Relieved
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ルィエは、自室の壁に手を添えると、目を閉じた。
「カルエゴ卿……」
呟き、そっと、額を寄せる。
そこは、普段ならば扉がある筈の場所。
カルエゴ邸へと繋がる、魔術の扉が。
数日前、カルエゴに休暇を言い渡されてから、その扉が開く事はない。
――何が、いけなかったの?どうすればよかったの……?
ナルニアとは話せたものの、カルエゴが望んだ結果にはならなかったのだという事は、想像に難くない。
それでなくとも、新学期が始まってから、いろいろ有り過ぎたのだ。
ルィエは、カルエゴの心労を少しでも癒やそうと尽力してきたが、自身の力不足を痛感する。
――それどころか、機嫌を損ねてしまうなんて。もう、傍に置いてすらもらえないかもしれない。
カルエゴ邸を追い出されてから、ルィエは寝食も忘れ、ヴァイオリンの稽古を続けていた。
その後は使い魔とふれあい、労り、共に鍛練と研鑽を。
そうして魔力と体力と集中力が尽きた頃、漸く眠った。
起きた時、無性に甘い物が欲しくなった。
普段は節制しているのと、カルエゴが甘い物を食べないので滅多に作らない、砂糖たっぷりの魔スイーツを作った。
自分で食べるものだからと、手を抜く事はしなかった。
取り寄せた魔三盆糖や魔骨鶏の卵等の上質な材料を使用し、分量、手順、焼き加減、デコレーションと、完璧な仕上がりを追求した。
とにかく、何かに没頭したかった。
「おいしい。……でも、こんなに食べられない」
そして、作り過ぎた。
「ふいっ。魔スイーツの差し入れなんて嬉しいわ~。ありがとうね、セーレさん」
「どういたしまして。スージー先生」
ルィエは、
レイヴンホースに乗って、自作の魔スイーツを魔植物
「デビルズブラウニーと、フラワーカップケーキと、ミニフルーツタルト、甘いものにお飽きになったら、ハーブやスパイスを使ったセイボリー魔フィンや、クッキーもあります」
「まあ、おいしそう」
「セーレさん?」
「バラム先生」
植物塔にやってきたバラムに挨拶をすると、当然のように頭を撫でられる。
「休暇中くらい、頭部の耳と、尾を出しておいた方がいい。君の方が悪周期になってしまうよ?」
ふんわりとした髪をリボンでまとめたクォーターアップに、パフスリーブのブラウスと、クラシカルなロングスカートとブーツ。プライベート故に私服姿のルィエだったが、犬耳と尻尾は収納したままだった。
「……はい」
それらを出してしまえば、ルィエは感情を隠せなくなる。
だが、バラムに嘘は通用しないので、言われた通りにした。
「大丈夫だよ。僕もそろそろ様子を見に行こうと思ってるんだ。薬も持って行くし」
「お願いします。カルエゴ卿は、私がいると気が休まらないでしょうから。気心の知れたバラム先生の方が……」
ルィエは詳細を語らず、バラムも聞かなかったが、ルィエが不安げなのは、カルエゴの悪周期が近い事による休暇が原因なだけではないという事は伝わってしまったようだ。
しかし、ルィエは相談しようとはしなかった。
もう、生徒だったあの頃のように泣いてしまえるほど、子供でもない。
「それ、差し入れ?僕も貰ってもいいかな?」
「もちろんです。どうぞ」
「ありがとう。後でいただくね」
バラムは、魔フィンをいくつか持って行った。
生徒達を怖がらせないよう、この場では食べないのだろう。
ルィエはお茶を飲み、小さく息を吐くと、テーブルに飾られた花が目に入った。
スージーが置いてくれていた、気持ちの落ち着くお花。
――…私も、このお花みたいに……いいえ、それなら、いっそ……
「サボテンになりたい」
「おや~?」
そんな事を考えていた時に、かけられた声。
「カルエゴくんからメールの返信が無いので、バラムくんに釘を刺しておこうと思ったのですが……良い方を見つけましたね」
帰宅した入間は、サリバン邸にルィエがいるのを見て驚いていた。
「私もいろいろ忙しいんですよね。理事長不在中のバビルスの監督、実技特別教員としての仕事もありますし、なのにカルエゴくんは悪周期寸前でお休み、あー忙しい忙しい」
