Relieved
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「カルエゴ卿、
ルィエは、銀盆に乗せた招待状をカルエゴに差し出した。
「行かんぞ」
返ってきたのは、いつもと同じ言葉。
ナベリウス家は、催事には極力参加しないのだ。
「では、いつも通り欠席のお詫び状を出しておきますね」
断りの手紙を認めるのも、ルィエの仕事だった。毎回の事であるので慣れたもの。
しかし、今回はその必要はなくなった。
「ナベリウス家のカルエゴ様だ」
「カルエゴ卿が出席なさるとは珍しい」
「ぜひ御挨拶したいわ」
次男といえど
畏れ多いと遠巻きにする悪魔も多いが、ナベリウス家の繋がりであったり、お近づきになりたいと挨拶に来る者もおり、眉間に皺を寄せながらも言葉を交わす。
ルィエは側に控え、名乗った相手が何処の家の誰なのかをひとりひとり記憶した。
必要に応じて飲み物や軽食を運び、カルエゴが苦手そうな相手や話題は、それとなく他へ誘導する。
挨拶を試みたものの、厳粛で気難しい彼に臆してしまう令嬢達には、ルィエが優しく言葉をかけ機嫌をとった上で、やんわりと退散を促した。
一通りの挨拶が済み、カルエゴは豪奢な椅子に腰掛け一息ついた。
「お疲れ様です。ワインでもお飲みになりますか?」
「ああ」
ルィエが差し出すグラスを受け取り、喉を潤す。
「良いワインだ。飲むのがこんな状況でなければな……」
「後日、同じものを取り寄せておきます」
味は気に入ったようなので二杯目を取りに行く途中、「セーレ先輩」と声をかけられた。
「あなたは、カルエゴ卿の生徒さんで、アスモデウス家のご令息」
「アスモデウス・アリスです。セーレ・ルィエ嬢」
胸に手を添え、綺麗な所作で一礼するアスモデウス。
ルィエも同じく、丁寧に一礼した。
そして、抑えた声で。
「ご存知だったのですか?」
「使い魔授業の時には気付きませんでしたが、セーレといえば貴族悪魔の家名でしょう。貴族の令嬢が行儀見習いで高位の貴族に仕える事はありますが、あなたのような方は珍しいですね」
貴族という地位に驕ることなく、使用人として働くルィエ。
今の装いも、主人より目立ってはならない従者としての礼服だった。
「私の家は、少々特殊でして」
ルィエは自然な動きでノンアルコールの飲み物を選び取ると、「いかがですか?」と差し出す。
「あまり、居心地がよくなさそうですね」
「ええ、まぁ……。母に言われて参加したもので」
アスモデウスは、「どうも」とグラスを受け取り口にした。清涼感が喉に心地よく、表情がいくらか弛緩する。
彼もまた、多くの視線を集めていた。ぜひお近づきにと挨拶に来る者達から離れたくて、
「カルエゴ卿も同じですよ。いつもなら招待されてもお断りするのですが、諸事情がありまして」
不機嫌なので挨拶などは控えた方がよろしいかと。ルィエはアスモデウスに小声でそう伝えた。
ただでさえ来たくもない貴族会で気疲れしているし、バビルスの外でまで
「わかりました。……まぁ、話しかけられる雰囲気ではありませんが」
再び複数の貴族悪魔達に声をかけられ、カルエゴが剣呑なオーラを醸し始めている。
「では、失礼します」
ルィエはアスモデウスに一礼すると、トレーにいくつかのグラスワインを乗せカルエゴの元へ向かった。
「お待たせ致しました。カルエゴ卿」
既に空になっていたグラスを引き取り、持って来たワインをカルエゴに渡す。
「皆様もいかがですか?」
そして、周りに居た悪魔達にも同じワインをすすめた。
彼らがワインに舌鼓を打つ中、ルィエは椅子の右側で膝を折り、カルエゴにアスモデウスの事を告げる。
カルエゴの眉間の皺が、更に深くなった。
「まさか、イルマも……」
「いいえ。それならサリバン公もいらっしゃる筈なので、もっと騒がしいかと」
アスモデウス→イルマ→サリバン→オペラ………という連想ゲームが、カルエゴの脳内で一瞬にして行われた事を察知し、ルィエは否定した。
「ねぇ、あなた」
