ミツナル短編集
やっぱりコートを着てくればよかったと、若干の後悔と用意した紙袋を抱えながら、寒空の下検事局の前で待ち伏せをしていた。 吐く息は白く、容赦なく吹く寒風に身震いしてしまう。寒い。とても寒い…が、顔だけは季節と反対に汗ばむほど熱い。紙袋をちらりと見やり、再び息をつく。早く、早く来いと念じながら、目を閉じ想い人の姿を浮かべた。
「…成歩堂?」
心地の良いバリトンが聞こえ、ゆっくりと目を開きその姿を捉える。想像していた顔とは違い、目を丸くさせポカンと口を開けた想い人…御剣の表情が面白く、思わず笑みがこぼれた。
「どうしたのだ、来るなら連絡くらいよこしたまえ。というかキサマ、コートも羽織らずにこのような…」
「コートついてはぼくも後悔してたところだよ。連絡についてはさ、お前を驚かせたくてつい、ね」
成功だな、と笑いかけると御剣はグッと言葉に詰まり、一つ咳払いをした。
「し、しかし本当にどうしたのだ?今日会う約束はしていなかったが…」
「約束してなくても会いたい日なんてざらにあるだろ。…コイビトなんだから」
「むぅ…それは…私だってそうだが…」
頬を染め、腕を組み考え込む御剣に可愛いなぁとつい見つめてしまうが、本来の目的を思い出し紙袋をズイ、と差し出した。
「はい、これ。あー…メリークリスマス?」
「…まだ一週間以上あるのだが」
「ほら、善は急げって言うだろ?もしくは思い立ったが吉日?」
青いサンタがクリスマス前にやって来たぞとヘラヘラ笑うと、御剣は眉間のヒビを深め怪訝そうに紙袋を受け取った。それがプレゼントを持ってきた恋人に向ける顔か?とため息が出てしまう。
(まあ、自分でも突飛なことしてるとは思うけど…)
「…開けても?」
「どうぞどうぞ」
さすがに目の前で開けられるのは緊張してしまう。ふてぶてしく笑って誤魔化し、ガサガサと紙袋からプレゼントが取り出されるのをドキドキしながら待つ。
「!マフラー…か」
パッと顔が華やいだのを見て、ようやく心が落ち着いた。マフラーを購入した時から今まで、嫌がられないか実はずっと不安だった。
「その、良さげなの見つけたし、最近ホント寒いし…どうかなと思って」
久方ぶりにデパートで買い物をした際、黒いシンプルなマフラーを見つけ「あいつに似合いそうだな」と思い、どうしてもプレゼントしたくなり購入した。その値段、なんと二万円だ。自分の持っているマフラーなんて二千円にも満たない為、値札を見た時はたじろいだが、これを巻いた御剣の姿を思い浮かべていたらいつの間にかレジにたどり着いていた。
「…ありがとう。実に私好みだ」
御剣はすぐに巻いてくれ、嬉しそうに微笑んだ。思った通りよく似合っており、治まったはずの心臓は再び高鳴り始めた。
(くそ、カッコイイな…!)
何だか直視出来なくて、視線を下に向けると御剣のカバンから白いフワフワした布がはみ出ているのが見えた。
「あ、それ…」
「ム?これか?先日購入したのだ」
取り出したのは真っ白なマフラーだった。…アキラカに、ぼくが渡したモノより高級そうな。
「えっと…それ、いくらくらいしたんだ…?」
「確か、十万円ほどだったな」
ぼくのあげたマフラーの…五倍…!!
