ミツナル短編集
扉の向こうから楽しげな声が聞こえてくる。その中には成歩堂の笑い声も含まれていて、自然と頬が緩んだ。
「失礼する」
成歩堂"なんでも"事務所の扉を開けると、弁護士三名とマジシャン一名が人生ゲームに興じており、皆一様にポカンと口を開けてこちらを見ていた。
成歩堂の事務所は法律から芸能に、そしてなんでも事務所へとコロコロ変わっている。この落ち着きの無さはまるで成歩堂の人生そのものだな、と感慨深くなった。
「み、御剣検事局長!?」
「これは別に!仕事が無くて暇だったワケでは……!」
我に返った王泥喜弁護士と希月弁護士が人生ゲームを隠そうと慌ただしく動いていたが、成歩堂は頭を掻いて呑気に微笑んでいた。
「あれ、もうそんな時間?」
「いや、もう少しあるが……その大量の赤い紙はなんなのだ?」
「ハハハ。いやぁ、運が無くてね」
「あの、御剣検事局長、どうしたんですか?成歩堂さんに用事ですか?」
恐る恐る王泥喜弁護士が尋ねてきた。私が答える前に、みぬきくんがはしゃぎながら答える。
「パパはこれから御剣さんと"デート"なんですよ!ねー、パパ?」
「え!デ、デート!?」
顔を赤くしてチラチラと成歩堂と私を交互に見る弁護士二人に、成歩堂もほんのり頬を染めて視線をさ迷わせた。
「あー……うん。"デート"だよ」
はにかみながらそう言う成歩堂に、私は胸がじいんと熱くなった。少しだけ泣きそうになるのを堪えて、メガネを押し上げる。
「フ。すまないな、キミらの所長を借りていくぞ」
「どうぞどうぞ!本当に依頼がなくて、人生ゲームとかやってたくらいなので……」
「まあ、そういう事だから、ぼくの約束手形はチャラって事で……」
「えー!それはズルいですよ!」
部下にデートだと言うのがやはり恥ずかしかったのだろう、成歩堂は部下達の非難を浴びながら、後はよろしく~とそそくさと事務所から飛び出て行った。
「キミらも大変だな」
「全くもう……おふたりとも、デート楽しんでくださいね!」
希月弁護士がブイサインで送り出してくれた。王泥喜弁護士もみぬきくんも、呆れつつもニッコリと笑っていた。頼もしく愉快な部下と娘を持って、彼は幸せ者だ。
事務所の前に停めた愛車に二人で乗り込む。シートベルトをしようと腕を上げた瞬間、成歩堂が抱き着いてきた。
「な、成歩堂」
「ごめん。ずっと会いたかったから……」
局長と所長になってからというもの、会える時間は減ってしまった。もちろんお互い部下を率いて検事局ですれ違ったり、みぬきくんと一緒に出かけたりもするが、こうして二人きりで会う時間は取りにくい。成歩堂も寂しく思ってくれていたのだなと感動して、きつく抱き返した。
今から成歩堂は事務所の上司の顔でも天才マジシャンの父親の顔でも無く、私の恋人の顔になる。今この蜜月の時は、私だけを見ていて欲しい。
ぐりぐりと肩に頭を押し付けたら満足したのか、パッと顔を上げて笑顔を見せてくれた。
「今日はどこへ行くんだ?」
もう少しくっついていても私としては構わなかったのだが、若い頃のような弾む笑顔にときめいてしまい早く連れて行ってやりたいと気が急いた。
「着いてからのお楽しみだ」
「ふぅん?」
不思議そうな成歩堂にシートベルトを促して、エンジンをかける。昔、私が助手席に乗せるのは成歩堂だけだと言うと、照れながらも喜んでいたのを思い出してくつくつと笑みが零れた。
* * *
少し山を越えた先にある、見晴らしの良い展望台へと車を停める。日も沈んで辺りは薄暗いが、下に見える住宅の明かりは無数にきらきらと輝いていた。
「おお……こんな所あったんだな」
「ここなら人も少なく、落ち着いて二人きりで過ごせるだろう」
「うん、連れてきてくれてありがとう。凄くキレイだ」
