Relieved
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「いよいよ、使い魔の契約を解除できるのですね」
「ああ……漸くな」
カルエゴは、朝から御機嫌だった。
生徒の、よりによって理事長の孫の使い魔にされ、しかも威厳も何もない屈辱的な姿だと、数日間寝込んだのが一年前。
使い魔の授業にも仕方なく出席してやり、事あるごとに(主にオペラにより)不本意ながら召喚され、それでも入間に危険が及べば自身を召喚する必要性を説き、彼の使い魔として過ごしてきた。
それも、今日までだ。
浮かれた姿を見せないよう、カルエゴは普段通り粛然としていたが、サボテンに水をやりながら鼻歌を歌っていたのを、ルィエは知っている。
「カルエゴ卿。お勤め、いってらっしゃいませ」
しかし…………
「おいたわしい……カルエゴ卿……」
深夜に帰宅したカルエゴは、ショックで気を失っていた。
入間の使い魔としての契約解除の儀に成功したカルエゴだったが、新しい使い魔を喚ぶ再召喚の儀に立ち会ったところ、どういうわけか再び入間の使い魔として召喚され、再契約してしまった。
「イルマくんは契約解除に同意したんだよ。その上で、新しい使い魔を召喚しようとしたら…モフモフ…カルエゴくんが再召喚されてね……」
カルエゴを運んで来たバラムが、申し訳なさそうに語った。
「今日で漸く解放されると、御機嫌で出勤なさったのに……」
悄然とするルィエの頭をバラムが撫でるが、隠れている犬耳は出てこなかった。
「バラム先生、バビルスの方はお任せしても?」
「うん。有休取得の手続きもしておくよ」
これで薬湯作ってあげてね、と。バラムはいくつかの薬草をブレンドしたものを置いていった。
ルィエは早速、薬草を煎じる。
カルエゴの気分が少しでも安らぐよう、穏やかに休めるようにと、心を込めて。
味見をし、出来上がった薬湯をカップに注ぐと、再度、静かにカルエゴの元を訪れる。
――カルエゴ卿……。
一年前と同じ光景――魘される主の姿を見て、思わず声を出してしまった。
「カルエゴ先生……っ」
瞬間、凄まじい怒気を感じた。
ケルベロスが出現し、威嚇する。
「ッ……ルィエ、か」
だが、呼び掛けた者がルィエであると解ると、どちらも消えた。
首元を掴まんばかりに伸ばされた腕も、寝台に沈む。
此処が自宅の寝室である事に気付いたカルエゴは、連れて来たのはおそらくバラムである事、そのバラムから事情を聞き、ルィエが既に自身の再契約を知ったであろう事を理解した。
「あの、薬湯をお持ちしました。お飲みになりますか?」
恭しく、カップを差し出すルィエ。
カルエゴは無言で飲み干し、ベッドに潜る。
「事後処理はバラム先生にお任せして、お休みになってください。御用の際はお呼びいただければ、すぐに参りますので」
「……何故だ」
背を向けて横になったまま、カルエゴが呟いた。
「もう一年……生徒の使い魔だぞ。あんな姿……お前が尊敬する私ではないだろう。何故、お前は幻滅しない」
「以前にも、申し上げた通りです。たとえどんなお姿になられようとも、私の貴方様への忠義は変わりません」
それは、ルィエが新任教師ロビンの使い魔授業に乱入した際、口にした言葉だった。
「不便な事や不本意な事は、カルエゴ卿に代わり全て私が請け負う……つもりだったのですが、実行する事ができず申し訳なく思っております。代われるものなら……私がイルマくんの使い魔になりたいくらいです」
「それは許さん!!」
ガバッと起き上がったカルエゴが怒鳴る。
「イルマの使い魔だと?イルマがお前の主人になるという事だぞ!」
「ですが、その……カルエゴ卿が使役されるよりは、私が代わりになれればと……」
「ルィエ」
カルエゴの背後に、ケルベロスが再び姿を現した。
「私が、許さんと言っているのだ」
「はい……申し訳ございません」
「逆らうならば、
口角をつり上げ、カルエゴが宣った。
「そうだな……私を安眠させろ」
「それが、処罰なのですか?」
「ただし、魔術の使用は禁ずる。それ以外なら、どんな方法でも構わん」
睡眠に良い薬香草はあるが、先程薬湯を飲んだばかりだし……と困惑するルィエを、カルエゴは面白そうに眺めている。
わざと無理難題を突きつけ、ルィエがどのように対処するのかを楽しんでいるのだ。
ルィエは暫し考えると、一つの方法を提案した。
「では、〝お眠りの儀式〟を」
「何だ、それは?」
「膝を枕に頭を乗せていただき、歌を歌うのです。以前、ウァラクさんに教わりまして」
「あ"?」
クララの名を出した途端、カルエゴの眉間の皺が深くなる。
「とっておきの儀式なのだそうです。穏やかに眠れるかと」
「くだらん影響を受けおって……」
頭を押さえ、溜息を吐かれてしまっては、ルィエは引き下がるほかなかった。
「あの、でしたら、代わりに何か……静かな曲でも奏でましょうか?」
「ヴァイオリンを取って参ります」と踵を返そうとしたのだが、カルエゴの「待て」という声と共に、ケルベロスに行く手を阻まれた。
「膝を枕に、だったか?」
「は、はい」
「いいだろう。やってみせろ」
「え…」
「本当に安眠できるのか試してやる」
「座れ」と促され、ルィエは「失礼いたします」と一礼し、寝台に上がった。
だが、いざ膝に頭を乗せられたところで、何故だかとてつもない羞恥心が込み上げてた。
主の安眠の為なら何でもするという気持ちで提案したのだが、実際にやってみると緊張するし、面映ゆい。
――こ、こんな筈では……っ!!
「どうした。歌わんのか?」
カルエゴは、そんなルィエをからかうような目で見上げてくる。
――歌わなければ。カルエゴ卿のために。
ルィエは深呼吸をすると、覚悟を決めた。
雲を紡ぎ 空は帳の色を変える
月の光静かに 星屑散らし 花も眠りにつく
魔ンポポ 魔ーガレット
花びら閉じて
魔サガオ 魔ナデシコ
おやすみなさい
夜に香るは サボテンの花
あなたを癒す 小さな仄かな
羽を休め 心休まる
目覚める時まで安らかに……
優しく響く、透き通るような歌声。
クラシック調のあたたかな旋律が、強張っていたものを、とかしていく。
やわらかな、ほろ甘い香りに包み込まれ、カルエゴは自然と目を閉じていた。
――そういえば……ルィエは歌唱も得意だったな……俺の前では、滅多に歌わなかったが。
カルエゴの前では常に〝粛に〟している為、ルィエが不必要に歌う事はない。
歌唱している姿を見たのは、偶然だった。
魔植物師団の活動中だったのだろうか。当時育てていた魔植物に聴かせるように、囁くような声で歌っていた。
そんな事を思い出した頃には、カルエゴは既に、心地よい眠りに落ちていた。
先程とは違い、魘される事なく眠っているようで、ルィエは安堵する。
「おやすみなさいませ。カルエゴ様」
そっと、癖のある髪を撫で、微笑んで。