Relieved
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「まったく、あのアホ共が……!」
数日ぶりに帰宅したカルエゴは、眉間の皺をより深くしていた。
「お疲れ様です、カルエゴ卿」
給仕をしながら、ルィエは音楽祭の準備について訊ねてみた。
カルエゴの厳粛な指導を受けているのだから、
「何とかスタートラインには立ったがな。まだまだ研鑽が足りん」
素っ気ない語り口だが、口角が上がっている事から、彼らの
「家系の都合でクラスに馴染めなかった生徒さんも、参加できるようになって良かったですね」
「馴染み過ぎだ!認識阻害の能力を悪戯なんぞに使いおって……っ」
級友に唆されたプルソンにリボンを付けられたのを根にもっているカルエゴは、カップに注がれた魔茶を喉に流し込むと、ルィエを見た。
「ルィエ……お前の代の音楽祭の映像があっただろう。用意しておけ」
翌日、音楽祭に向け練習に打ち込む問題児クラスの元へ、ルィエは陣中見舞いに訪れた。
合同練習を見学した後、差し入れを渡す。
疲労回復に良いお茶やフラワーシロップのジュース、魔ドレーヌ等やさしい甘さの焼き菓子は、生徒達に好評だった。
「セーレ先輩に質問~」
和やかな雰囲気の中、ジャズが手を挙げた。
「はい、何でしょう?」
「先輩の使い魔って、いつ頃でかくなりましたか?」
軽いノリで訊いているが、実は自身の使い魔が小さく可愛らしい姿な事を気にしている彼は、かなり真剣だった。
「本来の姿で召喚できるようになったのは、収穫祭の時からです……たぶん」
「そうなんだ!セーレ先輩、収穫祭でも活躍したんじゃない?」
「音楽祭では、何を披露なさったの?」
「バビルス時代のルィエ先輩の話、聞いてみたいです」
口々に言う後輩達を前に、ルィエはすっと真顔になった。
「収穫祭の事は、あまり覚えていないというか……思い出したくないというか……」
「えっ」
「セーレは収穫祭で悪周期になり、
ルィエがいれたお茶を飲みながら、カルエゴは酷薄な笑みを浮かべた。
1年生での使い魔召喚試験、ルィエは2体の使い魔を召喚した。
ただし、クー・シーは子犬、レイヴンホースはミニチュアホースの如き、小さく可愛らしい姿であったが。
飛行
その後もあらゆる試験で上位に名を連ね、1年生最終
しかし、ルィエは
「今回の収穫祭、君には運営側として参加してもらいたいんだ」
「学校が決めたマル秘ルールでね、毎年誰かに手伝ってもらうのよ。皆には内緒の隠しキャラよ」
教師統括のダリと、魔植物
1年生の中では位階が高く、魔植物師団員でもあるルィエならば、収穫祭中の四日間を無事に過ごせるだろうと、白羽の矢が立ったらしい。
「それだけ、先生方の評価が高いという事だ」
戸惑うルィエにそんな言葉をかけたのは、カルエゴだった。
「はい。精一杯務めさせていただきます!」
ルィエの役割は、〝
〝虹如露〟を所持し、〝始まりのタネ〟の番人を担う魔神の遺跡へと続く地下通路で、ニギニギ草に捕まる事。
ルィエを救助し〝虹如露〟を入手・使用しなければリーフは開花しないという仕組みだ。
因みに、これまでレジェンドリーフを開花させた者は誰もいない。
故に……誰も来ない。
「…………デビつまらない!!」
ごはん穫りに行こうかな、とルィエは地上へ出た。
魔獣の歌を解読し、レジェンドリーフの鍵である〝始まりのタネ〟と〝終わりの鉢〟の存在に気付いた生徒を感知すれば、スージーから連絡が来る事になっている。ニギニギ草に水をかけるのは、それからでも遅くはない。
制限時間の6666分間、ずっと地下で待機していなければならないわけでもない。
食事などは現地調達なので、ルィエは地下通路から離れ過ぎない範囲で第2ブロックを散策し、食べ物を得たりしていた。
「あ……これ、けっこうレアかも」
おいしそうな果物をもいでいると、高Pの食材を見付けた。
動かない食材の中にも、見付けづらくレアな物はあるのだ。
――生徒狩りの標的になるとややこしい事になりそうだし、獲るのはやめておこうかな。
