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ピッコロと栞音は、猛スピードで東エリアへと飛んでいた。
超サイヤ人化したまま戻れなくなった今の栞音の状態は、セルゲーム前に精神と時の部屋で修業し、日常的に超サイヤ人でいられるようになった悟空と悟飯の姿に似ていると、ピッコロが気付いたからだ。
彼らの場合は、普段から慣らしておく事で身体への負荷を抑え、平常心で超サイヤ人の戦闘力を扱えるようにという意図的なものだったが……。
悟空はビルス星で修業中であり、変身の解除方法を教わるなら悟飯だと、彼の気を探りそちらへ向かっているところである。
栞音の特異な変身は家族にも秘密にしていたが、悟飯には打ち明ける事にした。
――栞音のこんな姿を、チチに見せるわけにはいかんからな……。
「栞音…!?」
サタンシティに差し掛かった辺りで、突然、栞音が飛行を止めた。
「どうした?何か変化でもあったか!?」
「……おなかすいた」
その答えに、ピッコロは脱力した。
もっと深刻な副作用でもあったのかと、危惧していたのだ。
「わかった。何か食わせてやる」
悟飯の気は、今はビーデルやパンと一緒であり、昨夜買い物に行くと言っていたから、家族の時間を楽しんでいるはずだ。
少し寄り道をしても良いだろう。
街へ下りると、様々な店が並んでいた。
そのうちの一軒を、栞音が指差す。
「見てください、ピッコロさん。『北エリア直送、天然氷のかき氷』って書いてあります」
「氷じゃ腹にはたまらないんじゃないのか」
「でも、かき氷ならピッコロさんと一緒に食べられるかなって。他のメニューもあるみたいだし、わたしいっぱい食べます。あ……お小遣い、普段あんまり使わないから貯まってるんです。だから、大丈夫です!」
お願いします、ピッコロさん。
口調はいつもの栞音なのに、普段と違う紫銀の瞳が懇願している。
「おまえがそうしたいなら、オレは構わんが……」
「やったぁ」
マントを着たままがいいからと、テラス席へ座る栞音の表情は、無邪気な喜色に溢れていた。
「此処ではもう要らんだろう。邪魔になるなら消しておくが」
「だめ…!消さないでください。せっかく、お揃いみたいなのに…」
「そうか…?」
注文したのは、かき氷を2つ。そして、様々な種類のドーナツをどっさりと。
ピッコロは素氷を、栞音は大粒の葡萄とマスカットが乗りシロップが別添えになっているかき氷を、それぞれ口に運んだ。
「ふわふわで、おいしいっ」
「ああ、口どけが軽いな」
何口かそのまま味わった後で、栞音は葡萄シロップをかけて食べ進める。
「そういえば、お水はあれだけで良かったんですか?」
ピッコロが北エリアから持ち帰った雪解け水は、ウォーターボトル一本分だけだった。
「雪解け水は、汲みたてがうまいんだ。また飲みたくなったら、汲みにいけばいいさ」
「よかった……わたしのせいで、たくさん汲めなかったのかと思っちゃいました」
「そんな事はない……ん?」
会話中、ちらりと見える栞音の舌が、シロップの色で紫になっている。
注文の際、栞音は杏子シロップと葡萄シロップで迷っていた。
杏子は元々好物だったが、ピッコロがくれたのでもっと好きになった。でも葡萄も好きだと、紫色になるから……と言って。
その時は「紫色になるから」の意味がわからなかったが、今、理解した。
葡萄のシロップで舌が紫色になる、つまり、ピッコロの舌と似た色になるという事だと。
栞音が、マントをお揃いみたいだと言わなければ、気付けなかった。
『 わたし、魔女って呼ばれるの、そんなに嫌じゃないんです。魔女って、魔族って事でしょう?少しだけでも、ピッコロさんに近付けた気がするから…… 』
悟飯も、ピッコロと同じ服を欲しがった事があった。それを見て、ピッコロも気分が良かったというのに。
何故、栞音だとこんなにも違うのか。
ピッコロは、菫色が滲む顔を隠すように、片手で覆った。
「ピッコロさん…?どうしたの?」
最後の一粒の葡萄を口に入れようとしていた栞音が、ピッコロの様子を不思議そうに見ていた。
「ピ……ピッコロさんが……金髪の女の人とデートしてる……!!!?」
その頃、多くの荷物を抱えた悟飯が、ふたりの姿を発見し、衝撃を受けていた。
「え?ピッコロさん?」
