Innocent
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栞音がピッコロに師事してから、半年以上が経過した。
今日も朝から勉強を終わらせた栞音は、ピッコロの所に行こうと身繕いをしていた。
髪に紫色のリボンを結び終えた時、その声は聞こえた。
《 栞音―― 》
「え?ピッコロさん……?」
《 そうだ。お前の心に話し掛けている 》
念話……ピッコロの能力だ。
《 急用が入った。すまんが、今日はおまえの相手はできそうにない 》
「えっ?」
《 パンの子守りをしなければならなくなった。悟飯もビーデルも用事があるらしくてな 》
「そうですか。パンちゃんの……」
パンは悟飯の娘であり、栞音の姪だ。自分より赤ん坊が優先されるのは仕方がない。悟飯やビーデルが困っているのなら……。
「わかりました。わたしなら大丈夫です」
そう、納得したつもりだった。
――でも、ピッコロさんに会いたかったな……。
《 ……栞音 》
悄然とした気持ちが伝わってしまったのか、ピッコロが言った。
《 おまえさえ良ければ、子守りを手伝ってくれないか? 》
「わ、わたしでいいなら……っ!」
その提案が嬉しくて、栞音は、急いで悟飯の自宅に向かった。
しかし…………
「ごめんなさい。何も役に立てなくて」
ピッコロは、パンの世話に慣れていた。ミルクもおむつも寝かし付けも、栞音が手伝う必要など無いくらいに。
パンもピッコロに懐いており、彼の顔を見ては愛らしく笑う。
栞音は、赤ん坊の世話などした事がない。
自分より幼いマーロンと遊ぶ時も、周囲には大人達がおり、子守りという程の事はしていなかった。
「そんな事はないだろう」
腕の中で眠っていたパンを、木陰に置いた揺りかごに寝かせると、ピッコロは栞音の方へ顔を向けた。
「パンも、お前に会えて喜んでいた」
「でも、赤ちゃんのお世話もできないなんて。わたし、もう、12歳なのに……」
「確かに……おまえも悟天も、身体的な成長が遅いようだな」
栞音はトランクスや悟天と同じように、幼年期から身長があまり変わらない。
同年代の地球人の子達は、もっと背が高く、すらっとしているのに。
もう、こんなところだけサイヤ人なんだから。
栞音は、俯きながら呟いた。
「早く、大きくなりたいな」
次の瞬間、身体が宙に浮いていた。ピッコロが持ち上げたのだ。
小さく悲鳴をあげた時には、片腕で軽々と抱かれていた。
ピッコロと同じ目の高さで。
「ピ、ピッコロさ……っ」
「どうだ?高いだろう」
「どうして、こんな……降ろしてください……!」
これでは、自分までピッコロに子守りをされているようだと、栞音は恥ずかしくなった。
「そうか。では、放すぞ」
そう言うと、ピッコロはその場で手を離した。
落ちる、と思った栞音は、咄嗟に舞空術でその身を浮かせる。
それを見て、口角を上げるピッコロ。
「背が低くても、おまえは飛べるんだ。そう不便な事もあるまい」
「もう……ピッコロさん」
「それに、もう何年かしたら大人になるんだ。焦る事はない」
ゆっくり大人になればいい。
そう語るピッコロの顔を、栞音は今までにない程、近くで見つめていた。
同時に、もっと彼に近付きたい、傍にいたいと思う。
「ピッコロさん……あの、わたし……っ」
「何だ?」
「わたしが、大きくなったら……ピッコロさんの……」
その時、パンが泣き出した。
「パン!?」
「パンちゃんっ?」
すぐさまピッコロが抱き上げてあやすが、パンはなかなか泣き止まない。
お腹が空いているわけでも、おむつが汚れているわけでもないようだが……。
「パンちゃん、ごめんね?わたしが、うるさくしちゃったから」
「これは黄昏泣きだ。おまえの所為ではない。寧ろ、おまえは声が小さい方だろう」
「でも、どうしよう……」
ピッコロは否定するが、栞音は何故か、自分の所為でパンが泣いているような気がしてならなかった。
子守りを手伝いにきた筈が、何の役にも立たない上に、眠っていたパンを泣かせてしまった。
栞音の心は、罪悪感でいっぱいになる。
