Innocent
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「おかあさん、いってきます」
「気をつけて行くだぞ」
「はいっ」
栞音は、舞空術で飛び立った。
その手にはバスケットを抱えており、中にはリンゴのパイが入っている。
悟飯とビーデルへの、結婚祝いのプレゼントだ。
悟空の弁当を詰めるチチに見守られながら、栞音が一人で作った。
リンゴをバラの花びらのように飾るのは難しかったが、きれいに焼き上がり、仕上げに杏子のジャムを塗っていると、チチも褒めてくれた。
「おにいちゃんもビーデルさんも、喜んでくれるかな」
二人の新居に向かって飛んでいると、花畑が見えた。
――そうだ、お花も摘んで行こう。
その時の栞音は、早くプレゼントを渡したいと、気持ちが急いていた。
方向を変え、花畑へ向けて降下しようとした矢先、鳥の群れと出会して、気のコントロールが乱れた。
「っ……!?」
突っ込む事なく避けられたのは良かったが、栞音の身体はふらつきながら落ちていく。
無意識に、守るようにバスケットを抱え込んだ。
落ちたのは、木々の上。
上手い具合に枝に引っ掛かり、地面に叩きつけられる事はなかった。
バスケットも、中身のパイも無事のようだ。
「よかったぁ……」
再度気を放出し浮き上がろうとした時、服――悟天と色違いの淡紅色のチャイナ服、スカートの分だけ丈が長く、下にはスパッツを履いている――が引きつれ、嫌な音がした。
「え……っ?」
プレゼントを守る為に、背中から落ちた事もあるのだろう。ところどころ布が擦れ、特にスカートの部分が大きく裂けてしまい、栞音は青ざめる。
「やだ……どうしよう」
――筋斗雲を借りればよかった。
舞空術さえまともに使えない自身の不甲斐なさに、暫く涙を堪えていると、影が差した。
「何をやってるんだ、おまえは……」
低い声が聞こえ、栞音は思わず振り仰ぐ。
兄が慕っているナメック星人が、浮いていた。
「ッ……ピッコロさん」
「悟飯の家に向かっていたおまえの気が、急に動かなくなったからどうしたのかと思えば、何だその様は」
「……落ちちゃいました」
「フン」
ピッコロは栞音の服を掴み持ち上げると、そのまま飛んで行く。
「え?あ、あの……っ」
下ろされたのは、先程栞音が向かおうとしていた花畑だった。
「此処に降りるつもりだったんじゃないのか」
「は、はい。でも、わたし……」
ぎゅっとバスケットの持ち手を掴み、俯く栞音。
ピッコロは、そんな栞音の頭上に手を翳した。
「同じ服でいいな」
ピッと、指が光った。
一瞬にして、栞音の服が復元される。
「わあ……すごい!」
栞音は、新しくなった服を嬉しそうに眺めた。
そして、ピッコロを見上げ、破顔する。
「ありがとうございます。ピッコロさんっ」
その笑顔に幼い悟飯の面影が重なり、顔は似ていないのに不思議なものだ……と、ピッコロは思った。
それを隠すように、腕組みをして栞音を見下ろす。
「気のコントロールが不十分だから落ちたりするんだ。鍛え方が足りん」
「はい……ごめんなさい」
悟飯も悟天も、もっと幼いうちから強敵と戦ってきたというのに、おまえは本当に孫悟空の子か。
そんな言葉が喉まで出かけたが、ピッコロは口を噤んだ。
チチの教育方針はわかっている。この娘までが夫や息子達のようになったら、彼女はまた心労を重ねる事だろう。
それに、栞音は自分と同じで闘いが好きではないと、悟飯が言っていた。
魔人ブウが復活した時も戦力外でチチと共に神殿に避難しており、襲来したブウに怒りをぶつける母の元へと咄嗟に動き、一緒に卵にされ潰された。
ポルンガへの願いにより生き返った後は悟空の元気玉に協力したが、それは他の地球人達も同じ事。
悟空も、栞音とは組み手もしないらしい。
――オレに怯えているのかと思ったが……違うな。それでもサイヤ人かと言われるのを怖れているのか……?
