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「ピッコロさでねぇか!久しぶりだなぁ」
「栞音に、話があるのだが……」
孫家を訪問し用件を伝えると、チチは「あれま」と口にした後、家の奥に視線をやった。
「悪いけんど……栞音ちゃん、今寝てるだよ」
「何……?」
チチの話では、毎日早起きして朝食作りを手伝っている栞音が、今朝は珍しく起きて来なかった。
休日でもあるし、たまにはゆっくり寝かせてやろうと思っていたところ、朝食の時間になっても起きないので、心配になった悟天が様子を見に行った。
すると、目を覚ましはしたがどうにも眠そうで、眠気眼のまま朝食を食べると、また寝てしまったのだという。
「眠くても食欲はあるらしくてな、ぼーっとしたまま悟天ちゃんと同じ量を平らげただよ」
「……栞音は、そんなに食べる奴だったか?」
寧ろ、少食な印象だったが。
「月に一度くらいだけんど、成長期だしな」
――月に一度?……朝起きられないというのも気になる。まさか、昨夜の事が影響しているのか?
ピッコロが反撃しなかったため栞音は無傷だったが、特殊な変身や戦闘は、体力を消耗するものだったのだろう。
「悟天はどうした?」
「トランクスと約束があるとかで出掛けたべ。栞音も誘われてたみたいだけんど、あれじゃあ無理だべなぁ」
チチは、今一度栞音の部屋がある方向に目を向けた後、ピッコロを見た。
「そうだ。ピッコロさ、栞音に用があるなら、起きるまで待っててやってくれねぇか?おら畑仕事してくるだよ」
「ああ……オレは構わんが」
「起きた時また腹減らしてるようなら、蒸籠に中華まんがあるからあっためて食べるように言ってけれ。ピッコロさは……水だべな」
そう言って、ピッコロの為に水を用意するチチ。
栞音の事は気にかかるが、ピッコロはとりあえず椅子に腰掛けた。
「栞音からは……その、何か聞いているか?……オレの事を……」
「ん?……ああ、そういえばこの頃、会いに行かなくなっただな。もう修業はいいのけ?って聞いたら、ピッコロさは忙しいし迷惑になるからって言ってたべ」
パンちゃんの子守りもしてくれてるもんな、と。チチはテーブルに水差しとコップを置いた。
「悟飯は研究に没頭、ビーデルは格闘技教室で忙しいというので仕方なくだ。オレとて自分の修業があるというのに……」
「それなのに、今日は来てくれただな。栞音が喜ぶべ」
実は数時間前まで一緒にいた……なんて事は口には出せない。
娘が夜中に家を抜け出して悪人相手に暴れていたなんて、チチが知ったら卒倒ものだろう。
――オレが、栞音を殺しかけた事も、知らんのだろうな。だが……わざわざ告げてチチに心配をかけるのは、栞音の本意ではない筈だ……。
もし知っていたのなら、こんな風にピッコロの来訪を歓迎しないだろう。
ピッコロはコップに注がれた水を口に運ぶと、罪悪感と共に喉に流し込んだ。
「じゃあ、おらは畑に行ってくるだ」
チチが家を出たのを見送ると、ピッコロは栞音の部屋へと向かった。
「悪いが、勝手に入らせて貰うぞ」
扉を開けると、寝台に横たわる栞音の姿。
穏やかな寝息が聞こえている。
いつもの栞音だ。
――弱っているようには感じられんが……。
深夜に活動した事による、睡眠不足だろうか。
ピッコロは傍らに膝をつくと、栞音の寝顔をじっと見据えた。
「――栞音」
名を口にすると、栞音の瞼が微かに動いた。
目尻に水滴が滲んだかと思うと、重力に従って流れていく。
「また、泣いているのか……?」
昨夜の栞音の涙は、ピッコロを狼狽させるものだった。
形振り構わずピッコロを求め、感情をぶつけてきた栞音。
「………ロ……さ……」
「……っ!?」
「……ピッ…コロ…さん……」
その栞音が、今、譫言のように、ピッコロの名を呼んでいた。
