ミツナル短編集

「いやあ、あのホテルがこんな凄い遊園地を作るなんて!ホント、感慨深いねなるほどくん!」
「……」
「もう、なるほどくんってば!さっきからウツロな目しちゃってさ。聞いてるの?」
「……あのさ」
 雲一つない青空の下、バンドーランドにて。派手な恰好をしてにぎわう人々を横目に、成歩堂は渋い顔をして真宵に問いかけた。
「遊ぶのはいいけど、なんでこんな格好しなくちゃいけないんだよ!恥ずかしいだろ!」
「ええー?似合ってるけどなあ」
「はい!とっても似合ってますとも!」
 成歩堂はいつもの青いスーツに加え、背中に大きな白い翼を生やしていた。成歩堂の動きに合わせて揺れ動き、白鳥のような色と形をした華やかなその翼は、晴天と彼のスーツによく映えた。真宵も春美も装束の背から羽を生やしているが、成歩堂の大きさには程遠い可愛らしいサイズのものだ。普段ならこの子達の方が目立つ格好なのに、今の状態で目立つのは自分の方だろうと成歩堂は口の端を痙攣させる。
 
 数日前、真宵が目を輝かせながら持ってきたチラシに書かれていた内容は、バンドーランドで民間から参加者を集ったパレードを開催する、というものだった。今や大グループとなったホテルバンドーでパレードをすれば、良い宣伝になると考える企業も多いだろう。成歩堂法律事務所も宣伝の為に参加しようと、真宵は熱烈に成歩堂を誘った。
「ね、ね。参加しようよー!あたしとはみちゃんと、三人でさ。屋台も出るんだって!ほら、『このラーメン、まさに有罪並み』だって!」
 ……最も、真宵は宣伝だけが目的では無いようだが。
「ええ……遊園地を練り歩くだけで宣伝になるかなあ。別に、参加しなくても……」
 成歩堂は頭を掻いて参加を渋ったが、くいくいと袖を引っ張られる。下を見るとこれまた大きな瞳を輝かせた春美が成歩堂を見上げていた。
「なるほどくん。“ぱれえど”とは、なんですか?」
「ああ、ええと。派手な恰好をしてみんなで道を歩くお祭り、みたいな感じかな?」
「まあ!お祭りですか!わたくし、真宵さまとなるほどくんと、お祭りがしたいです!」
「え、うーん……」
「ほらほら、はみちゃんもこう言ってるしさ、一緒に練り歩こうよ!衣装もあたしが用意するからさ!」
 飛び跳ねながら無邪気にお願いをする二人に挟まれ、流されやすい成歩堂は仕方ないなと肩を落としながら頷いた。
「あんまり派手な恰好は嫌だからな」
「うん!真宵ちゃんに任せてよ!」

「……って言ってたのに、なんなんだよ、この羽は!」
「ほらほら、パレードといえば“羽”でしょ?ホントはもっと凝った衣装にしたかったんだけど、あたしもはみちゃんもお裁縫トクイじゃないし、予算も無かったし……しょうがないから、せめて羽だけでも豪華にしようと思って!」
「豪華すぎるよ!無駄に重いし!」
「ま、ま。いーじゃない。他の人たちはもっとゴージャス!なんだからさ。このくらいしないと埋もれちゃうよ」
 確かに周りを見渡すと、皆それぞれ派手な衣装を身にまとい、自分たちがイチバン目立とうと活気に満ちているようだ。対する成歩堂法律事務所の装備は、大小の翼と『成歩堂法律事務所!』『求む、依頼人!』と豪快に書かれたのぼりが二つと、些か味気ないように思える。
「……なんだかこの中にいると、逆に目立ってるような気がするなあ」
「いい事ではないですか!はりきって宣伝いたしましょう!」
 ほら、行進が始まるよ!と真宵に手を引かれ、列の真ん中あたりに並ぶ。やたらと大きな翼の為か、はたまたチグハグな恰好の三人組だからか。ちらちらと視線を感じて、成歩堂は早く終わってくれと念じながら身を縮こませた。

