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悟飯の修業にパンの子守り、未来のトランクスの件や、力の大会……デンデの用事で神殿に行ったり、ピッコロ自身の修業もあり、栞音とのトレーニングの時間は、ほとんど取れなくなっていた。
遅発性乱気症を発症した悟空が自宅を壊したせいで悟飯の家に寝泊まりする事になったり、ピッコロが孫家の畑で収穫を手伝ったりと顔を合わせる機会こそあったが、二人だけで修業する頻度は、やはり以前より少なく……。
そのうち、栞音は悟天と共に受験の準備をしなければならない時期となり、ピッコロとは暫く会えない日々が続いた。
「ピッコロさん、こんにちはっ」
久しぶりに訪ねて来た栞音を見て、ピッコロは怪訝な顔をした。
「栞音、か?」
気は間違いなく栞音のものなのだが、その姿は最後に会った時とはまるで違う。
「暫く見ない間に、急に成長したな」
「はい、大きくなりました。やっと」
身長が急激に伸び、同年代の地球人の少女達と変わらない程になっていた。
背丈に合わせ、菫色の道着も新調している。
サイヤ人特有の成長の仕方とはいえ、この時をずっと待ち望んでいた栞音は、はにかみながらも嬉しそうだ。
「よし、久しぶりに手合わせをしてやる。オレが見てやれなかった間もサボらず鍛練していたか、確かめさせてもらうぞ」
「はい!よろしくお願いします」
栞音は、折り目正しく一礼した後、凜として構えた。
そして……――――
――トレーニングは怠らなかったようだな、栞音。
組み手をしながら、ピッコロは栞音の動きを評価していた。
暫く相手をしてやる機会がなかったが、鈍った様子はない。
寧ろ、気のコントロールに磨きがかかっている。
「そうだ。もっと精度を上げろ!」
ピッコロが繰り出した蹴りを、栞音が両腕をクロスしガードする。
気を集中させ防御しながらも、その衝撃を少しでもやわらげるため自ら後ろに飛んだ。
間髪入れず、ピッコロは気功波を放ってきた。
栞音は瞬時に気を練り上げ、身体の前に、クラゲの傘を思わせる丸い盾状の防護壁を形成し、それを受ける。
「ッ……うぅ……!」
少しでも気を緩めれば、気功波はこの盾を貫くだろう。
栞音は、懸命に食い止めていた。
「どうした、もう限界か!?」
栞音が防護壁を保てなくなれば、ピッコロは攻撃を止めてくれる。
けれど、それに甘えてもいられない。
――いつまでも、このままじゃいけない……!
栞音の気が、増幅していく。
「何……っ!?」
盾の形状が歪んだかと思うと、ピッコロの気功波を弾き返した。
栞音を相手に、手加減した攻撃だ。打ち消すなど雑作もない事だったが、ピッコロは驚愕していた。
防護壁の強化を提案した時、いずれは弾き返せるようにといった事も念頭置いていたのは確かだが、今はまだ耐久性を鍛えるのを目的としていた。
まさか、この段階でそれをやってのけるとは。
「栞音……」
「で、きた……ッ」
たった数秒間のバリヤーさえ保てず、力尽き倒れてしまっていた栞音。
それが今では、息は上がっているものの、まだ闘える状態にある。
「よし!今の感覚を忘れるな。続けるぞ」
「っ……はい!」
ピッコロは、すぐに組み手を再開した。
栞音も疲れを見せず、ピッコロに食らい付いていく。
ピッコロにとって、栞音の成長は悦ばしい。
サイヤ人の血を引きながらも弱かった少女が、自分との修業の中で強くなっていくのが。
だからこそ、期待してしまった。
栞音は、もっと強くなれる。
このまま修業を続ければ、いずれは悟飯や悟天のように。
――やはりおまえは、孫悟空の娘……!!
長く続く組み手の最中、ピッコロは再び気功波を放った。
栞音は、再び防護壁を形成した。
受け止めたのは、先程よりも強い衝撃。段違いの威力。
必死の思いで、それを押し返す。
「どうだ!弾き返してみろ!!」
はい、ピッコロさん!