「言い忘れていたが、今日は悟飯もビーデルも出掛けているようだ。花でも摘んで時間を潰すんだな」
ピッコロは、少し離れた場所に浮かび、瞑想を始めた。
残された栞音は、せっせと花を摘んでは、花輪を作る。
「――できたっ」
完成させた後、きょろきょろと辺りを見回す栞音。
水の音がする方に歩いて行き、小川に流れ込む湧き水を見付けると、付近に生えていた大きな葉をとって折り紙のように組み立て、器の形にして水を汲む。
――喉が渇いたのか。
此方に戻って来る気配がしたので、そろそろ出発するかと地に足を着けたピッコロのマントが、くいっと引っ張られた。
「お水……」
「オレにか?」
ピッコロを見上げながら、栞音は頷く。
――礼のつもりか……。
器を受け取り、中の水を飲み干す。冷たく、清らかな味だった。
「おかわりしますか?」
「いや……」
ピッコロは器を栞音に返すと、その頭を撫でた。
「うまかった。おまえも飲んだらどうだ」
「はいっ」
栞音は再び水を汲みに行き、今度は自分の喉を潤した。
「飲んだら行くぞ。悟飯達も帰って来る頃だろう」
「え…?」
「おまえは危なっかしくて敵わん。落ちても服だけならいいが、怪我をしたりプレゼントを台無しにするかもしれんしな」
そうなったら悟飯が悲しむだろう。
ピッコロは、栞音を抱き上げた。
「悟飯!届け物だ」
「ピッコロさん、こんにちは……って栞音!?」
玄関の扉を開けた悟飯は驚いた。
ピッコロと栞音が一緒にいる事にではない。面映ゆげな表情の栞音が、ピッコロの肩に乗っていたからだ。
「届け物ってまさか……」
「こいつだ」
栞音は悟飯にバスケットを差し出そうとしたのだが、ピッコロが栞音ごと悟飯に渡してしまった為、兄に抱っこされる形になる。
「あ、あのね……これ、おにいちゃんとビーデルさんに、結婚のお祝いで、リンゴのパイ……わたしが焼いたの」
「うわ~、ありがとう栞音!!ビーデルさん、ちょっと来て」
「あら、栞音ちゃんとピッコロさん」
「栞音がボク達の結婚祝いに、プレゼント持ってきてくれたんだ!」
ビーデルはバスケットを受け取ると、中を確認し、笑顔を向けた。
「綺麗なフラワーリースね。パイもおいしそう!栞音ちゃん、ありがとう」
「早速食べよう!栞音、ピッコロさんも、上がってください」
「オレはいい。用が出来たんでな」
「わたしも…長居して新婚夫婦の邪魔しちゃダメだって、おかあさんに言われたから」
母さんてば……と、悟飯が苦笑する。
「ピッコロさん、栞音のことパオズ山から連れて来てくれたんですか?」
「いや、近くでたまたま会ったから拾って来ただけだ」
「そうなんだ。栞音~、お祝い本当にありがとう。にいちゃんうれしいよ」
ぎゅっと抱き締められ、優しい手で頭を撫でられて、栞音の顔が綻ぶ。
「どういたしまして、おにいちゃん」
悟飯の家を後にすると、栞音は深々と頭を下げた。
「あの、ピッコロさん。いろいろありがとうございました」
「帰りは運んでやらんぞ。自分で飛ぶんだな」
「は、はいっ」
そこまで迷惑をかけるわけにはいかないと、栞音は一人で帰る為、気を集中させる。
「オレは悟飯のように甘くはない。厳しく鍛えてやるから覚悟しろ」
すると、ピッコロが先に飛び上がった。
「何をしている。早く来い」
「えっ……え?ま、待ってください、ピッコロさんっ」
栞音も浮き上がり、前を飛んで行くピッコロを追う。
その日、栞音はピッコロに舞空術を鍛えられながら、帰宅したのだった。