ミツナル短編集
「今度どこかへ遊びに行かないか」
いつも通りハラハラヒヤヒヤしたが、無事無罪を勝ち取った裁判の後、御剣はこれでもかと渋い顔をして、喉の奥からひり出したような声でぼくを呼び止めた。そんな顔をして遊びに誘う奴なんて見たことないぞと呆れるが、ふむ、と手を顎に当てて考える。簡単な飲み会は都合が合えば矢張を交えてしょっちゅう共にしているが、そういえばどこかへ出かけたり等はした事がなかったかもしれない。加えて御剣の過去を思うと、あまり友人と遊んだ経験が無いのだろうと推察される。ぼくは二つ返事で頷いた。
「ああ、いいよ。お前から誘ってくるなんて珍しいな。どこに行く?」
「ほ、本当か」
強ばった顔のまま、ずいっと迫り来る御剣に面食らいながらも再度頷く。
「そういえば、デパートでトノサマンのイベントがあるんだって真宵ちゃんが言ってたっけ。行くか?皆で」
「ム……いや、その。無論トノサマンも行きたいのだが。今回は、うぅム……」
ブツブツと口篭りながら腕を組み、人差し指を忙しなく腕に打ち付ける。トノサマン好きのコイツが快諾しないなんて、明日はトノサマンスピアーでも降ってくるんじゃないかと一抹の不安を覚えた。
「ふたりで……」
「え?」
「二人で行かないか!どこかに!」
半ばやけくそのように叫んだ御剣は、そのまま俯いてしまった。羞恥からかちらりと見える耳は、御剣のスーツと同じ色をしていた。
ぼくは目を丸くして、そのまま二、三度瞬いた。二人きりで遊びに行くだなんて、想像した事も無い。かなり意外な発言だったが、こんなに顔を真っ赤にしてマジメにぼくを誘ってくれているのだ。断る理由など無かった。
「もちろんいいよ」
「!ほ、本当にいいんだな?二人でだぞ」
「う、うん……でもそうなったらどこに行こう、カフェとかか?でも遊びに行くって言うなら…」
「あ、いや。場所はもう考えてある」
「え、そうなのか」
流石天才検事。しっかり下調べを済ませ、遊びにも本気のようだ。コイツが僕を誘ってくれるなんて、再会したばかりの時は思いもしなかったなとなんだか嬉しくなって自然と笑みがこぼれた。
「隣町にひまわり畑があるらしくてな。是非行ってみたいと思っているのだ、どうだろうか」
「へぇ、いいな。ぼくもひまわりなら知ってるぞ……ほら!」
「……そうやってすぐに弁護士バッジをつきつけるのはどうかと思うぞ」
「いいだろ別に。隣町って事は、電車で行くのか?」
「いや、私が車を出そう」
「おお、あのイヤミな赤い車か。乗るのは初めてだな」
「フッ。イヤミで悪かったな」
こうして軽口を叩けるようになったのも奇跡のようなものだ。御剣はぼくの言葉にため息をついていたが、直後に信じられないほど優しい顔で微笑んだ。小学生の頃に何度か見たその表情に、どきりと心臓が跳ねる。
「では、日曜の昼頃、キミの家まで迎えに行く」
「あ、ああ。ありがとう」
一瞬感じたくすぐったさを頭の隅に追いやり、にっこり笑ってみせると同じ笑顔を返され、また落ち着かないような気持ちになった。自分の感情に戸惑いながら御剣とは別れ、エントランスへ向かった。
「いや~おまたせ、なるほどくん!トイレが混んでてさ」
入口付近にぼーっと突っ立っていると、トイレへ行っていた真宵ちゃんが戻ってきた。
「おかえり、じゃあ帰ろうか」
「うん!……なるほどくん、何かいい事でもあったの?」
「え、なんで?」
「なんでって言われたら困るけど、うぅん、女の勘?ってやつかな?」
「なんだよそれ……でも確かに、楽しみな予定はできたよ」
「えーっホント?なになに?」
ぼくは先程御剣と交わした約束を真宵ちゃんに伝えた。話している際も上機嫌なのが抑えられず、いつもより声のトーンが上がってしまった。
真宵ちゃんはふんふん、と真剣に聞いていたが、神妙な顔で意見を述べてきた。
「なるほどくん、それは"デート"だね」
「……え?」
「ふたりっきりで、ドライブして、ひまわり畑に行くなんて。"デート"以外のなにものでもないよ!」
「い、いやいや!別にそんなんじゃ……」
「さすがだなぁみつるぎ検事、まさに理想の初デートって感じのプランじゃない?」
「違うって!デートじゃない!」
真宵ちゃんは「憧れるなぁ」と楽しそうにはしゃいでいたが、"デート"という単語にぼくは冷静さを失ってしまう。
確かに二人きりでドライブして、綺麗な花畑に行くなんてデートプランとしてはこの上ないとは思う。思うが、自分と御剣がこのプランで遊ぶ事を"デート"とは呼ばないだろうと混乱気味に真宵ちゃんに告げた。真宵ちゃんはやれやれと肩を竦め、ぼくの背中を強めに叩いてくる。
「ニブいなぁ全く、みつるぎ検事が一所懸命誘ったんだから、覚悟決めなよ!」
「な、なんの覚悟だよ」
「どうするー?なるほどくん。日曜日、告白されちゃうかもよ」
「だ、だから……デートじゃないってば!」
日曜日、ひまわり畑で信じられないくらい汗をかいた御剣に告白された瞬間、「やっぱりこれはデートだったのか」と認める事になるとはまだ知らない。