オペラは、カルエゴに《海 行きましょう》とメールした後、いつの間にか撮ったルィエの写真を添付し、《これは人質です》というメールを送ったらしい。
「というわけで、本日の夕食は彼女が作りました」
「ルィエ先輩が!?」
サリバン家SDの矜持なのか給仕は譲らなかったが、食事作りや諸々の雑事はルィエにさせていた。
「調理中は私が監督し、味見もしていますから。安心してお召し上がりください」
「いただきます!」
入間が夕食を食べ始めた頃、ルィエは厨房でデザートを作っていた。
料理は苦ではないが、入間の食事量はカルエゴと違い大過ぎる。
「デザートはまだですか?イルマ様がお待ちかねですよ」
「はいっ」
そして、食べるのも早かった。
「どうぞ。デビルズシュ魔ーレンです」
オペラの検食を通過したデザートが運ばれると、入間の瞳がキラキラと輝いた。
「ふわっふわでおいしい!甘さが詰まってます!」
「よかった……」
ルィエは漸く、安堵の息を吐いた。
よそ様の家のオーブンは慣れないので、フライパンを使ったデザートにしたのだが、気に入ってもらえたようだ。
「ごちそうさまでした。おいしかったです!……だけど…あの、いいんですか?ルィエ先輩、カルエゴ先生の所にいなくて」
「いいんですよ」
ルィエが口を開くより先に、オペラが答えた。
「大方、悪周期になったら側に置いておけないとかで、放り出されたのでしょう?かわいそうなので、こき使ってあげてるんですよ」
「え?じゃあ、お家に帰れないんですか?セキュリティデビルなのに……?」
『 SDにもなれない、愛玩犬 』
ナルニアに言われた言葉が思い出され、ルィエの胸を抉る。
「私は……SDではありません」
「え…?」
オペラとは違いSDではないルィエは、カルエゴの自宅に住んでいるわけではない。
なるべく他の悪魔が来にくい立地の、塔のような場所にあるカルエゴ邸。玄関から訪ねる場合は飛んで入るのだが、ルィエが出入りする際は、転移魔術の応用で自室とカルエゴ邸とを繋ぐ扉から入室している。
故に、カルエゴ邸の中にルィエの部屋があるように見えるが、実際には別の場所に建つ単身者用の自宅だ。
カルエゴの許可が無ければ、魔術は発動せず、繋がりは断たれる。
つまり、出入り禁止。今の状態だ。
「カルエゴ卿は、本来ならば身の回りの事も、ご自分で何でもできる御方なのです。私がいなくても、困らないかと……」
――オペラさんのように、重要な役割を任されるわけでもない……私がやっているのは、SDごっこでしかない。
「カルエゴ卿が日々の暮らしを心穏やかに過ごせるよう、生活の場を整えるのが私の役目だった筈なのに、余計に苛立たせてしまって……私なんて、もう必要ないのかもしれません」
「そんな事ありません!」
俯いていたルィエは、入間のその声に顔を上げた。
「カルエゴ先生、ルィエ先輩のこと有能な側近だって言っていました!先輩のことを話す時、いつも自慢げっていうか、誇らしそうで」
「自身の指導力を誇示しているのでは?」と、オペラ。
「そ、それもあるかもしれないですけど……でも、ルィエ先輩を見る時のカルエゴ先生、僕達を見る時とは、雰囲気が違うんですよ。上手く…言えないですけど、トゲトゲした感じがやわらいで、なんていうか……とっても、大切なんだなぁって」
ルィエを見据える、優しくも強い瞳。
入間の言葉は、何故だか、真っ直ぐに心に響く。
「……たい、せつ……?」
「まぁ、だからこその人質ですけどね」
オペラは自身のス魔ホを取り出すと、画面を眺めた。
カルエゴからのメールを受信している。
「課外授業が終わったら返してあげますよ……っと」
因みに、ルィエのス魔ホはオペラに没収されていた。
「さて、次は洗い物をお願いしますね。終わったら厨房の掃除ですよ」
オペラからのメールを読んだカルエゴは、ルィエのチョーカーを外さなければよかったと後悔していた。
「あのクソ猫…!!ルィエが逆らえんと思って……!!」
ス魔ホを放ると、バラムが置いていったセイボリー魔フィンにかぶりついた。
「魔スイーツを作ったからって、セーレさんが魔植物師団に差し入れに来てね。僕も食べたんだけど、こっちの甘くないのはカルエゴくんが好きかなって」
そう言って、わざわざ食料とは別に持って来た、ルィエ手製の。
「――……美味い」