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「栞音ならオレの家にいる。瞬間移動したようだ。……すまんな、ビーデル。あとは、オレが話す」
「栞音ちゃんが消えちゃった!」と慌てているビーデルにそう説明すると、ピッコロは指先でつまみ上げるように持っていたスマホの通話を切り、テーブルに置いた。
「対象が悟天の気でなくても、移動できたようだな。栞音」
専用の椅子に腰かけ、栞音を見据える。
「ピッコロさんの声を聞いて、逢いたいって思ったら……」
気が付いたらピッコロの家の中にいた事に、栞音自身も驚いていた。
これでは不法侵入だと、申し訳なくなる。
「何してるんだ。来い」
来てしまったものの、身の置き所がなく立ち尽くしていた栞音に、ピッコロが手を差し出した。
おずおず近付いていくと、左膝の上に横向きで座らされる。
「オレは、早く何とかしなければと焦っていた。だが、おまえはそんなオレを引き留めたかったわけか……」
「すみませんでした。ピッコロさんは、わたしを心配してくれていたのに……」
膝の上で縮こまっている栞音の頭に、ピッコロの手が触れた。
未だ戻らない金髪を撫でられ、栞音は泣きそうになる。
「……ここにいられるだけで、夢みたいに幸せだったはずなのに……なんで、こんなに欲張りになっちゃったんだろう」
こんなんじゃ筋斗雲にも乗れなくなっちゃう、と嫌な想像をしてしまう。
「栞音……。おまえはオレが、恋愛ごっこの相手をさせられている…と言ったな。あれは、心外だったぞ」
普段より低い、不機嫌そうなピッコロの声に、栞音の心臓は波立つような動悸を打った。
「ピッコロさん…怒ってる……?」
恐る恐る視線を向けると、その表情は怒りというよりも、悔しさの中に悲しみが滲んでいて……
「おまえが真剣だったから、オレも真剣に応えていたつもりだ。確かに、理解が及ばない部分もあるかもしれんが……子供のごっこ遊びに付き合ってやっているなどと思った事はない」
そんな顔をさせてしまった事に、栞音は衝撃を受けると共に、激しく悔悟した。
「ごめんなさい、ピッコロさん……ピッコロさん……」
ピッコロの頬に手をのばし、そっと触れた後、首元に腕を回し抱擁する。
ふたりの間にあった齟齬を、埋めるかのように。
「わたし、超サイヤ人ルナになった自分が……わがままで、聞き分けのない自分が、好きじゃなかった。けど、本当は……そんなわたしも、受け入れてほしかったのかもしれません」
「オレは、傍にいたからわかる。おまえは、変身していても純真なままだ。それに……どちらの栞音も、栞音なんだろう?」
その言葉を聞き、栞音は甘えるように頬を擦り寄せた後、抱擁をゆるめ、ピッコロと目を合わせた。
「わたし、朝になったら…この姿のまま、家に帰ります。おかあさんにも、今のわたしを見せに」
「ついていくか?」
「ううん……ひとりで、大丈夫」
でも……と、栞音は少し躊躇いながらも、ピッコロに気持ちをぶつけた。
「今日は……このまま、ここにいてもいい?」
「それは、ダメだ」
栞音の表情が曇る。
ピッコロは、諭すように続けた。
「ビーデルがチチに連絡したはずだ。栞音は、悟飯の家に泊まると。オレの家に泊まるのは違うだろう」
今の栞音なら、おそらく悟飯の気を対象としても瞬間移動できるはずだと。
「ごめんなさい…変なこと言って」
「おまえの望みは何でもきいてやりたくなるが、ダメな事はダメだと言う。……真剣だからな」
「はい。ピッコロさん」
栞音は笑おうと口角を上げるが、上手く笑顔にならない。
ピッコロが正しいとわかっているからこそ、己の未熟さを痛感してしまい、栞音の心に、また影がさす。
――ピッコロさんは、わたしと真剣に向き合ってくれてるのに、どうしてわたしは……。
「栞音…」
そんな栞音の後頭部に手をそえると、ピッコロは、額がくっつくほどの距離で見据えた。
「みくびるなよ。オレはおまえになら、こういう事だってできる」
そして、ぎこちなく、唇を重ね合わせた。
〝金色の魔女〟と呼ばれていた栞音と初めて対峙したあの日、夜明けが近付き、ピッコロの腕の中から消える前に、栞音がした事を真似て。
だが、今の栞音は瞠目し、真っ赤になっていた。
ピッコロもつられて、菫色に頬を染める。
「……何か、間違えたか?」
固まったままの栞音に、不安になり声をかけるピッコロ。
すると、漸く栞音の硬直がとけた。
同時に、月白のオーラが湧きだし、栞音の身体を包み込んだ。
「わ、わたし、おにいちゃんの家に戻りますっ」
「うむ…」
栞音は、目眩がしそうな程の喜悦に震えながらも、ピッコロの膝から降りる。
「…あの、ピッコロさん。また、ここに来てもいいですか?」
「もちろんだ」
「今日は、ほんとに、本当にありがとうございました。おやすみなさい、ピッコロさん」
多幸感を昂らせた、とろけるような笑顔を残し、栞音は悟飯の家へと瞬間移動した。
「ッ……!」
残されたピッコロは、咄嗟に引き留めようとしてしまった己の手に気付くと、それを口元へ持っていった。
「……オレは、栞音をどうしたいんだ」
耳まで紫にしながら。
朝、ビーデルは朝食を作ろうと、キッチンに立った。
そこには、置いた覚えのない複数の蒸籠と、スープの入った鍋が並んでいる。