彼は高所恐怖症の為、柵にはあまり近づけないし上に登るのも嫌がる。それでも喜んで貰えるような場所を見つけるのには苦労したが、この幸せそうな顔が見れるのならいくらでも連れてきてやりたいと心から思える。
どちらともなく手を繋ぎ、身を寄せ合う。あの辺が事務所で、あっちがバンドーランドだな!と楽しそうに話す成歩堂は子供の頃に戻ったようで、大変愛おしい。心地の良い風が頬を撫で、穏やかな時間が流れる。
「改めて、弁護士復帰おめでとう。自分の事のように嬉しく思う」
「うん、ありがとうな、御剣。ずっとずっと、そばで支えてくれて」
握る手に力を込め、見つめ合った。うっとり潤んだ瞳で見つめられると堪らなくなって、少しだけ泣きそうになる。
思えば随分遠くまで来たものだ。悲しみも苦しみも味わい、喜びも幸せも重ねて、様々な困難を乗り越えてきた。正に波乱万丈と言ったところだろうか。
キミと共に過ごせるのなら、そんな人生も悪くない。
ぐいと引き寄せて、正面から抱きすくめる。成歩堂は驚いていたが、すぐに両手が背中に回ってきて、強く抱き返された。
「成歩堂、愛している。私とこれからも、ずっと一緒にいてほしい。」
「それはぼくのセリフだよ。ぼくも御剣のこと、愛してるよ」
体を少し離して、成歩堂は心の底から嬉しそうに微笑んだ。昔から変わらないその笑顔は、何よりも愛おしい。
さあ、今宵は二人きりで楽しもうではないか。なぜならこれはデートなのだから。
おまけ
「……ところで、その」
「ん?」
「夕食にレストランを予約しているのだが」
「そうなのか、至れり尽くせりだなぁ」
「そ、その後はホテルのスイートを抑えてあるのだ……」
「……はは、むっつりスケベ」
「ぐ、否定はしない……」
「いいよ。言ったろ、ずっと会いたかったって。ぼくだって期待してたよ」
「な、成歩堂!」
「ぐえ、く、苦しい……」
「失礼する」
成歩堂"なんでも"事務所の扉を開けると、弁護士三名とマジシャン一名が人生ゲームに興じており、皆一様にポカンと口を開けてこちらを見ていた。
成歩堂の事務所は法律から芸能に、そしてなんでも事務所へとコロコロ変わっている。この落ち着きの無さはまるで成歩堂の人生そのものだな、と感慨深くなった。
「み、御剣検事局長!?」
「これは別に!仕事が無くて暇だったワケでは……!」
我に返った王泥喜弁護士と希月弁護士が人生ゲームを隠そうと慌ただしく動いていたが、成歩堂は頭を掻いて呑気に微笑んでいた。
「あれ、もうそんな時間?」
「いや、もう少しあるが……その大量の赤い紙はなんなのだ?」
「ハハハ。いやぁ、運が無くてね」
「あの、御剣検事局長、どうしたんですか?成歩堂さんに用事ですか?」
恐る恐る王泥喜弁護士が尋ねてきた。私が答える前に、みぬきくんがはしゃぎながら答える。
「パパはこれから御剣さんと"デート"なんですよ!ねー、パパ?」
「え!デ、デート!?」
顔を赤くしてチラチラと成歩堂と私を交互に見る弁護士二人に、成歩堂もほんのり頬を染めて視線をさ迷わせた。
「あー……うん。"デート"だよ」
はにかみながらそう言う成歩堂に、私は胸がじいんと熱くなった。少しだけ泣きそうになるのを堪えて、メガネを押し上げる。
「フ。すまないな、キミらの所長を借りていくぞ」
「どうぞどうぞ!本当に依頼がなくて、人生ゲームとかやってたくらいなので……」
「まあ、そういう事だから、ぼくの約束手形はチャラって事で……」
「えー!それはズルいですよ!」
部下にデートだと言うのがやはり恥ずかしかったのだろう、成歩堂は部下達の非難を浴びながら、後はよろしく~とそそくさと事務所から飛び出て行った。
「キミらも大変だな」
「全くもう……おふたりとも、デート楽しんでくださいね!」
