ミツナル短編集
「ただいま……」
「おー、おかえり。遅かったなぁ」
「何せ人手が足らないものでな……私も事件の捜査に加わっていたのだ……」
見るからにぐったりしながら帰宅した御剣に、ぼくはソファに座りながら軽く手を振った。余程疲れていたのか御剣は思い足取りで首元のヒラヒラを緩め、メガネを外し、スーツ姿のままズルズルとぼくの腹目掛けてソファに倒れ込んできた。
「ぐえっ!ちょっと、重いんだけど」
「我慢したまえ……」
「はぁ、やれやれ」
ぼくの腹に顔を埋めながら眠たげな声でそう言われ、しょうがない奴だなとため息をつく。幼子をあやす様に、赤い大きな背をぽんぽんと叩いてやるとそれが気に入ったらしく、更にぼくの腹へと頭を押し付けてくる。お互いいい歳して何をやってるのかと恥ずかしくなるが、検事局長として日々厳格に励む御剣にこうして甘えられるのは、まあ……悪くない気分だった。
「ん?」
照れを隠すように御剣の放り出された足元に視線を移すと、そこには二つ、緑色のトゲトゲした小さな種がくっついていた。ぱちくりと瞬き、目を凝らして観察する。
──あ、くっつき虫だ。
正式名は確かオナモミだったかな。小さい頃、ふざけて投げ合ったその種は今ではめっきり見かけなくなってしまった。こいつは一体どんな畦道を歩き回ったのだろうかと苦笑し、指摘してやった。
「おい、くっつき虫」
「……確かにくっついてはいるが、私は虫では無い」
「違うって!お前の足に付いてるんだよ。くっつき虫、オナモミが!」
「?ああ……田圃道を巡ったからな。一つや二つ付いていてもおかしくない」
御剣はぼくの腹から一切離れようとしない。いつもなら完璧主義のコイツは「衣服の乱れは心の乱れだ」とかなんとか言って、少しの汚れも許さないのになぁ、そんなに疲れてるのかなと肩を竦めた。
「取ってやろうか?」
「……私の足元に付いているという事は、我々は一旦離れなければ取れないという事だ。遠慮する」
「お前なぁ……」
ぎゅう、とぼくに抱きついて、先程よりも強く腹に顔を押し付けてくる。「触り心地が堪らない」とことある事に触られ、頬ずりされるぼくの腹だが、鬼の検事局長をこうもダメにしてしまうのかとちょっと怖くなってくる。健康を気にする歳になってきた事もあり、うーんと首を捻った。
「なぁ、やっぱりぼく、痩せた方がいいかな?」
「な!絶対ダメだ!ようやくふっくらしてきたと言うのに!」
御剣はがばっと顔を上げて、焦りながらぼくを止める。ポーカープレイヤーだった頃は確かに今より痩せていた為、御剣はそれはもう心配していたのでこの反応になるのも仕方がないだろう。本気でダイエットを考えていた訳では無いが、まるで人質を取られているかのごとく狼狽える御剣が面白くて追撃してしまう。
「別にあの時だってやつれてた訳じゃないけどやぁ。お前はいつでも腹筋バキバキなのに、ぼくってずっとむっちりしてると言うか……なんか悔しいし」
「キミは今のままでいい。この身体を堪能させてくれ……」
「言い方がいやらしいんだけど!」
命乞いのように声を絞り出した御剣は、再びぼくの腹に顔を埋める。と同時に手を服の中に入れようとしてきた為、その不埒な手を慌てて掴んだ。
「疲れてるんだろ!もうシャワー浴びて寝てこい!」
「では一緒に入ろう」
「もうぼくは入った!」
めげずに侵入してこようとする手に、そうはさせるかと力を込める。しばし攻防戦を繰り広げていると、少し上を向いた御剣と目が合う。ぼくをじっと見つめて、いや睨んでいるその目はギラギラと妖しく光っており、腹に当たる鼻息は荒い。これは止められないなと諦め、深く息を吐いた。
「風呂は入んないけど、その……寝室で待ってるからさ、早くシャワーしてこいよ」
「!本当だな?偽りは無いな?」
「もう!本当だからさっさと行け!」
自分から誘うのがいたたまれなくて、御剣の顔を押し退けて急かした。顔から火が出そうなくらい熱い。
御剣は先程までの体たらくが嘘のように元気になり、小憎たらしい顔で起き上がった。
「では行ってこよう」
「おい、くっつき虫!」
「フッ。離れたばかりなのにもう恋しいのか?これから夜通しくっつく事になるのだから、もう少し堪えて……」
「違うっての!オナモミ!まだ付いてるって言ってるんだよ」
「ム」
何を勘違いしたのか浮かれながらぼくをからかった御剣に声を荒らげると、御剣は振り返って自分の足元に視線を落とした。そのままオナモミを二つ摘み上げ、信じられない事にぼく目掛けて投げつけてきた。
「うわっ!何するんだよ!」
投げつけられたオナモミは、さっきまで御剣が堪能していたぼくの腹に二つとも命中していた。
「目印だ。そこに沢山注いでやるから、首を洗って待っていろ」
「な……へ、変態……」
御剣はドヤ顔でそう言うと、浮き足立った様子で風呂場へと向かって行った。コイツ、年々恥じらいが無くなってきてないか?とぼくは顔を真っ赤にして俯いた。
「……お腹、また出ちゃうなぁ」
そっとオナモミを摘み、腹を撫でる。ここが今から御剣でいっぱいになる事を想像して、胸を高鳴らせているぼくも人の事言えないのか、と悔しさ半分期待半分で口を尖らせ、寝室へと向かった。ダイエットは当分延期になるだろう。
