Relieved
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「お前の大事な者、確かに帰しましたよ」
オペラに言われ、カルエゴは帰宅早々、壁の前に立った。
手を翳して魔力を込めると、魔方陣が出現し、扉が現れる。
こちらから開けば、執事服を身に纏ったルィエの姿があった。
「ルィエ…!」
「カルエゴ卿……」
驚き、安堵したように相好をくずしたルィエの腕を掴み、こちら側へ引き入れる。
そのまま、自身の腕の中に閉じ込めた。
「人質なんぞにされおって」
「…申し訳ありません。下手に逆らって、カルエゴ卿に不利益があってはならないと」
「何もされなかっただろうな?」
「は、はい。オペラさんの補佐といいますか、お手伝い程度の雑事をしていただけです」
「こき使われたのか」
「あの……カルエゴ卿?」
「何だ」
「これは、その……どういう……?」
当惑する声に、カルエゴは漸く、衝動的にルィエを抱き締めていた事に気付いた。
離れようと思ったが、逆にルィエの後頭部を押さえるような、強い抱擁となる。
今の自分の顔を、見られたくない。
それ以上に、放したくなかった。
「ぁ……」
カルエゴの焦燥が伝わったのか、ルィエは大人しく腕の中におさまっていた。
やがて、おずおずとカルエゴの背中に手を添えると、優しく撫でる。
大丈夫ですよ、と……安心させるように。
暫くそうしていた後、落ち着きを取り戻したカルエゴは、ルィエを解放した。
「ルィエ」
「はい」
「座れ。話がある」
ルィエをソファに座らせ、自身も腰を下ろす。対面ではなく、少し距離をおき横並びに。
そして、カルエゴは全てを話した。
「そんな……」
「あのままでは、私はお前に何をするかわからなかった。だから逃がしたんだ。欲望の限りを尽くし、手酷く傷つけてしまう前に」
休暇を取らせた理由を語る際、カルエゴはルィエの顔を見る事ができなかった。
だが、嫌悪されようが幻滅されようが、話しておかなければならない。
バラムにも言われたのだ。
カルエゴくんは避難させたつもりかもしれないけど、セーレさんは多分、追い出されたと思ってるよ。すごく不安そうにしてた、と。
「…カルエゴ様……」
泣き出しそうな声が聞こえたかと思うと、ルィエの両手がのびてきて、カルエゴを抱き寄せた。
「は……?」
自身の胸に導き、慈しむように頭を撫でる。
「おい……こんな事どこで覚えた?誘惑授業なんか取ってなかっただろう」
それはルィエが選んだ事ではあるが、カルエゴが助言し都合よく誘導したからでもある。
「すみません……先程のご様子から、こうした方が落ち着くのではと……間違えましたか?」
申し訳なさそうに離れたルィエの、耳が赤い。
面映ゆさを堪え、先刻のカルエゴの行動を真似たつもりだったのだ。
「正直に申し上げますと、ナルニア卿の件は、今はどうでもよいのです。カルエゴ卿の心痛を何一つ理解せず、何のお力にもなれなかった事が、私は……」
「あの状況では仕方ないだろう。怖がらせたのは私だ」
「違います。私が怖いのは……あなたに、見放される事です。機嫌を損ね、失望され、もう要らないと言われる事が、私は何より怖いのです」
今度は、ルィエの方が俯いていた。
カルエゴの顔を見る事ができない、自身の情けない顔もまた、見せられない。
「やはり私は、SDの器ではありません。オペラさんにも、言われてしまって……」
「あ"?」
「『全てを肯定するのが、SDの務めではありません。入室を拒否されようが、窓なり壁なりぶっ壊して入ればいいでしょう?』……と」
「やめろ。ヤツは特殊だ。参考にするな」
「でも、私は、言われるがままに休暇を取り、ただ、待っていただけです。カルエゴ卿の許可が下り、再び扉が開くのを」
カルエゴの手が、ルィエの頭に乗せられた。
「お前はそれでいい」
撫でる手付きが優しくて、ルィエは胸が締め付けられる。
「…ッ……SDでなくても構いません。愛玩犬でも雑用係でも、何だって……私でお役に立てる事なら、何でもします。だから……あなたのお傍に、置いてください」
縋るような、懇願だった。
カルエゴは無口頭魔術を使い、ルィエの眼前に、リボンのかかった丸い瓶を出現させた。
「……?」