そう、心の中で叫び、真っ直ぐにピッコロの眼を見ていた。
しかし、栞音の視線は、いつの間にか、その向こう側に囚われてしまう。
まだ青い東の空に、白い月が浮かんでいた。
その時、ほんの一瞬だけ、ピッコロは感じたのだ。
静かで、それでいて、研ぎ澄まされた気を……。
栞音の防護壁の形状が歪み、分厚くなったように見えた。
ピッコロは身構える。来る、と。
しかし、ピッコロの攻撃は、弾き返される事はなかった。
「――――栞音!!」
まるで溶けたように消えたバリヤーの先で、栞音は気功波に飲み込まれた。
「――……よかった。目が覚めたんですね」
目覚めた時、栞音の視界に映ったナメック星人は、ピッコロではなかった。
「……神様?」
デンデに支えられながら身体を起こすと、自分が今どこにいるのかを理解する。
ここは、神殿だ。
「わたし、どうして……?ピッコロさんは?」
唐突に、目の前が暗くなった。
「すまん。栞音……」
少し掠れた低い声が、耳元で聞こえる。
「っ……ピッコロさん?」
慈しむような強さで抱き締められ、栞音は頬が熱くなるのがわかった。
「あ、あのっ……わたし、一体……?」
ピッコロは、苦悶の表情で語った。
栞音は、ピッコロの気功波を喰らい、重傷を負ったのだと。
すぐに神殿に運び、デンデに治癒して貰った。破損した道着は、ピッコロが復元したと。
「びっくりしましたよ。慌てた様子のピッコロさんが、瀕死の栞音さんを抱えてやって来たんですから」
『 デンデ!栞音を治してくれ!! 』
ピッコロは、仙豆を所持していなかった。
必要になるような傷を付けるつもりはなかったのだから当然だ。
「おまえを、酷い目にあわせた。本当に、すまなかった」
「そんな…謝らないでください。わたしの力が足りなかったんです。治してくれてありがとうございます、神様。ピッコロさん」
ピッコロに送って貰い、パオズ山まで飛んで来る頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
「あの、ピッコロさん?わたし、もう大丈夫ですから……」
もう怪我も体力も回復し、自力で飛ぶ事ができたのに、ピッコロはそれを許さず、栞音を抱えたまま無言を貫く。
栞音にとって、この状況は嬉しくもあり、同時に面映ゆい。
小さかった頃は片手でひょいと持ち上げられたものだが、今は両腕で抱かれているので尚更だ。
そもそもピッコロなら、今の栞音でも片手で軽々運べる筈なのだが。
結局、降ろされたのは自宅近くまで来てからだった。
「ありがとうございました。ピッコロさん」
栞音が礼を言うと、ピッコロは背中を向けた。
「栞音……オレはもう、おまえに修業をつけるのはやめる」
「えっ?」
「おまえも、ハイスクールとやらで忙しくなるんだろう。オレも暇じゃないんでな」
「や……待って、ピッコロさんっ」
栞音は、宙に舞い上がろうとしたピッコロのマントを咄嗟に掴み、引き留めていた。
「わたしが、弱いからですか?ごめんなさい……迷惑をかけてしまって……ピッコロさんは悪くないのに、わたしが、ちゃんと防御できなかったから……っ」
「オレは、おまえを殺しかけたんだぞ……!」
「わたし、もっとトレーニングして、強くなります!防御ももっと強化して、怪我なんかしないように頑張りますから……だから、ピッコロさん……修業をつけるのやめるなんて、言わないでください。お願いです」
「栞音……」
「お願いします。ピッコロさん……ピッコロさん……」
今にも涙が零れそうなのを、懸命に堪えながら。
「すまんな。オレが、無理なんだ」
ピッコロは、振り返る事なく告げた。
「もう、おまえの相手をしてやる事はできん」
「……ッ…」
栞音は、小さく首を振った。
言葉が、出て来なかった。
いや。何で?ピッコロさん。そんな事言わないで。やだ。いやだ。わたしを見捨てないで。お願い。わたしから、離れていかないで。お願いだから。わたしを、わたしを……
――わたしを嫌いにならないで。
「ごめんなさい……わがまま言って」
漸く口から出てきたのは、そんな言葉だった。
ピッコロを困らせたくない。迷惑をかけてはいけない。そういった思いから、何とか紡いだ。
「今まで、ありがとうございました。ピッコロさん」
そして、マントから両手を離す。
笑おうと頬を持ち上げたが、その唇は戦慄いていた。
翌日、栞音の部屋の窓辺に、もぎたての杏子が籠いっぱい置いてあった。
その籠の持ち手には、紫色のリボンが結ばれていた。