ビーデルとパンも、悟飯が見ている方向へ視線を移す。
「本当だ!ピッコロさ~ん!!」
「ちょっ……パン、待って!!」
気後れする事なく突撃していくパンを、悟飯とビーデルは慌てて追いかけた。
「パン!…ぐ、偶然だな……」
ピッコロの反応がぎこちなかったのは、後で悟飯だけ呼び出すなりして栞音に会わせるつもりで、パンとビーデルにはこの姿の栞音を見せる予定ではなかったからだ。
「すみません、ピッコロさん!お邪魔しちゃって…!!」
だが悟飯には、密会が見つかって動揺しているように見えてしまった。
今日は栞音と北エリアに行くと言っていたのに、別の女性とサタンシティで逢っていたという事は、秘密の関係なのではないか。ナメック星人のピッコロには恋愛という概念が無いはずなのにと、悟飯の方が動揺していた。
「いいよ、おにいちゃん。後で会いに行くつもりだったから」
故に、その静謐な声を聞き、悟飯は更に混乱した。
「えっ?ええ…っ!?栞音なの!!?」
悟飯がわからなかったのも、無理はない。
彼は長らく、栞音は超サイヤ人になれないと思っていたし、自分たちと比べて少食だった栞音が、こんなにたくさんのドーナツを食べるわけがないと思っているのだから。
そして何より、気の種類が普段とは違い過ぎた。
「お買い物もできたし、ちょっと休憩しましょう?パン、何が食べたい?」
ビーデルが言い、悟飯から荷物を引き取ると、パンを連れて別のテーブル席に移動した。
悟飯が栞音と話ができるように、という配慮だった。
「ありがとう、ビーデルさん」
その気遣いに感謝し、悟飯はピッコロと栞音のテーブルの空いている椅子に腰を下ろした。
かき氷カフェのテラス席にて、緊急三者面談が始まってしまった。
「栞音、超サイヤ人になれるなんてすごいじゃないか!……でも、ボクらのとは、ちょっと…違うような……?」
何個目かのクリームドーナツを食べている栞音の顔を、悟飯は観察するように覗き込んだ。
「気付いたか。栞音だけは、特異な変身になってしまったようだ……」
ピッコロが、事の経緯を説明する。
今日、悟飯を訪ねようとした理由も含め、順を追って。
「戻れなくなったって、そんな事があるんですか?」
「戻り方がわからんらしい。オレはサイヤ人じゃないから、教えようがなくてな」
「いや、ボクだってそんな、意識して元に戻ってるわけじゃ……ただ、力を抜くというか、解くというか……あれぇ…?」
悟飯は、困ったように首を傾げた。
「そもそもの覚醒条件が違うんだ。それに、超サイヤ人といっても、栞音の場合は気が凪いでいるし、髪が逆立ったりもしない」
「ルナになってる時は、研ぎ澄まされた水の中に包まれて、ゆるやかに浮かんでる感じなの。気が全身に巡っていくように満ちて、気持ちよくなって……」
山盛りのドーナツをすべて食べ終え、ホットミルクを飲んでいた栞音から、月白のオーラが揺蕩う。
髪が、ゆらりと浮かび上がった。
「なっ……!?」
瞠目する悟飯の前で、すっと溶けるように栞音のオーラが消えた。
「でも、変身を解こうとすると、この状態になっちゃう」
「この姿のままでは、家には帰せんだろう。どうにか元に戻さねば……」
「母さんがびっくりしちゃいますもんね…」
栞音ちゃんまで不良になっちまっただか!?と泣くチチの姿を想像し、ピッコロと悟飯は、腕組みをして考え込んでしまった。
その奥のテーブルで、パンはアイスクリームが乗った厚焼きのホットケーキに夢中であり、ビーデルはそんな娘を見守りながらも、栞音の様子を気にかけてた。
栞音は視線を落とし、ピッコロとデザイン違いのマントの前を合わせるように触れている。
寒いわけではないだろうに……。
「ねぇ、悟飯くん。栞音ちゃん、今晩うちに泊まってもらったら?」
「え?」
「お義母さんには、わたしから連絡しておくから。ね?」
ビーデルの提案もあり、栞音はピッコロと共に悟飯の家を訪れた。
だが、夕食の後すぐに帰宅するというピッコロに、パンが「え~?」っと声をあげる。
「ピッコロさん、もう帰っちゃうの?栞音ちゃんといっしょにお泊まりすればいいのに」
「また明日な」
宥めるようにパンの頭を撫でた後、ピッコロは栞音を一瞥し、「オレがいると、変身が解けんかもしれんからな…」と呟くように言った。
