ミツナル短編集
嗅がせ
「フム、この色も中々似合っているではないか」
「ああ…もう、疲れたよ…」
ガックリと項垂れ、軽く首を横に振った。御剣に呼び出され、かれこれ二時間は彼の着せ替え人形となり様々な種類のスーツを着たり脱いだりしている。いい加減この動作にも飽き飽きして深くため息をついた。
「あのさ、別に前と同じのでいいと思うんだけど」
「何を言う、キミももう部下を持つ立場なのだ。身なりはしっかりと整えねば示しがつかないだろう」
「…はいはい」
先ほどよりも大きなため息をついて鏡に向き直る。明るいグレーのスーツを身にまとった自分の姿を見て、悪くないとは思うがやはりしっくり来ない。うーんと首を傾げると御剣はぼくの肩に手を置いて、少々赤らんだ顔で微笑んだ。
「新鮮だな。青以外のスーツを着ているキミは」
「なんか落ち着かないよ。やっぱり前と一緒ので…」
「ダメだ。キミの色んな姿が見たいのだ。もっと私を楽しませてくれ」
(お前の為にスーツ着る訳じゃないぞ!)
グイ、と引き寄せられよろめいてしまう。急に何だと頭だけ振り向くと、唇に一瞬だけ軽くキスをされた。
「お、おい!」
「試着室なのだ。誰も見ていない」
「そういう問題じゃなくて…」
その行為と優しく笑う御剣の顔に照れてしまい、俯いて頬を掻く。御剣は相当浮かれているようで、ずっと口角が上がっており少々ブキミなくらいだった。
「この色のスーツならば、このネクタイピンが映えるな」
「…これ、は…」
御剣は懐からネクタイピンを取り出し、ぼくにあてがった。その"形状"が余りにも衝撃だった為、冷や汗をかいて口元をヒクヒク痙攣させる。
「なんだ?何か問題でも?」
「も、問題しかないだろ!こんなの、恥ずかしすぎる!」
付けられたネクタイピンは、チェスで用いる"ナイト"の形であった。"ナイト"は、"剣"を持った兵士…つまりはそういう事である。
「こんな分かりやすいモチーフ…匂わせどころか、"嗅がせ"じゃないか!」
「本当は赤にしたかったのだがな。ネクタイが赤なので断念した」
「付き合いたてのカップルじゃないんだぞ!」
「初心忘るべからず。私はいつまでもキミと蜜月でありたいと思っている」
(クソ!顔がカッコイイ…!)
きっと耳まで真っ赤であろう顔を見られたくなくて、必死にそっぽを向くが鏡にバッチリ映っており、御剣は嬉しそうに手をぼくの腰に移動させコメカミにキスをしてきた。
「だがやはり、キミのスーツは青がいいな。私と対になる、鮮烈な青がいい」
「…結局そうなるのかよ」
「少しのマイナーチェンジはさせて貰うぞ。私が支払うのだからな」
「はいはい…」
最終的に、青いスーツに水色のベストを着用するという事で落ち着いた。御剣は非常に満足気で、最終確認だと言ってベストの上から身体を撫でさすってくっついてきた。その刺激にゾクゾクしてしまい、こんな所で不埒な行為はしたくない!と思い切り頭突きをしてやると御剣は呻いて蹲ってしまった。完全に自業自得である。
「ああ…疲れた…ありがとな、スーツ」
「構わん。非常に楽しかったぞ」
「そりゃ良かったよ」
「キミがあのネクタイピンを付けるならば、私もこのヒラヒラにポーンの刺繍を施そうかと…」
「だから、浮かれたカップルじゃないんだぞ!ネクタイピンも付けないからな!」
その後、大切に保管していたナイトのピンを、遊びに来ていた茜ちゃんに見つかり死ぬほど恥ずかしい思いをする事になるとは、まだ知らないぼくであった。