瞬間、汗がドっと湧き出て体温が急上昇し、その後急速に冷えていった。全身寒くて滲んだ涙も凍ってしまいそうだった。舞い上がって"奮発した"なんて思っていた自分が恥ずかしくて堪らない。そうだった、コイツはいいモノには糸目をつけない、ぼくなんかより何倍もいい男なんだった…
「うぅ…ごめん、もういいのを買ってたのに、気を使わせて…やっぱりぼくがあげたヤツ、無かったことに…」
余計なことをしたとすっかりしょげてしまい、必要無いであろうぼくのプレゼントを引き取ろうとしたが、言い終える前にふわりとした感触が首にかかった。
「!え…」
「キミからのプレゼントを返すなんてとんでもない。もう私のモノだ。こちらのマフラーはキミに贈ろう」
さすが高いだけあって普通のマフラーより触り心地も良く、巻かれた途端に首からじんわりと温もりが伝播していく。その温かさに心が安らぐが、ハッとして御剣の腕を掴んだ。
「いやいや!受け取れないよこんな高級なヤツ…!お前が買ったものだし、自分で使うべきだ」
「いいモノだからこそ、キミに受け取って欲しいのだ。分からないか?」
「う…」
確かにそうだ。ぼくだって、いいなと思ったから用意したわけで…。ぼくを見つめる御剣はなぜか満足気で、その表情から本心で言っているのだと伺えた。喜んでくれたことも、ぼくに自分のマフラーをくれたことも嬉しくて、でもちょっと申し訳なくて口を尖らせた。
「でも、ホントにいいのか?二万と十万じゃ全然違うし…」
「キミが私に似合うと思って選んでくれたものだ、何よりも嬉しいに決まっているだろう」
「御剣…」
「それに、キミにとって二万円はケッコウな痛手だろうからな。蔑ろにして、祟られでもしたら困る」
「…お前、ホント一言余計だよな」
「フッ。キサマにだけは、言われたくない」
いつも通りの憎まれ口を叩き合いながら、場所を変えようと歩き始める。お互いの手の甲がぶつかり、そのまま恋人繋ぎをされた。人目があるのに…!と焦って御剣を見ると、蕩けてしまいそうなほど甘い顔をしてこちらを見つめていた。文句のひとつでも言いたかったが、その顔を見てしまったが最後…結局ぼくは押し黙るしかない。それでもやっぱり悔しくて負けじと握り返すと、隣でふっと笑った気配がした。
「…クリスマスを避けてプレゼントを贈ってくれたのは、私の為なのだろう?」
「…」
12月25日…御剣が逮捕された日付だ。いい思い出がある日、とは到底言えないだろう。
「…まあ、それもあるけど、せっかく買ったんだし早く渡したかったんだ。だからこれはぼくの都合、だよ」
「…本当に優しいな、キミは」
そういうところが好きなのだ、とサラリと告げられ、むず痒くなって照れ隠しに頭を搔く。
「確かにあれは大変に辛い日だった。しかし、私が悪夢から解放されたきっかけの日でもある。…キミが私を救ってくれた。これ以上無いプレゼントだった」
「…先にプレゼントを貰ったのは、ぼくの方だよ」
お前は忘れてしまったけれど、ぼくは一生忘れない。あの学級裁判で、御剣は孤独なぼくを助けてくれた。それこそ、これ以上無い贈り物だ。
思い出に浸っていると、御剣は過去の自分に嫉妬したのかはたまた覚えていない自分が腹立たしいのか、途端にむっとして思い切り手を握り締めてきた。
「いでででで!!」
(検事に必要ないだろ、この力!)
慌てて手を離し涙目で睨むと、それはもう憎たらしい笑顔を浮かべており、額の前で人差し指を三度振った。
「フッ、クリスマス当日は覚悟しておきたまえ」
「な、なにをされてしまうんだ…」
左手薬指をスリ、と撫でられ再び手を握られる。火照る顔をマフラーに埋め、こっそりと息を吸い込む。ほんのり香る御剣の匂いと繋がれた手に、冬の寒さなんて吹き飛ぶほど全身に血が巡った。
そして来たるクリスマス当日、ぼくがあげたマフラーの百五十倍の値段がする婚約指輪をドヤ顔でプレゼントされ、ひっくり返るのはまた別の話である。
おまけ
「おお…キレイなイルミネーションだな」
「キミの方がキレイだ、とでも言って欲しいのか?」
「何でそうなるんだよ!別にぼくは女の子扱いされたいわけじゃないぞ」
「フッ、私はどんな女性よりキミが愛おしいぞ」
(うう、恥ずかしくて泣きそうだぞ…)
「ム?鼻の頭が赤いな」
「さ、寒いからだよ」
「キミはあわてんぼうのサンタではなく、トナカイだったか。いつも法廷で笑いものにされているところもよく似ている」
「…そういうお前は全身赤くて、カンゼンにサンタだな。いつも法廷でぼくの弁護に踊らされてるところがよく似てるよ」
「…」
「いでででで!!」
(だから、検事に必要ないだろ、この力!)
