Lunatic

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「見て、ピッコロさん!悪い人やっつけたの」

「ああ、ちゃんと手加減できたな」


栞音が満月の夜に夢遊病のように部屋を抜け出し、悪人相手に暴れている事実は、今はまだ家族にも秘密にしておく事になった。
神であるデンデの監視の下、ピッコロが後見に付き、暫くは様子を見ると決めたのだ。

世間では「金色の魔女」と呼ばれていたが、デンデやポポとも相談し〝超サイヤ人 ルナ〟という仮の名が付けられた。
満月に影響を受ける「Lunatic」という地球の言葉が由来だ。

以前は栞音自身も記憶が曖昧だったが、今はピッコロが駆け付け傍に控えている為か、だいたいの事は覚えていた。

瞬間移動の方は未だ制御が不完全であり、行き先は本人にも決められないようだが、自宅にだけは夜明け前にきちんと戻り、眠ってしまうのも変わらない。
そして、起床後には食欲が他のサイヤ人並みになるのも。






「――なぜ来ない」

山の山頂を削りとった円形の大きな一枚岩の上に乗り、ピッコロはその岩ごと浮かんでいた。それをゆっくりと下降させ、元通りにする。
高度な気のコントロールが必要な修業だが、ピッコロには造作もない。

はるか下方にある家を越えて、森の方へと飛んでいく。

此方に向かっていた筈の栞音の気が、先程から動かないのだ。

栞音!」

「ピッコロさん」

森の中の花畑に座っていた栞音は、道着ではなく、紅梅色のチャイナボタンが付いた白いワンピースを着ていた。
ハーフツインの髪をシニヨンにして、紫色のリボンを結んでいる。

「こ、こんにちは」

立ち上がり、小さな声で挨拶をする栞音
超サイヤ人ルナになっていない栞音は、相変わらずおとなしい。

「何をやってるんだ?また木にでも引っ掛かっているのかと思ったぞ」

「ごめんなさい。ピッコロさん、修業してたみたいだから、邪魔しないようにと思って……終わるまで、待っていようと……」

「おまえが来るまでの軽いものだ。別に邪魔になど……」

ふと、栞音が持っている物に目が留まった。
植物でできた、輪っかのようなもの。

「何だ、それは?」

「……これは、ハーフムーンリースです。その…ピッコロさんに……」

「オレにか?」

遠慮がちに差し出されたそれを、ピッコロは壊さないよう、そっと受け取った。

悟飯がビーデルと結婚した頃にも、栞音は摘んだ花で似たようなリースを作っていたなと思い出す。
あれは、色とりどりの花々で作られていたが、こちらは蔓や葉、木の実がメインで、花は白と紫色のものが控えめにあしらわれているのみ。

