ミツナル短編集

「パパ!なわとびするから何回とべたか数えて!宿題なの」
 青いなわとびと『なわとび手帳』と書かれた紙を持って、みぬきがニコニコしながらやって来た。
「いいよ。じゃあ外に行こうか」
 御剣から「目を通しておきたまえ」と言われていた資料を机の隙間に隠し、ニット帽を被る。どこで“アイツ”が見ているかわからない状況で、よく自分に法律関係の事を頼む気になったものだと苦笑し、みぬきと一緒に外へ向かった。

「パパはなわとび得意?みぬき、一人でとぶのはできるけど大縄跳びがちょっと怖いんだー…」
「うーん、ぼくがみぬきと同じ歳の頃は、なわとび全然跳べなかったよ。一人でも大繩でも」
「そーなんだ…まあでも、パパ運動ニガテだもんね!」
「はは、みぬきにはかなわないなぁ」
 じゃあ見ててね!と、意気込んでなわとびを始める娘を見つめながら、当時を思い出す。
(あの学級裁判の後、なわとび大会があったんだよなぁ。ぼく、全然跳べなくて、それで…)

* * * 

「あーあ、また成歩堂がひっかかった」
「うう…ごめん」
「成歩堂がいると、練習進まねーんだよな」
「…」

 学級裁判でぼくは無罪になったものの、やっぱりクラスのみんなからの目は冷たいままだ。大縄跳びという一致団結しなければならない競技において、ぼくはみんなにとって邪魔な存在だった。
「…ぼく、あっちで練習してくるよ」
 泣きそうになるのを堪えて、一人用のなわとびを持って輪から外れる。とぼとぼ歩くぼくの後姿を見つめる視線があった事には気付かなかった。
「いたっ!」
 一人でもなかなかうまく跳ぶ事が出来ず、何度も足がもつれて転びそうになる。足も痛いが心も痛い。このままじゃ、みんなに迷惑がかかってしまう。そう考えると、涙が滲んで余計に跳べなくなってしまうのだ。
「あまり目をこするな、成歩堂」
 バイ菌が入ってしまうぞ。と声が聞こえて、振り向くと一人用のなわとびを持った御剣がいた。
「えっ…御剣くん、どうしたの?」
 慌てて涙を拭い、そう尋ねると、御剣はため息をついた。
「奴らに追い出されたキミがべそをかいていたからな、様子を見に来たのだ」
「なっ…別に泣いてないよ!ちょっと、目にゴミが入ったの!」
「ふっ、キミは“泣き虫”だからな。まあ、そういう事にしておこう」
「うぅ…」
 御剣はやれやれと肩を竦めた後、真剣な顔でぼくに告げた。
「成歩堂、奴らを見返してやろうではないか」
「えっ?」
「なわとび、ニガテなのだろう?ならば、跳べるようになって、みんなに凄いと言わしめるのだよ」
 確かに、ちゃんと跳べるようになれば、またみんなと普通に喋れるようになるかもしれない。認めてもらえるかもしれない。
「でも…どうしても跳べないんだ、ぼく」
「一人より、二人で練習した方がいい。一緒に特訓しよう」
「えっ、いいの?御剣くん、大縄跳びの方は…」
「問題ない。キミが居ないのだから、ぼくが居なくても変わりないだろう。コツを教えるから一緒に頑張ろう」
 強気な笑みを浮かべ、御剣が手を差し伸べる。

「何度失敗しても、躓いても構わない。キミが跳べるようになるまで、とことん付き合おう」

―ああ、またぼくは、御剣くんに助けてもらっちゃったな…

「…うん!ありがとう、御剣くん!」
「!い、いや…別に、いいのだよ」
 手をギュッと握って笑顔を見せると、彼は顔を赤くして目を逸らした。ぼくのヒーローは、ちょっぴり照れ屋なのだ。

「おーい!成歩堂、御剣ー!」
「ん?」
 遠くから矢張の声がする。矢張は泣きながらこちらへ向かってきた。
「聞いてくれよ~!アイツら、オレがひっかかったらみーんなで責めてくるんだぜ!あんまりじゃねーか!? 」
 目をウルウルさせてやはりが地団駄を踏む。
「むむ、見過ごせないな。大繩跳びとは、みんなで力を合わせなければならないのに、寄ってたかって…」
「矢張もなわとびニガテだっけ?」
「いや?成歩堂よりはトクイだぜ」
「ひ、一言余計だよ!」

 二つのなわとびを繋げて大きくし、御剣と矢張が回してぼくが跳ぶ事になった。
「成歩堂、タイミングを教えるから、怖がらずにはいってくるんだ」
「足を高くあげるんだぜ!」
「う、うん!頑張るよ」
 二人が優しい眼差しでぼくを見る。ぼくが必ず跳べると信じてくれている。それだけで、心も体も軽くなったようだった。

「じゃあ、跳ぶから見ててね!」

* * *

「パパ!みぬき、何回とべてた?二重跳び、結構できてたとおもうんだけど!」
 顔を赤くさせて興奮気味に話しかけてくるみぬきにハッとする。
「あ…ごめんみぬき、パパちゃんと数えられてなかったや」
「ええー!」

 ガックリと肩を落とす娘に最悪感を抱く。まさか好きな人との思い出に浸っていました、なんてうら若い乙女みたいな事を言う訳にもいかず、面目ないとひたすらに謝った。
「全く、パパったらボーっとしちゃって…そんなんじゃ、御剣さんにも呆れられちゃうよ?」
「えっ」
 …まさか、【みぬいた】のか?いやそんな、誰の事を考えていたかなんて、そこまでは…
「じゃあ、もっかいとぶから、今度こそ見ててね!」
「う、うん。わかったよみぬき」

 あの後、ぼくはそこそこ跳べるようになって、クラスのみんなからも「やるじゃん」と見直され、普通に話せるようになった。なわとび大会で優勝は出来なかったけれど、みんなに凄いと言わしめる事が出来た事実に、ぼくと御剣はこっそり笑いあったのだった。
(何故か矢張が一番得意げだった)

―何度失敗しても、躓いても構わない。キミが跳べるようになるまで、とことん付き合おう。

 あの日貰った言葉を、状況は違えど再び貰うことになるなんて、子供の頃のぼくは考えもしなかっただろう。

 御剣は忙しい合間を縫ってぼくとみぬきに会いに来ては、仕事の手伝いを頼んだりみぬきのマジックに付き合ったりしてくれている。
 迷惑がかかるからと一時は突き放したが、御剣はしつこく連絡してきた。「顔を見るまでは帰らない」とまで言い、事務所の前に半日仁王立ちされた日もあり、仕方なくぼくが折れたのだった。

「奴らを見返してやるのだ。キミの為に、私は上を目指す。キミが再び法廷で跳べるように、その場を整えよう」

 真実を明らかにするために、今は耐え忍ぶ。信じてくれる人がいる。ぼくを待っててくれる人がいる。それだけで…

 あの時のぼくと同じ歳のみぬきが懸命に跳ぶ。ぼくはそれをしっかりと見つめ、自分も再び跳ぶ日を夢見るのだった。
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