ミツナル短編集

 ソフトクリームを食べると、否が応でも占いを思い出す。「強く太い絆で結ばれている」なんて、誰と誰の事だったのか今も分からないが、ぼくらには確かに絆がある。
…いや、正確には「あった」のだ。
「ね、ね、なるほどくん!みてみて!この雑誌の占い、すごーく当たるんだって」
 真宵ちゃんが目を輝かせながら雑誌のページを見せてくる。
「ええ…占いはもうしばらく勘弁なんだけどなぁ」
「いーじゃない!だって【当たる】んだよ?シンピョウセイ、高いってみんな言ってるんだから!」
「…そのみんなって、どうせクラスの2、3人だったりするんだよなぁ」
 そう言いつつぼくはソフトクリームを食べ終え、自分の誕生日のページを見る。
「ええと…『今月の貴方はアンハッピー、悪いことが続く予感…怪我をしたり、大事な人とケンカしちゃうかも?』…な、なんだよ、これ!」
そこに書いてあったのは、『悪いことが続く』、なんて不吉な文字だった。
「うわー、なるほどくん、ザンネンだね…何か良くないことが起きちゃうかもだよ!」
「…生憎だけど、ぼくは占いは良い結果しか信じないようにしてるんだ」
「強がっちゃって~!気にして冷や汗かいてるの、バレバレだよ」
「うっ」
 確かに、この占いの言うように、ここ最近のぼくはツイてない。
 自転車は突然パンクするし、何も無いところで転ぶし、お気に入りのシャツにコーヒーが染みるし、弁護の依頼は全く来ないから家賃が払えるかギリギリだし…
「それはいつもの事だね」
「うるさいよ!」

 …それに、『大事な人とケンカ』も当たっている。
 もう何が原因だったかも思い出せないくらい、本当にささいなことだった。3日前、恋人である御剣とケンカをしてしまったのだ。お互い口がよく回るので売り言葉に買い言葉、どんどんヒートアップしてしまい、法廷さながら追い詰め追い詰められ、最後にはぼくが御剣の家を飛び出してしまった。
「絶交だ!」と、小学生のような捨て台詞を吐いて…
「はぁ…ホント、どうしたらいいんだろ」
「ほら、なるほどくん。ここ見てよ!ラッキーアイテムとラッキーカラーが載ってるよ」

―そんなツイてない貴方のラッキーカラーは赤!ラッキーアイテムはレアなもの!

「…赤、か」
 “赤”といえば、イヤでもアイツを思い出す。全身真っ赤でヒラヒラしてて、憎らしいほど整った顔の男。ぼくの大事な親友で、恋人。

「よーしなるほどくん、暇ついでに検事局にいってきなよ!“赤”いあの人がいるかもよ!」
「えっ…いや、用事もないのに行っても…それに、“赤”なら他にもあるだろ!別にアイツじゃなくたって…」
「ま、ま、いーじゃない!用事ならほら!あたしのとっておき『トノサマンレアカード』を見せびらかしに来たってことでさ!」
「う、うーん…」
 ほらほら、行った行った!とムリヤリ立たされ背中を押される。真宵ちゃん、なんでこんなに強引なんだろうと疑問に思うが、彼女が突拍子もないのはいつもの事だった。
「ていうか、そもそも、ぼくは占いなんて…」
「なるほどくん、占いはね、あたしと一緒で『裏がない』んだよ!あたしを信じてくれてるのと同じくらい、信じてみなよ!」
「…確かに、真宵ちゃんには『裏がない』けどさ(タンジュンだもんな)」
「御剣検事と仲直り、出来るといいね!」
 ニッコリ笑ってそう告げる真宵ちゃんに面食らう。

「…真宵ちゃん、霊媒師より、占い師になった方がいいんじゃない?」

* * * 

 貸してもらったトノサマンのレアカードをポケットに入れ、重い足取りで検事局に向かう。
(…やっぱり、こんなことでアイツに会いに行くなんて迷惑なんじゃないかな…真宵ちゃんには悪いけど、今日はやめとこう)
 うん、そうしようとくるりと方向転換し、事務所に戻ろうとした。が、横の店から出てきた誰かにぶつかって、思い切り転んでしまった。
「いてっ!す、すみません…!」
「…な、成歩堂」