「今日は、ありがとうございました。おやすみなさい、ピッコロさん」
栞音は一瞬、寂しげな表情を浮かべたが、笑顔をつくって見送った。
「栞音ちゃん、これも読んで!」
「うん。いいよ」
入浴後、パンにせがまれた栞音は、久しぶりに絵本を読んで聞かせていた。
普段とは見た目も気も違う栞音に、最初こそ少し戸惑っていたパンだったが、夕食時にはもう慣れて、そのあと風呂にも一緒に入った。
歌とシャボン玉遊びで、長風呂になってしまったほどだ。
「あれ?パンちゃん、寝ちゃってる」
「栞音は読み聞かせが上手だもんなぁ。パンは赤ちゃんの頃から聴いてたし」
いつの間にか寝息をたてていたパンを、悟飯が抱き上げ、寝室に連れていく。
栞音も、用意されたゲストルームへと向かった。
「どうして、戻れなくなっちゃったんだろう……」
気を落ち着けようと、ピッコロの真似をして瞑想をしてみる。胡座が上手く組めないので、ベッドの端に座ったままで。
寝間着のワンピースの上から羽織った、白いマントの裾が浮き上がり始めたその時、ノックの音が聞こえた。
「栞音ちゃん、ちょっといい?」
「はい」
返事をすると、ビーデルが部屋に入ってきた。
「パンと遊んでくれてありがとう。お風呂も絵本も、楽しかったみたい」
「こちらこそ、泊めてもらって…夕ごはんも、ごちそうさまでした」
「栞音ちゃんも手伝ってくれたじゃない。とっても助かったわ」
ビーデルは、ベッドのそばの椅子に座ると、栞音の顔を見据えた。
「ごめんね、栞音ちゃん。せっかくのピッコロさんとのお出掛け、わたしたちが邪魔しちゃったわね」
「え…?」
「だって、デートだったんでしょう?」
「ち、ちがいます…!」
確かに栞音は、ほんの少しだけ、デートみたいだと思ってはいた。
いつか悟天が言っていたような事が自分の身にも起きたと思ったし、その相手がピッコロであった事に喜びを感じていた。
けれど、ピッコロにとっては違う。
「デートなんかじゃないです。ピッコロさんは優しいから、わたしがしたい事に付き合ってくれてただけで……。きっと、パンちゃんが同じ事を頼んでも、ピッコロさんは一緒にかき氷食べてくれたと思うし……」
「でも、悟飯くんに会いに来る途中で、あのお店に寄ったんでしょう?もう少し、ピッコロさんとふたりでいたかったのよね?」
「…なんで……ビーデルさんには、わかっちゃうの…?」
「わたしも、恋する女の子だったから。栞音ちゃんの気持ち、よくわかるの」
栞音は、学生時代のビーデルを思い出す。
今ではわりと落ち着いているが、悟飯と付き合い始めた高校生の頃の彼女は、かなり積極的だった事を。
しかし、栞音とビーデルでは、立場が違うのだ。
「わたし、ピッコロさんに北エリアに連れて行ってもらえて、一緒にいられて、本当に嬉しかったんです。なのに……贅沢ですよね」
「栞音ちゃんにとって、今日のお出掛けが楽しかったんなら尚更、名残惜しくなっちゃうのは仕方ないと思うわ。わたしもね、結婚する前、悟飯くんいつも夕方には帰っちゃうから、『もっと一緒にいたいのに!』って怒って、困らせたりしたの。そういう悟飯くんだから、好きになったのにね…」
あの頃のわたしに比べたら栞音ちゃんはおとなしすぎるわ、とビーデルが笑う。
「でも、わたし……やっと、大きくなれたのに、まだまだ子供っぽくて…ピッコロさんがお願いきいてくれるからって、つい、甘えてしまって……。ピッコロさんからしたら、子供相手に恋愛ごっこをさせられてる…みたいな感じなのかもしれません」
俯きながら、栞音は訥々と話した。
「そう…栞音ちゃんは、そんな風に思っていたのね。……ですって、ピッコロさん」
ビーデルが、服のポケットからスマホを取り出し、そう言った。
画面には、ピッコロの顔がアップで映っている。
「っ……ピッコロさん!?」
「ピッコロさんがね、もしかしたら栞音ちゃん、心の何処かで、元に戻りたくないと思ってるんじゃないかって。ピッコロさん耳が良いから、この家にいると、栞音ちゃんが自分の気持ちに向き合う事ができないかもしれない……それで、わたしが協力したの」
赤面し、動揺する栞音の耳に、ピッコロが名を呼ぶ声が届く。
すごく恥ずかしいのに、後ろめたいはずなのに、とてつもなく逢いたくなって……
月白のオーラに包まれた栞音は、ビーデルの前から姿を消した。