「パンちゃん……」
栞音は、静かに息を吸い込んだ。
♪パステルカラーの夢の中
こんぺいとうの星空の下
おさんぽ パーティー ピクニック
葉っぱのカップには ペパーミントティー
口をついて出たのは、小さな頃によく歌っていた歌だった。
「栞音……」
穏やかで玲瓏な歌声に、ピッコロも、彼の腕の中のパンも耳を傾ける。
♪ポコ・ア・ポコ プティ パペット ピコピコ ピアニシモ
囁いて 小さな声でも聴こえるから
ポコ・ア・ポコ プティ パペット ピコピコ ピアニシモ
パピヨンもペンギンもポニーも
リボンの音符でぴかぴかパレード
魔法のメロディー
歌いながら、栞音は胸の前で手のひらを向かい合わせ、気を集中させた。
薄い気の膜で作られた、シャボン玉のような小さな球体がいくつか現れ、栞音が手を左右に広げれば、ふわふわと漂う。
ピッコロは瞠目し、パンは気の球体を目で追っていた。
♪はちみつ メープル パンケーキ
ふわふわまあるく焼けるといいな
バラの花びらのアップルパイ
プディング ロリポップ アプリコットジェリー
ポコ・ア・ポコ プティ パペット ピコピコ ピアニシモ
唱えるの 小さな声でも伝わるから
ポコ・ア・ポコ プティ パペット ピコピコ ピアニシモ
プレゼント シャボン玉 パラソル
秘密の言葉でぴかぴかきらめく
魔法の歌声
ひととおり歌い終えた時、辺りを漂っていた球体も消える。
パンを見れば、御機嫌で笑っていた。
「よかった…」
ほとんど息のような呟きだったが、ピッコロの耳には届いていた。
パンを抱いたまま、栞音の方へと歩み寄る。
「驚いたな。いつの間にあんな事ができるようになったんだ」
「わたし、小さい頃シャボン玉が好きだったんです。パンちゃんにも、似たようなものを見せてあげられないかなって思って、咄嗟に……」
形だけで強度もほとんど無いから、すぐに消えちゃったんだと思いますけど。
攻撃にも防御にもならない程度のものだと、栞音にはわかっていた。
「威力は別にしても、やはりおまえは、気を練り上げて形を作ったりするのは向いているようだ。オレが言った通りだったな」
不敵な笑みを浮かべるピッコロに、栞音は頬を染めながら、「ピッコロさんのおかげです」と返した。
悟飯とビーデルが帰ってくる頃、三人はリビングで絵本を読んでいた。
パンを膝に抱っこした栞音を、ピッコロが膝に乗せた状態で。
「ただいま~パンちゃん!ピッコロさん!」
「ピッコロさんに遊んでもらって、良かったわね~パンちゃん!」
笑顔で両手を伸ばしたパンを、悟飯とビーデルが順番に抱きしめる。
「ピッコロさん、ありがとうございます。栞音も来てたんだな~」
「うん……おかえりなさい。おにいちゃん、ビーデルさん」
「栞音ちゃんも、パンと一緒にピッコロさんに絵本を読んでもらってたの?」
「え……?」
悟飯からは頭を撫でられ、ビーデルは微笑ましく思っているようだが、栞音は恥ずかしくなりピッコロから離れた。
完全に、子守りされる側だと思われている。
「何を言っている。パンに絵本を読んでやっていたのは栞音だぞ」
「そうなんですか?」
「どんな風に読み聞かせればいいのか、オレにはいまいちわからんのでな。栞音が手伝ってくれて助かった」
「良かったな~パン!栞音お姉ちゃんに、絵本読んでもらったのかぁ」
「ありがとう、栞音ちゃん!」
「栞音は、子守唄も読み聞かせも上手い。録音でもしておいたらどうだ?泣いていても、すぐに泣き止むぞ」
「ピッコロさん……」
ピッコロの手が、栞音の頭に優しく乗せられた。
「おまえの声は、耳に心地いい」
地球人の女や子供の声、特に甲高い大声は、聴力の高いピッコロにとっては超音波じみていて頭の芯に響く。
栞音はおとなしく声量も控えめなので、ピッコロの耳にはちょうど良い声なのだ。
先刻の歌もそうだったが、優しく囁くような声での読み聞かせは、パンだけでなくピッコロも聞き入ってしまった。
「また、聴かせてくれるか?」
「――はい。ピッコロさん」
声を褒められた事、そして、ピッコロの役に立てた事が、栞音は嬉しくて堪らなかった。