Relieved
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「
魔関署警備長アザゼル・アンリとの面会後、帰宅したカルエゴは、ルィエにそう告げた。
ナルニアは現在、
魔関署の仕切りで行われる仮装パーティー、
「今回のデビキュラムでは、13冠の入れ替えが発表される。兄上は、新13冠候補としてそこにいる筈だ」
「ナルニア卿が、13冠に?」
「何を考えているのか、私にもわからんが、とにかく兄上には会わなければならん」
「では、早急に準備を」
ルィエは跪き、胸に手を添え頭を垂れた。
「このルィエ、おふたりがお話になれるよう尽力いたします」
従者として、同伴するつもりで。
「いや……今回は、付いて来る必要はない」
カルエゴの言葉に、表情が強張る。
しかし、それは一瞬の事。態度には出さず、ルィエは話を続けた。
「失礼しました。当日は仮面舞踏会だそうですが、お召し物の手配は――」
バビルス襲撃の一件から、オペラによる尋問……カルエゴにとって疲弊する事ばかりが続いている今、彼の望みが兄との面会であるならば、何としてでも実現させなければ、そう思っていたのに。
――私は、カルエゴ卿のお役に立ちたい。
従者は不要。それならば……。
「お願いがございます。カルエゴ様」
「……何だ?」
「今回のデビキュラム、魔界の歴史が大きく動くその場に居合わせたいと望むのは、悪魔としては当然の事……」
ルィエは、胸ポケットからハンカチを取り出すと、両手で差し出した。
「わたくしも、参加させていただきたく存じます。エスコートしていただけますか?」
ピアノで舞踏曲を奏でるのは、狼の被り物で仮装したカルエゴだ。
新13冠候補の席に座るナルニアに視線を送るその姿を、ルィエは舞台袖から〝
黒い羽根飾りがあしらわれたそれは、彼がルィエのハンカチを受け取る際に出した条件だった。
繊細なボタニカル柄が織り込まれた上質な生地のドレスから、靴や装身具に至るまで、全てカルエゴが誂えたオーダーメイドである。
仕立ての手配をする筈が逆の立場になってしまい、ルィエは恐縮のし通しだったが、そうでなければ連れて行かないと言われ、大人しく全身をコーディネートされたのだった。
――まさか、カルエゴ卿に手ずから結んでいただくなんて……。
首に巻かれたレースチョーカーは後ろで結ぶタイプであり、今は鍵盤を叩いているグローブ越しの指先の感触を思い出してしまい、預かっている上着をそっと抱え直した。
やがて、ダンスを楽しんでいた悪魔達の興味が密談に移る頃、カルエゴがピアノから離れた。
控えていたルィエの手から上着を着用すると、ナルニアに扮したアンリと話す為に会場を出て行く。
ルィエはカルエゴに代わり、ヴァイオリンでBGMを奏でた。
このロストラウンジの何処かにいるであろう、〝本物のナルニア〟を探求しながら。
暫くして、何かを叩くような大きな音が響いたかと思うと、会場が沸いた。
ルィエは演奏を中断し、何があったのかと音の出所を注視する。
13冠色頭による威圧、庇護されるかのようにそこに立つのは、カルエゴの生徒のイルマだった。
そして、カルエゴに似た……しかし、異なる魔力。
ほんの一瞬の事であったが、確かに感じた、ケルベロスの威嚇。
謝罪しその場を辞したのは、魔関署局次長フェンリルで、ルィエは彼を追い会場を出た。
「お待ちください、ジェントル」
彼がレストルームから出て来るのを待ち、声をかける。
何の感情も読み取れない瞳を向けられ、ルィエは僅かに気後れしたものの、眦を決した。
シークレット・ヴェールを外し、顔を晒す。
頭に手を添え付け角を隠し、口元を覆って牙を隠し、礼を示して……。
「不躾で申し訳ありません。是非、わたくしとお話を……」
「これはこれは、レディからのお誘い光栄っスね」
緊張した面持ちのルィエに対し、フェンリルは軽い口調で近付いて来る。
「知ってるっスよ、キミのこと。バビルスの番犬が側に置いてるっていう……」
距離は更に縮まり、顔を覗き込まれて。
