある声が聞こえた。
「比護さんっ」
医務室から戻って来たのだろう、比護が茉結に気付いた。
「工藤の妹の…茉結ちゃん、だったかな?試合、観に来てくれたんだね」
「はい、あの…私、真田さんに会いたいんです!」
比護の怪我の具合も心配だったが、今は急いでいる。
端からはかなり失礼なファンに見えたかもしれない。
スタッフが苦々しい顔をして比護に視線を送った。
しかし、比護は気を悪くする事なくスタッフに告げた。
「彼女、俺の知り合いなんです。入れてやってください」
切迫している茉結を見て、何か察してくれたのかもしれない。
「ありがとうございます!」
茉結は深く頭を下げ、控え室へ向かう比護について行った。
「あれ、貴大は?」
扉を開けた比護が、貴大の不在に気付く。
中から、監督に呼ばれて行ったぜ、という声が茉結にも聞こえた。
「ごめんな、茉結ちゃん。貴大は今……」
「ありがとうございました。あとは自分で探しますっ」
比護が言い終わらないうちに、茉結は再度一礼して踵を返した。
……そして、人気の無い廊下の隅で対峙する、貴大と松崎監督を見つけた。
貴大の手には既に、エースストライカーの証である、赤いリストバンドが握られている。
爆弾の解除装置を狙って、クロスバーの真ん中にボールを当てるという、大役を任された証だ。
「真田さん…」
声を掛けると、貴大が困ったように笑った。
「その顔は…知っとるみたいやな。爆弾の事。探偵のおっちゃんにでも聞いたんか」
「……はい」
茉結は、怖ず怖ずと貴大に近づいた。
「悪かったな。こんな所来させてもうて。自分一人くらい、逃げてもええんやで?」
ぶんぶんと首を横に振り、貴大を見据える。
彼は笑って、リストバンドを手首に通した。
それを見て、茉結は切なくなる。
一体、どんな気持ちで、そんな風に笑うのだろう。
このスタジアムにいる、全ての人の命を、彼はたった一人で背負わなければならない。
この事を知っているのはチームの監督だけ。仲間達に助けて貰う事も、その重さを分かち合う事も出来ず、孤独に闘うしかないのだ。
きっと、筆舌に尽くしがたい程のプレッシャーに、苛まれている筈なのに…。
「何でお前がそんな顔してんねん」
「すみません…」
「俺のカッコええ所、見せるって言うたやろ?よう見とけ」
茉結の顔を覗き込み、貴大が宣う。
茉結は貴大の、手首に赤いリストバンドを通した方の手を、両手で握った。
「お、おいっ…」
胸の近くまで持って来て、祈るように目を閉じる。
たくさんの命を背負い、失敗の許されない貴大に、力になれない自分が、簡単に「頑張って」とは言えない。
どんな言葉を掛ければ良いのか、自分には何が出来るのか、考えても考えても、相応しいものは見つからない。
けれど、何か伝えたい。
伝えなければならない。
茉結はその瞳に貴大を映すと、精一杯微笑んでみせた。
「私、観てますから。何も、出来ないけど……でも、ちゃんと、見てますから」
貴大は、一瞬瞠目した後、その目を細め、「おう」と返した。
二人の手が離れ、貴大は監督と共にピッチに向かう。
茉結はその背中を目に焼き付けた。
クロスバーの真ん中に、貴大の蹴ったボールが当たった。
しかし、電光掲示板は点滅しない。爆弾解除の合図が、出ない。
何でや?当てたのに!アカンかったんか?…と、貴大は息を切らしながら、次のチャンスを窺う。
貴大がクロスバーを狙うという事は、点を取る事は二の次だという事。
ストライカーとしての本来の役目を、放棄するという事だ。
この試合に負ければ、ビッグ大阪はJ2に降格する。J1への生き残りを賭けた、大事な試合だった。
一向に点を取れない貴大に、仲間から、観客から、野次や激励が飛ぶ。
その事も、茉結の胸を痛めた。
貴大本人は一層だろう。
だが彼らは何も知らないのだから仕方がない。
貴大が、試合に勝つ事よりも、このスタジアムにいる全員の命を救う事を選び、たった一人で闘っているという事も、誰も知らない。
茉結は、祈るようにして試合を観ていた。
貴大の実力を、信用していないわけではない。
けれど、この使命は、あまりにも重い。
試合の動向など、最早頭に入らない。
ただひたすら貴大を、貴大だけを目で追っていた。
試合終了間際になっても、電光掲示板は一向に点滅しなかった。
土壇場でやってきたフリーキックのチャンス。
蹴るのはもちろん貴大だ。
時間的に見ても、これがクロスバーに当てる、最後のチャンスだった。
「真田さん…」
周りの観客が、ゴールを決める事を願って応援する中、茉結だけが、クロスバーに当たる事を祈っていた。
「貴大…」
監督も、お前ならやれると目で合図する。
そして貴大は、恐るべき集中力で、サッカーボールを蹴った。
「――当たった!!」
茉結が座席から立ち上げる。
ボールはクロスバーの真ん中に当たったように見えたが、始めに当てた時よりも角度が下向きだった。