ルィエが立ち上がると、先程から何度か会話に割り込もうとしていた令嬢達が声をかけてきた。
「私達も、カルエゴ様と同じワインが飲みたいわ」
それは、自分達にも持って来いという意味だろう。
彼女達にしてみれば、カルエゴに話しかけたくて機会を窺っていたところを、ルィエに邪魔されたようなものだった。
もちろん、「ようなもの」ではなく意図的であるが。
「かしこまりました」
ルィエはそう言って微笑むと、給仕の者に声をかけ「彼女達に、こちらと同じワインをお願いします」と頼んだ。
「まあ、気が利かないわね」
「あなたねぇ、さっきアスモデウス様とも話していたでしょう」
「使用人の分際で馴れ馴れしいんじゃなくて?」
自ら取りに行かないルィエが気に入らない令嬢達が、口々に糾弾し始める。
「粛に」
しかし、それはすぐに遮られた。カルエゴの、地を這うような低い声で。
「この者が何故この場に留まるかわからんようだな。私を不愉快にさせん為だ」
「え……っ」
「ど、どういう事ですの?」
カルエゴは、給仕にグラスを渡すと立ち上がった。
〝
ルィエの着ていた服が、ドレスに変化した。
周りの悪魔達はもちろん、ルィエもこれには驚愕する。
「っ……カルエゴ卿!?」
「始めからこうしていれば良かったのだ。お前にも、招待状は来ていたのだからな」
「ですが、私は……」
「教えた筈だが?テビラムでの振る舞いを」
『――カルエゴ先生』
『セーレか』
『お目にかかれて光栄です。ナベリウス・カルエゴ様』
『いつもバビルスで会っているだろう』
『はい!カルエゴ先生には、いつもお世話になっております。ですが、テビラムでお逢いするのは初めてですので。あの、私……今日がテビラムデビューなんですっ』
『ほう』
『カルエゴ卿の教え子として恥じぬような振る舞いを心掛けます。至らぬ点がございましたら、普段通り厳しく御指導をお願い致します』
『いいだろう』
口角を引き上げたカルエゴが、記憶の中の彼と重なり、ルィエは気付いた。
――あの時のドレス……覚えていてくださった……!
あの日ルィエが着ていたのは、瞳の色と同じ青紫の生地に、白の刺繍レースを重ねて胸元や肩の露出を抑えたドレス。
今のドレスは、レースが黒に変わっている点を除けば、デザインは同じだ。
シルバーのヒールも、リボンと一緒に編み込んだ髪も、花飾りも、あの時と同じ。
「お目にかかれて光栄です。ナベリウス・カルエゴ様」
当時を再現するように、ルィエは淑女としての礼法で挨拶をする。
「わたくしは、セーレ・ルィエと申します。バビルスに在学していた頃から、ずっとあなたを敬愛しておりました。このような機会をいただき、僥幸の極みです」
洗練された立ち振舞いは、付け焼き刃などではない。
その姿は、歴としたレディだった。
「セーレ・ルィエ嬢……!?」
「セーレ家の御令嬢って、
「な、何よそれ?そんな貴族悪魔が、何で……!?」
ルィエは優雅に手を差し伸べると、花が綻ぶように笑みを浮かべた。
「よろしければ、一曲踊っていただけますか?」
カルエゴはその手を取ると、「喜んで」と答えた。
『 喧しく喋るな。節度を持て。自分のペースを押し付けるな 』
『 姿勢を崩すな。もっと滑らかに、堂々と歩け 』
『 教えた通り足を運べ。音をよく聞いて合わせろ 』
カルエゴの厳しい指導の通り、ルィエは話し、歩き、踊る。
その流麗なダンスには、誰もが目を奪われた。
「まるで、美しい物語を見ているかのようだ」
同時に、先輩を通じて指導力を誇示されているような……と思うアスモデウスであった。
クライマックスでは羽を広げて舞い踊り、曲が終わると、ルィエはカルエゴに抱き寄せられながら着地する。
「合格だ。ルィエ」
耳元で、低く響く声。
思わず声を上げそうになったルィエは咄嗟に口を両手で覆い、飛び出しかけた頭部の犬耳を必死に押さえた。
その仕草を見たアスモデウスは、角と牙を手で隠し礼を示す古い礼法だと認識した。
そして、カルエゴは……本当の理由を察していながら、意地の悪い笑みでルィエに告げた。
「順序が逆だ、馬鹿者」