「おー、おかえり。遅かったなぁ」
「何せ人手が足らないものでな……私も事件の捜査に加わっていたのだ……」
見るからにぐったりしながら帰宅した御剣に、ぼくはソファに座りながら軽く手を振った。余程疲れていたのか御剣は思い足取りで首元のヒラヒラを緩め、メガネを外し、スーツ姿のままズルズルとぼくの腹目掛けてソファに倒れ込んできた。
「ぐえっ!ちょっと、重いんだけど」
「我慢したまえ……」
「はぁ、やれやれ」
ぼくの腹に顔を埋めながら眠たげな声でそう言われ、しょうがない奴だなとため息をつく。幼子をあやす様に、赤い大きな背をぽんぽんと叩いてやるとそれが気に入ったらしく、更にぼくの腹へと頭を押し付けてくる。お互いいい歳して何をやってるのかと恥ずかしくなるが、検事局長として日々厳格に励む御剣にこうして甘えられるのは、まあ……悪くない気分だった。
「ん?」
照れを隠すように御剣の放り出された足元に視線を移すと、そこには二つ、緑色のトゲトゲした小さな種がくっついていた。ぱちくりと瞬き、目を凝らして観察する。
──あ、くっつき虫だ。
正式名は確かオナモミだったかな。小さい頃、ふざけて投げ合ったその種は今ではめっきり見かけなくなってしまった。こいつは一体どんな畦道を歩き回ったのだろうかと苦笑し、指摘してやった。
「おい、くっつき虫」
「……確かにくっついてはいるが、私は虫では無い」
「違うって!お前の足に付いてるんだよ。くっつき虫、オナモミが!」
「?ああ……田圃道を巡ったからな。一つや二つ付いていてもおかしくない」
御剣はぼくの腹から一切離れようとしない。いつもなら完璧主義のコイツは「衣服の乱れは心の乱れだ」とかなんとか言って、少しの汚れも許さないのになぁ、そんなに疲れてるのかなと肩を竦めた。
「取ってやろうか?」
「……私の足元に付いているという事は、我々は一旦離れなければ取れないという事だ。遠慮する」
「お前なぁ……」
ぎゅう、とぼくに抱きついて、先程よりも強く腹に顔を押し付けてくる。「触り心地が堪らない」とことある事に触られ、頬ずりされるぼくの腹だが、鬼の検事局長をこうもダメにしてしまうのかとちょっと怖くなってくる。健康を気にする歳になってきた事もあり、うーんと首を捻った。
「なぁ、やっぱりぼく、痩せた方がいいかな?」
「な!絶対ダメだ!ようやくふっくらしてきたと言うのに!」
御剣はがばっと顔を上げて、焦りながらぼくを止める。ポーカープレイヤーだった頃は確かに今より痩せていた為、御剣はそれはもう心配していたのでこの反応になるのも仕方がないだろう。本気でダイエットを考えていた訳では無いが、まるで人質を取られているかのごとく狼狽える御剣が面白くて追撃してしまう。
「別にあの時だってやつれてた訳じゃないけどやぁ。お前はいつでも腹筋バキバキなのに、ぼくってずっとむっちりしてると言うか……なんか悔しいし」
「キミは今のままでいい。この身体を堪能させてくれ……」
「言い方がいやらしいんだけど!」
命乞いのように声を絞り出した御剣は、再びぼくの腹に顔を埋める。と同時に手を服の中に入れようとしてきた為、その不埒な手を慌てて掴んだ。
「疲れてるんだろ!もうシャワー浴びて寝てこい!」
「では一緒に入ろう」
「もうぼくは入った!」
めげずに侵入してこようとする手に、そうはさせるかと力を込める。しばし攻防戦を繰り広げていると、少し上を向いた御剣と目が合う。ぼくをじっと見つめて、いや睨んでいるその目はギラギラと妖しく光っており、腹に当たる鼻息は荒い。これは止められないなと諦め、深く息を吐いた。
「風呂は入んないけど、その……寝室で待ってるからさ、早くシャワーしてこいよ」
「!本当だな?偽りは無いな?」
「もう!本当だからさっさと行け!」
自分から誘うのがいたたまれなくて、御剣の顔を押し退けて急かした。顔から火が出そうなくらい熱い。
御剣は先程までの体たらくが嘘のように元気になり、小憎たらしい顔で起き上がった。
「では行ってこよう」
「おい、くっつき虫!」
「フッ。離れたばかりなのにもう恋しいのか?これから夜通しくっつく事になるのだから、もう少し堪えて……」
「違うっての!オナモミ!まだ付いてるって言ってるんだよ」
「ム」
何を勘違いしたのか浮かれながらぼくをからかった御剣に声を荒らげると、御剣は振り返って自分の足元に視線を落とした。そのままオナモミを二つ摘み上げ、信じられない事にぼく目掛けて投げつけてきた。
「うわっ!何するんだよ!」
投げつけられたオナモミは、さっきまで御剣が堪能していたぼくの腹に二つとも命中していた。
「目印だ。そこに沢山注いでやるから、首を洗って待っていろ」
「な……へ、変態……」
御剣はドヤ顔でそう言うと、浮き足立った様子で風呂場へと向かって行った。コイツ、年々恥じらいが無くなってきてないか?とぼくは顔を真っ赤にして俯いた。
「……お腹、また出ちゃうなぁ」
そっとオナモミを摘み、腹を撫でる。ここが今から御剣でいっぱいになる事を想像して、胸を高鳴らせているぼくも人の事言えないのか、と悔しさ半分期待半分で口を尖らせ、寝室へと向かった。ダイエットは当分延期になるだろう。