ボールはそのまま、ゴールネットへと吸い込まれる。
シュートが決まり、会場が沸いた。
実況も盛り上げ、喧騒が治まらない。
貴大も茉結も、電光掲示板を見据えるが、点滅してはくれなかった。
しかし、爆発は起こらない。
一体爆弾はどうなったのか。
ピッチの中、貴大だけが狼狽えた状態のまま、ビッグ大阪vs東京スピリッツの試合は終了した。
茉結は、先程運営スタッフに持たせて貰ったパスを使って、貴大を探した。
控え室に行ってみたが、戻ってはいないようだった。
同時に、コナンへの連絡を試みるが、出られない状態なのか、応答が無い。
警察関係者や小五郎にも、次々と電話をかけるが、タイミングが悪いのか、繋がらなかった。
そして漸く、コナンから電話があったかと思えば、先程話した時より強い口調で、「逃げろ!」と言われた。
「爆弾はまだ解除されてない!17時50分になると爆発するぞっ!」
「どうして!?真田さんがクロスバーに当てたのに…!」
「犯人は最初から、国立競技場だけは確実に爆破させるつもりだったんだ!解除装置はダミーだったんだよ!」
「ダミーって…そんな…」
「悪い…俺の推理が甘かった所為だ…ッ!」
携帯から、コナンの悔しそうな声が聞こえた。
「どうして…!?」
茉結は、犯人に聞こえるように声を荒らげた。
「始めから爆破させるつもりなら、どうしてこんな事させたの!?」
言葉が、涙が、抑え切れなかった。
「真田さんはっ…スタジアムにいる全員の命を背負って、どんなに野次られても、辛くても、みんなの為に独りで頑張ったのに…!何度クロスバーの真ん中に当てても、解除されなくてっ…それでも諦めずに必死に闘ってくれたのに…っ!それなら…最初からダミーなんて付けないでよ…ッ!!」
孤独に闘う貴大の姿を見ていた茉結は、犯人が恨めしくて仕方なかった。
珍しく激情を露わにする茉結の声を聞き、コナンは携帯電話を犯人に向けていた。
「ダミーって、何なん?」
背後から届いた声に、茉結は肩を震わせた。
「あれ、ダミーやったんか?」
ゆっくりと振り返ると、茫然としている貴大の姿があった。
「さ…真田さ……」
「俺が当てても、結局意味無かったって事やろ…?爆弾、解除されてへんのや?」
乾いた笑いを漏らしながら、リストバンドをしている方の手で額を押さえる。
貴大は、壁を伝って力無く腰を下ろした。
茉結は、堪らない気持ちになった。
「そんな事ない。真田さんは……っ」
「逃げろや。爆発するんやろ?」
「真田さん…」
「俺は、解除出来へんかったんやろ?」
「真田さん!」
「俺はお前を殺したないんや!!」
貴大は、何も悪くない。
爆弾を仕掛けたのは犯人なのに。
茉結は、膝を抱える貴大の傍に膝をつくと、震える彼を抱きしめた。
「逃げないよ」
「…ッ」
「真田さん、逃げるなよって言ったもん」
今日のチケットを、くれた時に……。
もしかしたら、死ぬかもしれない。
でも、自分だけ逃げるわけにはいかない。
何より、このひとを、置いてはいけない。
「大丈夫。きっと止めてくれるから」
「ああ、止めてやるよ」
携帯からコナンの声がして、会話は途切れた。
信じてるよ――
茉結は、一層強く貴大を抱きしめる。
「あなたが悪いんじゃない。爆発は、きっと止まる」
赤いリストバンドをそっと手で包むと、貴大は僅かに顔を上げた。
茉結の手も、微かに、震えている。
「19・18・17…」
どちらからともなく、カウントダウンを始める。
いつの間にか、お互いに手を握っていた。
告げられた爆発時刻までの、この時間を、共にする。
「10・9・8・7…」
「6・5・4・3…」
「2」
「1」
17時50分――
爆発は、起こらなかった。
繋がったままの携帯電話から、子ども達が喜ぶ声がする。
貴大と茉結も顔を見合わせ、静かに、喜びを分かち合う。
今度は貴大が、茉結を掻き抱きながら。
貴大を捜していたチームメイト達が、そんな二人を発見したが、半分程事情を知る松崎監督が退散を促し、邪魔が入る事は無かった。
後に、全ての事情を知ったチームメイトから、茉結は(爆弾解除の)勝利の女神と崇められ、ビッグ大阪内では有名となった。
「……結局、ええ試合見せられへんかったな」
警察に少し話を聞かれた後、貴大はいつもの調子を取り戻し、茉結に言った。
「そんな……真田さん、格好良かったですよ?」
「あんなん俺のサッカーちゃう!」
貴大はクロスバーを狙っていたのであって、ゴールを狙っていたわけではない。
サッカーの試合そのものには、集中出来なかった。
「じゃあ、また試合観に来ても、いいですか?」
「こんなんがあった後に、よう来れるんか?」
「はい、見せてください。真田さんのサッカー」
にっこりと笑みを向ける茉結に、貴大は口角を上げ、茉結の頭を乱暴に撫でた。
「楽しみにしとけ!」