ミツナル短編集
「あやめさんが、君の"恋人"だった、という事だな」
「…うん、そうだ。ぼくは恋人に裏切られた訳じゃなかったんだ」
全てが終わった日の夜、お祝いのパーティーが開かれた。イトノコ刑事と矢張は狩魔冥にムチで叩かれながらヒィヒィ言っており、真宵ちゃんと春美ちゃんは楽しそうにお喋りに興じていた。ぼくと御剣はその場をそっと抜け出し、夜風に当たってポツポツと話し出した。
「…彼女と、その、よりを戻そうと思わないのか?」
「うーん…彼女と過した日々は本当に大切で、楽しかったけど…昔の話だし、今回の事件と真相で、ようやく吹っ切れたっていうか…全部にケリがついた、って感じだから…」
ちぃちゃん…もとい、あやめさんは、やっぱりぼくが思ったように素敵な人だった。やってしまった事は犯罪だが、それは真宵ちゃんを守るため…今は、良き"友人"として、その帰りを待つと決めている。
「そ、そうか…うむ…」
ぼくを外へ連れ出した張本人である御剣は、どこか落ち着かない様子だった。あやめさんの話を切り出してくるのにもかなりの時間を有したし、この寒い時期に汗が無限に湧き出ている。風邪をひいてしまわないかと心配になってしまうな、と苦笑する。…こいつがここまで気がはやっている理由は分かる。なぜならぼくも、同じ気持ちだからだ。
「うん…だからぼく、もっと前に進みたいんだ…」
「!な、成歩堂…?」
そっと御剣の手を握る。手汗が凄まじく、ベタベタしているが全く気にならなかった。そのまま肩に頭を押し付け、甘えた仕草をとる。流石にあざと過ぎたか?と不安になり上目で様子を伺うと、熱中症を疑うような赤い顔で口を大きく開け、固まっていた。どうやら引かれている訳では無さそうだとこっそり安堵の息をつく。
御剣がぼくの事を好きなのは、なんとなく分かっていた。向けられる顔が、明らかに他の人と違ったから。ぼくだって、再会してからずっと御剣の事を考えてたし、裏切られたと思った時は地の底に叩き落とされたようにショックだった。でもこいつは、ぼくの信頼を倍にして返してくれた。好きだ、と思った。ぼくは御剣が好き、御剣も、きっとぼくが好き…両思いなのはお互い分かっていただろう。でもぼくは、怖かったんだ。"恋人"になって、また裏切られてしまうのが。もちろん御剣はそんな事しないと知っている。それでも怖かった。それほどまでに美柳ちなみの存在は、ぼくの心に深い傷を残していったのだ。
もう大丈夫だと思えた。ぼくの好きな人は、ぼくを裏切ったりしていなかった。もうぼくは、前に進める、怖くない。今は、この気持ちを御剣に、好きな人に伝えたい…
握った手に力を込め、顔を上げて目をしっかりと合わせる。きっと自分の顔も、目の前のこいつと同じくらい赤いだろう。しばらく惚けていた御剣は、ハッと覚悟を決めたような顔をして、真剣にぼくを見つめてくる。
「成歩堂。私は、私はキミの事をずっと…」
「…うん」
「ずっと…す、す、す…!ぬおおおおお!」
恥ずかしさが限界突破したのか、大声を上げて仰け反る御剣だったが手はしっかりと握ったままだ。そんな彼を『かわいいな』と微笑ましく思うぼくも、かなりの重症らしい。やれやれと首を横に振り、御剣の頬に一つ、キスを送った。チュッと音を立てて一瞬だけ触れたそれは、御剣に火をつけるのには十分だったようで、物凄い形相で睨みつけてきた。
「キサマ…!私からしようと思っていたのに…!」
「ふぅん、じゃあしたらいいんじゃない?はい、どうぞ」
「!!」
目を瞑り、彼からの口付けを待つ。ゴシゴシと衣服で手を拭う音が聞こえ、その後ぼくの頬にそっと手が添えられる。互いの額がコツンと触れ、御剣の息が口元にかかる。あと少し、あと少しで唇同士がくっつく、その瞬間、
「あーーー!!」
という甲高い悲鳴が聞こえ、ぼくらは慌てて身を引き剥がした。
「は、春美ちゃん…」
「なるほどくん…ま、真宵さまというものがありながら、何をなさっているのですか!!」
腕まくりをしながらこちらへズンズン向かってくる春美ちゃんは怒り心頭に発する、といった様子で、ぼくは後ずさる。
「レイジ、このような往来で、成歩堂龍一にフラチでヒレツでフケツな行為を…」
「ま、待てメイ!違うのだ!いや違わないが、決して無理やり行っている訳では…!」
御剣の方はというと、ムチをしならせた狩魔冥に追い詰められていた。
「「問答無用!!」」
激しいビンタとムチの音が、夜の街に響き渡る。ぼくらの意識は、そこで途絶えた…。
「うーん、これが『しゅらば』ってヤツですね、イトノコ刑事!」
「そうッスね…ジブンもいつか、マコくんと…」
矢張はこの様子をスケッチしながら大きなため息をつき、誰にも聞こえない声で呟いた。
