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収穫祭3日目の中間発表により、問題児クラスのシャックス・リードが2万Pの鉢を持っている事がわかった。
オロバス家 家系能力〝
相手の絶対に見たくないトラウマの幻影を生み出す能力。
リードに幻覚を見せたオロバスは、鉢を奪い本部へ提出した――つもりだった。
報告筒を後にして、暫くした頃……
「待って、何処行くの?」
「君は……」
「オ、オロバスくん……!?」
ストレートの黒髪から覗く、白い小さな二本の角。自信無さげに下がった、悪魔特有の尖った耳。
爪の色と同じ翡翠色の瞳は、オロバスを映した後、伏せられた。
セァル・レーラ。
同じA組の中でも、あまり目立たない生徒だ。
オロバスの傍までやって来た黒念子が、レーラを見上げてみゃあと鳴いた。
先程の「待って」は、この念子にかけられた言葉だと理解する。
「あ……あの、ごめんなさい。わ、私の使い魔なの」
レーラはおずおずと近付いて来て、小さな使い魔を抱き上げた。
ちらりとオロバスを見上げたかと思うと、目を逸らし、距離をとった。
――怯えられている……!!
入試次席のオロバスは、以降もあらゆる試験で2位をとり続け、2番を愛する2番信仰の悪魔だと、皆に誤解されていた。
オロバス家は常にまっすぐ、質実剛健たる家系であり、本当は1位をとりたいのに。
皆の怯えや誤解を解く為に、この収穫祭で正々堂々優勝する事を目指していたが、この女子生徒から見ても自分はそんなに怖いのだろうかと、内心落ち込んだ。
「……謝罪は必要ない」
そう声をかけたが、レーラはびくりと身体を強張らせる。
どうしたら怖がらないでくれるのかと、オロバスは途方にくれていた。
レーラの使い魔が、何かを伝えたいのか、うにゃうにゃと鳴いている。
翡翠色の瞳の、足先だけが白い小さな黒念子。
使い魔の姿形は主に影響されるというが、なるほど、これは確かに彼女の使い魔だ。
オロバスの表情が、僅かに弛緩した。
「君は、ひとりで行動しているのか?」
「エイコちゃんや、ガーコちゃんと一緒だったんだけど……は、はぐれちゃって。心細くて、この子を召喚したの」
「そう…なのか」
「オロバスくんも…?」
「?……ああ」
認識を阻害する最高位の隠密魔術をかけられたオチョ。
レアな収穫物をこっそり集めて貯めていたり、離れて行動している間は、オロバスにさえ存在を認識されていなかった。
「あ……あの、えっと、ね……」
「そんなに怯えなくとも、君に危害を加える気は無い。その使い魔にもだ」
声を震わせながら、懸命に何か言おうとしているレーラを見兼ね、オロバスはできるだけ柔らかい声音で紡いだ。実際にそうなっていたかは判らないが。
すると、レーラは弾かれたように顔を上げ、困ったような、泣きそうな表情を見せた。
「ち、ちがっ……違うの!」
「?」
「怯えてるように見えてたなら、ごめんなさい。でも、私、怖いんじゃなくて、その……何ていうか、畏れ多くて」
私は「
レーラは、小さな声でそう付け足した。
「オロバスくんは、
「実技も座学も2位だが」
「うん、凄いと思う。私なんか、何の取り柄も無いから……。オロバスくんは、強くて賢くて、堂々としてて……羨ましい」
――凄い、だと?……羨ましい?私が?