傍らにあった置き手紙を手に取ると、栞音からのメッセージが書かれていた。
昨日はお世話になりました。
お礼に朝食を作ったので、みんなで食べてください。 栞音
「栞音ちゃん…」
「ビーデルさん、おはよう。良い匂いだね」
悟飯が起きてきて、キッチンに顔を出した。
「おはよう、悟飯くん。朝ごはんは、悟飯くんの好きな中華まんよ。栞音ちゃんが作ってくれたの」
「本当だ!栞音の中華まんは母さん直伝だから、嬉しいな」
昨夜は、ピッコロの家から戻ってきた栞音が、自身の気を対象とした瞬間移動を成功させたのだとわかり、感動していた悟飯。
ピッコロからは、栞音の瞬間移動は未だ制御が不完全で、移動できる距離や場所も限定的、確実なのは悟天の気を目印に自宅へ帰る時ぐらいのものだと聞いていたので、そこに自分も加わった事が、兄として誇らしかった。
やっぱり栞音はお兄ちゃん子だ!!……と、思わずにはいられない。
因みに悟飯は、ビーデルから「栞音ちゃん、ピッコロさんのことが大好きなのね」と聞かされた際、「え?そんなの当たり前だよ。ボクだってピッコロさん大好きだし、ビーデルさんもでしょ?」と言ってビーデルを呆れさせた。
それはそうだけど、そうじゃない……と。
「栞音ちゃん、もう帰っちゃったの!?」
やがて、栞音の不在に気付いたパンが駆け込んできた。
頬をぷーっと膨らませ、不満げな顔だ。
「も~!ピッコロさんも栞音ちゃんも、うちに住めばいいのに~!!」
年相応の駄々をこねる娘を、悟飯とビーデルは微笑ましい気持ちで宥めるのだった。
孫家でも、チチが早くから朝食の準備をしていた。
「おかあさん、ただいま」
栞音は、音もなくチチの背後に現れた。
「栞音ちゃんけ?てっきり、朝は食べてくるもんだと……ッ」
振り返ったチチは、息をのんだ。
金糸の髪と紫銀色の瞳の栞音が、窓から差し込む朝日に照らされ立っていた。
「………きれいだなぁ~……女神様みたいだべ」
「え…?」
予想していた反応ではなく、栞音は驚く。
「いつもの栞音ちゃんも、もちろん可愛らしいけんど……こんなに美人さんになっちまうなんて……!!」
チチは調理を中断し、至近距離で栞音の姿をあちこち眺め始めた。
「白いマントもいいけんど、上品なドレスなんかも似合いそうだべ!大人っぽいのを着せてやりてぇな!」
「……おかあさん、怒らないの?」
「やっぱり、気にしてただか…」
栞音の頬に、チチが慈しむように触れる。
「ごめんな……栞音ちゃん。おらが、超サイヤ人にならなくていいって言ったから、ずっと…我慢してただな」
「わたし……自分でも、よくわかってなかったの。何で、超サイヤ人になれなかったのか……どうして、変身したまま戻れなくなっちゃったのか……」
栞音自身も、超サイヤ人化した自分を受け入れられていなかった。
しかし、今は違う。どちらも栞音なのだと、ピッコロが言ってくれたから。
「おかあさんに、心配かけたくない。でも……こっちのわたしも、認めてほしかった。隠してて、ごめんなさ……」
言い終わらないうちに、抱き締められた。
「よしよし……栞音、よく頑張っただな」
優しく背中を撫でられると、栞音の身体が弛緩した。母のぬくもりに安堵して、変身が解けてゆく。
チチは、黒髪に戻った栞音の頭を撫でると、穏やかに笑って言った。
「おかえり、栞音ちゃん」
ピッコロは、その様子を天界から見守っていた。
「満月の光は栞音の潜在能力を引き出したが、本人も気付かないうちにブレーキをかけていて、完全に解放するまでには至らなかった。覚醒によりそのブレーキをはずした事で、超サイヤ人ルナである自分も承認されたいと思っていたようだ」
隣で一緒に見ていたデンデが頷き、興味深そうに語る。
「〝良い子じゃない自分は受け入れてもらえない〟という、心の奥に潜むネガティブな思い込みや不安を手放して、本来の自分を取り戻した……と、いう事でしょうか」
「変身解除の最後の鍵は、母親だったのだな……」
「でも、覚醒させたのはピッコロさんでしょう?」
「うむ……」
「だから、そんな『なぜオレじゃないんだ』みたいな顔しなくても……」
「し、しとらん……!心の底から良かったと思っている」
こちらを見上げてくるデンデから顔を背けると、ピッコロは「オレは帰る」と言って神殿から飛び去っていった。
「ねぇ!栞音、帰ってきたの!?なんか、気が変化したみたいだけど大丈夫?」
悟天が起きてきて、キッチンに顔を出した。
今の栞音の気は、これまでの栞音の気と、超サイヤ人ルナの気が、混ざったようになっていた。
「悟天ちゃん、おはよう」
「おはよう……って、どうしたの!?」
「実はな、栞音が超サイヤ人になれるようになっただよ!」
「え~っ!!?」
栞音は、自分の意思で超サイヤ人ルナになって、悟天に微笑んだ。
「悟天ちゃん。対決ごっこ……する?」
「栞音……なんか、かっこいい!」
「こらっ!まずは朝飯だべ。栞音ちゃん、食べる時は超サイヤ人やめるだよ」
「はーい」
栞音は一度自室に戻り、マントを脱いで、大切に壁にかける。
その白い布地をいとおしげに撫でると、額を寄せて、目を閉じた。
「……ありがとう、ピッコロさん」
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