希月弁護士がブイサインで送り出してくれた。王泥喜弁護士もみぬきくんも、呆れつつもニッコリと笑っていた。頼もしく愉快な部下と娘を持って、彼は幸せ者だ。
事務所の前に停めた愛車に二人で乗り込む。シートベルトをしようと腕を上げた瞬間、成歩堂が抱き着いてきた。
「な、成歩堂」
「ごめん。ずっと会いたかったから……」
局長と所長になってからというもの、会える時間は減ってしまった。もちろんお互い部下を率いて検事局ですれ違ったり、みぬきくんと一緒に出かけたりもするが、こうして二人きりで会う時間は取りにくい。成歩堂も寂しく思ってくれていたのだなと感動して、きつく抱き返した。
今から成歩堂は事務所の上司の顔でも天才マジシャンの父親の顔でも無く、私の恋人の顔になる。今この蜜月の時は、私だけを見ていて欲しい。
ぐりぐりと肩に頭を押し付けたら満足したのか、パッと顔を上げて笑顔を見せてくれた。
「今日はどこへ行くんだ?」
もう少しくっついていても私としては構わなかったのだが、若い頃のような弾む笑顔にときめいてしまい早く連れて行ってやりたいと気が急いた。
「着いてからのお楽しみだ」
「ふぅん?」
不思議そうな成歩堂にシートベルトを促して、エンジンをかける。昔、私が助手席に乗せるのは成歩堂だけだと言うと、照れながらも喜んでいたのを思い出してくつくつと笑みが零れた。
* * *
少し山を越えた先にある、見晴らしの良い展望台へと車を停める。日も沈んで辺りは薄暗いが、下に見える住宅の明かりは無数にきらきらと輝いていた。
「おお……こんな所あったんだな」
「ここなら人も少なく、落ち着いて二人きりで過ごせるだろう」
「うん、連れてきてくれてありがとう。凄くキレイだ」
彼は高所恐怖症の為、柵にはあまり近づけないし上に登るのも嫌がる。それでも喜んで貰えるような場所を見つけるのには苦労したが、この幸せそうな顔が見れるのならいくらでも連れてきてやりたいと心から思える。
どちらともなく手を繋ぎ、身を寄せ合う。あの辺が事務所で、あっちがバンドーランドだな!と楽しそうに話す成歩堂は子供の頃に戻ったようで、大変愛おしい。心地の良い風が頬を撫で、穏やかな時間が流れる。
「改めて、弁護士復帰おめでとう。自分の事のように嬉しく思う」
「うん、ありがとうな、御剣。ずっとずっと、そばで支えてくれて」
握る手に力を込め、見つめ合った。うっとり潤んだ瞳で見つめられると堪らなくなって、少しだけ泣きそうになる。
思えば随分遠くまで来たものだ。悲しみも苦しみも味わい、喜びも幸せも重ねて、様々な困難を乗り越えてきた。正に波乱万丈と言ったところだろうか。
キミと共に過ごせるのなら、そんな人生も悪くない。
ぐいと引き寄せて、正面から抱きすくめる。成歩堂は驚いていたが、すぐに両手が背中に回ってきて、強く抱き返された。
「成歩堂、愛している。私とこれからも、ずっと一緒にいてほしい。」
「それはぼくのセリフだよ。ぼくも御剣のこと、愛してるよ」
体を少し離して、成歩堂は心の底から嬉しそうに微笑んだ。昔から変わらないその笑顔は、何よりも愛おしい。
さあ、今宵は二人きりで楽しもうではないか。なぜならこれはデートなのだから。
おまけ
「……ところで、その」
「ん?」
「夕食にレストランを予約しているのだが」
「そうなのか、至れり尽くせりだなぁ」
「そ、その後はホテルのスイートを抑えてあるのだ……」
「……はは、むっつりスケベ」
「ぐ、否定はしない……」
「いいよ。言ったろ、ずっと会いたかったって。ぼくだって期待してたよ」
「な、成歩堂!」
「ぐえ、く、苦しい……」
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