魔植物師団で学んだ事を活かし、レア食材を見極め、収穫する事ができるのに。
魔生物学は得意科目、多くの魔獣の特徴や習性を理解しているのに。
優勝し〝若王〟となれる可能性が、最初から無いなんて……。
つい、そんな事を考えてしまい、ルィエは自己嫌悪した。
先生達が極秘任務に選んでくれたのだから、光栄に思わなければと。
だが、収穫祭はいわば有名悪魔の登竜門。
過去の優勝者も、その後着実に位階を上げ、魔界の英傑に成長しているという。
そこにプレイヤーとして参加できないのは、ルィエとってかなりのストレスになっていた。
運営側だとバレない為に、単独行動している事もあって。
「クー、ただいま」
話し相手は、使い魔だけ。
「レイも、一緒に寝ようね」
夜になれば、地下通路の中で、小さな使い魔達のぬくもりに寄り添いながら眠った。
そして、三日目……。
《では、ここで中間発表を行う》
「カルエゴ先生……!」
久しぶりに聞くカルエゴの声に、ルィエの犬耳はピーンと立ち、尻尾は激しく揺れていた。
P上位者の名前を挙げるカルエゴ。
そこには当然、ルィエの名は無い。
――いいなぁ……私も、カルエゴ先生に名前を呼んでもらいたかった。
絶対に優勝するなんて自信があるわけではないが、挑戦してみたかった。
レアな食材を収穫し、
――ああ、狩りたい。
先生達に選ばれたのだから、与えられた任務を遂行しなければ。
でも、今までレジェンドリーフを咲かせた者は誰もいない。きっと今回だって、誰も来ない。
時間は、まだある。
セーレは、「探求」を司る悪魔である。
探し求め、追い求め、我が手中に……。
――狩りたい。狩りたい。狩りたい。狩りたい。狩りたい。狩りたい。
呼び起こされる、悪魔の本能。
丸かった瞳孔が獣のような縦長に変化し、髪の色と同じ撫子色の爪が鋭く伸び、肉食花を斬り裂いた。
「もっと、もっと欲しい。もっと狩りたい!全部、ぜんぶ、ぜんぶ……!!」
弱肉強食の魔界において、食物の確保は最優先。悪魔としての狩猟本能を呼び起こし、生を食らう姿こそ美しい。
とは言うものの……。
「あら?セーレさん」
「暇過ぎて収穫始めちゃったんですかね~」
「でも、何か様子が……」
第2ブロックの映像を見ていた、教師陣が気付いた。
極限状態のサバイバルが続き、もはや魔獣を狩る余力は残っていない生徒も多い。
そんな中、不必要な収穫はしてこなかったルィエは、体力的にも余裕がある。
「足りない。これじゃ全然足りない。もっと狩らなきゃ……」
カルエゴ先生に褒めてもらえない。
「まずい!悪周期になってる!!」
バラムが気付いた時には、カルエゴは既に運営テントから姿を消していた。
幻覚ヅルが、ルィエの身体を囲い込もうとする。
〝ラファイア〟
しかし、ルィエは火炎魔術で弱らせ、ツルを引きちぎった。
つり上げた唇から白い牙を覗かせ、解けた髪の隙間から、獣の如き炯眼が獲物を捉えた。
「見つけた……
ベッコウベコ、3800P。
その巨体の側には、複数で挑もうとして、襲われている生徒達の姿。
ルィエは持っていたニギニギ草の一部を使い、ベッコウベコの足を捕らえた。
雷撃魔術で攻撃するが、頭級はやはりしぶとい。
「クー・シー!」
召喚したクー・シーは、子犬サイズではなく本来の姿。
大きな翼を広げた、暗緑色の毛並みの、獰猛な魔獣。
ルィエは手を振り上げ、命じた。
「降手!!」
クー・シーの前足が、ベッコウベコの頭部に一撃を喰らわせる。
一度やってみたかったのだ。訓練しておいて良かった。
レイヴンホースも本来の姿で召喚し、ルィエは食材を運搬しようとしていた。
すると、狩りを手助けしてくれたと思った生徒達が、感嘆しながら集まって来る。
「触るな!私の獲物だ!!」
だが、ルィエに睥睨されると戦慄し、動けなくなった。
「セーレ・ルィエ!」
カルエゴの声が響き、ルィエは視線を向けた。
翼を広げ、そのまま真っ直ぐ、彼の元へ。
「――粛に」
その一言に、跪いた。
理性は確かに失っていた。故に、本能で感じ取ったのである。