いつも通りハラハラヒヤヒヤしたが、無事無罪を勝ち取った裁判の後、御剣はこれでもかと渋い顔をして、喉の奥からひり出したような声でぼくを呼び止めた。そんな顔をして遊びに誘う奴なんて見たことないぞと呆れるが、ふむ、と手を顎に当てて考える。簡単な飲み会は都合が合えば矢張を交えてしょっちゅう共にしているが、そういえばどこかへ出かけたり等はした事がなかったかもしれない。加えて御剣の過去を思うと、あまり友人と遊んだ経験が無いのだろうと推察される。ぼくは二つ返事で頷いた。
「ああ、いいよ。お前から誘ってくるなんて珍しいな。どこに行く?」
「ほ、本当か」
強ばった顔のまま、ずいっと迫り来る御剣に面食らいながらも再度頷く。
「そういえば、デパートでトノサマンのイベントがあるんだって真宵ちゃんが言ってたっけ。行くか?皆で」
「ム……いや、その。無論トノサマンも行きたいのだが。今回は、うぅム……」
ブツブツと口篭りながら腕を組み、人差し指を忙しなく腕に打ち付ける。トノサマン好きのコイツが快諾しないなんて、明日はトノサマンスピアーでも降ってくるんじゃないかと一抹の不安を覚えた。
「ふたりで……」
「え?」
「二人で行かないか!どこかに!」
半ばやけくそのように叫んだ御剣は、そのまま俯いてしまった。羞恥からかちらりと見える耳は、御剣のスーツと同じ色をしていた。
ぼくは目を丸くして、そのまま二、三度瞬いた。二人きりで遊びに行くだなんて、想像した事も無い。かなり意外な発言だったが、こんなに顔を真っ赤にしてマジメにぼくを誘ってくれているのだ。断る理由など無かった。
「もちろんいいよ」
「!ほ、本当にいいんだな?二人でだぞ」
「う、うん……でもそうなったらどこに行こう、カフェとかか?でも遊びに行くって言うなら…」
「あ、いや。場所はもう考えてある」
「え、そうなのか」
流石天才検事。しっかり下調べを済ませ、遊びにも本気のようだ。コイツが僕を誘ってくれるなんて、再会したばかりの時は思いもしなかったなとなんだか嬉しくなって自然と笑みがこぼれた。
「隣町にひまわり畑があるらしくてな。是非行ってみたいと思っているのだ、どうだろうか」
「へぇ、いいな。ぼくもひまわりなら知ってるぞ……ほら!」
「……そうやってすぐに弁護士バッジをつきつけるのはどうかと思うぞ」
「いいだろ別に。隣町って事は、電車で行くのか?」
「いや、私が車を出そう」
「おお、あのイヤミな赤い車か。乗るのは初めてだな」
「フッ。イヤミで悪かったな」
こうして軽口を叩けるようになったのも奇跡のようなものだ。御剣はぼくの言葉にため息をついていたが、直後に信じられないほど優しい顔で微笑んだ。小学生の頃に何度か見たその表情に、どきりと心臓が跳ねる。
「では、日曜の昼頃、キミの家まで迎えに行く」
「あ、ああ。ありがとう」
一瞬感じたくすぐったさを頭の隅に追いやり、にっこり笑ってみせると同じ笑顔を返され、また落ち着かないような気持ちになった。自分の感情に戸惑いながら御剣とは別れ、エントランスへ向かった。
「いや~おまたせ、なるほどくん!トイレが混んでてさ」
入口付近にぼーっと突っ立っていると、トイレへ行っていた真宵ちゃんが戻ってきた。
「おかえり、じゃあ帰ろうか」
「うん!……なるほどくん、何かいい事でもあったの?」
「え、なんで?」
「なんでって言われたら困るけど、うぅん、女の勘?ってやつかな?」
「なんだよそれ……でも確かに、楽しみな予定はできたよ」
「えーっホント?なになに?」
ぼくは先程御剣と交わした約束を真宵ちゃんに伝えた。話している際も上機嫌なのが抑えられず、いつもより声のトーンが上がってしまった。
真宵ちゃんはふんふん、と真剣に聞いていたが、神妙な顔で意見を述べてきた。
「なるほどくん、それは"デート"だね」
「……え?」
「ふたりっきりで、ドライブして、ひまわり畑に行くなんて。"デート"以外のなにものでもないよ!」
「い、いやいや!別にそんなんじゃ……」
「さすがだなぁみつるぎ検事、まさに理想の初デートって感じのプランじゃない?」
「違うって!デートじゃない!」
真宵ちゃんは「憧れるなぁ」と楽しそうにはしゃいでいたが、"デート"という単語にぼくは冷静さを失ってしまう。
確かに二人きりでドライブして、綺麗な花畑に行くなんてデートプランとしてはこの上ないとは思う。思うが、自分と御剣がこのプランで遊ぶ事を"デート"とは呼ばないだろうと混乱気味に真宵ちゃんに告げた。真宵ちゃんはやれやれと肩を竦め、ぼくの背中を強めに叩いてくる。
「ニブいなぁ全く、みつるぎ検事が一所懸命誘ったんだから、覚悟決めなよ!」
「な、なんの覚悟だよ」
「どうするー?なるほどくん。日曜日、告白されちゃうかもよ」
「だ、だから……デートじゃないってば!」
日曜日、ひまわり畑で信じられないくらい汗をかいた御剣に告白された瞬間、「やっぱりこれはデートだったのか」と認める事になるとはまだ知らない。