 聞き覚えのありすぎる声に目を見開き見上げる。真っ赤なスーツにヒラヒラ、整った顔は驚愕の表情をしていた。
「みっ…つるぎ」
「す、すまない、大丈夫か?怪我などはしていないか?」
「あ、ああ…大丈夫…」
 差し伸べられた右手を素直に取ろうとしたが、左手を見て動きが止まる。

「お前…それ…」
「ああ、これは…キミに贈ろうと思ってこの店で購入したのだ」
 御剣の手には大きなひまわりの花束が抱えられていた。
「先日はすまなかった。頭に血が上り、キミを傷つけた」
 御剣はしゃがみこみ、未だ尻もちを着いたままのぼくに目線を合わせる。
「そ、そんなの…ぼくだって、言い過ぎちゃって、本当にごめん。絶交なんて嘘だ。お前のこと…凄く大切に思ってるよ」
「!成歩堂…愛してる。どうか受け取ってほしい」

 こんな道端でやる事じゃないだろうに、恋は盲目。ぼくも御剣ももうお互いしか見えず、見つめ合う。
「ありがとう、恥ずかしいけど、嬉しいよ」
「良かった。キミは本当にひまわりが似合うな…占いに感謝だな」
「占い…?あ、そういえば」
 ぼくはポケットにしまっていた『レアカード』を取り出し、御剣に突きつけた。
「これ、真宵ちゃんが御剣に見せびらかしてこいって」
「!!!!」
 カードを見た御剣の目が輝く。
「こ、これは、トノサマン無印の数枚しか出回っていない激レアカードではないか!真宵くん、どこでこれを…!」
 興奮して僕の存在なんて忘れたように喋り出す御剣に、なんだかモヤモヤしてしまう。
(…なんだよ!ぼくよりトノサマンの方が好きなのかよ…!)
「御剣のバカ!やっぱりお前なんて絶交だー!」

 占いなんて信じるんじゃなかった!と、ひまわりの花束を抱えて走り去る。
 御剣は理解が追いつかなかったようでしばらくポカンとしていたが、慌てて弁明のためにぼくを追いかけるのだった。

* * * 

 少し前、検事局

(ぐぬぬ…成歩堂から全く連絡が無い…)

 三日前、私の部屋に遊びに来ていた成歩堂とケンカをしてしまった。その時は頭に血が上っていた為、「絶交だ!」と叫ばれても好きにするがいいと思っていたが、今となって激しく後悔している。

(ずっと忙しく、こちらから連絡をしようにもなかなか時間が取れない…ああ、成歩堂…私たちは本当にこれで終わりなのか…?)
 手は動かしながらも頭の中は愛しい恋人のことでいっぱいだ。会いたい、話がしたい、抱きしめたい…これでは仕事にならないと、立ち上がり執務室を出る。一度カフェででも休憩しようと検事局を後にした。

「…そして今日の貴方のラッキーカラーは、ズバリ青!ラッキーアイテムはひまわりでーす!それでは、行ってらっしゃーい!」

 カフェに向かう途中、電気店のテレビから聞こえる声に思わず反応してしまう。
(青とひまわり…フッ、考えないようにしても、あの男を思い出してしまうな)
 青いスーツに身を包み、ひまわりのバッジを付け、時に凛々しく時に情けなく、ピンチをチャンスに変え、いつも真実を見据えるあの瞳。

(…絶交とは言われたが、別れるとは言われていない。今ならまだ間に合う、会いに行こう)
 くるりと方向転換し、花屋へ向かう。もちろん、彼に贈るふさわしい、ひまわりを買いに。

 その後、愛しの成歩堂と仲直り出来たはいいものの、再びケンカをし拗れる事になるとは考えもしないのであった。
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