 すこぶる頭の悪そうな音楽が大音量で流れる中、パレードが始まった。法廷で無罪判決を受けた時のように色とりどりの紙吹雪が舞い、真宵と春美は手を繋いでにこやかにのぼりを振り行進しているが、成歩堂はその後ろをげんなりした顔でついていくだけであった。
「もう、なるほどくんってば。もっと元気よく歩けないの?まだ若者でしょ!」
「そんな事では、この先やっていけませんよ!」
「……はあ」
 そうは言っても、二人や周囲の人のようにやる気を発揮できるほどの気力は無い。成歩堂は最初から乗り気では無かった上に背中には重たい翼を背負わされ、余計に消極的になっていた。大きくため息をつき、億劫な態度を隠そうともせず無造作にのぼりを振った。
「あ!あそこ、みつるぎ検事がいるよ!」
「え!?」
 慌てて顔を上げ真宵が指さす方を見ると、確かに御剣が観客の中に紛れていた。赤いジャケットと白いヒラヒラは、パレードの中にいても違和感が無いくらい目立っている。隣には薄汚れたコートを着た糸鋸刑事がいて、笑顔でこちらに手を振っている。それとは対照的に御剣はしかめっ面で腕を組み、一心に成歩堂達を見つめていた。
「おーい!みつるぎ検事ー!イトノコさーん!」
「さあさ、なるほどくんも手を振って、“ふぁんさ”をするのです!」
「い、イヤだ!ぼくは何も見てないからな!」
 一番知られたくない相手に見られた羞恥心に耐えきれず、鋭い視線を感じながら成歩堂は顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。なぜここに御剣がいるのだろうか。こんな翼を付けて園を練り歩いているなど、絶対バカにされる!真宵と春美に小言を言われながらも一切御剣の方に目をやる事は無く、先程より強い足取りで行進を続けた。

 パレードはランド内を一周して終わり、後は参加した企業の人々が名刺交換をしたり子供達が友達を作ったりと各々交流をしていた。
「あー楽しかったね、はみちゃん!」
「はい!これが“ぱれえど”なのですね……!」
「もう懲り懲りだよ……ああ、恥ずかしかった」
「あ!今日のメインイベント、味噌ラーメンの屋台があるよ!サッソク行こう!」
「わあい!楽しみです!」
「あ、ちょっと。真宵ちゃん!春美ちゃん!その羽付けたまま行くの……って、行っちゃった」
 やっぱり目当ては屋台だったかと肩を竦め、ようやくこの大きな翼を外せると安堵した。二人のように付けっぱなしでは周囲に迷惑がかかるし、何より恥ずかしくて堪らない。背中に手を回すが身体が硬い為か上手くいかず、混乱してその場で回りながら翼と格闘していると頭上から影が差した。嫌な予感がして恐る恐る顔を上げると、呆れた表情の御剣が立っていて心臓が跳ね上がった。
「うわ!み、御剣……」
「一人で何をしている。成歩堂」
「……こんなぼくを見て、笑いに来たのか。ふん!いいさ、笑えよ。さあ、ほら!」 
 最早開き直る他無いと判断した成歩堂は、ずい、と御剣に迫り叫んだ。御剣はその近さにたじろいで咳ばらいをし、赤い顔で俯いた。
「自棄になるのはやめたまえ。別に、キミを笑う為に来た訳では無い」
「……じゃあ何しにバンドーランドに?」
「例のボーイに招待されたのだ。この施設は警察と関わりが深いからな。時間があればぜひ、とな」
「ふうん。検事って暇なのか?」
「フッ。このパレードに参加している弁護士の方が、暇を持て余しているのではないか?」
「うるさいなあ。真宵ちゃんと春美ちゃんが参加したいって言うから仕方なくだよ」
 いつも通り皮肉を返され、成歩堂はムッとして身体を背けると翼が揺れ動き、御剣に当たってしまった。
「あ、ごめん」
「……行進している時から気になっていたのだが、その翼はなんなのだ?」
「真宵ちゃんが用意したんだよ。これなら目立つだろって。恥ずかしいから早く外したいんだけど、手が届かなくって……ちょっと手伝ってくれ」
「うむ……」
 御剣はそっと翼に触れ、成歩堂を見つめた。その瞳には愛おしさと不安が入り混じっており、成歩堂はどきりとして固まってしまう。
「な、なんだよ。どうせ似合わないとか思ってるんだろ。パレードの時も、お前ずっとぼくの事睨んでたしな」
「いや……違う。似合いすぎて、困惑しているのだ」
 そのまま羽の先を優しく摘み、口元に持って行った。突然のキザな行動に成歩堂はポカンとして、みるみるうちに顔を真っ赤に染め上げた。
「な、な!」
「美しい翼だ。とてもよく似合っている。さすが真宵くんだな」
「おおお、お前!急に何を……!って、痛い!」
 わなわなと震えながら狼狽える成歩堂から、御剣は無理やり翼を引っ張って外した。痛みに顔を歪める成歩堂の腰を流れるように抱き、引き寄せて微笑む。
「すまない。確かにとても美しいのだが、早く外してしまいたいと思った。キミが、この翼でどこかへ飛んで行ってしまうのではないかと怖くてな」
 眉を下げて低い声で呟いた、歯の浮くようなセリフが間違いなく御剣の本心であると成歩堂はどこか確信していた。正直こそばゆいが、これほどまでに御剣が自分を想ってくれている事が嬉しくて、成歩堂はそっと身を預けてしなやかなその手を握った。
「別に、ぼくはどこへも行かないよ。お前じゃあるまいし」
「ぐっ……!そ、その件については、その」
「へへ、いいよ。こうして戻って来てくれたし。……ぼくがもしどこかへ飛んで行ったとしても、ちゃんとお前の隣に帰って来るからさ」
「……成歩堂」
 胸が狭まるのを感じ、堪らなくなった御剣はキスをしようと唇を寄せたが、成歩堂は身軽になったその身体をぱっと離し、いたずらっぽく笑って御剣の手を引いた。
「ほら、真宵ちゃん達を探そう。きっと今頃、イトノコ刑事にたかってるだろうし。続きは今度な」
「む……」
 眉間のシワを深めた御剣を見て、成歩堂は声高らかに笑った。晴天に白い鳥が二羽、天高く羽ばたいていくのが見え、二人は歩幅を合わせてゆっくりと歩き始めた。