「オロバスくんみたいな優秀な悪魔は、私みたいな地味な悪魔、眼中に無いだろうし……き、緊張して……っ」
「……!?」
「私は、家系能力すら、上手く扱えないし……」
そう言って、レーラが手のひらを下に向ける。
足元に落ちていた小枝が、ふわりと浮かび上がった。
セァル家 家系能力〝
物体を浮かせたり運んだりする能力。
移動の範囲や、動かせる物の大きさ・重さは魔力量に比例する。
「こういうの、できる悪魔はいっぱいいるでしょう?オロバスくんも、本を何冊も浮かべて読んでた」
「ああ…」
ポトリ、と。小枝が落ちる。
「大きい物や重い物だったり、一度に複数とかだと、たくさんの魔力を消費してしまって……私には、まだ難しいの」
レーラの肩に乗った念子が、慰めるように鳴いた。
「自分自身を浮かせる事は?」
「え?……できる、けど」
恥ずかしそうにしながらも、レーラはゆっくりと宙に浮かび上がった。
大柄なオロバスとの身長差を埋めるかのように、目の高さが同じくらいになる。
「羽で飛んだ方が、もっと高く速く飛べるから、あんまり意味ない…かな」
「森の中は飛行しづらい。羽を出さなくても飛べるなら、役に立つのではないか?」
「え…?」
オロバスは眼鏡の位置を直すと、浮かんでいるレーラとまっすぐに目を合わせた。
「羽を木に引っ掛けたりしなくて済むのはいい」
「オロバスくん……」
ふわり、ふわりと。レーラの身体が浮き上がっていく。……否、〝舞い上がる〟というべきか。
魔力が感情に同調しているのだ。
「あ、ニギニギ草」
レーラは、巨大なニギニギ草を視界に入れると、エイコはあれを見た途端に駆け出した事を思い出した。
ガーコと共に後を追ったが、その途中ではぐれてしまった。
使い魔を召喚したのは、心細さもあったが、安全そうな道を案内して貰う事ができるかもといった淡い期待もあった。
付いて行った先には、エイコ達ではなくオロバスが居たのだが。
「エイコちゃん達、たぶん、あのニギニギ草?に向かって行ったんだと思う。『イルマさん!』って言ってたから」
ゆるやかに着地しながら、レーラが言う。
オロバスの顔色が変わった。
――イルマ、だと……?私の魔術を破り、地下から派手に脱出して、優勝するとまで豪語した……イルマ…………
やはり、問題児クラスは排除しなければ。
「ならば、こちらの道を行くといい。先程私が通って来た道だから、魔獣もそれほどいないだろう」
「本当?ありがとう、オロバスくん!」
――収穫祭は騙し合いや奪い合いもあるというのに、何故こんなにも素直に私の言葉を信じられるのか。
レーラを見送りそんな事を考えていると、「オロバス様~」という声。
「……っ、……オチョ?」
「今、誰かと話してましたぁ?」
「ああ、級友だ。私の標的ではない」
――私の標的は……問題児クラスだ!!
そして、収穫祭の終わり。
若王となったのは、レジェンドリーフを咲かせたイルマとリードだった。
ピンクでふわふわの美しい花の下、表彰式と位階発表が行われ、その後1年生は講堂へと集められた。
収穫祭の打ち上げだ。
優勝は逃すも3位という好成績を残し、
「オロバスくん…!」
何人もの生徒に労いの言葉をかけられる中、緊張した面持ちで呼び掛けてきたのは、レーラだった。
「位階昇級、おめでとう」
「ああ……うん、有り難う」
「収穫祭で3位だなんて、やっぱり、オロバスくんは凄いね」
収穫祭中に出会った時と同じく、素直な言葉での賛辞。
オロバス自身も、あの時よりも素直に受け取る事ができるようになっていた。
そして、相手の健闘を讃える。
「君も、
「私は…たった333Pだから。エイコちゃんやガーコちゃんと一緒じゃなかったら、あっという間にリタイアしてただろうし…」
「あの後、無事に合流できたんだな」
「うん。オロバスくんのおかげ」
「いや、私は何も……」
「ううん。あの時オロバスくんに会えなかったら、私、ずっとひとりで迷ってた。家系能力の事もね、役に立つって言って貰えて、嬉しかったの……だから、ありがとう」
オロバスを見上げ、レーラはやわらかな笑みを咲かせた。
「レーラさん……」
胸の奥が、あたたかいもので満たされていく。
――そうか。私も、嬉しかったのだ。いつまでも2位だった私に……彼女が、尊敬と信頼を向けてくれた事が。
「それでね、……こ、今度、勉強を教えてほしいなって」
「私で良ければ、いつでも教えよう」
「本当に…?迷惑じゃない?」
位階「1」であるレーラは、気後れしていた。
「
「イルマがカルエゴ先生召喚したって!見に行こうぜ!!」
そんな時、レーラの背後を通った生徒が、軽くぶつかった。
「あ……っ」
「お、悪ィ」
その拍子に、レーラは持っていたグラスを落としてしまう。
……だが、床に落下する前にふよふよと浮かび上がり、レーラの手に戻った。
「大丈夫か?」
「う、うん」
「今のは、君が?」
「そう…みたい。割れちゃうと思ったら、咄嗟に……」
周りの生徒達は皆、問題児クラスに注目していた。
オロバスとレーラだけが、互いに視線を交わしている。
「家系魔術は、鍛練すればより強くなる。君の家系能力も、多くの可能性を秘めている筈だ」
「オロバスくん……」
「私もまだ1位を諦めたわけではない。共に研鑽を積むとしよう」
「――はいっ」