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ミツナル短編集

 真宵ちゃんが日本に帰って来たので、久しぶりに二人で出かける事になった。「こういう時は当然、みそラーメンでしょ!」とキリッとした顔で思った通りの場所を指定した真宵ちゃんを連れて、やたぶき屋へと向かった。
 これだよこれ!と嬉しそうにラーメンをおかわりする真宵ちゃんに肩を竦めつつ、財布の中身は大丈夫だろうかと不安が過る。三杯目のみそラーメンに手を伸ばそうとした真宵ちゃんがふと動きを止め、そういえば、といそいそ姿勢を正す。
「なるほどくん、みつるぎ検事と結婚おめでとう!」
「ああ、うん。ありがとう」
 ドンブリに添えられたぼくの左手の薬指には、御剣とおそろいの指輪が輝いている。先日二人で選び、互いに贈り合った結婚指輪だ。
 御剣とは長く交際していたが、まさかプロポーズされてしまうとは思ってもみなくてしばらく放心していたほどだ。
 散々事務所や検事局で祝われた上に、改めて真宵ちゃんに祝われるとなんだか気恥ずかしく、誤魔化すようにラーメンを啜った。
「いやぁ。絶対直接言いたくてうずうずしてたのに、みそラーメンの誘惑に負けてうっかりしてたよ」
「まあそれも仕方ないよ。ずっと我慢してたんだもんね、ラーメン」
「そうそう……精進料理ばっかでねー……って、あたしの話じゃなくて、二人の話を聞かせてよ!」
「ええ……」
「そりゃあもう、ラブラブイチャイチャ新婚生活を送ってるんでしょ?」
 真宵ちゃんはニヤニヤと笑いながら肘でぼくの肩をつついてくる。ぼくらの若い頃を知っている真宵ちゃんはからかいに容赦がない。ぼくは深いため息をついて首を横に振った。
「何言ってんの真宵ちゃん。ぼくらもう三十五歳だよ?そんな燃え上がるような恋じゃなくて、もっと落ち着いた関係なんだよ」
「なぁんだ。つまんないの。ね、ね。みぬきちゃんと三人で暮らしてるんだよね?普段はどんな感じなの?」
「え?うーん……」

 御剣は大抵みぬきが寝る時間まで仕事をしている為、基本的に家で出迎えるのはぼくだった。疲れた顔でヒラヒラを緩めながら「ただいま」と言う御剣の頬にキスをして、「おかえり」と笑って返す。同じ家に帰り、同じ時間を過ごせる事は筆舌に尽くしがたい幸せだ。稀にぼくの方が遅くなってしまう日もあるが、その時は御剣が出迎えてくれて同じようにキスをしてくれる。その時の優しい笑顔がぼくはとても好きだった。
 軽い夕食を済ませ、寝自宅を終えるとソファで二人寄り添いながらテレビを見たり、他愛ない話をしたり、手を握ったり膝枕で耳かきをしてやったりと静かな夜を過ごしている。まあ、週に二、三回はそのようなアレな雰囲気になったりもするが、結婚しているのだからそれは当然だろう。
 それから同じベッドで寝起きして、みぬきと三人で仲良く朝食を食べて、みぬきを見送った後に行ってらっしゃいと行ってきますのキスをしてから二人で一緒に職場へと向かうのだ。

「まあ大体普段はこんな感じかな。ほらね?落ち着いてるだろ?」
 小っ恥ずかしい部分はぼかしてやんわり伝えつつ、大人の余裕を見せつけるように不敵に笑って見せたが、真宵ちゃんは困ったように眉を下げてうーんと唸った。その態度が不思議でどうしたのと尋ねると、おずおずと真宵ちゃんが口を開く。
「……なるほどくん、それは世間一般では〝いちゃラブ〟って言うんだよ」
「え?いやいや、そんな事ないだろ」
 真剣にぼくの目を見てそう告げる真宵ちゃんに、ぼくは思わず笑ってしまった。
 真宵ちゃんのいうイチャイチャラブラブとは、公衆の面前だろうがお構いなしにくっついたりキスしたり、茶番のように大きな声で自分の事は好きかと聞いたり、他人と話していても恋人自慢しかしなかったりする事だ。……若い時のぼくのように!あの頃は本当に若かったなとちょっと思いだして赤面する。今のぼくと御剣はそんな事にはなっていない。ほら、ぼくらって落ち着いてるだろう?と真宵ちゃんに改めてそう伝えると、更にげんなりした顔をされた。
「それはただの迷惑カップルって言うんだよ」
「ええ?」
 心底訳が分からなくて困惑していると、ずっと黙って聞いていたやたぶき屋のおじさんが生暖かい眼差しでうんうんと頷いた。
「へへッ。ワシからすれば、ニイちゃんもやっぱまだまだ〝若造〟だな!仲がよろしいこった」
「お、おじさんまで……」
「ま、そうだよね。みつるぎ検事と仲良くやってるみたいで、あたし安心したよ」
 二人の生ぬるい視線は、夜に起きて来たみぬきがぼくと御剣がソファでくっついてるのを見た時のそれと全く同じものだった。
「な、なんだよ!落ち着いてるだろ?どう考えたって!」
「はいはい、末永くお幸せにね!」
「ニイちゃん、早く食わねぇとラーメンが伸びちまうだろ」
「なんなんだよ……もう」
 ぼくは納得いかないまま、まだまだ熱いラーメンを思い切り啜った。今度は御剣を連れてきて、ぼくらが落ち着いているところをこの二人に見せてやろうと決意するのだった。
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