* * *

「ほらセンパイ!恥ずかしがってないで、早く行きましょう!」
「希月さん……なんで平気なんだ?このカッコ……」
「え?かわいいじゃないですか!この羽とか!」
「オドロキさんもココネさんも、とっても似合ってますよ!」
「うう……なんでこんな目に……」

 成歩堂なんでも事務所の面々は、数年越しにバンドーランドで開催されるパレードに参加するべく派手な衣装に着替え、列に並んでいた。みぬきが大掛かりなマジックを披露する為、アシスタント兼演者として王泥喜と心音もパレードに加わることを余儀なくされている。
「さあ、始まりますよ!張り切って行きましょう、センパイ!」
「はあ、やるしかないか……」
 
 パンツから鳩を飛ばしたりジャグリングをしたり、極めつけにみぬきが宙に浮いたりと、成歩堂なんでも事務所のパレードは盛大に盛り上がっていた。観客も心奪われているようで、大きな宣伝になっているだろう。
「あ!パパー!御剣さーん!」
 みぬきが大きく手を振って、これ以上ない笑顔を観客に向ける。心音も元気いっぱいに手を振り、王泥喜は恥ずかしそうに小さく会釈をした。その先には検事局長となった御剣と、なんでも事務所所長、成歩堂が並んでいた。二人はみぬき達に手を振り返し破顔する。
「キミはあちらには行かなくていいのか?」
「ぼくはパスしたよ。パレードはもう懲りたし、疲れちゃうし。ここで皆を見てるのが楽しいんだ」
 成歩堂は子供を見守る親の顔を見せ、へらりと微笑んだ。長年一緒にいるが、御剣はどうもこの表情に弱く、ときめきを抑えられない。感情のまま成歩堂の手を取り、恋人繋ぎにもっていった。
「ふ、なんだよ。急に」
「いや、感慨深くてな。……キミが、本当に帰って来たのが」
「?なんの話だよ」
 随分ムカシの話だ。成歩堂は忘れてしまっているようだが、御剣はあの時の言葉を胸に、ずっと待ち続けたのだ。遠い場所に飛んで行ってしまった、大きな翼を生やした愛しの人が、自分の隣に帰ってくる日を。
 きょとんとする成歩堂の額を軽く小突き、もう二度とどこへも行かないようにしっかりと手を握った。色とりどりの翼を羽ばたかせながら、パレードは続いていく。空は御剣の心のように、青く澄み渡っていた。
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