「…成歩堂?」
心地の良いバリトンが聞こえ、ゆっくりと目を開きその姿を捉える。想像していた顔とは違い、目を丸くさせポカンと口を開けた想い人…御剣の表情が面白く、思わず笑みがこぼれた。
「どうしたのだ、来るなら連絡くらいよこしたまえ。というかキサマ、コートも羽織らずにこのような…」
「コートついてはぼくも後悔してたところだよ。連絡についてはさ、お前を驚かせたくてつい、ね」
成功だな、と笑いかけると御剣はグッと言葉に詰まり、一つ咳払いをした。
「し、しかし本当にどうしたのだ?今日会う約束はしていなかったが…」
「約束してなくても会いたい日なんてざらにあるだろ。…コイビトなんだから」
「むぅ…それは…私だってそうだが…」
頬を染め、腕を組み考え込む御剣に可愛いなぁとつい見つめてしまうが、本来の目的を思い出し紙袋をズイ、と差し出した。
「はい、これ。あー…メリークリスマス?」
「…まだ一週間以上あるのだが」
「ほら、善は急げって言うだろ?もしくは思い立ったが吉日?」
青いサンタがクリスマス前にやって来たぞとヘラヘラ笑うと、御剣は眉間のヒビを深め怪訝そうに紙袋を受け取った。それがプレゼントを持ってきた恋人に向ける顔か?とため息が出てしまう。
(まあ、自分でも突飛なことしてるとは思うけど…)
「…開けても?」
「どうぞどうぞ」
さすがに目の前で開けられるのは緊張してしまう。ふてぶてしく笑って誤魔化し、ガサガサと紙袋からプレゼントが取り出されるのをドキドキしながら待つ。
「!マフラー…か」
パッと顔が華やいだのを見て、ようやく心が落ち着いた。マフラーを購入した時から今まで、嫌がられないか実はずっと不安だった。
「その、良さげなの見つけたし、最近ホント寒いし…どうかなと思って」
久方ぶりにデパートで買い物をした際、黒いシンプルなマフラーを見つけ「あいつに似合いそうだな」と思い、どうしてもプレゼントしたくなり購入した。その値段、なんと二万円だ。自分の持っているマフラーなんて二千円にも満たない為、値札を見た時はたじろいだが、これを巻いた御剣の姿を思い浮かべていたらいつの間にかレジにたどり着いていた。
「…ありがとう。実に私好みだ」
御剣はすぐに巻いてくれ、嬉しそうに微笑んだ。思った通りよく似合っており、治まったはずの心臓は再び高鳴り始めた。
(くそ、カッコイイな…!)
何だか直視出来なくて、視線を下に向けると御剣のカバンから白いフワフワした布がはみ出ているのが見えた。
「あ、それ…」
「ム?これか?先日購入したのだ」
取り出したのは真っ白なマフラーだった。…アキラカに、ぼくが渡したモノより高級そうな。
「えっと…それ、いくらくらいしたんだ…?」
「確か、十万円ほどだったな」
ぼくのあげたマフラーの…五倍…!!