「……きらい…に……ならないで……」
「栞音……」
頬を撫で、指先で、そっと栞音の涙を拭う。
眠ったまま泣いている姿に、胸が痛んだ。
「嫌いになど、なりはしない。オレは、おまえを……」
吸い寄せられるように、栞音の手を握る。
無意識に、気を送り込んでいた。
「……!?」
栞音の身体を、月白のオーラが包み込む。
しかし、それはすぐに消えていき、栞音が、目を開いた。
「……ピッコロさん?」
黒い瞳が、ピッコロを捉える。
「栞音……目が覚めたんだな」
「ピッコロさん……ピッコロさん!」
栞音は、両腕を持ち上げると、ピッコロに縋りついた。
「どうした、怖い夢でも見たか?」
「ピッコロさんに、きらわれッ……い、いなくなっ…ちゃう……もう、あえな……やだぁ……っ」
「落ち着け。オレはここにいるだろう」
ピッコロは栞音を抱き寄せると、慈しむように頭を撫でる。
「ゆっくりでいい。呼吸を整えろ。オレはいなくなったりしない」
「……本当に?」
「ああ」
栞音の将来を考えれば、身を引くべきだというのに……。
健気な気持ちに、絆されてしまった。
「おまえの……栞音の傍にいる。そう決めた」
栞音が、ピッコロの顔を見上げる。
その濡れた頬を、ピッコロはまた、優しく撫でた。
「昨夜の事は、覚えているか?」
「ごめんなさい……わたし、ピッコロさんに……っ」
「謝る事はない。おまえの強さ、確かに見せてもらった」
「ずっと……夢だと思ってたんです。目が覚めた時、朧気にしか覚えてなくて……あんなの、わたしじゃない……わたしである筈がないって、思って……」
震えながら話す栞音は、自分の力を畏怖していた。
その力を、陶然と、笑いながら行使していた自分にも。
「超サイヤ人には辿り着けなかったお前に……満月が、それを補う力を与えたのだな。尻尾が無いぶん、大猿とも異なる変化を」
しかし、その変身は栞音の身体に負担をかけた。回復の為に、食事や睡眠が必要になったのだろう。
「わたし、また……あんな風になる?」
「地球では、満月の光は人間の心の奥底を照らし出すといわれている。おまえの……強くなった自分を見てほしいという気持ちは、本心なんだろう?」
栞音は、目を逸らすように俯くと、小さく頷いた。
昨夜は、これまで言えなかった気持ちを全てぶちまけてしまったので、面映ゆいのだ。
「おまえは悪人を退治していただけで、悪い事をしていたわけじゃない。加減がわからんのなら、やり過ぎないようオレが見張っておいてやる」
「ピッコロさんが……?」と、栞音は再度、ピッコロを見つめた。
「ああ。満月の夜は、必ずおまえの元へ行こう」
「嬉しい……一月我慢すれば、また、ピッコロさんに逢えるんですね」
「別に、満月でなくとも逢えばいい。おまえが呼べば、いつでも行ってやる」
「でも……だって、ピッコロさんは……」
悟飯やパンの事を気にしているのだろう。皆まで言わなくとも、ピッコロにはわかった。
「栞音……」
――もう、泣かないでくれ……
また、零れそうな涙をすくうように、ピッコロは栞音の目もとに唇を寄せた。
ほろ甘い、水の味がした。
「……っ」
「栞音……オレは正直なところ、おまえに対する感情がどういうものなのかよくわからん。だが、おまえを失いたくない……大切にしたいと思う気持ちは本心だ。おまえの喜ぶ顔が見たい、声が聴きたい……」
それに……と、ピッコロは栞音を強く抱き締めた。
「こうしているのも、悪くないと思える」
「ピッコロさん……」
「おまえと同じだけのものは返せんだろうし、おまえが当たり前に望んでいる事も、理解してやれないかもしれん。それと……知っているとは思うが……オレには生殖機能が無い。……それでも、いいか?」
「ピッコロさん、だいすき」
それは、すべての肯定だった。
「今の姿でもそれを言うのか……」
喜色に蕩けた栞音の声が、耳に心地よかった。