「SDにもなれない、愛玩犬」
「――っ」
――SDにも……なれない……
「ぁ……愛玩だなんて、そんな……っ」
赤く染まった耳の近くで、紡がれた言葉、声は――
「だが、私と話したいのは、レディではないだろう?」
確かに、ナベリウス・ナルニアのものだった。
円筒形の側防塔の上にナルニア、そこへと繋がる通路にカルエゴ――ナベリウス兄弟が漸く対面した時、ルィエはふたりから離れ屋外への出入口に控えていた。
兄弟の会話は、ふたりだけのものだ。
同席が許されていないのだから、聞くべきではない。
故に、彼らがどんな話をしたのか、ルィエにはわからない。
「
先に戻って来たのは、フェンリル――ナルニアだった。
「よく私だと嗅ぎつけたな」と、頭を撫でられる。
「…恐れ入ります」
「お前の能力は、私の為に役立ててほしかったのだが……」
「え……?」
ナルニアの手……指先が、ルィエの首元、チョーカーの辺りに触れた。
「どうやら、そうもいかないようだ」
何一つ分からない
私は何も知らない…
イルマが何だというのですか…兄上
大貴族会より帰宅してから、カルエゴは一冊のノートを読み返していた。生徒ひとりひとりの事を綴った、専用の。
イルマのノートを――
ルィエが、静かに薬湯を運んで来る。
集中している時のカルエゴは無口だが、表情や仕草、雰囲気で今の状態を察し、ルィエは常に一歩引いて、自分で判断できる事をしていた。
『 カルエゴ……お前はいつまで、ルィエを飼い殺しにしているつもりだ? 』
去り際に、ナルニアが付け足した言葉を思い出す。
『 ルィエは優秀な探索犬だ。私の方が、上手く使える 』
兄はおそらく、気付いていたのだろう。
ルィエの首のレースチョーカーは、一見すると美しい装身具だが、ケルベロスの爪痕を模して編まれた、特注品の魔具でもある。
首に結び、魔力を込めた者、つまり、カルエゴにしか解く事はできない。
そして、ルィエの身に何かあれば、その魔力が発動する。
シークレット・ヴェールに、所有のしるしのような首輪。
そんな姿をさせてでもなければ、今回の夜会、ルィエの参加を許す事ができなかった。
ルィエは「
他ならぬカルエゴが、そう教育したのだから。……だというのに。
――誰の目にも触れさせたくなかった。たとえ、兄上であろうと。
ならば、エスコートを断れば良かったのだ。
しかし、折り目正しい所作でハンカチを差し出す両手の指先が、微かに震えているを見て、受け取ってやらなければと思ってしまった。
兄とは話せたが、釈然としない。だが、明確な悪意を持ってアトリをバビルスに潜入させていた事はわかった。
加えて、ロストラウンジを離れている間に起きた、元13冠食王ベヘモルトによる大貴族会襲撃。
一体、何がどうなっているのか。
薬湯を飲み干すと、カルエゴは苛立ちから、乱暴にカップを置いた。
悪周期が、近い。
「――ルィエ」
「はい」
「休暇を取らせる」
「承知致しました」
剣呑な気配を感じたのか、ルィエは素直に承諾した。
それが、今は何故だか、気に障った。
――飼い殺し?上手く使える?
カルエゴは立ち上がると、ルィエを見据える。欲に沈んだ双眸で。
――渡すものか……これは、俺のものだ。
ルィエはたじろぎ、覚束ない足取りで、後ずさった。
カルエゴは距離を縮め、壁を背にしたルィエの頬に、手をのばす。
まるで、獲物を追いつめる、飢えた狼のように。
いっそ 閉じ込めて 食らい尽くしてしまえ
「ッ……カルエゴ…せん、せ……?」
怯えの色を宿したルィエの瞳、〝先生〟という言葉に反応したカルエゴは、その手の行き先を変え、拳を壁に叩きつけた。
――違う…!ルィエは、私の……っ
身を竦めたルィエの顔の横、ヒビの入った壁が光り出し、その光はやがて扉の大きさになる。
カルエゴは、ルィエのチョーカーを引き千切るようにして外した。
「出て行け……今すぐにだ!!」
「カルエゴ卿……っ」
「俺がッ……私が許可するまで、ここへは来るな…!!!」
悲痛な面持ちのルィエを、扉の向こう側へと押し込む。
壁に戻ったそこに爪を立てると、項垂れた。