「〝待て〟の後には、褒美があるものだろう」
「……私に、ですか?」
ルィエは、そっと、両手で受け取った。
クリスタル製の瓶に入っているのは、魔スミレの砂糖漬けだ。砂糖の粒がキラキラと、まるで宝石のように美しい。
食用花の砂糖漬けは、ルィエも作った事があるが、これは見ただけで高級品だとわかる。
「こんなに貴重なものを、ありがとうございます。セイレン島のお土産ですか?」
「課外授業だぞ。土産など買わん」
「では…?」
「取り寄せた。お前が好きだろうと思ったんでな」
「……私の、ために…?カルエゴ卿……本当に、ありがとうございます。大事にいただきますね」
頬に朱を刷いた微笑みと、露になった犬耳と尾。
ナベリウス・カルエゴともあろう悪魔が、自分を相手にご機嫌取りのような事をしているなどとは、ルィエは夢にも思っていない。
「ルィエ、お前の野望は何だ?」
カルエゴの質問に、ルィエは手の中の瓶を一旦テーブルに置き、姿勢を正した。
そして、カルエゴを目を見てはっきりと告げる。
「私の野望は、カルエゴ様の平穏をお守りする事です」
「そうか」
微かに口元を緩めた後、カルエゴは改めてルィエを見据えた。
「ルィエ、よく聞け」
「はい」
「お前がいないと、俺はストレスで死ぬ」
「死…ッ……えぇ…っ!?」
「だから、ずっと傍にいろ」
魔スミレの色に似たルィエの瞳が、とろけていく。花が綻ぶように、甘やかに。
「――はいっ」
破顔し、ちぎれんばかりに尻尾を振るその姿を見たカルエゴは、全身で笑いを堪え始めた。
「クッ…興奮して羽が出るほど嬉しいか。そうか…」
「え、あぁっ…ごめんなさい……ッ…すぐに、仕舞います…!」
強い喜びに羽までもが飛び出していて、ルィエは慌てて収納する。
「粛に」
その言葉を聞けば、条件反射のように口を噤み、大人しくなった。
うるさくしてしまったと、眉尻を下げて。
カルエゴは満足げに、ルィエの頬を撫でた。
ルィエは微かに息を漏らしたが、律儀にもまた唇を閉じる。
きっちりと結い上げられていた髪を解き、手で梳いてやれば、ゆるやかに広がった。
耳や首筋を掠めるカルエゴの指の感触に、思わず目を瞑るルィエ。
その仕草は、くちづけを待っているようにも見え……カルエゴは食らいつくように唇を重ねた。
セーレ・ルィエは、優秀な悪魔だ。
師団披露、収穫祭、心臓破り……様々な行事で生徒の捜索が必要になる度、ルィエの能力があればと思わなかった事はない。
カルエゴが命じさえすれば、ルィエは喜んで尽力しただろう。
それでもカルエゴは、ルィエを
有事の際、命の危機に瀕した状況になった時、守るべき生徒達よりも己の欲を――つまり、ルィエを第一優先にしてしまいかねないと、無意識のうちに拒んでいた。
本来ならば、ルィエは何にだってなれたし、何だってできた筈なのだ。
教師になる事も、戦場で活躍する事も。貴族悪魔としてそれなりの地位に就く事も、いつかは……。
ルィエの視野を狭めたのは、カルエゴ自身だ。
自分にのみ服従し、他は眼中にない、そんな風に教育し、調教してしまった。
だからSDになりたいなどと言い出し、今では、SDでなくとも構わないから傍に置いてほしいと言う。
ルィエには、他に選択肢が無いのだ。
ルィエの世界は全て、カルエゴでできている。
オペラに逆らえなかったのは、カルエゴの先輩だったからで、バラムに撫でられても嫌がらないのは、彼がカルエゴと仲が良いから。
卒業後、ナベリウス家で働き始めたのは、そこがカルエゴの実家だからであり、一時でもナルニアに従属していたのは、彼がカルエゴの兄だったから。
そして、頭を撫でられて尻尾を振っていたのは、〝カルエゴが尊敬する兄上〟である彼に、〝カルエゴの教え子〟として評価されたから……――今ならわかる。
――兄上……貴方はルィエを、上手く使えると言いましたね。だが、利用されたのは貴方だったようだ。
ナベリウス家も、そしてナルニアも、カルエゴの傍にいたいと願うルィエが、己の欲をその手につかむ為の足掛かりに過ぎなかった。
ルィエ自身が、意図したわけではなかったとしても。
そして、ルィエがナルニアに従属する事は、もう二度と無い。
カルエゴの敵は、ルィエにとっても敵なのだから。
愛しいルィエを抱きながら、カルエゴは、この上なく陰湿な笑みを浮かべた。