圧倒的な実力差……服従すべき相手であると――――
「三日目から狩りを始めたにしては収穫物もレアな物が多く、面白いから続行させるという意見もあったのだが、他の生徒に危険が及ぶと判断し、回収したのだ」
「その節は……大変、御迷惑を……」
カルエゴの口から当時の様子を語られ、ルィエは面映ゆげに縮こまっていた。
「そもそも、レジェンドリーフの仕組みを知る者が参戦するのは、公平ではないからな」
記録上、ルィエの収穫祭は、
「ええぇえええぇえっ!!!?」
生徒達の批難の声が、一斉にカルエゴに向けられる。
「ひど~い!ルィルィ先輩かわいそう!!」
「何故リタイアなのだっ!!?」
「普通に参加していれば、上位を狙えたでござるよ!」
「優しくない!いたいけな女生徒に優しくない!!」
「ええいっ喧しい!粛にせんか!!」
「収穫祭までにも、
「そういえば!セーレ先輩は課題をよくこなすから、増やしてやったって言ってた!!」
「陰湿~」
「最低教師!」
「まさに、暗黒大帝」
「先輩が悪周期になったのって、先生のせいでストレス溜まってたからなんじゃ……」
「貴様ら……っ!!」
カルエゴは苛立ちながらも、生徒達の前にモニターを出現させた。
「カルエゴ卿、本当によろしいのですか?あの時のステージも、完璧では…」
「このアホ共に見せてやれ。収穫祭での雪辱を、音楽祭で果たした姿を」
オーケストラ ~魔王組曲第6番~
かつて、カルエゴが音楽祭で優勝した演目と同じ。
舞台上の奏者――級友達の前に、シンプルな黒のロングドレス姿のルィエが立っている。
編み込みダウンスタイルの髪にも、黒のリボン。
「ルィエ先輩だ」
「コンサート魔スターのようですね」
「ヴァイオリンかっこいい~」
あれ?指揮者がいない?
皆がそう思った時、ルィエが弓を持ち上げた。
その動きに従う奏者達。
「まさか、弾き振り……?」
ルィエは奏者側を向き、自身も演奏していた。
時折、弓で指示を出しながら。
そして、曲が中盤に差し掛かった時、ルィエが髪のリボンを解いた。
一瞬だけ、音が消えたかと思うと…………
客席側を向いたルィエのドレスが、ワインレッドの華やかなものに変化し、それと同時にヴァイオリンも、蔦のような優美な模様と羽が付いたものに進化していた。
繊細ながら力強い独奏に、目と耳を奪われる。
その後の協奏も、ルィエは客席側を向いたまま弾き続けていた。
背中と肩の動きでアピールしながら、奏者達と呼吸を合わせ、演奏をまとめていく。
荘厳で美しい旋律が最高潮に達した時、音に包み込まれる。
奏者達の音色が、ひとつの世界を創り上げていた。
映像を見ていた生徒達も、その場にいると錯覚する程に。
「これが、優勝クラスの演奏だ」
カルエゴの声が響き、彼らは漸く我に返った。
自分達は今、王の教室に居たのだと。
「すごい…!!とっても素敵な演奏でした!」
「ルィルィ先輩がこっち向いた時、ドレスがふわしゃ~ってなって、楽器もびしゅる~んってなってた!!」
「弾き振りとソロをこなしつつ、無口頭魔術を同時に発動するとは……お見事です!」
口々に称賛する後輩達に、ルィエはやや困惑した表情になる。
「ありがとうございます。でも、ドレスのチェルーシル以外は、予定には無かった事でして……」
「あの、もしかして……弦、切れてました?ソロに入る時に」
そっと手を挙げ、プルソンが言った。
「……はい。楽器のメンテナンスには気を遣っていたのですが、まさか本番中に弦を切ってしまうなんて」
弦が切れたあの瞬間、ルィエは髪のリボンを解き弦に変化させ、ヴァイオリン自体もそれに合わせて進化させた。
予定していたドレスの変化もほぼ同時に行い、客席側を向いた時には、何事も無かったかのように独奏を始めたのだ。
呪文を唱える暇などなく、音が消えた一瞬の間の出来事だった。
「本来は、もっと滑らかに繋がる筈だったんです。なのに、私が想定外の変化をつけてしまって。
「結果的にはそれが評価され、優勝したわけだが」
これにより、ルィエは「
1年生で「4」――問題児クラスが目指す