「わたしも、ピッコロさんに、何かプレゼントしたくて……でも、どんなものがいいか、わからなくて……」

栞音が一瞥したのは、ピッコロの家の方向。
家の中には、悟飯一家から事あるごとに贈られる、大量のぬいぐるみが置いてある。

「前に、杏子をいっぱい持ってきてくれたの、ピッコロさんでしょう?ずっと、お礼も言えなくて……リボンとかも、わたし、貰ってばかりだから」

栞音……」


――オレの方こそ、おまえからいろんなものを貰っているというのに。


「これは、どうすれば枯らさずに、長く置いておけるんだ」

「え?」

「できる限り、このまま……綺麗なままで残しておきたいが」

「えっと…風通しの良いところにつるしておけば、そのままドライフラワーになって、長持ちすると思います」

「そうか」

リースを眺めながら、ふっと口許をゆるめる。
礼を言って栞音の頭を撫でてやると、不安げだった顔が漸く綻んだ。


テーブルと椅子、そしてペネンコのぬいぐるみ置き場しか無かったピッコロの家に、栞音が作ったハーフムーンリースが飾られた。


「体調はどうだ。変わった事は無いか?」

修業用のマントとターバンを消し、自身の椅子に腰掛けたピッコロは、栞音にそう訊ねた。

「大丈夫です。超サイヤ人ルナになった次の日も、寝坊する事は無くなりました」

栞音は、ピッコロが出した――文字通り出現させた――椅子に座り、近況を話す。

「お腹は……空いちゃいますけど」

「それは別に構わんだろう。今までが少食だったんだ」

「でも、最近は満月に関係なく、お腹が空いたなって思う事が増えてきて……おやつとか、甘いものとか、つい食べてしまうんです」

「何か問題があるか?」

栞音くらいの年頃なら、成長期を迎えたり何なりでそういう事もあるだろう。

「だって…太ったら、嫌だもん」

「太ったのか?」

聞けば、栞音は慌てて首を横に振った。

「でも、わたしはみんなと違うから……」

みんなというのは、地球にいる他のサイヤ人達の事だ。
自分だけがサイヤ人の特性を引き継いでいないのではないかと、栞音は幼い頃から気にしていた。

「ビーデルと出会った頃、悟飯は〝金色の戦士〟と呼ばれていたそうだな」

「あ……はい。ハイスクールに通い始めた頃は、周りに自分だってバレないように超サイヤ人に変身して、悪い人をやっつけてたって……」

「おまえが〝金色の魔女〟と呼ばれているのは、その状況の悟飯……つまり、〝金色の戦士〟に似ていたからじゃないのか」

「え……?」

「悟飯はその後、グレートサイヤマンとかいうヒーローを名乗って、悪人退治をしていたが……やっている事は、おまえも変わらんな」

「そ、そうですか?」

「ああ」

ピッコロの言葉を、栞音は素直に受け止め、やわく微笑んだ。

「……まぁ、魔女ってのは言い過ぎだと思うが」

「でも……わたし、魔女って呼ばれるの、そんなに嫌じゃないんです。魔女って、魔族って事でしょう?少しだけでも、ピッコロさんに近付けた気がするから……」

「おい」

栞音の言葉に、今度はピッコロが驚いた。

「おまえ、まさか詳しく知らないのか?オレが、どういう存在だったか……」

「知っています。おにいちゃんが、教えてくれました。おとうさんや、おかあさんも……。でも、ピッコロさんはピッコロさんでしょ?」

もう魔族じゃないって事も、ちゃんとわかってます。
栞音は、ピッコロの双眸を見つめながら言った。

その姿に、金色の魔女――超サイヤ人ルナになった栞音の面差しが重なる。



 『 オレは、おまえに幸せになってほしい。元魔族など、やめておけ 』

 『 やだ。ピッコロさんがいい。ピッコロさんが好き 』




「まったく……おまえはオレをどうしたいんだ……」

呆れたように呟いたピッコロだったが、その口角は上がっていた。

「ピッコロさん……?」

ピッコロの腕が伸びて来たかと思うと、栞音の体を捕まえ、引き寄せる。
気が付けば、栞音はピッコロの膝の上に抱かれていた。

「えっ……あ、あの……ッ」

真っ赤になって身を固くする栞音に、ピッコロは「どうした」と訊ねる。

「だって、こんなの……恥ずかしいです」

「……嫌なのか?」

満月の夜には、自分から抱きついてくるというのに。

「わたし、小さい子みたい……」

栞音は、ピッコロに抱かれるのが嫌なわけではない。
寧ろ、悦びの方が大きかった。

しかし、成長したとはいえ160cm程しかない栞音が、2mを優に超える体躯を持つピッコロの膝に乗せられた姿は、まるで子供だ。

栞音

ピッコロの手が、栞音の頬に触れる。
俯く栞音の顔を、自分に向けさせるように。

「オレも、何をどうしていいかわからんのだ」

「……ピッコロさん」

「オレが叶えてやれる事なら、おまえの望むようにしてやりたい。……教えてくれ」

真摯な瞳に見つめられ、栞音の胸は、熱く、激しく脈打っていた。
震える唇で、何とか言葉にする。

「こ……こっち、が、いいです」

横向きに体勢を変え、栞音が座ったのは、ピッコロの左膝の上。
その逞しい脚は、片方だけでも、人一人くらい容易に乗せられる。

「そうか」

左手で髪を撫でられ、抱き寄せられると、低く、少し掠れた声が、鼓膜を震わせた。

栞音は、甘えるように、身を委ねる。

「ピッコロさんの声、好きです。低くて、落ち着いてて……かっこいいの」

「オレも、おまえの……澄んだ水のような声が好きだ。なめらかなゆらぎが、心地いい」

「嬉しい……ピッコロさん」


先程まで栞音が座っていた椅子は、いつの間にか消えていた。



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