瞬間、汗がドっと湧き出て体温が急上昇し、その後急速に冷えていった。全身寒くて滲んだ涙も凍ってしまいそうだった。舞い上がって"奮発した"なんて思っていた自分が恥ずかしくて堪らない。そうだった、コイツはいいモノには糸目をつけない、ぼくなんかより何倍もいい男なんだった…
「うぅ…ごめん、もういいのを買ってたのに、気を使わせて…やっぱりぼくがあげたヤツ、無かったことに…」
余計なことをしたとすっかりしょげてしまい、必要無いであろうぼくのプレゼントを引き取ろうとしたが、言い終える前にふわりとした感触が首にかかった。
「!え…」
「キミからのプレゼントを返すなんてとんでもない。もう私のモノだ。こちらのマフラーはキミに贈ろう」
さすが高いだけあって普通のマフラーより触り心地も良く、巻かれた途端に首からじんわりと温もりが伝播していく。その温かさに心が安らぐが、ハッとして御剣の腕を掴んだ。
「いやいや!受け取れないよこんな高級なヤツ…!お前が買ったものだし、自分で使うべきだ」
「いいモノだからこそ、キミに受け取って欲しいのだ。分からないか?」
「う…」
確かにそうだ。ぼくだって、いいなと思ったから用意したわけで…。ぼくを見つめる御剣はなぜか満足気で、その表情から本心で言っているのだと伺えた。喜んでくれたことも、ぼくに自分のマフラーをくれたことも嬉しくて、でもちょっと申し訳なくて口を尖らせた。
「でも、ホントにいいのか?二万と十万じゃ全然違うし…」
「キミが私に似合うと思って選んでくれたものだ、何よりも嬉しいに決まっているだろう」
「御剣…」
「それに、キミにとって二万円はケッコウな痛手だろうからな。蔑ろにして、祟られでもしたら困る」
「…お前、ホント一言余計だよな」
「フッ。キサマにだけは、言われたくない」
いつも通りの憎まれ口を叩き合いながら、場所を変えようと歩き始める。お互いの手の甲がぶつかり、そのまま恋人繋ぎをされた。人目があるのに…!と焦って御剣を見ると、蕩けてしまいそうなほど甘い顔をしてこちらを見つめていた。文句のひとつでも言いたかったが、その顔を見てしまったが最後…結局ぼくは押し黙るしかない。それでもやっぱり悔しくて負けじと握り返すと、隣でふっと笑った気配がした。
「…クリスマスを避けてプレゼントを贈ってくれたのは、私の為なのだろう?」
「…」
12月25日…御剣が逮捕された日付だ。いい思い出がある日、とは到底言えないだろう。
「…まあ、それもあるけど、せっかく買ったんだし早く渡したかったんだ。だからこれはぼくの都合、だよ」
「…本当に優しいな、キミは」
そういうところが好きなのだ、とサラリと告げられ、むず痒くなって照れ隠しに頭を搔く。
「確かにあれは大変に辛い日だった。しかし、私が悪夢から解放されたきっかけの日でもある。…キミが私を救ってくれた。これ以上無いプレゼントだった」
「…先にプレゼントを貰ったのは、ぼくの方だよ」
お前は忘れてしまったけれど、ぼくは一生忘れない。あの学級裁判で、御剣は孤独なぼくを助けてくれた。それこそ、これ以上無い贈り物だ。
思い出に浸っていると、御剣は過去の自分に嫉妬したのかはたまた覚えていない自分が腹立たしいのか、途端にむっとして思い切り手を握り締めてきた。
「いでででで!!」
(検事に必要ないだろ、この力!)
慌てて手を離し涙目で睨むと、それはもう憎たらしい笑顔を浮かべており、額の前で人差し指を三度振った。
「フッ、クリスマス当日は覚悟しておきたまえ」
「な、なにをされてしまうんだ…」
左手薬指をスリ、と撫でられ再び手を握られる。火照る顔をマフラーに埋め、こっそりと息を吸い込む。ほんのり香る御剣の匂いと繋がれた手に、冬の寒さなんて吹き飛ぶほど全身に血が巡った。
そして来たるクリスマス当日、ぼくがあげたマフラーの百五十倍の値段がする婚約指輪をドヤ顔でプレゼントされ、ひっくり返るのはまた別の話である。
おまけ
「おお…キレイなイルミネーションだな」
「キミの方がキレイだ、とでも言って欲しいのか?」
「何でそうなるんだよ!別にぼくは女の子扱いされたいわけじゃないぞ」
「フッ、私はどんな女性よりキミが愛おしいぞ」
(うう、恥ずかしくて泣きそうだぞ…)
「ム?鼻の頭が赤いな」
「さ、寒いからだよ」
「キミはあわてんぼうのサンタではなく、トナカイだったか。いつも法廷で笑いものにされているところもよく似ている」
「…そういうお前は全身赤くて、カンゼンにサンタだな。いつも法廷でぼくの弁護に踊らされてるところがよく似てるよ」
「…」
「いでででで!!」
(だから、検事に必要ないだろ、この力!)