「…うん、そうだ。ぼくは恋人に裏切られた訳じゃなかったんだ」
全てが終わった日の夜、お祝いのパーティーが開かれた。イトノコ刑事と矢張は狩魔冥にムチで叩かれながらヒィヒィ言っており、真宵ちゃんと春美ちゃんは楽しそうにお喋りに興じていた。ぼくと御剣はその場をそっと抜け出し、夜風に当たってポツポツと話し出した。
「…彼女と、その、よりを戻そうと思わないのか?」
「うーん…彼女と過した日々は本当に大切で、楽しかったけど…昔の話だし、今回の事件と真相で、ようやく吹っ切れたっていうか…全部にケリがついた、って感じだから…」
ちぃちゃん…もとい、あやめさんは、やっぱりぼくが思ったように素敵な人だった。やってしまった事は犯罪だが、それは真宵ちゃんを守るため…今は、良き"友人"として、その帰りを待つと決めている。
「そ、そうか…うむ…」
ぼくを外へ連れ出した張本人である御剣は、どこか落ち着かない様子だった。あやめさんの話を切り出してくるのにもかなりの時間を有したし、この寒い時期に汗が無限に湧き出ている。風邪をひいてしまわないかと心配になってしまうな、と苦笑する。…こいつがここまで気がはやっている理由は分かる。なぜならぼくも、同じ気持ちだからだ。
「うん…だからぼく、もっと前に進みたいんだ…」
「!な、成歩堂…?」
そっと御剣の手を握る。手汗が凄まじく、ベタベタしているが全く気にならなかった。そのまま肩に頭を押し付け、甘えた仕草をとる。流石にあざと過ぎたか?と不安になり上目で様子を伺うと、熱中症を疑うような赤い顔で口を大きく開け、固まっていた。どうやら引かれている訳では無さそうだとこっそり安堵の息をつく。
御剣がぼくの事を好きなのは、なんとなく分かっていた。向けられる顔が、明らかに他の人と違ったから。ぼくだって、再会してからずっと御剣の事を考えてたし、裏切られたと思った時は地の底に叩き落とされたようにショックだった。でもこいつは、ぼくの信頼を倍にして返してくれた。好きだ、と思った。ぼくは御剣が好き、御剣も、きっとぼくが好き…両思いなのはお互い分かっていただろう。でもぼくは、怖かったんだ。"恋人"になって、また裏切られてしまうのが。もちろん御剣はそんな事しないと知っている。それでも怖かった。それほどまでに美柳ちなみの存在は、ぼくの心に深い傷を残していったのだ。
もう大丈夫だと思えた。ぼくの好きな人は、ぼくを裏切ったりしていなかった。もうぼくは、前に進める、怖くない。今は、この気持ちを御剣に、好きな人に伝えたい…
握った手に力を込め、顔を上げて目をしっかりと合わせる。きっと自分の顔も、目の前のこいつと同じくらい赤いだろう。しばらく惚けていた御剣は、ハッと覚悟を決めたような顔をして、真剣にぼくを見つめてくる。
「成歩堂。私は、私はキミの事をずっと…」
「…うん」
「ずっと…す、す、す…!ぬおおおおお!」
恥ずかしさが限界突破したのか、大声を上げて仰け反る御剣だったが手はしっかりと握ったままだ。そんな彼を『かわいいな』と微笑ましく思うぼくも、かなりの重症らしい。やれやれと首を横に振り、御剣の頬に一つ、キスを送った。チュッと音を立てて一瞬だけ触れたそれは、御剣に火をつけるのには十分だったようで、物凄い形相で睨みつけてきた。
「キサマ…!私からしようと思っていたのに…!」
「ふぅん、じゃあしたらいいんじゃない?はい、どうぞ」
「!!」
目を瞑り、彼からの口付けを待つ。ゴシゴシと衣服で手を拭う音が聞こえ、その後ぼくの頬にそっと手が添えられる。互いの額がコツンと触れ、御剣の息が口元にかかる。あと少し、あと少しで唇同士がくっつく、その瞬間、
「あーーー!!」
という甲高い悲鳴が聞こえ、ぼくらは慌てて身を引き剥がした。
「は、春美ちゃん…」
「なるほどくん…ま、真宵さまというものがありながら、何をなさっているのですか!!」
腕まくりをしながらこちらへズンズン向かってくる春美ちゃんは怒り心頭に発する、といった様子で、ぼくは後ずさる。
「レイジ、このような往来で、成歩堂龍一にフラチでヒレツでフケツな行為を…」
「ま、待てメイ!違うのだ!いや違わないが、決して無理やり行っている訳では…!」
御剣の方はというと、ムチをしならせた狩魔冥に追い詰められていた。
「「問答無用!!」」
激しいビンタとムチの音が、夜の街に響き渡る。ぼくらの意識は、そこで途絶えた…。
「うーん、これが『しゅらば』ってヤツですね、イトノコ刑事!」
「そうッスね…ジブンもいつか、マコくんと…」
矢張はこの様子をスケッチしながら大きなため息をつき、誰にも聞こえない声で呟いた。