カルエゴは、生徒の向上を第一に考えていた。
この映像を見せたのは、彼らのステージが、よりレベルの高いものになるようにという狙いがあっての事だ。
ルィエの演奏を生で聞きたいという生徒達の要望は、即刻却下したが。
そして、問題児クラスはプルソンの退学騒動も乗り越え、音楽祭で最高の結果を出し、全員で見事「4」に昇級した。
ただひとり、「
音楽祭の後、一日半も打ち上げを続けていた問題児クラスを(怒って追い出し)帰宅させ、漸くカルエゴにも僅かな平穏が訪れた。
今は自宅でワインを片手に、ルィエの奏でるヴァイオリンの音色を聴いている。
自分の為だけのソロリサイタルは、カルエゴにとっての癒しの一時だ。
「音が変わったな。また腕を上げたか」
曲が終わり、丁寧に一礼するルィエを見据え、カルエゴは言った。
「実は、生徒さん達に影響されて、こっそり練習しておりました」
婉然と微笑み、ルィエは返す。
いつでもカルエゴに披露できるよう、定期的にレッスンを続けていたルィエだったが、懸命に練習する問題児クラスを見て以降、少し本気で修練を重ねていた。
「フン……練習のし過ぎで、また弦が切れんといいがな」
「き、気を付けます」
意地悪な笑みを浮かべつつ、カルエゴはグラスを置くと、立ち上がった。
先刻から、指が疼いて仕方がない。
「来い。一曲合わせろ」
「はい!光栄です」
〝
「曲目は、いかがいたしましょう?」
カルエゴが座ったところで、ルィエは訊ねた。
ポロンポロンと鍵盤をいくつか叩いた後、カルエゴが口にした曲名は……。
「魔王組曲第6番だ」
ルィエのクラスの音楽祭、練習を指揮していたのはカルエゴだった。
音楽の基礎から曲の解釈、各楽器ごとにテンポや指運びなど、それはもう厳粛な指導であった。
故に生徒達は、本番でも指揮者はカルエゴだと思い込んでいた。
コンサート魔スターに選ばれたルィエも例外ではなく、カルエゴの求める演奏を具現化し、指と弓の動きで手本を示し、奏者との橋渡し役を懸命に務めようとしていた。
しかし――
「私は教師だ。指導はするが指揮者はやらん。生徒と同じステージに上がる事はない」
セーレ、お前がやれ。
実はこの頃、ルィエは一部の級友達に、微妙に距離を置かれていた。
収穫祭で悪周期になり、頭級魔獣をひとりで撃破し、他者には威嚇。カルエゴの制止で生徒への直接攻撃は未遂に終わったものの、畏怖を抱かせるには充分だったらしい。
狩りは悪魔の本能、騙し合いは悪魔の美学。収穫祭で生徒同士の仲がこじれても、祭りが終われば大抵はさっぱり仲直りするのだが、ルィエに対しては完全に元通りとはならなかった。
カルエゴはこれを、良い機会だと捉えた。
「また課題増やされたの?」
「カルエゴ先生厳しすぎ~」
「
「ま、ルィエさんなら平気だよね」
悪魔は他者への関心が薄い。
収穫祭前の級友達は、ルィエの実力こそ認めていたが、特別視はしていなかった。
ルィエ自身も級友達は眼中に無く、カルエゴしか見ていなかったのだが。
互いに多くを求めないので、ルィエも孤立する事なく、そこそこ上手くやっていた。
だが、カルエゴから見れば、優秀なルィエが舐められているようにしか思えなかったのだ。
「恐れられるのは悪魔の本質だ。お前は、専制君主になればいい」
ただでさえコン魔スとしての重責を担っていたルィエが、本番6日前に弾き振りまで課せられた。
過酷な練習を経て、級友達のルィエへの畏怖は畏敬に変わり、やがて信頼も向けられた。
本番中、ルィエのヴァイオリンの弦が切れてしまい、無口頭魔術で乗りきった姿を見た後は更に顕著になり、彼女に付いていきたい、支えたいという思いが、奏者達をひとつにした。
ルィエは「4」に昇級すべき悪魔だ。彼女に優勝を捧げよと。
カルエゴの想定した専制君主とは少し違っていたが、ルィエは紛れもなく統率者であった。
そして、今――あの曲を、カルエゴと共に奏でている。
重厚にして繊細なピアノの調べに、玲瓏で歌うようなヴァイオリンの旋律が重なり、ひとつの世界を構築していく。
音と心が響き合う夜。
ルィエにとって、至福の一時だった。